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先輩の有難いお話





天使は迷いなく走り続ける。住宅街の中を駆け抜け、いくつかの角を曲がり、それでもずんずんと進んでいく。そろそろ私の息が切れて来た。恥ずかしながら体力がある方ではないし、天使と違って私は羽を持たないのだ。


「ちょっ、ちょっと待って!」


息も絶え絶えになりながら何とか停止を訴えれば、意外とすんなり彼は立ち止ってくれた。途端に全身から汗が吹き出し、必死に呼吸を整える。ゴールデンウィークを過ぎた辺りか突然暑くなり始めたので、全力疾走すると汗が止まらなかった。ひゅーひゅーと漏れる呼吸音が少々恥ずかしくて何より息苦しい。


「あ、あの、ごめんなさい!急に引っ張ってしまって…!」


すると、あまりにも苦しそうだったのか、天使は途端に泣きそうな顔でオロオロと私の様子を窺い始める。見た目の割に流暢な日本語で、日本育ちのハーフか何かだろうかと考える。完璧な外国人さんにしては、顔立ちがまろやかだ。


「大丈夫ですか?」


心底心配そうに私を覗き込む。そんなに心配するなら無茶させないでくれと思いながらも、何とか息を整え、心配しなくても良いと伝える。


「本当にすみませんでした!ようやくお会いできたと思ったら嬉しくて、焦ってしまって………」


天使は頬を赤く染めながら、言葉の通り嬉しそうにはにかむ。私にはこんな美少年に会いたがられる覚えなどないのだが。そう、ないはず、なのだが………

問題は彼のこの容姿だ。ふわふわの金髪にどこからどう見ても日本人離れした緑色の目。おまけに着ている制服は私より確実に年下と分かる中学生のものだった。

これは違うと思い込む方が、無理があるだろう。


「僕は新堂譲と申します。あの、向田要さん、ですよね?」


やっぱり。どうやら彼は、坂上先輩が言っていた年下の攻略対象キャラであるらしい。なるほど、少々可愛過ぎるきらいはあるが、大変な美少年である。さすが天使。


「聞いて頂きたい事がありまして、少しだけ時間を頂けないでしょうか?」


私とそう身長の変わらない華奢な少年、それも小動物属性の大変愛らしい天使に上目遣いで懇願され、私にはそれを跳ね除けられるほど無情にはなれなかった。









新堂君の先導に従い、私は駅前のファーストフード店に入った。夕方のその店は何とか二人分の席を確保できたものの、かなり賑やかに混雑していた。この雑沓の中でなら、仮に彼が何か深刻な話を始めたとしても、大声を上げない限り耳を傾ける人などいないだろう。


「あ、あの、すみません。坂上先輩には連絡しないで下さい。向田さんに近寄るな、という先輩のお言葉に背いてしまったので、すぐに駆け付けて引き離されてしまいます」


どうやら先輩は、まだ見ぬ年下キャラだった彼にも忠告していたらしい。こういう所では抜かりがない。


「それで、何のお話なんですか?」


新堂君の言葉には従って、蜜にだけ連絡しておこうか、という考えが頭を過る。さすがの彼女も突然連れ去られる姿を見ていれば、心配してくれているかもしれない。ただし、その場合はあの後、スマートフォンを回収して駆け付けた坂上先輩に蜜が事情を説明しているだろうし、命を大切に、がモットーの坂上先輩は必ず駆け付けるはずだ。


「じ、実はお願いがあって………」


新堂君は頬を赤く染めて俯く。そこら辺の女子より、少なくとも私より余程可愛い。そんな新堂君のコンプレックスはそうした容姿や性格であるらしい。私からすれば羨ましくなる可愛さだが、彼も立派な男の子である。本当はもっと逞しくなりたいし、性格だって強くなりたいらしい。だからこそ、彼に対して『可愛い』というワードは禁句だとか。以上、坂上先輩のメモより。


「向田さん!」


注文したポテトとコーヒーを貪っていると、意を決したように真剣な眼差しで新堂君が私を見詰める。ちなみに、ここでの飲食は新堂君の奢りである。年下に払わせるのもどうかと思ったが、そもそも私は半分無理矢理ここに連れて来られたのであった。このくらいは当然の権利だろう。

新堂君は立ち上がり、息を吸って、言葉を放つ。


「僕を弟子にしてくれるよう、坂上先輩を説得して下さい」


……………………………はい?

思わず、神経を窺うような声が出てしまったのも致し方ないと思って頂きたい。例え相手が天使でも、おかしいものはおかしい。


「僕は坂上先輩のような、強くて、男らしい男になりたいんです!」

「いやいやいや、何でそれで私が説得しなきゃなの?」


思わず、年下と言えども初対面だから、と保っていた敬語が剥がれた。ついでに気遣いも捨ててしまいたい。現代日本で見た目不良高校生の弟子とか、この子頭大丈夫?


「噂で聞きました。坂上先輩に彼女ができ、その方を溺愛していると。そして先日、先輩自身からも『世界で一番大切な女性』だと伺いました!」

「ぶふぅ!」


思わずポテトを噴き出しかけた。何とか押しとどめたものの、今度は気管に入り掛けて噎せる。涙が出るほど苦しいが、それよりも今は精神に受けた衝撃の方が大切だった。

あの人校外でまでなんて事を言ってんの!?


「そんな向田さんの説得なら、坂上先輩も耳を貸してくれると思うんです!」

「ぐっ、ぐふっ………いや、それ誤解だから……」


私が先輩といるのは、けして愛だの恋だの、そういうキラキラした理由ではない。それを伝えたいけれど、一度持たれたイメージってなかなか覆せないから、どうしたものか。しかも、新堂君は思い込みが激しそうである。


「だから向田さん、お願いします!」


感極まった新堂君は、ポテトを摘まんでいた私の手を取って懇願する。ああ、ポテトの油が新堂君にまで付いてしまう。しかし、彼はそんな事など全く気にならないと言いたげな、真剣な目をしている。そんな表情さえ可愛いのだから羨ましい。正直、思わず私に任せて、と言いたくなるような魅力があった。


「ふざけんな」


と、そこで、天使のような美貌の新堂君の頭に拳骨が振り下ろされた。短い悲鳴を上げた新堂君はその拍子に舌を噛んだらしく、私の手を離すと半泣きの顔で口元を覆った。

その背後に立つのは当然と言うべきか、坂上先輩だった。どうやってこの場所が分かったのかと驚いたが、坂上先輩の陰で蜜がこっそりピースしている。おそらく、彼女が何らかの方法でこの場所を探り当てたのだろう。蜜にはそういう、理解できない凄さがある。


「さ、さかかみしぇんぱい………」


おそらく、相当痛かったのだろう。涙目の新堂君は呂律の回らない言葉で先輩を呼んだ。痛ましい姿だが、坂上先輩は鬼だった。そこに再び拳骨を降らせたのである。


「おまえは俺を殺す気か!?」


そう言って、坂上先輩は新堂君の胸倉を掴んだ。どう見たところで、ガラの悪い青年がいたいけな美少年を苛めている様子にしか見えない。


「俺はこいつに愛されて無いと死ぬんだぞ!?こいつがおまえに関わって、少しでもおまえの事を好きになったらどうする!俺はそんな事には耐えられない!こいつを失った俺に未来は無いんだ!分かるか!?俺のその恐怖が!こいつが他の男を選ぶなんて考えたくもない!」


そして、坂上先輩の口から飛び出す数々のお言葉は、私の心のHPをガリガリと削って行くのに十分でした。………っいや、そうだけど!この世界がもし本当に坂上先輩の言う乙女ゲームの世界なら、そういう可能性もあるかもしれないけど!お願いだから言葉を選んで!先輩の台詞は端から聞くと嫉妬に狂った彼氏だから!そしてそれをこんな公共の場で叫ばれる私の恥ずかしさに気付いて!


これがまだ、蜜レベルの美少女ならば様になったのかもしれない。先輩も強面ながら綺麗な顔をしているし、種類の違うイケメンが美少女を取り合っているのならば、そこそこ絵になるはずだ。しかし、実際に取り合われているのは、頑張って背伸びして平均にしがみ付けていると信じている私である。ほら、騒ぎに気付いた周囲の人々がこちらを振り返って怪訝な顔をしているではないか。


「せ、先輩、お願いだからもう何も言わないで下さい………」


涙目で懇願した私も致し方ないと言えよう。こら蜜、ひっそりと爆笑するな。









結局、あの後、騒ぎを聞き付けた店員に退店を促されてしまった。笑顔を貼り付けながらも迷惑そうな様子を隠しきれない店員の目は『二度と来るな』と語っていたが、私は言いたい。二度と行けるか!

私は何度も何度も、再三に渡ってせめて大きな声を出さないで下さい、と懇願して駅構内の隅で立ち話をする事になった。蜜がカナちゃんこわ~い、と茶化して来たが無視した。うん、きっと坂上先輩が見た事もない動揺を示し、新堂君が若干怯えているのも気のせいに違いない。うんうん。


「それで、新堂君は先輩の弟子になりたいそうですよ」


そう言いながら、弟子って何のだろう、と思う。新堂君は男らしくなりたい、と言っていたが、その為に弟子になって何をすれば良いのだろう。皆目見当もつかない。


「またか。あのな、譲」


ちょっと待て。また、という事は新堂君がそんな事を言い出したのはこれが初めてではないのか。


「本当に強い男になりたいなら俺にも、他人も憧れるな。力の強い男なんかいくらでもいる。そうなりたいならジムにでも通え。ただし、本当に必要なのは心の強さだ。自分を持ち、それを貫き通し、しかし大切な事の為ならばそれを曲げる強さも必要だ」


坂上先輩が何か語り始めた。え、その真剣なノリに付いて行けないのは私が男心の分からない女だからなの?ふと隣を見れば、蜜が必死に笑いを堪えて顔を真っ赤にしていた。


「本当に強くなりたいなら、誰にも憧れるな。自分と向き合え。俺だって、まだまだ人に誇れるような男じゃない」

「先輩……!」


新堂君はキラキラと輝く目で坂上先輩を見詰めていた。何だろう、この茶番。そう思ってしまうのは私の心が汚れているから?少々不安になったが、隣でとうとう我慢出来なくなった蜜が噴き出したので、おそらく私の感覚に間違いはないだろう。たぶん。









読んで頂きありがとうございます。

新堂が坂上と出逢い、憧れるようになったのは痴漢に遭っている彼を坂上が助けたからです。そのとき、男なら自分で何とかしろ的な説教を受け、こんな人になりたい…!と憧れてしまった模様。

新堂は将来、マッスルになりたい。



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