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クリスマスは平日だ 1





「おまえ、二十四日って暇か?」


そんな事を十二月十七日に、それも片想いの相手に尋ねられて期待しない方が無理だろう、と私は思う。

恥ずかしながら、私は思いきり期待した。自分にこんな所謂乙女な部分があったのか、と驚くほどに期待した。もしかして、クリスマス・イヴにどこかへ誘ってくれるのではないか、と。


それなら嬉しいけれど、どどどどうしよう。着て行く服なんて持ってないし、何を着れば良いかなんて分からない。お化粧はまだ苦手だけど、蜜にせめて唇くらい潤いを保て、とこの間何故かこっ酷く叱られたので、グロスくらい付ければ良いのか?クリスマスと言えばプレゼントも用意したいけれど、若い男の人に何をあげれば良いのか分からない。父ならネクタイをあげれば間違い無いのに。


「ざ、残念ながら暇なんですよー」


動揺と期待を悟られないように、平静を装ってそう答える。少しどもってしまったが、このくらいなら許容範囲だろう、坂上先輩は正直鋭いタイプでも無いし。

すると、坂上先輩は何故かぐっと眉を寄せた。端から見ると機嫌を損ねたようにも見えるが、先輩の挙動に慣れていると何かしら考え込んでいるのだと分かる。


「そうか」


そして、先輩はそれだけ口にすると、その後クリスマスの話題を出す事はなかった。









それからの一週間は『混乱』の一言に尽きる。

毎日顔を合わせるものの、坂上先輩から二十四日について触れる事は一度もなく、普段通りの日常を過ごしていた。それでも、時々先輩が難しい顔をしているときがあり、どうしたんですか?と問いかければ、決まって一段と冷え込んで来たな、と気候の話ばかりをされた。


何だ、何を考えているんだ。そして、何のつもりだったんだ、二十四日の予定を聞いてきたのは。

え、まさか本当に何の意図も無かったの?世間話の延長で何と無く聞いてみただけ、とか?期待した私、恥ずかしい!脳内でお花畑を育ててしまっていたのか!恋って恐ろしい!恋とはストレスだけれど、時々ホラーを感じさせる!


気持ちを切り替える為に一度溜息を吐いて、落ち着く。先輩も最近何かしら考え込んでいるようで、きっとそれ所ではないのだろう。クリスマスがどうのと考えるよりも、もしも先輩が困っていて、その力に成れる事があるのなら、いつでも応えられるように心積もりしておこう。

しかし、そう納得しようとしても、周囲は簡単に私を放っておいてはくれなかった。


蜜は意味あり気に『カナちゃんは、クリスマスはもちろん忙しいよね!』と私を見詰めるし、レナ先輩は私の両手を掴んで『初めてのクリスマスかぁ……』と何故か恥じらう様子で目を伏せるし、ナミ先輩とミカ先輩はその後ろでニヤニヤしてるし、同じ中学の友達は『この間、要が男と歩いてるの見たんだけどー!え?彼氏?彼氏?良いなー羨ましい!じゃあ、要は今年のクリパは不参加ね!』と口を挟む暇もなく自己完結して電話を切るし。


いや、何もないから!むしろ予定無さ過ぎて暇だから!弟もとっくにサンタクロースの正体を見破った為に、我が家の夕食が少し豪勢になって家族でケーキを食べるくらいだから!

そう言っても、誰も納得してくれないのが悲しい所である。総じて、うんうん分かってる分かってるよ、とでも言いたげな生温い目で微笑まれて終わった。


「要、着いたぞ」


そんな事を考えていると、二十四日の終業式後、いつものように家の近くまで送ってくれた坂上先輩が私に声を掛けた。先輩は未だに私の自宅近くまで送ってくれている。朝こそ、先輩も大変だろうと頑なに断ったが、結局駅から学校まで徒歩の先輩と途中で鉢合わせて、一緒に登校する事が多かった。


「いつもありがとうございます。でも、もう寒いですし、私もヒロインじゃないし、わざわざ送ってくれなくても良いんですよ?」

「……………まあ、そう言うな」


どこか困ったように坂上先輩がそう口に出せば、私もそれ以上何も言えなくなってしまって、ずっとこんな状態が続いている。


「………要は、クリスマスはいつもどうやって過ごしてるんだ?」


すると、突然肝心の話題が降って来た。いや、しかし期待してはならない。ここで期待をするから私は泣きを見るのだ。出掛ける準備だってしてないし、プレゼントの用意もない。むしろ、そんな事になれば困ってしまうだろう、うん。クリスマスの事はもう考えないと決めたじゃないか。


「いつもは……そうですね。友達とクリスマスパーティーをしたりとかですかね」


なんとか動揺を押し込めてそう答える。と言っても、今年は友人の早とちりで口を挟む暇もなく、不参加になりましたが。いくら彼氏じゃない、と言っても信じてもらえないし。私の知らない間に『彼氏持ちは強制不参加』という不文律が出来ていたし。


「そうか」


すると、坂上先輩は苦笑のような表情を浮かべた。突っ走る傾向にある真っ直ぐな先輩には珍しい表情で、私は思わず見入ってしまう。


「まあ、冬休みも始まるが、あまり羽目を外し過ぎるなよ」


最後にそんな、まるで年上らしい事を言って、先輩はじゃあな、と片手を上げて私に背を向ける。そのまま、何の未練もなく立ち去って行った。

いや…いや、大丈夫。何も期待なんてしてないから。私は坂上先輩の彼女ではないし、ただの先輩後輩だ。学校を離れれば接触が無い事も、ましてやクリスマスに会う事がないのも、至極当然で何も不思議ではない。


でも、ああ、うん。分かっている。わずかな可能性を捨て切れず、それに夢を見てしまうくらいには、私は坂上先輩を好きだった。例え完璧な片想いだったとしても。


「私から誘ってみれば良かったのかなあ」


勝手に期待して、断られたら悲しいな、と自身の憶病さに負けて何も行動出来なかった私が、今更そんな後悔をしても遅かった。









読んで頂きありがとうございます。

お久しぶりです。


枯れてなくて片思いを始めた要は人並みに女の子をしているけれど、唇は荒れていた模様。そして蜜が何故唇に厳しいかは分かってない。


後編は二十五日に更新予定ですので、そちらもお付き合い頂ければ幸いです。



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