クリスマスは平日だ 2
前後編の予定でしたが、三話に変更となりました。
クリスマスは平日だ。私は声を大にして断言しようと思う。
そりゃあ、キリスト教徒にとっては神聖な日だろう。しかし、そうでない者にとってはただの平日であるべきだ。他宗教のイベントにも軽い気持ちで参加したがるのは日本人の悪い癖である。
海外では、クリスマスは家族で過ごすのが主流という。当たり前のように恋人達で過ごす日本はなんだ。始めにそんな事を言いだしたのは誰だ。デパート業界か?責任者出て来い。
一人きりの家のリビングでぼうとテレビを見て過ごす私は、そんな遣る瀬無い事を考えていた。二十五日も夕方を迎え、虚しさは募るばかりである。冬休みを迎えた弟は意気揚々と遊びに出掛け、父は仕事に、母はパートへ出掛けた。何の予定もない私だけが虚しく留守番をしているという訳だ。
こんな事ならば無理矢理にでも中学の友達同士で行っているらしい、クリスマスパーティーに参加すれば良かった。その為には坂上先輩が彼氏ではないと根気よく説明する必要があり、私の心のHPはガリガリと削られていくだろうが致し方ない。この寂しさには変えられないだろう。
もしくは、蜜と遊べれば良かったのだが、乙女ゲームを愛し、恋愛的イベントを愛す蜜にクリスマスに暇にしていると伝えれば、何故だか怒られそうな気がするのだ。別に私と坂上先輩は付き合っている訳でもないので、恋愛的イベントなどあるはずもなく、怒られる謂われはないはずだが。………やめよう、虚しくなってきた。
「ダメだ。家にいるから気分も下がるんだ」
落ち込みがちの気持ちを振り払うように首を振って、寝そべっていたリビングのソファから立ち上がる。気分転換に外出しよう。行く当てもなく、ついでにお金もないけれど、本屋にでも行けばいくらでも時間は潰せる。夕飯時まで暖かい本屋で新刊を物色出来れば、私は割と幸せだ。
部屋に戻ってコートを着て、マフラーを巻く。家の鍵と財布だけを持って、私は駅前の本屋を目指した。
その人を見付けたときの私の動揺を、どう言葉で表現すれば良いのか分からない。
家を出て、住宅街の道を真っ直ぐ進み、曲がり角を曲がったところで随分見慣れた顔と出くわした。
「やあ、こんにちは。向田さん」
ダークグレーのコートに黒のマフラーとニット帽、という完全防寒といった様相の彼は、にこやかな挨拶をくれた。わずかに覗いているのは目元と鼻先くらいだが、眼鏡の奥の目が彼らしく柔和に細められる。鈴鹿伊織君だ。視力は悪くなかったはずなので、伊達眼鏡かもしれない。
「こんにちは。すごい防寒だね。一瞬誰か分からなかった」
「本当?良かった。今日は見付かると厄介だから」
鈴鹿君は売り出し中の俳優さんだ。ファンの人に見付かれば途端に囲まれてしまうのだろう。クリスマスな事もあって、尚更その動向に注目されそうだ。
「でも、どうしてこんな所に?」
「実家がこの近くなんだよ。ちょっとだけスケジュールが空いて、大量にケーキを貰って食べきれなかったから、実家にお裾分けしてきたところ」
「ああ、そういえば蜜の家と近所なんだっけ?」
思い出しながら呟けば、鈴鹿君はあっさり頷いた。蜜に鈴鹿君の話を振れば、彼女はあからさまに顔を顰めるが、鈴鹿君の方は相変わらず何を考えているのか分からない涼しい顔をしている。
「向田さんはこれからデート?」
「あはは、だったら良いんだけどね……」
思わず乾いた笑いが漏れた。何故だろう。クリスマスにデートなんてした事無いのに、そもそも彼氏すら出来た事無いのに、今年の独り身はやけに心に沁みる。
そんな私に、しかし鈴鹿君は心底不思議そうに目を見開く。彼にしては珍しく、心のままに漏れてしまったような、素直な表情だった。
「あれ、違うの?坂上先輩と待ち合わせじゃなくて?」
「違うよ。約束とかしてないし」
というか、ナチュラルにデートと坂上先輩を繋げるのを止めて欲しい。周囲がまるで私を先輩の彼女のように言うから、余計に自惚れてしまいたくなる。
「んー?でも、駅前で不審な坂上先輩を見たよ」
「え?」
「駅前の花壇の所でそわそわしながらスマホを見てたけど。何かこう、大きな袋持ってさ。てっきり向田さんと待ち合わせてるのかと思ってた」
じゃあ俺の勘違いか、と鈴鹿君はあっさり頷いて納得する。そのまま、それじゃあ俺は仕事だから、と私をその場に置いて立ち去っていくが、いやいやいやちょっと待って欲しい。
残された私には混乱だけがもたらされた。え?坂上先輩が今、駅前にいるの?誰かと待ち合わせしている様子で、大きな袋を持って、ソワソワと?
念の為、携帯電話を開く。うん、哀しい事に誰からも何の着信もない。私は、坂上先輩から何のお誘いも受けてない。という事は何だろうか。坂上先輩はああも思わせぶりに私に二十四日の予定を聞いておいて、実は二十五日に私以外の誰かと予定を入れているのか。え、何それ酷い。
つまり、私の二十四日への期待は完全なる自惚れで的外れだったという事で。
「……………穴、掘りたい」
一週間前、クリスマスにどこかへ誘ってもらえるのかと、期待した私を埋めてしまいたい。何が着る服がないだ、グロスくらい付けた方がいいだ、プレゼントを用意したいだ。浮かれていた自分が恥ずかし過ぎて情けない。
自分を恥じ入る心で誤魔化して、素早く駅の方面に背を向けた私は、早足で来た道を引き返す。
今はまだ、坂上先輩にクリスマスに待ち合わせるような人がいるという事を、考えたくはなかった。
読んで頂きありがとうございます。
話数詐欺となってしまいました……鈴鹿が、鈴鹿が悪いんだ。あんな所で出張ってくるから。ちなみに、他の攻略対象達は蜜の活躍によりデートしています、きっと。