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携帯電話の壁





『ねえねえ、要ちゃん。アドレス教えてよー!』


そう、レナ先輩達に突然押し掛けられたのは先週の事だった。相変わらず煌びやかな先輩三人組である。皆さん茶髪でガッツリ巻いている所は同じだが、レナ先輩はオレンジ系で胸が隠れるくらいの長さ、ナミ先輩はダークブラウンで肩まで、ミカ先輩は赤系の色で二つに束ねている事が多い、という特徴がそれぞれにある。


先日改めて自己紹介をし、レナ先輩以外のお二人の名前も知った。その際、どうもレナ先輩は自分の名字が嫌いなようで教えてもらう事が出来ず、レナ先輩に合わせ他のお二人も下の名前に先輩を付けて呼ぶようになった。何だか、綺麗な先輩方とすごく仲良しみたいで、嬉しいような恥ずかしいような。


『ほら、うちら来週修学旅行じゃん?一週間も俊希に会えないと要ちゃんが寂しいかと思って!うちらが俊希の写メ送ってあげるよー!』


そんなレナ先輩が言いだしたのは、物凄く余計なお世話だった。坂上先輩と離れられると少しほっとしているのに、写メなんて送られたら心臓が止まる!坂上先輩の写メが私の携帯電話に収まっている状況がすでに心臓に悪い。正直、私の知らない先輩は見てみたい気もするけれど!

せっかくですけど………とお断りしようと口を開きかければ、レナ先輩にぐわしっと肩を掴まれた。何だろう、笑顔がとても怖い。


『ダメだよ~要ちゃん。うちらすごく楽しみにしてるんだから』

『そうそう。ミカなんて昨日嬉々として油性マジックを買ってたのに』

『先輩の楽しみを奪っちゃダメよー』


私は察した。これは先輩方の厚意ではない。坂上先輩への邪気だ!主に体面とかプライドとかそういうものへの!

認めたくないが、私は坂上先輩に好意を抱いている。それならば、何としてもレナ先輩達の凶行を止めるべきだろう。しかし、


『………………お、お願いします』


笑顔の圧力に負け、先輩を売った私を、どうか恨まないで欲しい。世の中を渡っていく為に、長いものに巻かれるという事はとても大切な事なのだ。









先輩が修学旅行に旅立って二日が経った。海外旅行が当たり前になっている世間に対し、我が校の修学旅行は未だに京都らしい。見た目不良なのに中身が真面目な先輩は、古都に夢を膨らませていたけれど、果たして楽しめているのだろうか。今の所レナ先輩からの写メは届いていないので、まだ被害に遭ってはいないと思うけれど。


坂上先輩からは定期的にメールが来る。まず、朝一番に『男と関わらない為の十ヶ条』というタイトルの、非常に読む気の失せるメールが届き、夜には変わった事はないか、男と関わらなかったか、という私への気遣いと自身の命の危機に対する懸念を問うメールが届く。


「坂上先輩って筆まめだよねえ。ん?メールも筆まめで良いの?メールまめ?」


そんな状況に対し、蜜が疑問符を浮かべる。もうそこは普通に『まめ』って事で良いのではないだろうか。


「まあ、先輩も命掛かってるみたいだし」

「カナちゃんに振られちゃったらデッドエンドだもんねえ」


普段、坂上先輩と帰宅する事がほとんどだったので、久しぶりに蜜と寄り道する事になり、並んで歩いていれば彼女は悪戯っぽく笑ってそんな風に口にする。


「本当にそうなのかな……」

「カナちゃん、急にどうしたの?」

「んー……やっぱり私は、ヒロインって柄じゃないと思うんだけど」


自分がヒロインではないかもしれない、という疑いを持つ前の自分を思い出して呟く。深刻になりすぎないように、あくまで軽く。私はまだ、蜜に対してもその可能性を口にする覚悟を決められていなかった。


「どうしてそう思うの?坂上先輩がそう言ってるんでしょ?」

「だって先輩が言うのは、根拠と呼べるほどの理由でもないし」


先輩の言う理由ならば、蜜もぴったり当てはまる。それならば、私と蜜、二人を比べればどちらがよりヒロインらしいかなんて、誰の目にも明らかだった。

蜜は可愛くて、明るくて、さっぱりしていて、社交的で誰とでもすぐに仲良くなれる。多少変わった所もあるが、それも愛橋と呼べる範囲だろう。


私にも根拠はない。確信も無い。けれど、私は蜜こそがヒロインなのだろう、と思う。それは直感でしかなくて、けれど攻略対象候補の彼らと度々仲良さそうに話している蜜は、端から見ていてヒロインにしか見えなかった。


「カナちゃんは難しく考え過ぎじゃないかな。もっと坂上先輩の事を信じても良いと思うけど?」


信じる。信じるって何をだろうか。先輩を信じようにも、そもそも先輩の考えが間違っているかもしれないのに。けれど、それを口に出す事が出来なくて、励ますような蜜の言葉に、私は曖昧に笑った。


「あ、瀬尾君」


すると、蜜が駅前の花壇の前で見知った人物を見付けた。クラスメートであり、攻略対象者候補の彼は人通りの多い駅前で花壇に腰掛け、鳩と戯れている。この駅は元々鳩が多いのだが、鳩に囲まれる中で瀬尾君は大きな溜息を吐いた。


「…………鳩になりてえ」


続けられたのは、思わず大丈夫かと聞き返したくなるような内容だった。鳩になりたいって何だろう。空を飛びたいとか、そういう事?しかし、そう解釈するには、あまりにも瀬尾君の横顔は疲れ切っていた。

とてもじゃないが、刹那主義でその場限りのノリで生きるお調子者の顔では無い。


「クラスメートの見てはならない一面を見てしまったような気がする」


思わずそう呟いたのも致し方ないと信じている。しかし、そんな私の動揺も余所に、蜜は意気揚々と瀬尾君に突撃して行った。


「瀬尾君、なにしてるのー?」


途端に瀬尾君はぎょっと目を見開く。その後、学校では常にノリで乗り切っている彼にあるまじき動揺を見せ、慌てて立ち上がった。


「え!あ、何でも!ちょ、ちょっと考え事!」


鳩になりたい考え事って何だろう。そう思ったが、私の中にあるわずかな優しさがそれを彼にぶつける事を躊躇わせた。


「あ、分かったー!あれでしょ」


蜜は猫の剥がれかかった笑顔を浮かべ、非常に嬉しそうに瀬尾君に耳を寄せる。何事かを耳打ちしたその瞬間、一気に瀬尾君の顔が真っ赤になった。動揺した彼は、そのまま周囲に視線を巡らせ、私と目が合う。すると、更に頬の赤みが増した。


「ちっ、違うから!いや、そうじゃなくて……と、とにかく何でもないから!」


瀬尾君は慌てて蜜を引き剥がし、そばにあった鞄を抱えると足早に立ち去っていった。そんな中でも、また明日学校で!と手を振る彼はなかなかに律義な性格をしていると思う。


「ううん、若いって良いねえ」


同い年なのに、蜜がまるで達観した大人のような言葉を口にする。蜜は、今の瀬尾君に対するように、誰とでも仲が良い。もちろん、他の攻略対象者とも。やはり、蜜こそがヒロインだと言われた方が、余程現状に納得出来た。

そう思いながらも結局その可能性を誰に提示する事も出来ず、私がその可能性に気付いてからすでに一ヶ月半が経とうとしていた。









その日の夜の事だった。ある意味恐れていたレナ先輩からのメールが来たのは。


『こんな事で要ちゃんの愛は冷めないって信じてる。………私は』


という文面に何とも言えない不安を煽られる。正直、開けたくない。坂上先輩の写メなんて、心臓に悪いと確信出来る。例えそれがマジックの洗礼を受けていたとしても。

しかし、先輩から送られたメールを無視するなどという事はもちろんできない。見たフリをして返信する事も考えるが、もしもバレてしまえば後が気まずい。私は覚悟を決めて添付ファイルを開いた。

液晶画面から顔を背け、恐る恐る視線だけを移動させる。しかし、そこには……


画像ファイルの容量が大きすぎて開けない、という旨が書かれていた。

私は未だに二つ折りの携帯電話を使っている。対して、レナ先輩は最先端のスマートフォン。少し考えれば予想できた事だったのかもしれない。


とんでもない肩すかしを食らった気分である。私は、安堵すれば良いのか残念がれば良いのかも分からず、複雑な気持ちでレナ先輩への返信をしたためた。











読んで頂き、ありがとうございます。

少々閑話休題、なお話でした。


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