第8話 初めてのダンジョン攻略
「確かに依頼人が求めていた遺留品だね。やっぱり亡くなっていたか……」
「はい……」
今日請け負った依頼はボクとロエルを落胆させるには十分なものだった。
この町に来るまでに逃げ遅れた仲間の冒険者の捜索というものだったけど
その結果は無惨に食い散らかされた死体となってボク達の前に現れる。
遺留品として、いつも身に付けていた指輪を持っていくことにした。
結婚していたみたいで、家族のすすり泣く声が更にボクの胸を締め付ける。
仲間の人達は薄々とわかっていたようで、あえてボク達に依頼したようだ。
諦めきれなかったのかもしれない。
「報酬300Gももらっちゃったね、リュアちゃん……」
「本当は200Gだったっけ」
この依頼の道中でロエルのレベルが1上がったようだけど
彼女はまったく喜ばなかった。
依頼を終えるたびにあの鉄の箱でレベル確認をしているけど
相変わらずボクのレベルだけは出てこない。
昨日、別れ際にガンテツに片翼の悪魔の事を聞いてみた。
「長年この仕事をやってるが聞いた事もないな。
イカナ村を襲った魔物については実はよくわかっていないんだ。
何しろ、あっという間の出来事だったみたいだからな」
ポリポリと無精ひげをかきながら、ガンテツは続けた。
「そいつは元から翼が片方しかないのか?
それとも何らかの理由で翼が片方になったのか?
この辺も割と重要だと思うぞ」
そんなのどうだっていいと思いかけたけど、確かにそうだ。
頭に入れておこう。
そんな事をぼんやりと思い出していると、ボクの手をくいくいとロエルが引っ張った。
「これなんか、私達にピッタリの依頼かも」
"アバンガルド洞窟2階に湧き出る冷水を汲んできてほしい。
量は特に指定しないが、多ければ多いほど報酬に加算する。
依頼人 酒場ゼンベイの店主 パプロ"
口頭で読んでくれたロエルが、うんうんと頷きながら張り出された紙を眺めている。
「アバンガルド洞窟はここからそんなに遠くないし
デンジャーレベルも3、ちょうど私と同じレベルなんだよ」
「よし、それじゃ迷う事はないね」
ボク達は早速、この依頼を請け負った。まだ手付かずだったのが幸運だった。
そして依頼の詳細を聞くためにパブロという人のところにいく。
酒場ゼンベイは昨日、ガンテツが奢ってくれた店だった。
「おー、君達があの依頼を引き受けてくれたんだねー」
小太りで丸顔の男が歓迎してきれた。
この人がパブロらしい。
「この依頼は実は定期的に出してるのよ。
あそこの水は栄養もあって、料理やカクテルに使うのにうってつけだからね。
それを売りにしてる商品だってあるんだ。例えば……」
「あの、それより量はどの程度もってくればいいんでしょうか」
長くなりそうな話をロエルが打ち切った。
「おっとごめんごめん、この台車を使ってほしいのよ」
ガラガラと手頃なサイズの台車に空の容器が並べられている。
「この前、引き受けてくれた人は力持ちそうだったからもっと多めに渡したけど
君達にはこのくらいがちょうどいいと思ったんだが」
「もっとほしい」
「んん?」
丸い顔に丸い目、パブロは面白い顔をした。
こうしてボクは数十個の容器を袋に入れて、担いでダンジョンへと向かうのだった。
巨大な風呂敷を背負った泥棒みたいであまり格好よくはなかった。
泉が湧き出るところは地下2階、そこまでなら初心者の冒険者でもよほどの事が
ない限り、普通に辿りつけるようだ。
ただし、それ以降はデンジャーレベルとは比例しない魔物が潜んでいる事があるので
絶対に行かない事、パブロは何度もしつこく念を押してきた。
程なくしてボク達は洞窟に着いた。
ロエルは両手に持った杖を握り締めて緊張した面持ちだ。
「じゃ、じゃあいこうね、ね」
「そんなに緊張しなくても……」
ロエルはゆっくりと、きょろきょろと周りを確認しながらおそるおそる洞窟に入る。
後ろから肩に手を乗せると、ひゃっと飛び上がって杖を地面に転がした。
「や、やめてよぉ~! もう!」
すごい怒られた。わかった、多分ロエルはこの緊張のせいで今までうまく
やってこれなかったんじゃないだろうか。
確かにこれでは、実際に魔物に遭遇とした時にはパニックになりかねない。
ここの魔物はそんなに強くないらしいので、ボクが全力でロエルをサポートして
彼女に自信をつけさせてあげよう。それが恩返しにもなると考えた。
洞窟内は結構広かった。入り口は少し一本道だったけど、そこから大広間に繋がっていて
また何本か穴の道が続いている。
岩が重なり合い、崩れるんじゃないかと心配しそうな洞窟内の壁。
魔物が出てきてもあまり派手な事はできなさそうだ。
「どの道にいけばいいんだろうね」
緊張するロエルに問いかけるが、まだ彼女は杖を握り締めてきょろきょろしていた。
「魔物が出てきてもボクがなんとかするから」
そういって彼女の手をとる。
少しは緊張がほぐれたのか、ロエルはようやく片手で杖を持った。
「ごめんね、リュアちゃんの足手まといになりそう」
「ならないよ、というかさせない」
ボクは微笑んだ。
とはいったものの、今まで一人で戦っていたのでどうサポートすればいいものか。
ヒーラーは回復魔法が得意、それは助かる。
ボクはいくつか魔法を使えるけど、回復魔法だけはまったく使えない。
おかげで奈落の洞窟では50階あたりで何度も休憩地点まで引き返すはめになった。
と、その時。
奥の洞穴から二匹ほどのウサギが飛び出してきた。
一見かわいらしい外見だが、それに似つかわしくない鋭いキバと爪。
どう見ても友好的でないことは一目でわかる。
持ち前の脚力であっという間にボク達との距離を縮めた。
【洞窟ウサギ達 が現れた!】
「ひゃぁぁああああ! リュアちゃん落ちついて! 落ちついてぇぇ!」
案の定ロエルはパニックになり、なぜか杖で地面をカンカンと小突く。
こいつらなら奈落の洞窟に入りたての頃に戦ったことがある。
何度も痛い目にあったので思い出深い。
最初は苦労したけど、慣れればなんてことのない相手のはず。
ここが初心者冒険者でも何とかなるというのはどうやら本当みたいだ。
洞窟ウサギの一匹が、距離の近いボクに飛びかかる。
【洞窟ウサギA の攻撃!】
一旦、抱えている容器を地面に下ろして迎え撃とうと考えたけど思いなおす。
ロエルの為にここは一度攻撃を受けよう。そして彼女に回復魔法をかけてもらう。
ボクはわざと洞窟ウサギに腕を噛ませた。
【しかし リュア はダメージを受けない!】
牙が腕に刺さらず、それでもなんとかぷらんぷらんと食いつくウサギ。
必死に食べようとしているのはわかるが、空回りしていた。
後ろにいるロエルのように。
「ひ、ひ、ヒーーール!」
なぜか自分にヒールを唱える始末。
見ていられなくなったボクは再びロエルの手をとり、落ち着かせる。
左手に洞窟ウサギをぷらつかせながら。さすがにちょっと痛くなってきた。
「落ち着いて、ほらボクはここにいるから」
笑顔を見せるボク。ウサギはまだ離れない。
それを見たロエルは杖を大きく振りかぶって叩いた。
ウサギには命中せず、ボクを。
思いっきりわき腹に当たった。
【ロエル は混乱している! リュア は 2 のダメージを受けた!】
「痛いって! だからボクを回復すればいいんだよ」
魔物の攻撃よりよっぽどこっちのほうが痛い。
そうこうしているうちにもう一匹の洞窟ウサギが今度はロエルめがけて突進してきた。
さすがにこれは危ない、ボクは蹴りでそれを迎え撃った。
【洞窟ウサギB に 1284 のダメージを与えた!
洞窟ウサギB を倒した!】
【洞窟ウサギ HP 0/17】
軽く吹き飛ばすつもりだったけど、肉片も残らず消し飛んだ。
そこまでするつもりじゃなかった。
それを見たロエルはもはや失神しかけている。
仕方ないので腕のウサギもさっくりと倒す。
【洞窟ウサギA を倒した!】
【洞窟ウサギ HP 0/17】
「魔物は倒したよ、ロエル」
「あ、あ、あぇ?」
ふらふらとした足取りのロエルをボクが支えた。
「リュアちゃん……やっぱり私、ダメかも」
泣きそうになりながら、彼女の背中を支えるボクを見つめた。
しばらく考えた結果、ボクはロエルを安心させる事にした。
「見ていたからわかると思うけど心配しなくていいよ。
魔物なんかに後ろにいるロエルには襲わせない」
「で、でも」
「ボクがポイズンサラマンダーを倒したのを信じてくれたよね。
ここの魔物はあいつより遥かに弱いみたいだし、まずは落ち着いて練習しようね」
ずっと一人で戦っていた自分が何を教えられるのかはわからないけど
このままボク一人で魔物を倒しても意味はないと思った。
危うくそうなるところだったけど、後ろにいるロエルの存在が気づかせてくれた。
「行こうよ、泉は地下2階だっけ」
ボクが手を伸ばすとロエルはそれをとり、歩き始めた。
しかし容器を忘れるところだったので一旦手を離す。
「ありがと、リュアちゃん……」
ぽつりとお礼をいってロエルの足取りは足早になった。
会って間もないけど、ずっとこの子といたい。
何故かそう思えた。
魔物図鑑
【洞窟ウサギ】
獰猛な性格で素早いが駆け出しの冒険者でも難なく勝てる。
ただし群れで現れた時は注意。
集団で食いかかられると全身の肉を食いちぎられて
ショック死する事もある。