表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

真実の告白





恐れれば恐れるほどにあっという間に時は過ぎ、来週は今週になり、明日は今日になった。

坂上先輩が修学旅行から戻り、土日を挟んで月曜日を迎える。先輩は土日でも時間を作ってくれると言っていたが、未だ往生際の悪い私は少しでも先延ばしにしようとして、とうとう月曜日になった。

今日の放課後、話をする約束になっている。


朝から放課後までは、努めて普段通りに過ごすつもりだった。少なくとも、一番長く一緒にいる昼休みも乗り切った。しかし、それでもやはり私の心の中にある懸念は滲み出ていたのかもしれない。蜜が、心配そうに私の顔を覗き込む。


「ねえ、カナちゃん。何かあった?最近、変だよ」


いつも一緒に過ごし、奔放に見えて周囲をよく見ている蜜には隠しきれなかったようだ。


「そんなに変?」

「うん。何だか、不安そう。たぶん、坂上先輩もそう思ってるよ。あの人、そういう感情には敏感だから」


たぶんそれは何気ない一言で、何の意味もない言葉で、けれど坂上先輩の事をよく理解しているような蜜の言葉に、ちくりと胸が痛んだ。人を好きになるって醜い。友達にさえ、嫉妬してしまうのだから。


「大丈夫だよ。気にしないで」


蜜は気付いていると思う。私の坂上先輩へ向ける感情が変化した事に。蜜はとても聡く、特に感情といったものへの理解が深い。そんな蜜が、私の挙動で気付かないはずがない。

からかいはしても、けしてそれを問い詰める事をしないのは、彼女の優しさなのだろう。


「ねえ、蜜。蜜は、瀬尾君や鈴鹿君とも仲が良いよね」

「え?そうかな?瀬尾君とはよく話すけど、鈴鹿君はどうだろう」


突然の私の問い掛けに、蜜は少しだけ不思議そうに答える。彼女の戸惑う姿をとても珍しく感じた。


「んー、瀬尾君はほら、確認してみたらやっぱり小学校も一緒な上、実は一回だけ一緒に遊んだ事もあったみたいで盛り上がっちゃって。鈴鹿君はたまにしか学校に来ないから、そのときの話をしたり」

「谷原君も」

「谷原君、真面目で取っつきにくい感じだけど、話してみると面白いよ。まあ、イケメン好きだしね。美味しいし」


イケメンが主食です、と言って憚らない蜜らしい表現だった。その彼女らしさが可笑しくて、少しだけ放課後への憂鬱な気持ちを払ってくれる。


「じゃあさ、蜜はその中の誰かを好きだったり、とか…?」


探るような私の言葉に、彼女はキョトンと目を丸くする。そんな仕草さえ愛らしくて、美少女は良いなあ、と素直に羨ましかった。

もしも蜜がヒロインだった場合、彼女が選ばなかった誰かが命の危機に陥ってしまうのだろうか。その『誰か』には、もちろん坂上先輩も含まれている。


「えー、ないない!私年上好きだし!」


その言葉に、心臓が冷えた。頭に浮かぶのは坂上先輩の顔。私は蜜の事が大切で、先輩の命が惜しいのに、それでも誰かの気持ちが坂上先輩へ向かう事が、堪らなく恐ろしいのだ。

しかし、


「最低でも三十は越えててくれないとときめかないね。高校生のイケメンはあくまで観賞用」


蜜のハードルの高さに脱帽した。今、蜜が提示した条件に当てはまる恋人が彼女に出来れば、相手はロリコンの誹りを免れないのではないだろうか。









心の準備をする為に、坂上先輩にメールして下駄箱で待ち合わせる事にし、一旦女子トイレに向かう。個室に入って何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けたあとは、洗面台の鏡で身嗜みを整える。結局頬と額に出来たニキビは、今日になっても治ってくれる事はなかった。

乱れがちな髪もしっかりと櫛で梳いて気合を入れる。何とか覚悟を決めて女子トイレを出た。


「あ」

「あ」


すると、隣の男子トイレから出て来た鈴鹿伊織君と鉢合わせた。何だろう。トイレ前での鉢合わせって無性に恥ずかしいというか、気まずいものがある。相手が思わず溜息を吐きたくなるような美形なら尚の事。

教室のある階だと混み合ってしまうから、とわざわざ一階のトイレに来たのだが、それによって鈴鹿君に遭遇するとは思いもよらなかった。


「やあ、こんにちは。向田さん」

「あ、こんにちは。鈴鹿君、そういえば今日は一日学校にいられたんだね」


よくよく思い返してみれば、今日は朝のホームルームのときから教室にいた。お仕事の都合上、あまり学校に来られない鈴鹿君にとって、それはかなり珍しい。


「そう。今日は久しぶりに仕事がオフだから、こんな日くらいきちんと学生しようと思って」


そっと零すように微笑む。鈴鹿君の美しさには、いつだって寸分の狂いもなく、精巧な美術品めいた印象を受ける。もちろん私も綺麗だな、と見惚れるが、完璧すぎて憧れよりも少々居心地の悪さを覚えてしまう。


「それより、何だか顔色悪いね?大丈夫?」

「えっ?」

「今日一日、ずっと哀しそうな顔をしていたね」


鈴鹿君は心底心配そうな顔で、私の顔を覗き込む。その顔は明らかに私への気遣いを滲ませているのに、何故だか私の足は、恐れるように一歩後ずさった。


「そ、んな事、ないよ?」


さして親しくもないクラスメートの顔色の変化が分かるなんて、鈴鹿君は一体どれ程観察眼に優れているのだろう。そう思うと、微笑みに細められた目も、ただただ私を観察するものに見えてきた。


「誤魔化しても分かるよ。ずっと見て来たし」


鈴鹿君の手が、私に伸びる。思わず後ずさろうとしても間に合わなくて、彼の手が私の頬に触れる。


「要!」


その直前、自身の名前を呼ぶ聞き慣れた声がして、はっと我に返った。後ろを振り返れば、不機嫌過ぎて凶悪な顔をした坂上先輩が立っている。鈴鹿君はさっと自身の手を引いた。


「遅いから迎えに来た。何で他の男と話してるんだ。俺が死ぬ!」


下駄箱から教室のある四階に向かうには、このトイレの前を通り過ぎて階段を上る必要がある。その道中で私達の姿を見付けたのだろう。坂上先輩は私の腕を強引に引っ張って、その場から離れようとした。


「すみません、先輩。俺が向田さんを引き止めたので、あまり怒らないであげて下さいね」


最後に、じゃあね、と私に手を振って、鈴鹿君は私達よりも早く背を向け、階段の方へ歩き去る。それに合わせて大きな溜息を吐き、私は自身が緊張していた事を改めて自覚した。

鈴鹿君を見送って、坂上先輩もすぐに私の手を引いたまま下駄箱へ向かった。それに、引きずられるようにしてついて行く。


「せ、先輩。待って、ちょっと待って下さい」


足がもつれ、転びそうになりながら呼び掛けると、坂上先輩は下駄箱の前で足を止める。先輩は私から手を離すと素早く振り返り、私の肩を勢いよく掴んだ。


「おい!一瞬だってあいつに好意を感じたりしてないだろうな!」


授業終了からしばらく経っており、大半の生徒はすでに帰宅か部活に向かった後だ。その為、下駄箱で人が溢れ返っているという事はないが、それでも人通りはまばらにある。そんな中で、その浮気を疑う彼氏のような反応を止めて欲しいと思う。一番切ないのは、彼のその発言は私に向ける感情から生まれるものではないという事だ。


「してませんよ」


何故なら、私の感情は全て坂上先輩に向いているから。そう伝えれば、先輩はどんな反応をするのだろう。戸惑って困り果てる姿しか想像つかなくて、一気に哀しくなった。


「本当か?もしかして小学生の頃の事とかを思い出したりも………」

「小学生?」


言い掛けて、坂上先輩はまるでしまった、とでも言うように口元を抑える。鸚鵡返しに問いかけてじっと見つめれば、先輩は観念したように口を開いた。


「変に記憶を刺激して、そこから親しみを感じたら不味いと思って黙ってたんだ」

「何の事です?」


嫌な予感がする。先輩のバツが悪そうに逸らされた横顔が、余計に私を焦らせた。


「ヒロインと同学年の攻略キャラは、全員小学校が同じなんだ。それで、全員が一度一緒に遊んだ事がある。それをゲームの中で徐々に思い出していくらしい――――――」


坂上先輩の声が、段々遠ざかっていくような気がした。私には、小学生の頃、彼らと遊んだ記憶などない。確認した事があるが、私と蜜は家こそ近所であるものの校区が違い、別の小学校に通っていた。つまり、蜜と同じ小学校に通っていたらしい瀬尾君とは小学校が別なのだ。


ああやっぱり。疑惑が確信に変わる。私はやはり、ヒロインでは無かったのだ。そして、おそらく蜜がヒロインで、間違いないのだろう。鈴鹿君の事は覚えていないようだが、瀬尾君と遊んだ事があると言っていた。他の攻略キャラとも親しく、坂上先輩との出逢いのシーンでの条件も満たす。これだけ揃えば、十分だろう。


「要、もしかして思い出して………」


手を伸ばす坂上先輩に肩を掴まれる前に、その腕を抑えて押しとどめた。彼の腕を抑えたまま、俯いて口を開く。


「違います。私にそんな記憶はありません」

「そ、そうか。そのまま思い出すんじゃないぞ」

「そうじゃなくて、」


言わないと、言わないと、言わないと。どうか声よ震えないでくれ、と切に願う。一度震えてしまえば、おそらくもう何も話せなくなってしまうから。


「先輩それ、蜜なんです。瀬尾君と小学校が同じで、一緒に遊んだ事があると言っていました。私は、二人とは違う小学校でした。私が先輩と出会った日、蜜も同じように音楽の教科書を忘れて放課後の音楽室へ向かっていたんです。たぶん、私が邪魔しなきゃ、先輩は蜜に出逢っていたはずなんです。私は、」


一度強く唇を噛む。覚悟を決めて顔を上げ、先輩の目を見詰める。この一回で全てを伝えきる為に、目を逸らしてはいけない。困惑に揺れる坂上先輩の目が私を捉え、ああ好きだなあ、と何気なく思った。


「私は、ヒロインではありません」


先輩の目が、大きく見開かれる。思い込んだら一直線の人だから、そんな可能性は欠片も考えていなかったのだろう。

一瞬、このままこの気持ちを伝えてしまおうかと考えた。そうすれば、私は何もかもをここで終わらせて、忘れる事が出来るのではないかと。


「だからもう、気遣って頂く必要も、こうして送って頂く必要もありません。私に坂上先輩の命を助ける事は出来ません」


けれどきっとそれは、自己満足な私のエゴだ。優しい人だから、私に好意を告げられれば思い悩んでしまうに違いない。私を傷付けたと、その胸を痛めてくれる事だろう。それを望むような私にはなりたくない。


「その可能性に気付いてからも、しばらく黙っていました。謝って済む事ではないと思います。けど………ごめんなさい」


坂上先輩から手を離す。私は今、どんな表情をしているのだろう。笑えていると良いな。坂上先輩が私の事で、何も思い煩う事がないように。


「どうか高校生活を乗り切って、長生きをして下さい。どうか、夢を叶えて下さい」


先輩、好きです。


「さようなら」


坂上先輩が呆然としている内に背を向け、素早く靴を履き替えると下駄箱から走り去った。途中人にぶつかりそうになりながらも、足を止めずに走る。足を緩めれば、きっと振り返りたくなってしまうから。

走って、走って、走って、全力疾走して。呼吸が限界を迎えてようやく、スピードを落とした。途端に汗が噴き出し、荒い呼吸が止まらない。喉からはヒューヒューと細い息が漏れ、そのまま倒れてしまうんじゃないかと思った。


「あ、ぁうぅ………」


呼吸の合間に漏れそうになる嗚咽を噛み殺す。目元を乱暴に拭って上を向く。ずっと坂上先輩と歩いていた橋を、これからは一人で渡らなければいけないのだ。

私は何もかも振り切るように、また小走りになって家路につく。


こうして、私は恋を失った。







読んで頂きありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ