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赤裸々な他人の事情





坂上先輩は休み時間の度に私の教室に来ては、時間いっぱい私を監視して帰って行く。貴重な休み時間を私で浪費して良いのかと、つい余計な心配をしてしまうが、まあ命よりも大切なものなど無いという事だろう。先輩はいつだって真剣に私を見張っている。

初めに坂上先輩の容姿や形相に恐れをなして監視を許容してしまったのだが、その後も変に慣れてしまってずるずると断れないでいる。


先日も『放課後にどんな出逢いがあるか分からん』と言われ下校を共にし、家まで送ってもらったが、それに何の違和感も抱かなくなっている自分に衝撃を受けた。蜜には『カナちゃんって結構な事なかれ主義だよね。流されやすいしー』とケラケラと笑われる始末。

――――しかし、だからと言ってこれは、流石に止めて欲しい。


「姉ちゃん、姉ちゃん、これ彼氏!?姉ちゃんの彼氏!?かっけー!でけー!立ち上がるときに『どっこいしょ』って言っちゃう姉ちゃんに彼氏ー!」

「うるさい、陽太!さっさと学校に行きなさい!」


朝、小学五年生の弟と押し合いながら家から出れば、仏頂面の坂上先輩が玄関前に立っていた。その仏頂面が機嫌によるものではなく、それが彼のデフォルトなのだと分かるようになってしまった自分が哀しい。

せっかく迎えに来たのに出て来るのが遅い、と文句を言う先輩に目を輝かせる陽太が騒ぎ出し、ご近所さんの目がこちらに向く。ついでに何事かとわざわざ家の中から駆け付けたお母さんまであらあら、と目を丸くしていた。


ああ、目に浮かぶようである。あの要ちゃんも大きくなって…というご近所の生温かい目!姉ちゃん姉ちゃん枯れた姉ちゃんがどうやって彼氏ゲットしたのー?と騒ぐうるさい弟!何も言わずにそっと赤飯を炊く母!そしてそれに困惑しつつも聞けずにこちらをチラチラ伺う父!

家にだけは来て欲しく無かった!家族ほど恋愛沙汰認定されて恥ずかしい相手はいない!


そして先輩、陽太を指差して『サポートキャラ!』とか意味の分からない発言しないで!漫画大好きな陽太は『キャラ』とか言われると無駄にテンション上げてしまうから!

ああああああもう!私は顔から火が出そうな思いをしながら、先輩の手を引いて逃げるように登校した。









「お願いですから、家の玄関前で待ち伏せするのは止めて下さい」


昼休み、私は我ながら疲れ切った声で懇願した。午前中は怒りが収まらずにいたが、それも通り過ぎると疲労感だけが残った。そんな様子を察したかの如く、午前の間は息を潜めて過ごしていた先輩は、強引で勝手なようで、意外と空気は読めるらしい。


「どうしても登校時の様子が気になるなら、うちの家の近くの曲がり角の所で落ち合いましょう」

「分かった。突然行って悪かったな」


そして、意外と素直だったりする。パッと見ただけでは、所謂『俺様』系でジャイアニズムを発揮しそうだが、こちらが心を込めて訴えかければ、真剣に耳を傾けてくれた。

ただまあ、彼にとっては命に関わる事だ。迎えに来ないで下さい、という訴えは通らないと思うのでそもそもお願いしない。意外と素直であっても、それも命あっての物種なのだ。


「それで?わざわざ教室を出て、何のお話ですか?」


昼休みになって、私の怒りが疲れへと移行した事を悟った先輩は、無気力な私を引きずるようにして無人の音楽室へと連れ込んだ。いつも蜜と一緒に昼休みを過ごす私に先輩が貼りついている、という状態だったのでその場には当然彼女もいたのだが、蜜は『私は用事があるから』と同行せずにヒラヒラと手を振って私達を見送った。


バリバリと菓子パンの袋を破りながら、坂上先輩は口を開く。そのパンはすでに八つ目だった。これまで七つは総菜パンだったので、もしかしてそれはデザートなのかもしれない。どれだけ食べるのだ。その大きな身体を維持しようと思うとそれだけの量が必要になるのか。………育ち盛りの男の子怖い。見た目『男の子』という感じではないけれど。


「攻略対象キャラの特徴を、覚えている限り書いて来た」


そう言って、パンを咀嚼しながら私に一枚のルーズリーフを差し出す。そこには、六人の男の子の特徴が書かれていた。


「でも俺は実際にプレイした訳じゃない。攻略本も押しつけられたけど、登場人物紹介の欄を読んだ時点で見る気も失せた。だから、そこに書いてあるのは簡単な特徴と散々語り聞かされたそれぞれのコンプレックスのみ」


同じく、母手製のお弁当を食べながらざっと目を通す。勉強が得意な優等生、熱血な柔道部、天然教師、年下の少年、ノリの良いクラスメイト、俳優の卵で学園の王子様。


「全員何らかのコンプレックスやトラウマを抱えている。それは逆鱗でもあるし、攻略の鍵でもある。何でも、ヒロインがそのコンプレックスを解消してくれる事で、よりヒロインに傾倒していくらしい」

「ああ、なるほど。良くありますねえ、自分を救ってくれた子に骨抜きになるって」


ルーズリーフの文字を目で追う。こう言っては失礼だが、思いの外綺麗で丁寧な文字だった。もう少し、荒っぽい文字を想像していた。

内容は、王子様のコンプレックスは自分の容姿、年下の少年は男らしくない性格、優等生キャラは勉強以外に趣味も取り柄もない事といったものだった。うわあ、今私の手の中に多感な年頃の少年の一番ナイーブな部分が晒されている。何だか申し訳ない。彼らも絶対こんな見ず知らずの人間に知られたくなかったはずだ。私も知りたくなかった。重すぎる。


「あれ?どうしてこの二人だけ名前が分かっているんですか?しかもこの『鈴鹿伊織(すずかいおり)』って、あの鈴鹿君ですよね?俳優のお仕事してるみたいですし、特徴も当てはまってます」


加えて言えば、確か同じクラスの彼は王子様と揶揄されていたはずだ。お仕事が多忙な為か休みがちだが、たまに教室に顔を出せばいつも嫌な顔一つせず大勢の女の子に囲まれている。私も一度だけ話した事があるが、優しいフェミニスト、という印象を受けた。


「ああ。たぶん、そいつで間違いない。そいつは、単純に名字も名前も両方女の名前みたいな響きだったから、印象に残ってた」


いや、伊織はどちらかと言うと男性名だったように記憶しているが、まあ細かい所はどうでも良いか。


「もう一人の新堂譲(しんどうゆずる)は、俺の後輩にあたる。今中三なんだが、条件がぴったり当てはまるし、たぶんその年下キャラは譲だ。他の奴は名前も覚えてないし、誰だか分からん」


そう言われ、新堂譲の項目に目を向ける。癖のある金髪に緑の目という特徴のある容姿に加え、『坂上俊希』の後輩にという所もゲームと同じらしい。ハーフか何かだろうか。珍しい容姿であるし、坂上先輩が自分の後輩が彼だと確信したのも納得だった。


「ここに坂上先輩の事は書いていないみたいなんですが………」

「俺の事は良いだろ。警戒する必要もないし」


そう言われてしまえばその通りだった。ここに書かれている人物は、言わば坂上先輩の命を脅かすかもしれない人リストである。坂上先輩自身は当然そこに含まれない。


「参考までに言うが、俺はキャラクターの『坂上俊希』と全く同じ存在とは言えん。前世の記憶がある分、考え方が違うんだろうな。俺は別にピアニストを目指して無いし、他に夢があるから早々にそれを両親に相談して、説得もした。今じゃあ親も納得してくれて、ピアノはあくまで趣味で、親との関係もたぶん普通だ」

「はあ。前世の記憶があるってかなりのイレギュラーですもんね。全部が全部同じになる訳ないって事ですかね」


と、いう事はだ。坂上先輩のこの派手な容姿は親への反発の発露ではなく、完全に彼の趣味であるらしい。うん、やはり彼は地味系の私にとって近寄りがたい存在だった。

今や逃げられるとは、到底思えないのでもう何だって良いのだけれど。


「分かりました。とりあえず、残りの人達については蜜に心当たりがないか聞いてみます。全員顔が良い事は確かなら、絶対蜜のアンテナに引っかかっているはずなので」


彼女が憚らずに主張する趣味は『イケメンウォッチング』である。蜜は少しくらい憚った方が良いと思う。


「頼んだ。それで誰だか分かったら、絶対にそいつらには近寄るな。仮にどうしても関わらないといけないときは、絶対にそこに書いてあるコンプレックスには触れるなよ。惚れられるぞ」

「そこは安心して下さい。誰が、そうと分かっていて地雷を踏むものですか」


私はどちらかと言うと平穏に生きたい派である。加えて、見ず知らずの彼らのコンプレックスを把握している事に負い目がある。知らぬ間に、一番繊細な部分を暴かれているなんて、私なら絶対に嫌だ。だからこそ、触れるつもりはない。

仮に触れてしまったとして、坂上先輩の言うように『惚れられる』というオチにはならないだろうが。何せ、おおよそ女性的魅力に欠ける私である。惚れられる事なく逆鱗に触れて終わりだ。恐ろしい。


決意を込めながら、お弁当のから揚げの最後の一個にフォークを突き刺す。それを口に運ぼうとして、不意に坂上先輩の目がその唐揚げを追っている事に気付いた。見間違いかと思って、確認の為に口元へ持ち上げかけたそれを右の方に移動させてみた。すると、見事に先輩の目もそちらへ動く。完璧に誘惑に負けているようである。


「…………いりますか?」

「良いのか!?」


良くはない。唐揚げは今日のお弁当のメインディッシュだ。正直かなり惜しい。しかし、目の前でそんなに物欲しそうな顔をされてしまえば、どうにも無視できそうになかった。


「構いませんけど」


フォークを突き刺してしまっているので、とりあえずそれを外そうか、と一旦唐揚げをお弁当箱に戻そうとすれば、その手を坂上先輩に掴まれる。驚いて身体が強張っても構わずフォークを握った手ごと引き寄せられ、先輩はそのまま唐揚げを一口で平らげた。


「よし、美味い」


その言葉と共に私の手は解放される。先輩は非常に満足そうな顔をしているが、ちょっと待て。今何をやった。まるで、はいあーん、と食べさせるような行動を無理矢理させられた。じわじわと羞恥の感情が湧きあがる。なんて、心臓に悪い!


純粋に唐揚げを堪能しているだけの先輩に恨みがましい目を向けてみたが、当然のように先輩には届かなかった。










読んで頂きありがとうございます。

坂上の最近の昼食はパンが主になっていたので、奴は肉に飢えています。


要は帰りなら家族の誰とも被らないしさっさと玄関で別れれば、と家まで送るのを許容したのが大きなミス。




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