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ストレスの要因





恋とは度々砂糖菓子のように甘く、満天の星空のように輝く、それはそれは素晴らしいもののように語られる風潮があるが、私は全力でそれに否を唱えたい。むしろ初めに言いだした奴出て来い、と言いたい。そんな風に恋愛を素晴らしいものとして持ち上げる人間がいるから、安易に憧れてしまう少年少女が生まれるのだ。自分の中の些細な違和感に、うっかり『恋』などという名前をつけてしまえば、目もあてられない。

まあ、私の事ですが。


恋なんて脳の錯覚だ。そう言う人もいる。しかし、頭で何度そう言い聞かせても、一度それを『恋』だと命名してしまえば、その意識はなかなか覆せるものではない。

そこまで考えた上で、私なりに恋とは何であるか、という答えを導き出してみた。結果。


恋とは『ストレス』である。分かりやすく言うとニキビができた。


私は元々特別ニキビが出来やすい体質ではない。出来たとしても髪の生え際など見えにくい所に一つ、ポツンと出来るのがほとんどだ。それが、今回右の頬の真ん中と額のちょうど分け目の所に出来たのである。比較的大きめのものが。

間違いない。ここまでくれば疑う余地もない。恋とはストレスなのである。

だからもう、新学期が始まって以来、一学期のように坂上先輩に監視される日々を苦痛に感じてしまうのも、致し方ないと言って欲しい。


「……………いりますか?」

「良いのかっ?」


いつものようにじーっとフォークに刺さった卵焼きを見つめられ、根負けした私の方から尋ねる。途端に顔を輝かせる坂上先輩。その後、嬉々として私の持つフォークに手を伸ばす所までが慣れた展開である。しかし、今の私にそれを許容するつもりはない。


伸ばされ掛けた手を左手で制し、右手に持つフォークから卵焼きを外す。怪訝な顔をしてじっとこちらを見詰めるだろう坂上先輩とは目を合わせず、お弁当を入れている巾着袋に潜ませていたそれを差し出した。


「どうぞ」


割り箸である。一学期に同じ事をされたときは、単純に一見すると『はいあーん』などとしているバカップルのようで恥ずかしかった。そのときは坂上先輩だし、と思ってすぐに慣れたのだが、二学期になってよくよく考え、これって間接なんたらなんじゃない?と気付いたのだ。うっかりいつもの感じでそんな事をしてしまえば、私は死ぬ。主に羞恥と、その他諸々で。


「何か、カナちゃんって先輩の扱いを極め始めてるよね」


蜜が、非常に楽しそうに忍び笑いを漏らす。ちなみにここは私の教室である。

綺麗に割り箸を割り、満足そうに卵焼きを咀嚼した坂上先輩は、蜜の言葉に不思議そうにしながらも口の中のそれを飲み込んだ。









私はどうも、坂上先輩を好きらしい。

その思考が浮かんだ瞬間、穴があれば入りたくなった。どうかそのまま埋めてしまって欲しい。永遠にそんな気持ちが、浮かび上がってしまわないように。

一緒に夏祭りに行った日、自分の中にある気持ちに気付いた。切っ掛けはたぶん、先輩の夢を語るひた向きさを知ったとき。あのときから徐々に先輩を見る目が変わった自覚がある。ついて行けない、とは度々思っていたが、その頃から先輩の良い所が目に留まるようになった。無駄に。


坂上先輩はさり気ない所ですごく気を利かせてくれる。例えば、何か重い荷物があれば、自然といつの間にか持ってくれているし、一緒に歩くときは必ず先輩が車道側だ。それに加えて最近、一人で歩く先輩を見て気付いた。先輩はいつも、私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれていたのだ。


何だろうもう、自分の中にある気持ちを打ち消そうとする度にそういう所を見せつけられて、いっそ腹が立ってくる。悔しい。どうしてそんなに、良い所が沢山あるのだ。空気も読めずに公衆の面前で恥ずかしい事を口走ってしまう癖に。


「要、最近よく俯いてるな」


何かあったのか、と先輩が心配そうに私の顔を覗き込もうとする。私はついと目を逸らして、何とか目が合わないようにと逃げた。目が合うだけで、今は頬が赤くなりそうだった。


「………ニキビが出来たんです。だから、顔を上げたくありません」


それも本音ではあるが、一番の理由ではない。ただ、真っ直ぐに坂上先輩を見上げるのが恥ずかしくて、俯いてしまっているだけだ。また、ニキビのある顔を見て、見っともないと思われないだろうか、と不安になったのも正直ある。


「頬の?」

「頬と、額です。しかも大きくて治らないんですよね……」


治りかけたと思えば、また同じような場所に同じようなものが出来る。こんなにしつこいものは初めてだ。恋という名のストレス怖い。

すると、突然坂上先輩の両手が私の顔に伸びて来た。逃げる暇もなく、顔に掛かる私の髪を払って頭に手を添えると、よりによって恥じていたニキビをまじまじと見つめる。急激に顔へ熱がせり上がった。とにかく何でも良いから至近距離に寄らないで!


「ああ、本当だ。でもこれ、髪が掛かると余計に悪化するってレナ達が言ってたぞ。むしろ髪上げた方が良いんじゃないか?」

「いっ、家では、上げているから良いんです!それに、先輩のお友達は皆さん美人だから良いですけど、私には髪を上げられる程の容姿はないんです!」


華やかな先輩方とは、そもそも立っている土俵が違うのだ。時々、校舎内で『俊希が悪さしてない?』と何故か期待に満ちた様子で声を掛けられるが、いつもその煌びやかさに眩しい想いをしている。


「まあ、要は綺麗という感じでも無いよな」


頭を振って顔を掴む手を振り払えば、坂上先輩はそんな事を言う。自分の容姿について過信はしていないつもりだが、そうはっきり言われると流石に少々落ち込む。悔しい事に、私はこの人が好きなのだから。

一歩退いて先輩の手から逃れれば、今度はその手のひらが私の頭へ乗せられた。


「けど、要は可愛いから安心しろ」


………………………私は、いつか坂上先輩に殺されると思いました。

この人は何故、そういう事をサラッと言えてしまえるのかなあ…!狙っているとしか思えないのだが、この人の性格を知る限り、その可能性はまずない。例の看護師さんとやらの教育の賜だろうか。なんて憎らしい。―――――――――――そう、思うのに。どうしても、そんな一言で、先輩からすれば何気なく口にした軽い一言で、どうしようもなく嬉しくなってしまう。夢を、見てしまいそうになる。


もしかして、欠片ばかりの可能性に縋っても良いんじゃないか、って。自身がヒロインではない可能性さえ口に出来ないでいる癖に、そんな事を想うのだ。

卑怯なのは重々承知している。私は先輩の命の危機よりも自身の恋情を優先しているのだ。蜜ならどうするのだろう。小ざっぱりとして小気味いいあの子なら、はっきりとその現実を告げて、その上で上手く立ち回れるのだろうか。


攻略対象者のデッドエンドはヒロインに『振られたら』起こるかもしれないと言っていた。おそらく、先輩が誰にも恋をしない内はそんな不幸も起こらないはずだ。けれどそれもあくまで仮定であって、絶対ではない。それでも私はその可能性に縋って、後少し、もう少しだけ、と告げる事を先延ばしにしている。ただ、自分が可愛くて。


事実を知ったとき、先輩は私を恨むだろうか。騙されたと思うだろうか。それでも私にはまだ、先輩が他の女の子を追いかける姿を見る、勇気がない。例えそれが蜜であっても。

だから、お願いだから、待って欲しい。坂上先輩が他の誰かに恋をしたら、必ず言うから。そのときに軽蔑されたって仕方が無いと分かっているから。


せめてもう少しだけ、先輩にとって一番身近な女の子でいたかった。









読んで頂きありがとうございます。

前世にて看護師さんにかなり偏った教育を施されていた坂上ですが、彼が今世でもその発想に疑問を抱かなかった理由は別にあります。

職業柄海外を飛び回る父が超フェミニスト、という今後活かす予定はないけれどどこかで滲ませたい設定があります。見た目はどこにでもいそうなおじさん。恐ろしく大らか。


次回、修学旅行により坂上先輩はお休みです。


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