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王子様はお昼寝中





音川蜜はイケメンが好きだと言って憚らない。

見た目だけならば妖精のように可憐な美少女。イケメンのそばに立っていた所で、なんら違和感もない。

そんな蜜は、当然坂上先輩曰く攻略対象キャラである面々も、大のお気に入りらしい。ボサボサの髪でほとんど顔も見えないが、実は美形であるらしい蓮見先生の授業はきちんと聞いているし、瀬尾君とも仲が良く、同じクラスの鈴鹿君とも時折立ち話をしている姿を見掛ける。


いっそこのまま蜜がヒロインになってくれないかと切に願う。むしろ、客観的に見れば絶対に蜜がヒロインだ。だって彼女は、あんなにも可愛い。

そう言えば、自分の容姿の愛らしさをよく理解している蜜は、ケラケラと笑いながら答えた。


『カナちゃん、学園系乙女ゲームのヒロインの定番は、始めは極普通の女の子なんだよ。それが徐々に可愛く、美しく成長していくの』


だからあたしは違うのだと、自信満々に言える蜜はいっそ男前だった。だからと言って、では私が綺麗になっていくのかと言うと疑問が残る。悪あがきしようもないくらい、私の容姿に突出した魅力はない。

昼休み開始と共にお手洗いに行き、教室に戻るとそんな蜜が、今日も今日とて可愛らしい女の子全開で瀬尾君と何やら話し込んでいた。端から見るとイケメンと美少女の可愛いカップルである。


「あ、カナちゃん」


蜜は近寄った私に気付き、ふんわりと笑う。誰だこれは。蜜は時々隠し切れずに笑い声こそ上げるものの、基本的に周囲には猫を被っている。『美少女』という分厚い猫だ。確かに愛らしいが、そういう男受けの良い可愛さは女子受けが悪いし、素の蜜はあんなに面白いのだからそんな猫は脱いでしまえば良いのに、と思う。


「瀬尾君の家がね、あたしの家と近いみたいで、ご近所話で盛り上がっちゃった」

「そうなんだよ。もしかしたら小学校とかも一緒だったかもな」


という事は、瀬尾君は私の家ともご近所様かもしれない。私と蜜の家は隣町の端と端にあるので、小学、中学と校区こそ違ったものの徒歩五分少々の位置にあった。これまで知り合う機会が無かったのを不思議に思うくらいだ。


「カナちゃんの家もね、近くでね……」


蜜がちょうどその話をしようとしたときの事だった。突然、私の両耳が塞がれる。側頭部に大きな手のひらが当てられている感触に、すぐに現状を理解した。


「おい、他の男と喋るなと言ってるだろ」


当然、というべきか、手のひらの主は坂上先輩である。いつも通り、昼休みだからと私を監視する為に教室までやってきたのだろう。


「話していたのは蜜で、私じゃありません」


否定をしながら、少しだけ疲れた気持ちになる。私は、先輩に死なれてしまっては寝ざめが悪い、と先輩の意向に従っている。男の子とは深く関わらない。そこに異論はない。しかし、こうしてただの世間話まで規制されてしまっては、時々凄く疲れてしまうのだ。


「そうですよ、坂上先輩。私がカナちゃんを呼んだの」


すると、私の言葉を蜜が引き継ぐ。瀬尾君はその内にじゃあな、と手を振ってそそくさと退散した。賢明な判断である。


「そうそう、坂上先輩。今日は、私とカナちゃんは二人きりでお昼にしますから、ご遠慮して下さいね」


その言葉に蜜を振り返れば、彼女は笑顔で頷いた。さすが蜜。私の精神的疲労感を見抜き、気を使ってくれたらしい。

しかし、当然坂上先輩はそれに微妙な顔をする。


「それは…」

「大丈夫です!誰もいない所で過ごしますし、カナちゃんに男の子は近付けさせません!」


蜜は胸を張って答える。おそらくそれは容易だろう。男の子は、私と蜜がいれば、何もせずとも必ず蜜の方に惹かれていく。私はそのまま退散すれば良いだけだ。うん、若干虚しい気もするが、それが分相応というものだ。身の程を知るって大事。


「…………まあ、音川が一緒なら」


そして、普段から坂上先輩を支持するような発言を繰り返す蜜は先輩の信頼も篤く、見事私の昼休みの自由を勝ち取ったのである。さすが蜜。ありがとう!









「で、どこ行くの?」

「まあま、カナちゃんは安心して私に付いて来なさいな」


坂上先輩と別れて、蜜は上機嫌に私を先導して歩く。すごく良い場所を見付けたから、と言っていたが、一体どこへ連れて行かれるのか。

疑問に思いながらも大人しく付いて行けば、蜜は教室のある四階から更に階段を上ろうとする。四階建ての校舎なので、屋上へ続く階段なのだが、残念ながら我が校の屋上は封鎖されている。


「蜜、屋上にはいけないんじゃないの?」

「この間、物は試しに開けてみたらね、開いたの!ここなら絶対他の男の子どころか、女の子にも遭遇しないでしょ」


蜜は得意げにふふんと笑うが、先生に見付かれば絶対に不味い事になる。暗にそう伝えれば、彼女はまたにっこりと笑った。


「それは、見付からなければ何の問題もない、という事ね」


蜜の図太さが羨ましいような、末恐ろしいような。

蜜がドアノブを回すと、鍵が壊れてしまっているのか、確かに開いた。その瞬間、涼しい風が通り抜ける。六月に入り、空気にじとじとと湿気が混ざって来たので、久しぶりに爽やかな風を感じられた。


「あれ?」


蜜が素っ頓狂な声を上げる。何事かと蜜の視線を辿り、空から屋上のコンクリートの地面に目を向けてみれば、そこに一人の男子生徒が寝転んでいた。


「そんなあ。ここ、私だけが知っている穴場だと思ってたのに……」


蜜が残念そうに口にするが、私はそれよりもその男子生徒に注目していた。


「というか、あの人って鈴鹿君じゃない?」


男子生徒はグレーのニットを枕にして眠っていた。教室でグレーのカーディガンを着ていたので、おそらくそれだろう。暑そうだ、という感想が浮かんだのでよく覚えている。

きめ細かな肌に、女性のように繊細に整った顔立ち。けれど、頼りない印象はなく、男性的な凛々しさを感じさせる。坂上先輩や瀬尾君も綺麗な顔で格好良いな、とは思うが、鈴鹿君は単純に『美しい』という印象を抱く。ただ眠っているだけの姿で、一つの芸術作品のように見えた。


「あ、ほんとだ!ふう、眼福眼福」


鈴鹿君に気付いた蜜は、ホクホクとした顔で手を合わせた。こら、生きている人に何をしている。白い顔が少々綺麗過ぎる死体にも見えるけど。


「男の子がいるなら出ないと」

「やだあ、カナちゃんたら素直なんだから。坂上先輩にバレなきゃ良いんだよ」


蜜は飄々と言いきって、鈴鹿君のそばにしゃがみ込む。その顔はニヤニヤとだらしなく歪んでいて、何故だか私が鈴鹿君の身の危険を感じた。


「こら、蜜。起こしたら可哀想でしょ」

「大丈夫だよ。ぐっすりみたいだし」


確かに、鈴鹿君は蜜が顔の前で手をひらひらと振っても、ぴくりとも反応しない。余程疲れているのではないだろうか。


坂上先輩のメモによれば、『鈴鹿伊織』は最近その美し過ぎる容姿で話題になっている、俳優の卵らしい。少しずついろんなドラマやコマーシャルなどに出演しているものの、取り沙汰されるのはその際立った容姿ばかり。容姿が良過ぎる為にどんなに芝居を磨いてもそれを評価される事はなく、しかし容姿が良く無ければこの短期間でここまで役を貰えなかっただろう、というジレンマを抱えている。

それを解消する為、いつかは必ず俳優として演技で認められたいと日夜睡眠を削って努力しているらしい。さぞ疲れが溜まっている事だろう。


蜜が悪戯心を覗かせて、鈴鹿君に手を伸ばす。


「蜜、止めなさいってば」


私は慌てて蜜の隣に膝をついて、その手を掴んだ。ガシッ!ガシッ!ん?蜜の腕を掴んだ瞬間、私の腕も誰かに掴まれた。ん?恐る恐る、その腕を辿ってそれの持ち主を確認する。


「可愛い声で目が覚めちゃった」


にっこり笑ってこちらを見る鈴鹿伊織君がいた。そして吐かれる言葉が甘い。ついでに声も甘い。伊達で『王子様』と言われている訳ではない。その言葉には、現代の男子高校生とは思えない、甘さと余裕が詰まっていた。


「俺を気遣ってくれたんだね、向田さん。ありがとう」

「あ、いや、えっと……起こしてごめん」


謝れば、気にしないで、と鈴鹿君は爽やかに口にしながら起き上がる。しかし、何故か私の腕を掴む手は離されない。何故だろう。理由が分からなくて、何となく怖い。思わず私も蜜の腕を掴んだままだ。


「あの、手……」

「ああ、ごめんごめん」

「カナちゃんもね」


すると、ようやく離してくれた。私もそれに倣って蜜の腕を解放する。


「あたしだけの秘密の場所だと思っていたのに、鈴鹿君も知っていたんだね」

「この間見付けたんだ。ごめんね、音川さん。俺は退散するから、二人でゆっくりしてね」


彼はそう言ってカーディガン片手に立ち上がり、素早く校舎内に戻ろうとする。まだ、昼休みは三十分以上ある。彼は校舎内に戻って、これからどこでゆっくりするのだろう。


鈴鹿君はとても美しい。それだけでも当然女の子は彼に惹かれるし、俳優としてテレビに出ているので、余計に女の子は彼に憧れた。また、鈴鹿君はとても優しいので、寄ってくる女の子をけして邪険にする事がない。結果、鈴鹿君はいつだって女の子に囲まれている。


私が、どちらかと言うとひっそり目立たずに過ごしたいタイプだからだろうか。彼のその生活を見ていると、とても大変そうだな、と思う。疲れないのかな、時々はうんざりしたりしないのかな、と。

もちろんそれは、私の勝手な思い込みである。ただ、鈴鹿君はここにいた。どこにいても人気者の彼が、わざわざ本来誰にも見付からないはずの、鍵の掛かっている屋上の外にいたのだ。それは、やはり、彼にだって一人でゆっくりしたい時があるからなのではないだろうか。


「ごめん、鈴鹿君。私達が出るから」


私は慌てて彼を引き止め、蜜の手を引く。


「もうここには来ないし、鍵の事も絶対誰にも言わない。いつもすごく忙しいんだよね?ここでくらいゆっくりすると良いんじゃないかな?」

「え、向田さん?」

「カナちゃん!」


鈴鹿君が目を丸くして戸惑っている内に、蜜の手を引いて素早く屋上から校舎に戻る。扉をしっかり閉めて階段を降り、何事もなかったかのような顔で、廊下を歩く。大人しく教室に戻ろう。後で坂上先輩に文句を言われるかもしれないが、まあ良い。

そう考えていると、蜜がいひひ、といつも通り怪しげに笑った。


「本当、カナちゃんって才能あるよね」


………………何の?







読んで頂きありがとうございます。

鈴鹿は校内一の有名人。甘い言葉をナチュラルに口にしますが、誰か私に甘い言葉を教えて下さい。


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