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そして天使が舞い降りる





坂上先輩は変な人だ。誰が何と言おうと変な人だ。

見た目は一言で言うと怖い。赤みのある茶髪は派手だし、見ているこちらが痛くなるくらいピアスが空いている。そのピアスも胸元に覗くネックレスもどちらもゴツゴツとしたシルバーアクセ。おまけに背も高く、しっかり筋肉があってがっちりとした体格。ベージュの薄い色をした目は、いつだって睨むように細められている。


どう見ても不良系だ。夜の街を闊歩していそうなタイプの。そういう悪そうなタイプに憧れるギャルっぽい子たちからは人気もありそうだが、私のような一般人としては近付き難い人種である。

そんな見た目なのに、先輩は何故か先生方と仲が良い。

坂上先輩と歩いていると一部を除き、先生方に声を掛けられる事が多かった。


『坂上、後輩女子に迷惑掛けるなよ』

『坂上、節度を持った男女交際をしなさい』

『坂上、リア充爆発しろ』

『坂上、通報した』


一部変な先生も混ざっているが、そこは割愛する。このように、基本的には坂上先輩を諌める内容だが、先生方のその口調は不良生徒を警戒する、というよりも手の掛かる可愛い生徒をからかう、という響きを持っていた。


「それは坂上先輩が真面目だからだよぅ」


蜜は忍び笑いを漏らしながら私の疑問に答える。今は移動教室の為に廊下を歩いている最中で、坂上先輩は先程自身の教室に戻って行った。


「ああ見えて、無遅刻無欠席。授業態度も極めて真面目で、全授業に出席するのはもちろんの事、居眠りだって一度もした事ないんだってさ。成績も飛び抜けて良いらしいし」

「うそぉ………」


人を見た目で判断するのは良く無い。しかし、ああも見た目で自己主張をされていれば、見た目で判断したくなる気持ちも致し方ないのではなかろうか。よって、私は信じられない。あの見た目で真面目なんてそんな馬鹿な。


「ほんとほんと」

「てか、どうして蜜がそんな事を知っているの?」


当然、一年生である蜜に二年生である坂上先輩の参加する授業を見学出来る機会などない。

そう聞けば、蜜はにーっこりと微笑んだ。それはそれは愛らしく、花の妖精のように可憐な笑顔だった。


「いーい、カナちゃん。教師だって、人間なんだよ?」


蜜は上目遣いに私を見上げ、胸を押し付けるように私の腕を取った。…………誘惑したのか!?


「カナちゃん、こうやってね……」

「やめて!先生たちを信じられなくなるから!」


まだ入学して一ヶ月半ほどである。こんなに早くから先生方に不信感を抱いてどうする。何だか微妙に生活し辛くなるじゃないか。


「ひひひ、冗談だって!」


笑い飛ばす蜜だが、私は全く安堵出来なかった。何故なら、蜜はとんでもない美少女である。それこそ、十人中九人の男性が蜜に見つめられただけで何でも言う事を聞いてしまいそうな、そういう美少女である。残り一人は不確定要素。

そして、蜜のこの一筋縄ではいかない性格なら………彼女はやる。


「で、そうそう、カナちゃんが見せてくれた攻略対象リストだけど、たぶんあたし、全員分かるよ」

「え、本当?」

「これだけ特徴書かれてて、極まったイケメンに限るなら結構簡単に絞れるよね」


蜜は歩きながら私が先輩から受け取って蜜に渡したルーズリーフを取り出す。


「とりあえず、俳優志望は鈴鹿伊織で間違いないよね。で、天然教師は美術の蓮見先生。あの人、モサッとしてるけど前髪上げれば超絶イケメンだから。優等生は新入生代表だった隣のクラスの谷原哲也だろうね。柔道部はきっと榊誠じゃないかな。あ、この人は先輩ね。坂上先輩がそこまで言いきるなら年下キャラは新堂譲だろうし……」

「じゃあこの、ノリの良いクラスメイトって?」

「ああ、それは…」


口を開き掛けて、私を振り返った蜜は素早く滑らかに私から距離を取った。何で?と疑問を抱くよりも早く背中に強い衝撃を受けて、その場にうつ伏せに倒れ込む。誰かに体当たりされた背中も痛いし、咄嗟についた膝が擦りむいて赤くなりヒリヒリした。


「うっわあごめん!ごめん、向田!前見てなくて!マジごめん!」


大慌ての声が私の背中に降り注ぐ。どうやら、私の背中に体当たりをしたのは彼らしい。廊下は走らない、と小学校で習わなかったのか。

恨みがましい気持ちをめいいっぱい込めて振り返れば、心底申し訳なさそうな顔をするクラスメイト、瀬尾晴宣(せおはるのぶ)がいた。彼は私を案じながら、心配そうに手を差し出す。


「ごめん、痛いよな?保健室行く?ついて行こうか?」

「いや、そこまでではないけど………」


予想以上の彼の慌てぶりに毒気を抜かれ、怒る気もなくなってしまった。瀬尾君の好意に甘えて手を借りて立ち上がれば、一人悠々と退避した蜜が駆け寄ってくる。蜜、ずるい。

蜜は大丈夫?と私に聞くと、囁くような小声でこう口にした。


「噂をすれば何とやら、だね」

「え?」


私は思わず瀬尾君を振り返る。あまりに勢いよく振り返った為に、彼はびくりと肩を揺らして目を丸くしたが、私は構わず彼を観察した。

ツンツンとワックスで立てている髪は活発な印象を与え、顔立ちは全体的に柔らかく人懐っこい。普段ならば好奇心に爛々と輝く瞳が彼をいかにも少年らしく見せるが、それでいて実は周囲をよく見ており、面倒見が良いという事は、クラスメイトならばすでにほとんどの人間が知っている。

うん。真正面からまじまじ観察してみても見紛う事なき、立派なイケメンでした。


「お、おーい、本当に大丈夫か?」


急に黙り込んだ私を、心配そうに瀬尾君が覗き込む。危ない、危ない。彼も攻略対象者なのかと思わず呆然と見入ってしまった。


「あ、ごめんごめん。本当に大丈夫だから、もう気にしないで」


すると、ようやく無事であると伝わったのだろう。彼から緊張感が抜け、いつもの悪戯好きの少年のような、無邪気な笑顔を浮かべる。


「なら良かった!まあ、もし傷が残るような事があれば、俺が責任とって嫁にもらってやるからな!」


結構な変わり身の早さである。まあ、大した事が無いと分かっているからこそ出て来る軽口なのだろう。

しかし、こんな彼の性格も坂上先輩から受け取ったメモによれば、哀しい理由があるらしい。彼には一つ年下の弟がいる。これがまた、何をさせても完璧な、非常に優秀な弟らしい。周囲は当然の如く弟を持て囃した。それは両親も同じで、彼がどれほど努力をしても、どんな結果を出そうとも、弟と比較され、その度に否定されて来たらしい。


いつしか彼は頑張る事を止め、周囲に期待する事もなく、そんな冷めた内心を隠して道化として生きる事に決めたという。そうして、何事も今が楽しければそれで良いのだと、その場限りのノリや発言を繰り返すようになったらしい。

そんな事情を知ってしまうと、その軽口も単なる軽口としては感じられなかった。


「大丈夫だから。でも、そういう言葉は本当に好きな子にだけ言った方が良いと思うよ?」


瀬尾君は周囲に気を配れる人だ。だからこそ、きっといつか、瀬尾君としっかり向き合ってくれる女の子も現われるだろう。そのときにしっかり相手の心に言葉を届ける為にも、簡単に口にして言葉を軽くしてしまっては勿体ないと思う。


瀬尾君からすればその言葉はただの冗談で、まさかそんなに真面目に返されると思わなかったのだろう。呆気に取られたような顔でこちらを見ている。冗談が通じなくて申し訳ない。更に言えば、さして親しくもないのに一番ナイーブな所を知っていて、しかもそこに勝手な同情をして、ごめん。


気まずくなり、蜜の手を強引に引いて素早くその場から離れる。ゆっくりと移動していた為、気付けば授業の時間も差し迫っていた。

黙って大人しく付いてくる蜜が珍しくて振り返れば、彼女は目が合った私ににっこりと笑いかける。


「坂上先輩に言いつけてやろーっと」


何故!?









その日、校門に天使が舞い降りた。

何を言っているか分からないだろう。うん、ごめんなさい。どうやら私も少し、混乱しているようだ。


瀬尾君とぶつかって会話をした事で、放課後になるといの一番に坂上先輩からお説教を受けた。曰く『俺を殺す気か』『俺はおまえが他の男を好きになれば死んでしまう(かもしれない)』『他の男を見るな』などなど。

端から聞くと嫉妬に狂った彼氏のお言葉。放課後の教室で、当事者である瀬尾君は肩をびくりと揺らした後に息を潜め、教室の隅では女の子のグループが先輩に届かないよう黄色い声を上げていた。蜜は隠しきれない笑い声を漏らし、私はひたすら心の中で念仏を唱え、その羞恥プレイとしか思えない苦行から必死に意識を逸らした。


ギラギラとより私の周囲への警戒心を強めた坂上先輩が、当然一人での帰宅を許すはずもなく、その日も先輩が私を家まで送ってくれる事になった。駅までは蜜も一緒である。しかし、下駄箱に向かう途中で先輩がスマートフォンを教室に忘れてしまっていると気が付いた。

頭が痛くなるくらい、絶対に一人で帰るなと釘を刺され、靴を履き替えている他の生徒の邪魔にならないよう、校門で坂上先輩が戻るのを待つ事になった。


その校門に、天使がいたのである。

癖のあるふわふわの金髪に、女の子も嫉妬するような大きな緑の瞳、それを取り囲む睫毛は一本一本が繊細で長い。頬は薔薇色に染まり、赤い唇にも自然な艶があった。ピンクベースのシミ一つない肌は白く、天使というイメージを引き立てる。一言で言うと、無茶苦茶可愛かった。穢れない天使のような、清純な美が目の前にある。


しかし、その天使は、近隣の私立中学の男子生徒の制服を着ていた。白いシャツに紺のラインの入った白いベスト、緑と紺のチェック柄のスラックスが大変よく似合っているが、正直彼はスカートに履き替えても何ら問題ないと思った。


「……向田…要、さん………」


そんな天使が、これまた美しいボーイソプラノで何故か見ず知らずの私の名前を呼んだ。

すると、天使はぐっと唇を引き結び、今にも泣き出すんじゃないかという真剣な顔で私を見詰めると、強引にこの手を取った。そのまま天使は走り出す。

私は突然のことに、逆らう事も出来ずにその場から連れ出されてしまったのである。








読んで頂きありがとうございます。

タイトルについて、私はけして瀬尾を蔑ろにするつもりはないよ。でもほら、相手は天使だから……

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