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花火のように弾けて消えた





坂上先輩と出掛ける夏祭りには危険が一杯だった。主に私の精神衛生上。

浴衣は歩きにくい。加えて夏祭り会場は人で溢れ返っている。四方八方が人の壁だ。歩きにくい事この上ない。そんな中で、先輩がとんでもない暴挙に出た!人混みに呑まれそうになっている私に、坂上先輩が手を差しのべたのである。


「はぐれたら困るだろ」


躊躇ってその手のひらを睨みつける私に対し、先輩は何でもない事のようにそう告げた。この人は本気で何とも思わないのだろうか。高校生の男女が手を繋ぐというその意味に。というか、男女交際は交換日記から、と考えている癖にこれは良いのか?あるいは、男女交際をしていないので良い、とか。


とりあえず無理だ。絶対に無理だ。先輩と手を繋いで歩く事を考えると軽く死にたくなる。

私は断固拒否して、懸命に坂上先輩の後ろを歩く事にした。先輩が通る事で出来る人混みの穴を素早く通り抜ける。坂上先輩は何度かはぐれていないかと私を振り返ったが、手を繋がれない為に必死な私はぴったりとその後に続いた。


「要、たこ焼き食べるか?」

「たい焼きは?」

「からあげもあるぞ」

「フランクフルトは…」


そして、坂上先輩は何故か私にやたらと物を食べさせようとする。どうも奢ってくれるつもりで声を掛けてくれるようだが、生憎と浴衣の締め付けが苦しくて全く食欲が湧かない。慣れない格好などするものではない、と思いながらも好意を無碍にする事も出来ず、唯一胃袋まで到達できそうなかき氷を頼んだ。かき氷はいちごシロップに限る。ミルクが掛かっていれば尚良し。

かき氷片手に、坂上先輩の無駄に極めたボールすくい技術を見せつけられたりしながら、一通り会場を巡る。その頃には結構な時間が経っていた。


「そろそろ花火が上がるから移動するぞ」


そう先輩に促されて夏祭り会場を後にする。どうやら、近くの河原から花火がよく見えるようで、同じように考えたのだろう。河原に座り込む人達がちらちらと見受けられる。その大半がカップルらしき人影である事は、うん。気にしない方向で努力した。


「なあ、足痛くないか?」


すると、他の人達に倣って河原に座り込めば、先輩が心配そうに私を覗き込んできた。この人は、何故こういうときだけこうも気が利くのだろうか。普段は全く周囲など見ていない癖に。


「ちょっと疲れましたけど、平気です」

「そうか。まあ、痛かったらすぐに言えよ」


気遣いの籠った言葉が、どうも私を落ち着かなくさせる。それを誤魔化す為に、感じた事をそのままぶつけてみた。


「先輩って何だか、変な所で気が利きますよね。浴衣を褒めてくれたり、手を貸そうとしてくれたり」

「?それが普通なんじゃないのか?世間では」


んん?すると、不思議な回答が返って来た。普通では、ないだろう。女性がそうした気遣いを求めている所はあるだろうが、それを世間の男性陣が皆出来るとは限らない。特に、十代という若い内は。


「……………もしかして、誰かにそう教えられました?」


先輩はこくりと頷く。


「前世で、例の乙女ゲームを押し付けてきた看護師さんに。女性が普段と違う格好をしていたならまず褒めろ、足場の悪いところでは手を貸してあげるのが男の常識、と言っていたな」

「……………その人、もしかして男女交際は交換日記から、とかも言ってました?」

「ああそうだ。それもその人に教えてもらったな」


諸悪の根源…!いや、悪ではないかもしれないけれど!先輩の少々ずれた思考回路に一石を投じてしまったのは間違いなくその人だ!

衝撃の余り固まった私に、察する所があったのだろう。先輩は途端に眉間に皺を寄せ、険しい表情になった。


「もしかして、俺は何か騙されていたのか?」


先輩のある種の純粋さにヒビを入れてしまうようで、正直に答える事にしばし躊躇ったが、結局口を開く。この場合は真実を知る方が親切だと思う。世の中、純粋なだけでは渡っていけないのだ。


「気遣いとかはまあ、出来るに越した事はないと思いますけど、少なくとも今時交換日記から始める男女交際は無いですね」


すると、坂上先輩の表情は更に険悪になったかと思うと、一気に脱力した。


「………だからレナがあんなに爆笑してたのか。あのババア……」


落ち込んだ様子で罵倒を口にする。口調こそ荒いものの、誰かを罵るような言葉を口にするのを初めて聞いたので、少し驚く。私の知る先輩は、見た目こそ不良テイストだが、中身は『良い子』だったのだ。

おそらく、その看護師さんとやらは先輩を可愛がっていたのではないかな、と思う。だからこそ、面白半分に色々吹き込んでしまったのだろう。だって先輩、何でも簡単に信じそうだし。


そんな事を話していれば、早速一発目の花火が夜空に打ち上がる。続いて、二発、三発、と途切れることなく色とりどりの花火が真っ暗な夜を彩った。大きな音に心臓が跳ねるので打ち上げ花火は妙にそわそわと落ち着かなくなるが、それでもやはり綺麗で、思わず見惚れてしまう。


「要」


すると、坂上先輩が静かに、けれど打ち上げ花火の中で聞こえる程度の声で私の名前を呼んだ。ふと、いつからだろうと思う。いつしか、先輩に下の名前で呼ばれる事にも慣れていた。


「ありがとうな」


突然のお礼に、思わず先輩を振り返る。坂上先輩は花火の咲く夜空を見上げたままで、やはり穏やかに答えた。


「何が、ですか?」

「俺の我儘に付き合ってくれてる事とか、今日もわざわざ来てくれた事。それとな、今更だが、俺の夢を笑わないでいてくれてありがとう」


坂上先輩が花火を見上げるのを止める。そのまま、ゆっくりとこちらを振り返ろうとする。お願いだから振り向かないで欲しい、と思った。目が合えば、きっと何からも目を背けられなくなってしまうから。


「要がヒロインで、本当に良かった」


その瞬間、喉元に言葉がせり上がる。けれど、それが音になる事はなく、私の喉をただ無意味に圧迫した。

違うんです、違うんです、先輩。私はヒロインではないかもしれない。そんな証拠はどこにもない。それなのに、私はその可能性を伝えられない。意識的に言葉を呑み込む。先輩の命に関わるかもしれないのに、このまま口を噤んでいたい。ああ、そうだ。


私は、この人の事が好きなのだ。


坂上先輩の誠実な所が、真っ直ぐな所が、細やかな所が、いつも一生懸命な所が、夢を追い続けられる意思の強さが、正直な所が、とても好きだと気付く。それは、間違いなく絶望的な恋だった。


坂上先輩が私のそばにいるのは、私をゲームのヒロインだと思い込んでいるからだ。それ以上でも以下でもなくて、私は単なる救命措置でしかない。そして、もしかしたら、彼にとって救命措置にすらなれないのかもしれない。

先輩の言葉に、私は何も答えなかった。まるで聞こえなかったかのように、困ったように首を傾げて曖昧な笑顔を浮かべた。


せめて、私があなたのヒロインでありたい。そんな、浅ましく勝手な思いで、口を噤む。相手の命よりも自身の恋情を大切にする私が、ヒロインであれるはずがなかった。










読んで頂きありがとうございます。

昨晩中に更新、という目標は叶わず朝となりました…


要が初恋を開始し、ようやくここまで来た、という気持ちでいっぱいです。


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