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私の知らない先輩





我が校では、成績上位五十名の名前が貼りだされる。

中間テストの際は、坂上先輩の成績について半信半疑だったのでさして気にしていなかったが、この度二年生の掲示も確認してみると確かに『坂上俊希』の名前がそこにあった。それも、一位の所に。

あれだろうな、先輩真面目だから、たぶん勉強も極めるまでしてしまうんだろうな。


「何と言うか、流石だねえ」


蜜が感心したように呟く。彼女も少し意外そうだった。成績優秀者、という噂を仕入れて来たのは蜜だったが、彼女もここまでとは思っていなかったのだろう。

二人並んで掲示板を眺めていたのだが、目的を達したので後ずさってその場から立ち去ろうとすると、たたらを踏んだ。背後に立っていた誰かとぶつかってしまったのだ。


「あ、ごめんなさい」

「すまない」


そこに、最早名目上になってしまっている校則まできちんと順守した男の子が立っていた。眼鏡がよく似合っていて、見るからに真面目そうな男の子だ。整った顔立ちをしているが、どこか気難しそうに眉を寄せている。

入学式の壇上でもその姿を見掛けた彼は、同級生の谷原哲也。これまた坂上先輩曰く攻略対象者の一人である。


「君は………君が、向田要さんか」

「はあ」


何故、谷原君が私を知っている。私は彼のように壇上に立つなど、目立つような事をした事はないぞ。……………うん、分かっている。原因は一つしか考えられない。


「あの、坂上先輩の、か」


やはり。最近では、私の名前が先輩の名前とセットで語られるようになってしまった。切実に止めて欲しい。そういうのは、熟年夫婦並みにしっぽり仲良しな本当のカップルに対してのみで有効なはずだろう。私と坂上先輩は違う。だって私は、先輩の事を何も知らない。


「………人は見掛けによらないな。浅慮な自分を反省した。僕も見習わなければ」

「はあ。頑張って?」


それを私に言われても。適当に応援するしかしようがないのだが。谷原君は一方的に宣言して満足したのか、それだけ告げるとあっさり離れて行った。


「何だったんだろう……」

「優等生キャラだし。何か思う所があったんじゃない?」


そういうものだろうか。そんな谷原君は今回もばっちり学年一位に君臨していた。そんな彼の悩みはその成績そのものらしい。家自体がエリート一家で、彼もまた熱心な勉強家。幼い頃より優秀で、勉強ばかりしてきたらしい。しかし、勉強にばかり夢中になっていた彼は、ある日ふと気付いたのだ。自分には勉強以外にやりたい事も興味のある事も無い事に。それ以来、彼は自分には何もないのだと失望し、自分は空っぽな人間だと思い込んでいる。


私からすれば、それほど勉強を頑張れるなんてとても凄いと尊敬すら抱くのだが、人の悩みは人それぞれという事だろう。せめて、空っぽな人間だなんて、そんな哀しい事を想わなくなれば良いのに。

さて、目的を達したのでそろそろ教室に向かわねば。登校し、下駄箱で蜜と合流して坂上先輩と別れ、朝一で掲示板の確認に来ていたのだ。蜜に呼びかけて移動しようとすれば、肩を叩かれた。


「あんたが向田要?」


そこにいたのは、煌びやかな女の子だった。三人の女の子は、皆一様に綺麗に染めた髪をガッツリと巻いている。元々大きそうな目は太いアイラインと付け睫毛が重ねられる事で更に強調され、頬にはピンクのチークがしっかりと入っていた。前で組まれた腕の先に目を向ければ、複数のブレスレットを身につけ、爪先には綺麗なネイルアートが施されている。おおう、刺さったら痛そう。


制服もスカートは短く、胸元を肌蹴け、袖をまくっている。非常にセクシーな印象の、いかにもギャルです、JKです、と言わんばかりの印象だった。華やかな面々である。

私の野生の勘が告げる。嫌な予感しかしない。


「俊希のことで話があるんだけど」


そして、往々にして嫌な予感とは当たるものである。









私を空き教室に連れ込んだ三人の女子生徒は、上靴のカラーが坂上先輩と同じ緑である事から二年生である事が伺える。彼女達は見定めるように目を細め、私を頭の先から爪先まで余す所なく観察した。


「俊希が構ってる一年生女子ってあんたよね?」

「えーと、たぶん、はい。それだと思います」


四六時中私を監視している坂上先輩が、他の誰かを構う暇などないだろうから、おそらく間違いない。下手に刺激しないように正直に答えた。

これはもしかしてあれか?修羅場というものだろうか。私と坂上先輩の間にそういった要素は、何一つ、欠片も、これっぽっちも、存在しないのに!

だって坂上先輩が私に構うのは、私に好意を抱いているからではなくて、ただ死にたくないという生存本能によるものだ。


「ふーん………」


そう相槌を打ちながらも、冷淡な視線で観察を続けられる。非常に居心地が悪い。この人達は何なのだろうか。もしかして、この中の誰かが坂上先輩の彼女、とか?名前も呼び捨てにしているし。

この世界は乙女ゲームの世界で自身を攻略対象と言い張り、ヒロイン(仮)の私に他の男を見るなと何だろうこれ束縛?みたいな発言を繰り返し、また周囲にもそれを生温かく見守られているので、坂上先輩に彼女はいないものと考えていた。

え、それで私には他の男を見るな、って酷くない?


「俊希が、あんたに愛されないと死ぬとか言ってるみたいなんだけど」

「あ、はは……諸事情により似たような事は言っていますね…」


そこにあるのは愛とか情ではないですけども。


「じゃあ、やっぱりそうなんだ。あの俊希が………」


真ん中に立ち、中心になって私に問い掛けていたオレンジ系の茶髪の女子生徒が、呟きながら私の肩を掴んだ。その顔は俯いていて伺えないが、肩を震わせている。


「ふ…ふふ……」


すると漏れる笑い声。怖すぎる。

すぐに唐突に顔を上げた彼女は、大きな声を上げた。


「マジでウケる!!俊希に彼女!あの俊希に彼女!!」

「ちょ、レナ。笑っちゃ可哀想じゃん。俊希だって生きてるんだよ」

「いや、だって無理っしょ。笑うっしょ!」


そして、私そっちのけで手を叩いて笑い合う。


「しかも愛されないと死ぬとか。お・も・い!」

「私無理!重過ぎて無理!」

「要ちゃんだっけ?受け止めてあげるなんて優しいねー!」


ギャルなお姉さま方にいいこいいこ、と頭を撫でられました。何だろうこの状況。とりあえず、勘違いとはいえ、彼女ができたと思われて爆笑される坂上先輩って何なんだ。


「あの堅物がねー」

「見た目だけなら百人斬りとか言い出しても許されるのにね」

「純情とかマジで似合わね」

「そうそう、あれ覚えてる?一年のときさー、付き合いだしてどのくらいでどこまで行く?って話しててさー」

「覚えてるー!ウチらめっちゃ怒られたよね!」

「『男女交際は交換日記からだろ!』おまえはいつの時代の人間だよ!」


ないわー!と声をそろえて言い合う。ごめんなさい、坂上先輩。それは私も無いと思う。いや、そういう事しているカップルがいるっていうなら可愛いかもしれないけど、男女交際全般に交換日記を求められても困る。少なくとも私なら面倒くさい。


何だろう、前世をほとんど病院で過ごしたからそういう所は純粋培養なのだろうか。前世で十代半ばまで生きていたとしたら人格も確立されているだろうし、今世で人格が形成される前に前世を思い出したなら、その純粋培養のままの性格で固定されてしまうのかもしれない。人はなかなか変われないというし。


「レナ!」


そこで、噂の坂上先輩が登場した。私が先輩方に連れて行かれる際、蜜に目配せすればしっかり頷いてくれたので、誰かしら呼んでくれるとは思っていたのだが、どうやら当事者である坂上先輩を呼んでくれたらしい。


「要に変な事してんじゃねえぞ!」


そして、ここで下の名前で呼ぶな。すっかりそれが板についてしまって最早訂正は諦めているが、私としては無性に恥ずかしいのだ。思わず、赤くなりそうな顔を隠す為に目を逸らせば、残念ながらそれを女子生徒の方々に見付かった。くっ……坂上先輩のみならバレなかったのに!


「やだ、初々しい」

「何か段々腹立ってきた。さっさと振られろ、俊希」

「俊希の癖に!」

「うっせえ!」


怒鳴りつける坂上先輩に驚いたが、先輩方は意に介した風もなく、はいはいと投げやりに返事をして退室しようとする。


「要ちゃん、俊希に嫌な事されたらすぐ言うのよー」

「ちゃんと締めてあげるから」

「俊希、振られないように頑張れよ!」


最後までからかうような空気を残して、先輩方は退室して行った。嵐のような人たちだった。たぶん、悪い人ではないだろうし、散々な事を言っていたものの、それも坂上先輩への親しみから口にされるものだろう。しかし、いきなりその渦中に放り込まれた身としては、脱力してしまう。

とりあえず、


「先輩、交換日記は私も無いと思います」


それだけ伝えれば、坂上先輩は何の事かと首を傾げた。







読んで頂きありがとうございます。

同時進行中の別のお話でもちょうど修羅場シーンでしたが、こちらは楽しんで書けました。


彼女たちの反応はそのまま坂上の教室での扱われ方です。クラスメートの彼に対する感想は『勉強のできる馬鹿』。

ただし、試験前だけ『俊希様』と崇め奉られる。


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