第40話 アバンガルド闘技大会 その8
休憩時間となると観客席にいた人達はまばらになった。
くつろいでる人、寝ている人、何か食べてる人。
ボクが通るとぎょっとしたように皆の視線が集まった。
「君の力は我がロイヤルナイツでこそ輝く!」
「ぜひうちに来てほしい。まだ出来たばっかりで
フロアモンスターが恐ろしくてさ……」
「え、えっと用事があるから……」
「照れてる! かわいい~」
「あっ……や、やめて……むぎゅっ!」
いろんなギルドがボクを誘ってきて、抱きしめられたりもした。
アマネさんのギルド以外にも女の人だけのギルドはあるらしく
実力者を探しているところもたくさんあるとか。
戦ってる時はなんとも思わなかったけど、ボクの戦いはこんなに
たくさんの人達に見られていたのか。
それがわかった途端、急に恥ずかしくなってきた。
今までこれだけの人達に注目された事なんてなかったから
本当にどうしていいのかわからなくなる。
なんとか抜け出すのにかなり苦労した。
次のティフェリアさんの試合は30分後らしいのでその間にボクは
ロエル達と話して時間を潰そうと思った。
リッタはニッカに試合を見てこいと言われたらしく、ボクの試合を
観ていた。試合前はどこか距離を置いていたリッタが今では
すっかりボクのファンらしい。
でも彼女の本命はティフェリアさんなのでボクは二番目だ。
「すごいです、Cランクなのになんであんなに強いんですか?」
「冒険の話を聞かせて下さい!」
質問攻めにあって困った。元々話がうまくないボクは
どう話していいのかわからず、相手にうまく伝えられない。
それでもロエルがうまくフォローしてくれたおかげか
リッタの目は凛々と輝いている。
彼女はアバンガルド城の兵士だけど、今日は休みらしい。
「このクソ忙しい時期に休みを出すとは珍しいな。
去年まではあまりの忙しさと気温にやられて
毎年、何人かの新米の兵士が倒れてたもんだが。
いつだったか、このガンテツまでもが刈り出されるほど
忙しかった年もあったな」
「お城の兵士って事は夜勤もあるんだよねー?
大変だなぁ、人間夜は寝るように出来てるものなのに」
「仕事は金を稼ぐ為と割り切ってる奴には厳しいだろうなぁ。
好きを仕事にするくらいの気概がなきゃ、勤まらんだろう」
仕事談義に花を咲かせ始めたガンテツさんとシンシアを
置いて、リッタの興味は次から次へと沸いてきた。
今度はロエルの持ってるファイアロッドだ。
「これ、火が出るんですか?!」
「うん、丸コゲ」
「丸コゲですかー! お高いんですよね?」
「かくかくしかじかでタダでもらったんだよ」
丸コゲどころか灰になる魔物をボクは多く見てきた。
でもここでそれを言うのはなんかよくないと思ったので
黙ってる事にする。
「リュアさんは私と同じくらいの歳ですよね。
すごいなぁ、私もがんばらないと……」
「リッタはなんでお城の兵士になろうと思ったの?」
「ティフェリアさんにお近づきになりたくて……
あの人のそばにいられるだけで幸せなんです」
それだけでお城の兵士になったのか。
ボクには絶対できない。ガンテツの言う通りそれは
厳しいと思う。ボクは成り行きで冒険者になったけど
お城の兵士になれと言われたら無理だ。
「あ、リュアさんも素敵で尊敬してますよ!」
別にフォローしなくてもいいのに。
ふと視界の隅にいたセイゲルを見ると、一点を見つめたまま
止まっていた。席に座ったまま、肘を膝に置きながら口を開く。
「……ヘカトン相手に舐めた戦いしてたな、リュア」
珍しく女の子に囲まれていないセイゲルが真面目な口調で
ボクを見ないで喋った。
一層、低い声でいつものセイゲルらしくない。
「あいつから舐めてきたんだもん、何が悪いのさ」
「油断は死を招くだとか、今更おまえにそんな事を
言うつもりはない。けど、気づいてるか?
ヘカトンがクラッシュしたように、おまえも
ヘカトンを奴と似たようなやり方でクラッシュした。
それじゃ、おまえもヘカトンと同類だ」
「同類? ボクがあんな奴と……」
「ヘカトンと同じ手段をとったんだぞ、おまえは」
「ボクがあいつと同じやり方で……」
やり返してこらしめてやった。それの何がいけないんだと
思ったけど、セイゲルの言葉が重くのしかかる。
ボクがヘカトンと同じやり方をした。
あのヘカトンと。
「これ以上は咎めない。けど、心の奥底には留めておいて
損はないぜ」
誰もが黙る。
いつもならロエルも加勢してくれるはずなのにすっかり
セイゲルの話に聞き入っていた。シンシアの茶化しも入らない。
「ま、オレも前はガメッツにムカついてつい乗り込んだけどな!」
一変して笑ってごまかした。
やられたからやり返す、セイゲルも同じ事をしようとした。
ボクもガメッツをやっつけた。
今回だってやってる事は同じなはずなのに、何故だろう。
すごく考え込んでしまう。
「お、ティフェリアの試合が始まるみたいだぞ!」
今の話題から逸らすようにセイゲルは試合場にいる
ティフェリアさんを指さした。
あの人の試合は楽しみにしていたけど、なんだかさっきので
拍子抜けした。相手が勝手に降参しちゃうし、一体何がなんだか。
そもそも戦う気がないのになんで出場したんだろう。
「準決勝第ニ試合! ティフェリアちゃん対クイード!
今度こそマスターナイトの真髄を見せてくれるか?!」
「えぇ、まぁ見せてくれるでしょうね」
「無理に喋らなくてもいいんですよ、シタッカさん」
そうそう、何がマスターナイトなんだろう。
剣も持ってないし、普段着で試合場に立つティフェリアさんは
違う意味で異質に見える。
試合どころか、これから台所で料理でも始めそうな雰囲気だ。
クイードはさっきの試合の時よりも目が危ない。
涎が口の端から垂れていて、猫背で剣を両手で持って構えている。
「さて、ティフェリアはあの剣をどうするのかねぇ」
「どうするって、ティフェリアさんなら楽に勝てるんじゃ」
「オレが言ってるのはそういう意味じゃない」
まったくわからなかったけど、これ以上聞くのをやめた。
試合が始まればすぐにわかる事だから。
ティフェリアさんはまた、だるそうに……
――いや、なんだか様子が違う。
溜息ばかりついていた時とは違って周りの空気さえ
震えている、そんな気がした。その証拠に今度はずっと
相手を見ている。
前の試合では対戦相手なんて見てもいなかった。
もしかして、クイードはそれだけ警戒すべき相手なんだろうか。
でもセイゲルの口ぶりからして、どうもそうとは思えない。
「試合開始ッ!」
言い終えるか終えないかでクイードがティフェリアさんに
斬りかかる。でも迫力はすごそうだけど大振りすぎて
ティフェリアさんじゃなくても当たらないと思う。
予想通り、ティフェリアさんは最小限の動きでかわした。
その場から横へステップするように、ひょいっとでも
聴こえてきそうな、のんびりした足取りだった。
「イヒッ! イヒヒヒッ! オレやべぇ……強すぎぢゃねぇ?!」
「はぁ……王様の命令じゃなかったらこんなの見捨てていたのに……
あぁでも、見過ごしたら人としてどうかと思うのよねぇ……
どっちにしてもめんどくさい……あぁめんどくさいわぁ……」
めんどくさがりながらも、クイードの斬撃を次々とかわしている。
それでもクイードはめげずに鼻息を荒げながらティフェリアさんに
反撃の隙さえ与えない勢いで攻める。
といっても、ティフェリアさんには反撃する気がないように見えるけど。
「剣も忘れてきちゃいましたし、これで何とかなりますかねぇ。
……セイントソード」
剣を持たないティフェリアさんの手から光が放たれた。
光は柱になって少しずつ剣の形へと変わっていく。
そしてティフェリアさんの手には光に包まれた眩しい剣が握られた。
「で、出たぁ?! マスターナイト全剣技の一つ!
上級職マージファイターの中でも腕利きしか生成できないと言われる
魔法剣! ここにきてティフェリアちゃんが戦う姿勢を見せた!」
「私が今言おうと思ったんですけどね、ね」
「さぁ、いよいよ武器を持つティフェリアちゃん!
クイードをどう攻略するのか?!」
ティフェリアさんは相変わらず、クイードをのらりくらりと
かわしている。そして気のせいか、クイードのスピードが少しずつ
速くなってる。ルピーを一撃で倒した時と同じように
またクイードの体から黒いオーラのようなものが出てきて
剣に吸い込まれている。
「ギヒッ! もっともっともっともっと力をくでぇぇ!」
「あぁーもう……なんでそんなものに手を出したんだか……」
襲い掛かってくるクイードの剣をティフェリアさんは
セイントソードで止める。その状態で光の剣から
漏れた光がクイードの剣を眩く包んだ。
クイードは自分の剣に起こった異変にうろたえている。
「ギヒィ?!」
「はい、そろそろ終わりますからねぇ。
痛くないですからねぇ、ジッとしてて下さいねぇ」
クイードにティフェリアさんの言葉は届かず、ずっと自分の
剣の心配をしている。そして光が弾けた。
「ギヒ? ギヒヒヒッ」
クイードの剣は光に包まれる前と何も変わっていない。
それで安心したのか、クイードは仕返しと言わんばかりに
またティフェリアさんに攻撃を繰り出した。
「あらあら……これじゃダメなんですかぁ……
あぁもう、めんどくさい……それじゃこれしかないですねぇ。
ウェポンブレイク」
大振りなクイードの斬撃の嵐なんかまるでなかったかのように
ティフェリアさんはまったく普通の足取りでクイードとの距離を
つめた。
そしてクイードの剣に軽くセイントソードを当てる。
コツン、とでも音が聴こえてきそうなほどあっけない接触だった。
一瞬で刃が粉々に砕けた。
残った柄を握ったまま、立ち尽くすクイード。
ぐるりと眼球が回って、クイードは前のめりに倒れた。
意識を失ったのか、クイードは完全に身動きすらしない。
「審判さん、これで終わりでしょう?」
「あ、はい! 勝者! ティフェリア!」
武器を壊されただけで倒れたクイードを誰も不思議に思わなかったのか
観客のほぼ全員がお腹から声を出してティフェリアさんの勝利を喜んでいる。
「はいはい、どうもねぇ。
そこの人を介抱してあげてね、私はこれを持っていくから」
ティフェリアさんは砕けた刃の欠片を拾い上げて、のんびりと歩いて
試合場からいなくなった。一体、今のは何がどうなったんだろう。
あの剣が砕けたと同時にクイードが倒れた。
まるで剣自体がクイードの心臓みたいだ。
担架で運ばれていくクイードを眺めているけど、答えはわからない。
「セイゲル、おまえさんはどう思う?」
「あの剣に何らかの呪いがかかってるか、もしくは……」
呪い。
そうだとして、なんでクイードはそんなものを使ったんだろう。
ボクにはさっぱりわからない。
「気になるのはティフェリアがアレの破片を回収したところだな。
十中八九、王に何か命令されたな」
「王様に?」
「Sランクはもはや冒険者じゃない。
あのド面倒臭がりのティフェリアだって王の命令には
何だって従う」
「セイゲルさん、呪いの武器の中にはああやって
壊れたら倒れちゃうものまであるんですか?」
もはや冒険者じゃない、というところに強烈に興味を惹かれて
質問しようとしたボクを遮ってロエルが問いかけた。
「代償は様々すぎて何ともいえねぇ、何せ専門じゃないしな」
――ふと、観客席の後ろの遥か後方から気配を感じた。
殺気でもない、妙な気配。
ボクが振り向くと同時に入り口の影に何かがさっと隠れた。
なんだろう、今のは。
「どうした、リュア。次はいよいよ決勝戦だぞ。
相手はあのティフェリアだ、さっきの試合は見ていただろ?
あれがマスターナイトの真髄、全剣技だ」
「ぜ、ぜんけんぎ?」
「約一万の剣技を持つマスターナイト。
その中には名のある剣豪が何十年もかけて体得したものも含まれる。
それに加えてティフェリアの実力は……
Aランク総出で襲い掛かったとしても、かすり傷一つ
負わせられない、そんな相手だ」
奈落の洞窟での十年間を覆すほどの相手だとしたらボクは悔しい。
ティフェリアさんがどれだけすごかろうと、ボクのほうが絶対に強い。
それだけは絶対に信じている。
――なぜならボクは
ボクは?
ボクは……?
今、何を思ったんだろう。
時々、感じるこの違和感。自分のはずなのに自分じゃないような。
そういえば前にもこんな事があったような気がする。
そう、あの時――
///
「持ち帰ったか、ティフェリア」
「はい、ここに」
ティフェリアが布に包んだ破片を王に差し出す。
普段は思考すら放棄したがるほどのものぐさな女性だが
今回ばかりはさすがの彼女も首を傾げざるを得なかった。
ただの呪いの武器であれば王が直々に自分にこのような
指令を出す事もない。
緊急で呼び出されるほどの事態なのか、ティフェリアには
わからなかった。
「王よ、私が受け取ります故」
宰相のベルムンドが人相の悪い顔つきでティフェリアの元へ
近寄る。
基本的に他人にほとんど興味を抱かないティフェリアでも
この男には嫌悪感を抱いている。
単なる醜い老人顔というのが理由ではない。
王国の公務をほぼすべてこなし、睡眠時間は2時間を切ってる
とさえ囁かれ、護衛よりも王に密着し、毒見役も進んで
買って出るほどの王への執着心。
この異常なまでの愛国心も嫌悪する理由のひとつだった。
もう一つは口にするのもおぞましい、もはや人と呼ぶにも価しない。
心の中でティフェリアは彼を軽蔑している。
「うむ、ご苦労。
引き続き、試合に望むがよいですぞ」
国王が発したわけではない、それを代弁するかのような
ベルムンドの言葉だった。
問いただしても無駄だとわかっているティフェリアは
言われた通り、試合場に戻る。
「……本当におぞましい」
憎々しげなその表情は鬼と形容しても差し支えないほど
凶悪なものだった。




