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青空の下で





私は、鈴鹿君の事を異性として好きではない。

人並みに格好良いな、と思う。遠目で見て、見惚れた事もある。けれど、それが恋情に繋がるかと言うと話は別だ。だって恋とは、うっとりと見入るようなものではなくて、時に感情が擦り切れそうな痛みを伴うものだから。


クラスメートとして気の利く良い人だな、とは思うがその感想もどこかテレビの向こうに向けるような、妙に客観的な感想だった。

だからこそ、差し出された手は私に戸惑いをもたらし、身体を硬直させる。翻った手がゆっくりと伸ばされる様子を、声も出さずに目で追っていれば、


「何ふざけた事言ってんの!!」


私じゃない女の子の声が飛んで来た。高いけれど不思議と耳に心地よい甘さを持つ、蜜の声だった。驚いて屋上の扉へ目を向ければ、可愛い顔をこれでもかと言うほど真っ赤に歪め、肩を怒らせている蜜がいた。やめて、やめて蜜。そんな可愛い顔で般若のような表情をしていると、勿体なさ過ぎて私が哀しい。


「愛の告白?」


すると、鈴鹿君が至極軽い調子で煽るように答えた。


「何、カナちゃんの事が好きだとでも?」

「え、別に?」


鈴鹿君は私に答えたように、蜜に対してもあっさりと私への好意を否定する。何を考えているのか全く以って分からない人だ。蜜は瞬間湯沸かし器のように、今にも怒鳴り付けそうな勢いで怒りを高めたが、すぐにそれを無理矢理抑え込んで低く溜息を吐いた。


「あんたのそういう所、昔から真剣にどうかと思うわ」

「奇遇だね。俺は君の他人の交友関係に口出すような、図々しい所が嫌いだよ」


どこか嘲笑を含んだ鈴鹿君の言葉に、蜜の目が再度ギラリと鋭くなる。蜜も、鈴鹿君も、私の知っている二人じゃない。

私の戸惑いを感じ取ってくれたのだろう。目の合った蜜が、困ったように眉尻を下げてパタパタと私に駆け寄る。私を鈴鹿君から守るようにして私と彼の間に割り込み、この手を握った。


「ごめんね、カナちゃん。あたし、カナちゃんに秘密にしてた事があるの」

「秘密って、実は鈴鹿君と知り合いだったって事?」

「それもそうだけど、それだけじゃなくて」


戸惑いがちに問いかければ、座り込んでいた私を引っ張って立ち上がらせながら蜜が答える。すると、彼女はまた表情を厳しくして今度は屋上の扉を振り返った。


「ほら!隠れてないで出て来なさい!」


まるで小さな子どもを叱るような蜜の言葉に、やはり叱られた小さな子どものように現われたのは、坂上先輩だった。大きな身体をした男子高校生なのに、本当に子どものように所在なさそうな様子だった。

その姿を見て、私の身体が強張った事に気付いたのだろう。蜜は、私の手を握る力を込め、自身より高い位置にある私の目をじっと見つめた。


「もう一回だけで良いから、話を聞いてあげて。妙な所で遠慮して大事な事ほど言えないけど、真っ直ぐな良い子だから」


そして、やはり蜜は小さな子どもに対するように坂上先輩の事をそう表現する。何だか、鈴鹿君に対してはもちろんだけれど、坂上先輩に対する様子もいつもと変わっていた。


「んー、これは俺が振られる感じかな」

「そんなもの最初から分かっていたでしょ。ほら、立ちなさいよ」


私から手を離した蜜に力尽くで手を引かれた鈴鹿君が立ち上がるが、やはりまるで堪えた様子はない。


「えーと、ごめんね?」


鈴鹿君の事を異性として考えた事も無いのでもちろんお付き合いなど出来ないのだが、あまりに鈴鹿君の言葉が軽い為に、謝るのも変な気がして思わず疑問符を付けてしまう。


「ああ、うん。別に良いよ。また教室で」

「前々からあたしの友達にも近付くな、って言ってたでしょうが!」


蜜は腹立ち紛れなのか、乱暴にぐいぐいと鈴鹿君の背中を押して校舎内へ戻ろうとする。その際、すれ違う坂上先輩の腕を平手で叩いて、ちゃんとしないさい、と一言諌めてから本当に校舎へ戻り、扉を閉めて鈴鹿君共々立ち去ってしまった。

その場に残されたのは私と坂上先輩だけで、私の中には言いようのない気まずさと息苦しさがあり、坂上先輩はけしてこちらを見ずに地面のコンクリートを睨みつけている。


「先輩」


仕方なく、話をするならするで早く終わらせて逃げ出してしまいたかった私は、先に声を掛ける。すると、先輩は弾かれたように顔を上げ、目に見えて慌てふためいた。


「あっ!いや、あの、あ……」


続いて、何かに気付いたように自身の身体をパンパンと手のひらで押さえ始める。何かを探すようにそれを繰り返した先輩は目当ての物を見付けたようで、スラックスのポケットからくしゃくしゃになった、小さな紙袋を取り出した。それを、恐る恐る私へ差し出す。


「修学旅行の土産で、お守り。渡せてなかったから」

「いりません」


先輩の厚意をはっきりと拒絶する。純粋な厚意を無碍にする事に胸が痛まない訳ではないが、私にそれを受け取る事は出来ない。それを見る度に坂上先輩を思い出して、いつまでも引きずってしまう自分が容易に想像出来たからだ。

ドラマなどを観ていると、引きずらずに次の恋を探す方が堅実だと思っていたが、実際に自分がその立場に陥ってみると、好きの気持ちが永遠に終わってくれる気がしなくて、途方もない虚しさ覚えた。


「そんな事より、先輩、蜜を追いかけなくて良いんですか?」


私の拒絶に目に見えて落ち込んでいた先輩は、その言葉で顔を上げる。坂上先輩らしくない。命の為に必死に私を監視していたのに、先輩の蜜へ対する監視は甘すぎた。私をヒロインだったと思っていたのに間違いだったと急に判明して、未だに戸惑っているのかもしれない。


「………分からん」


坂上先輩はそう言って項垂れる。


「頭では分かっても、分からん。ゲームを生き残る為には、本当のヒロインであるらしい音川に選んでもらう必要がある。だから俺は、音川に男を近付けないように見張っていなければならない」


そんな事は分かっている。だから私は、それを見ていられなくて、二人から距離を取ったのだ。

坂上先輩が、一歩こちらへ距離を詰める。


「頭で分かっていても、俺は、気付いたらおまえの事を見てるんだ。要の様子が気になって、落ち着かない。男と話しているのを見るともやもやする」


そう口にすると、自分の言葉に合点がいったように、坂上先輩は声を大きくしてはっきりと繰り返した。


「そう、もやもやするんだ!要が俺の所にいなくて、他の男と楽しそうにしてるともやもやする。無性に不安になって落ち着かない。それにっ」

「止めて下さい」


続けようとした先輩の言葉を遮って拒絶する。そんな風に言われたら、期待してしまう。もしかして、この気持ちを諦めなくてもいいんじゃないかって、そんなあまりに自分に都合の良い期待ばかりが浮かんでくる。


「私は、ヒロインではないんです。先輩の助けにはなれません」

「助けとか、そうじゃなくて」


必死で声が震えないように堪えてそう告げれば、坂上先輩は首を横に振って否定する。先輩は一度言葉を切って俯くと、次に顔を上げたときには睨むように私を見詰め、一気にこちらへ距離を詰めた。


「要」


先輩が、私の名前を呼ぶ。詰めた距離をそのままに、私の手を掴むと目の前で口を開く。真剣な目でいつだって真っ直ぐに見詰めて来る坂上先輩を、悔しい事にやっぱり好きだなあ、と思う。しかし、


「俺と交換日記から始めてくれないか!?」


このとても真面目な場面で、ずっこけそうになってしまった私は悪くないのだと、誰か慰めてくれないだろうか。












読んで頂きありがとうございます。

サブタイトルは爽やかなのになあ。



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