表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

いつか延長線上へ





「超隠しルートでね、条件が滅茶苦茶厳しいのよ。三年間何かの部活動に打ち込む事に加えて二人を同時に攻略していく。その二人の好感度をほぼ一定に最大値まで高める必要があって、更に若干好感度の高い方がフライングで高校三年のクリスマスに告白してくる。その告白に応えれば普通にその相手とカップル成立だけど、断ればヒロインが暗に『貴方の事は好きだけど夢の為にお付き合いは出来ないの』と伝えるのね。三年続けた部活がその将来の夢で、一緒にいると甘えてしまうから、って事でヒロインは男より夢を取る。すると、年明けくらいにその告白して来た方が交通事故で帰らぬ人となり、悲しみに暮れるヒロインにもう一人の男が『君があいつを忘れられない事は分かってる。だけどそんな君を、俺に支えさせてくれないだろうか』と告白してきて、彼の優しさに甘えてそっちの男の方とエンドを迎えるって訳」


からかうような声音で説明された、乙女ゲームでの攻略対象キャラの死の条件に、私は思わず叫んだ。


「惨い!」


一人目の男が憐れ過ぎる。振られた上に、言い方は悪いが自分の死をダシにしてカップルが成立するのだ。鬼だ、そのゲームの制作者は鬼だ。


「まあ、好感度の条件とか部活しながらの全パラメータ上げとか、条件が異常に厳しいから簡単にできるようなエンディングでもないけどね。ネット上でも非難轟々だったよ。私もクリアしたときは心が灰になるかと思った」

「いやいやいや、何だかもうヒロインが悪女にしか思えない」


いくら弱っていたとはいえ、本命の男を振ってその男が死んだ事を切っ掛けに他の男とくっ付くか。いくら本人に堪え難い苦しみがあったとしても、端から見ると気持ちの良いものではない。


「ま、そんなんだからね、あの子が死ぬかもしれないって大慌てするのはほとんど杞憂だよ」


蜜はひらひらと手を振ってそう軽く締めくくる。あれ以来、蜜は全てを打ち明けてくれた為に、坂上先輩の事を『あの子』と表現するようになったのだが、私は未だにそれに慣れないでいる。坂上先輩は見た目不良で子どもらしさなど無く、そう呼ぶ蜜は可憐な美少女だ。違和感しかない。しかし、それにしてもまさか、


―――――――蜜が、前世の坂上先輩に乙女ゲームを教え込んだ看護師さんだったなんて。


だからこそ蜜は、最初から本当は私がヒロインではなく、自分自身がヒロインであると知っていたらしい。


「でも、蜜も意地が悪いよ。そうならそうと言ってくれれば、坂上先輩だってあんなに必死にならずに済んだのに」

「いやあ、可愛いあの子が見当違いに頑張っていると思うとおもし………応援せずにはいられなくて」


今絶対に面白いと言おうとした。以前、坂上先輩にも聞いた事があるが、例の看護師さんはいつも全力で先輩をからかっていたらしい。うん、蜜は間違いなくその看護師さんの生まれ変わりだ。


「あたしはヒロインだってバラすつもりも無かったしね。どのキャラも好きだったから、あの子だけじゃなくて皆に幸せになって欲しかったし」


幼い頃に前世を思い出した蜜は、『乙女ゲームのヒロインという事は磨けば光る逸材のはず!』と自分磨きに精を出したものの、その容姿でゲームのように男性を攻略しようとは思わなかったらしい。曰く、


『ああいうのは、ただし二次元に限る、なの。あたし、前世で三十前だったんだよ?それで高校生相手に恋愛はキツイ………』


唯一、二十代前半の蓮見先生ならギリギリ恋愛対象内だそうだが、基本的に前世から年上好きで、惹かれる事はないらしい。難儀な人生よ、と語る蜜の目は相当遠かった。

それでは、そんな蜜が猫を被って攻略対象者に近付き、何をしていたのか。実は、彼らを本気で好きな女の子を見付けては、その子達の危機感を煽っていたらしい。


『攻略対象キャラは魅力的な子ばかりなの。だからこそ、周囲にはそんな彼らを本気で好きな女の子が、必ず一人はいるのね。それもとびきり魅力的な女の子。そんな女の子達に勇気を出してもらう為、お姉さんちょっと一肌脱いでみました』


自己満足だけどねー、と蜜は軽く笑っていたが、最近自分の事で精一杯だった私がようやく周囲に目を向けてみると、知らない内に瀬尾君はクラスの委員長と付き合っており、谷原君には仲の良い女の子が出来ていた。蜜の計算通り過ぎて少し怖い。

ただし、実は蜜と幼馴染であるらしい鈴鹿君だけはこれまでに積み重ねて来た複雑な関係があるらしく、他人のふりで通して関わらないようにしているらしい。時々話していたのは、鈴鹿君に赤の他人だと念を押していたそうだ。


「それにほら!相手がカナちゃんなら何かあっても大丈夫かな、って」

「あの頃知り合ってまだ一ヶ月も経って無かったのに?」

「あたし、直感を信じるタイプだから」


蜜は得意げににっこりと笑う。そんな笑顔はやっぱり可憐な女の子だった。言われてみれば、彼女の事を随分年上に感じた事は多々あったけれど、まさか本当に精神的には年上だったとは。


「あ、ほらほら。カナちゃん、お迎えだよー」


蜜に教室の出入り口を指し示され、そちらへ目を向けると、どことなくそわそわとして落ち着かない様子の坂上先輩がいた。蜜は悪戯っぽく笑みを深めると私を急かして立ち上がらせる。


「良いなー、あたしもお迎えされたーい。帰ったら乙女ゲーしようっと」


蜜ならバーチャルではなくリアルな男の子がいくらだってお迎えをしてくれるだろうに、と思ったものの彼女の遠すぎる目に言い寄ってくる男の子は皆対象外なのだろう、と気付き何も言わずに退散した。









蜜が前世の看護師さんであり、乙女ゲームのシナリオ通りのデッドエンドを迎える可能性が最早潰えていると判明して以来、坂上先輩と私は以前のように接するようになった。必要がなくなったので私への過剰な監視は無くなったものの、昼休みと放課後はこれまでのように一緒に過ごし、家まで送ってくれている。


「あ、先輩。忘れていました」


私の家へ向かう為の大きな橋を渡りかけたところで立ち止まり、鞄の中を漁る。怪訝な顔をした坂上先輩へ、見付けたノートを差し出した。


「次、先輩の番ですよ」

「ああ」


納得したように一つ頷くと私の手からノートを受け取り、今度は先輩が自分の鞄にノートをしまった。

そう、交換日記のノートである。改めて考えると堪えようのない羞恥が湧き出て来るが、私はあの屋上での話以来、本当に坂上先輩と交換日記を始めた。交換日記なんて『ない』、と思っていたはずが、惚れた弱みとは恐ろしい。何を書けばいいのか毎度頭を抱えるものの、何だかんだと続けてしまっている。

再び並んで歩き始めて、そういえば、と坂上先輩が口を開いた。


「要、ニキビ治ったな」

「あ、そうですね。気付けば治ってました」


思えば、屋上で話をして以来、いろんな事の肩の荷が下りて、気持ちも晴れた。その辺りから徐々に治っていったのだろう。あれはやはりストレスだったのだ。ストレス怖い。


「見っともなかったので、治って良かったです」

「別に見っともなくはないだろ」

「慰めは結構ですので」


肌荒れ知らずの先輩が憎い。一応、私も女子の端くれであるのでニキビ一つで気分は下がるし、それを恥ずかしく思う。好きな人の肌が綺麗ならば尚更だ。


「別にニキビがあっても可愛いから安心しろ」


すると、爆弾を投下された。本当に、本当にこの人はもう…!私の心を弄ぶ天才なのではないかと、最近では真剣に疑っている。

あの屋上で、坂上先輩は私が男の子と話しているともやもやすると、交換日記から始めてくれないかと、言ってくれた。けれど、先輩のそれは、私の気持ちほど明確ではないだろう。あくまで私の片想いのままだった。


それでも、まるで嫉妬のような事を言ってくれた。それだけで私が期待するには十分だったのだ。坂上先輩が私へ向けてくれる親しみの先に、私と同じものがあれば良いな、と。

だからこそ、時々無性に切なくなって、胸が苦しくなるけれど、こうしてまた先輩と過ごせるだけで幸せな気持ちになれるのだ。


「そう言って下さっても、やっぱり嫌です」

「あんまり気にしすぎも良くないってレナ達も言ってたぞ」

「だって……」


だから私は、少しだけ素直になろう。叶わないからと逃げる事を止めよう。傷付くのが怖いからと、自分を守るばかりではいけないのだ。


「先輩の隣にいて、相応しいと思われるようになりたいんです」


頑張ろう。せっかく坂上先輩が私に親しみを感じてくれているのだ。好きになって貰えるような、女の子になりたい。先輩に恥じないよう、もっと勉強しよう。好きだと言っていたスポーツも一緒に楽しめるようにしよう。蜜にお洒落を教えてもらおう。お母さんに料理を教えてもらって、先輩に私の作ったものも美味しいと言って欲しい。


「………っ恥ずかしくなるような事を言うな」


一体、いつもどちらが恥ずかしい事を口走っていると思っているのか。素っ気無く口にした先輩が、急に歩調を早めて私を置いて行く。慌ててその背を追おうとすれば、前を向いたままこの手を掴まれた。


「さっさと帰るぞ」


坂上先輩に腕を引かれ、家路を急ぐ。冬を迎えようとする帰り道は早々に日が暮れて、辺りは薄暗い。そんな中で後ろから覗き込んだ、街灯に照らされた坂上先輩の顔は耳まで赤くなっていた。


「坂上先輩」

「何だよ」


何故だかその横顔を見た途端に堪らない気持ちになって、今ならこの想いを伝えられる気がした。


「………何でもないです」


しかし、これ以上そんな事を言えば、先輩が更に真っ赤になって倒れてしまうんじゃないだろうか、と想像してしまい、心配になって口を噤む。

困惑気味の先輩に、もう少しだけこの恋を秘めていようと、そっと笑みを浮かべた。









読んでた頂きありがとうございます。

完結しました…!

しっかり恋愛を書こうと決めて取り組み、何とか目的を果たせたように思います。これで二人は、楽しい楽しい友達以上恋人未満の始まりです。

完結済みにはしておりますが、近々ネタばれ満載の、本編では表に出せなかった事まで書き綴った登場人物紹介を更新したいと考えております。ワクワク。


完結まで辿りつけたのは、ここまでお付き合い下さった方々のお陰です。

感謝してもしきれません。簡単で申し訳ございませんが、本当にありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ