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差し出された手





坂上先輩に判明した事実を告げて、早二週間が経過した。

その後、しばらくは私と先輩が別れた、という噂が流れて好奇の視線に晒されもしたが、一週間も経てばそれも随分落ち着いた。高校生にとって、誰かと誰かが付き合う事も、突然別れる事もそれほど珍しい事ではない。


時々、坂上先輩と廊下ですれ違った。お互いに声を掛ける事はなかったが、すれ違った後、先輩の視線を感じた。私はいつもそれに気付かないフリをして、足早にその場を去る。そろそろ朝晩は風が冷たくなってきたのに、いつまでも薄着な先輩が少し心配だった。

あの後、蜜にも坂上先輩に伝えた内容と同じ事を説明した。

蜜は大いに戸惑って、何かの間違いじゃないかと問いただし、やがて何も反論出来なくなって、私の顔を心配そうに覗き込む。


『カナちゃんは、それで良いの?』


困ったように笑う私の手を蜜が哀しそうな表情で強く握ってくれて、少しだけ泣きそうになってしまった。









蜜に坂上先輩を好きになって、と言えるほど私は強くない。第一、蜜の心は蜜だけのものだ。私にどうこう口出す権利なんてない。それに、感情なんてどう頭で押しとどめようとしても、勝手に溢れだしてしまうものなのだからどうしようもない。

それでもやはり、完全に無関心になる事も、見過ごす事も出来なくて『先輩の事、少しだけ気に掛けてあげて』と私は蜜に身勝手なお願いをした。それに彼女は困ったように、曖昧に頷いてくれた。


それ以来、時折蜜と坂上先輩が一緒に話している姿を見掛ける。頼んだのは私とはいえ、その様子を見ていられなくて、私は校内をさ迷うようになった。今も、昼休みになって教室を抜け出した。どこか、誰の目も無い場所で一人になりたかった。









そうして、訪れたのは屋上だった。鈴鹿君に二度とここには近付かない、と伝えてはいたが、ここしか完璧に一人になれる場所が思い浮かばなかった。今日の鈴鹿君はお昼前に登校し、先程女の子に囲まれていたので、いつもの流れだと彼はこのまま午後の授業まで教室で談笑しているはず。彼と話せる好機を、女の子たちが逃すはずがないのだ。

だから、今だけこの場を借りさせてもらおう。昼休みが終わったら、また何でもないような顔で教室に戻るから。


屋上の真ん中で、以前に鈴鹿君がしていたように寝転がる。今日は天気も良く、太陽がポカポカと温かくて心地良い。風も程良い涼しさで、ゆっくりと目を閉じた。このまま眠ってしまえば幸せだろうなあ、と思う。

しかし、太陽の下で寝転び、まどろんでいれば、突然ゆっくりと扉が開く音がした。私は、驚いて慌てて起き上がり、居住まいを正す。


「あ、ここに居たんだね」


扉のノブを掴んだまま、微笑みかけるのは鈴鹿君だった。鈴鹿君は、相変わらず女の子ならば誰もが憧れるような柔和な笑顔でその場に立つ。


「ごめん。ここにはもう来ないって言ったのに。私、出るね」

「別に良いよ。それにここ、俺のものって占有するのも変な話だし」


鈴鹿君が肩を竦めて笑う。最近、鈴鹿君によく話しかけられるようになった。おそらく、彼は自身の知名度を理解しているのだろう。決まって今のように周囲に人の見当たらないときで、鈴鹿君は何でもないような世間話を私に向ける。


「というか、今は向田さんを追いかけて来たんだし。逃げられると困るな」

「私を?」


彼は静かに頷くと、座り込む私の隣にしゃがむ。同じ目線で私を見詰めると、やはりにっこりと笑った。


「本当に坂上先輩と別れたの?」


突然の問い掛けに息を呑んだ。どうして彼がそんな事を気にするのだろう、と気に掛かったが、鈴鹿君の隙の無い微笑みからは全くその意図を読み取る事が出来なかった。


「別れた、とか………そうじゃなくて。そもそも付き合ってなかったし」

「あ、そうなんだ。そっかそっか、へえ。じゃあさ」


鈴鹿君は笑う。見惚れてしまえば楽だろうと思える、完璧な微笑みで私に手を差し伸べる。


「俺と付き合わない?」


驚愕の余り、あんぐりと口を開けてしまったのも致し方ないだろうと思う。何せ相手は、全国にファンを抱え、現在売り出し中の若手俳優だ。容姿に関して言えば、まるで精巧な美術品のように美しい。とてもじゃないが、本来クラスメートでさえ無ければ口を利く事すら叶わなかった相手だろう。

そんな鈴鹿君が私に付き合おう、と手を差し出す。その手を素直に受け止められるほど、おめでたい性格はしていないつもりだ。第一、最近話すようになったと言っても、あくまでクラスメートの世間話の範疇だ。彼にそういう意味で好意を持たれる謂われはない。


「どういうつもりで?別に鈴鹿君、私の事を好きな訳ではないでしょう?」

「うん、そうだね。良い子だと思うけど、恋愛的な好意はないかな」


疑いを込めて問えば、彼からはあっさりと答えが返って来た。隠すつもりもないその明け透けな言葉に、余計に頭を抱える羽目になる。


「じゃあ、何で……」

「興味はあるよ。さり気なく他人と距離を置く『あいつ』が、君には妙に親しげだから。向田さんと俺が付き合えばどんな反応をするだろう、と思うと好奇心が疼く」


鈴鹿君の目が、ゆっくりと細められる。彼の完璧な微笑みが、そのとき初めて邪気を含む。おそらく悪戯心のようなものを隠そうともしないその笑顔は、ある種素直なものにも見えた。


「きっかけはそれだけど、大事にするよ。仕事柄苦労は掛けるかもしれないけど、その分大切にする。君を泣かせるような事はしないし、君が笑っていられるように努力する」


そう言って、彼はまるで憐れむような優しい顔で、ねえ向田さん、と呼び掛ける。


「人の感情って曖昧なものだよ。いくら今が苦しくても、愛情は身近なものに移っていくんじゃないかな」


鈴鹿君は何もかも分かっているのだろう。その言葉で確信した。私が坂上先輩へ向ける感情も、正確に理解しているのだ。


「大切にするよ。だから、俺のそばを選んでみない?」


鈴鹿君は手を差し出したまま私の答えを求める。私はただ、その手をじっと見つめ、息を呑んだ。











読んで頂きありがとうございます。

鈴鹿は得体が知れない担当です。

あと少しで終わります。


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