第3話 あの日の暮らしは遠き過去
10年前、確かにそう聴こえた。
ウソだ。
それじゃボクはあのダンジョンに10年も潜っていた事に?
そういえば着ていた服が窮屈になって脱いだ覚えがある。
あれは体が成長したからサイズが合わなくなったのか。
仕方ないから魔物の毛皮をあしらって適当にまかなっていた。
今もそれを着ている。
そうか、町に着いた時からボクに対する視線が好奇に満ちていたのは
この格好のせいだったのか。
「ロエル、ボクの格好って変?」
「ん、そんな事ないよ?」
あっけらかんとして答えてくれた。気を使ってくれたのかもしれない。
なんて優しい子なんだろう。
思えばクリンカもこのくらい優しかった。
そういえば、この子はどことなく彼女に似ている。
「リュアさん、カードをお渡しします」
ギルドの人に呼ばれてカードを受け取った。
すごい、ちゃんとボクの写真まで入ってる。
「よかったね。まずは等級はD。それとレベルは……まだ計ってなかったね」
「レベル?」
「冒険者の強さを表す数値だよ。ダンジョンのデンジャーレベルとも
照らし合わせる基準にもなるんだー」
デンジャーレベル。子供の頃にあの助けてくれた剣士が聞かせてくれた。
冒険者のレベルが1ならデンジャーレベル1のダンジョンにいくのが適切だとか。
そうだ、確か状態異常の事もあの人が教えてくれたんだっけ。
「リュアちゃん、レベル計ってみる? 一度計れば、カードに記録されるんだよ」
「うん、せっかくだからやってみる」
ロエルに着いていった先には人が一人入れるくらいの鉄の箱が置いてあった。
他にも何台かあった。
「えーっ、ウソだろ? オレまだレベル4かよ! 壊れてんじゃねえの?」
出てきた男の人は頭をかきむしりながら、まじまじと鉄の箱を眺めている。
「ふふん、さすがは私ね。もうレベル18だなんて」
次に出てきたのは派手な格好をした魔法使い風の女の人だった。
冒険者カードをこれみよがしにヒラヒラとさせていた。
【イラーザ Lv:18 クラス:ウィザード Bランク】
「すごいね、あの人。Bランクなら、もうベテランだよ」
「そうなんだ」
「それじゃリュアちゃんも入ってみて」
「え、ちょっとまだ心の準備が」
「大丈夫だって、別に食べられないから」
背中を押されるように鉄の箱に押し込められた。
すると、何かが振動する音と共に上から下へ光の輪のようなものが
体を通り抜ける。終わると目の前にあった板に何か映し出された。
これは何て書いてあるんだろう?
扉が開いたのでロエルに聞いてみよう。
「ロエル、これなんて読むの? 9998がレベル?」
数字だけはわかる。でもそれ以外に何か書いてあるので
何かこれはレベルじゃない気がした。
「ううんとね、あれれ?」
少し板を眺めた後、ロエルはなぜかギルドの人を呼びにいった。
「エラー9998 このエラー番号はっと……」
ギルドの人がなにやら分厚い本を片手にペラペラとめくりだした。
ロエルはその様子を黙って見つめている。
「オーバーフロー? いやしかし、これは最大100まで計れるはず。
すみません、ちょっと故障したみたいなんで他の機械でお願いします」
「わかりました。リュアちゃん、あっちの機械でやろ」
違う鉄の箱で同じ事をしたけど、また変なのが表示されただけだった。
「あ、あれー? これも壊れてるんですか?」
「そっちもですか? 変だなぁ」
一部始終を見ていたさっきのレベル4の人が叫んだ。
「ほーれみろ! やっぱり故障じゃねえかぁ!
おかしいと思ったんだよ。オレの実力ならレベル20は超えててもいいはずだからな。
しっかりメンテナンスしておけよっ! じゃーな!」
上機嫌で鼻歌を歌いながら出ていった。
さっきのイラーザという女の人がつかつかとこちらに歩いてくる。
「ちょっと、どういうこと?
まさかこのカードにウソの情報が記録されたんじゃないでしょうね?」
「そちらは大丈夫です。きっと壊れたのはその後でしょうから」
「まぁいいわ」
コツコツと靴特有の音を立てていなくなった。
「ごめんね、なんか調子が悪いみたい」
「別にいいよ……あ、そうだ」
ボクは当初の目的を思い出した。
それをギルドの人に聞いてみよう。
「イカナ村へ行くにはどうしたらいいの?」
「現在あの場所は封鎖されていますよ。
一部の人間しか立ち入れない状態です」
「な、なんで?」
「村が滅んで以来、あの辺りには危険な魔物が生息するようになったんです。
何人もの冒険者が立ち入ったんですが、いずれも帰ってきませんでした。
それから、アバンガルド王国が制限を設けたんですね。
今ではAランク以上の冒険者でないと入れないんですよ」
「Aランク?! よっぽどなんだねぇ」
ほぇ~と息をもらしたロエル。Aランクというのはよっぽどすごいらしい。
でも制限って。ボクは村に帰るのもダメなのか。
「どうしよう」
本気でどうしていいかわからなくなったボクの手をロエルが握った。
「それじゃ、よかったら私の家に来てみる?
というかカードに現在住んでいる場所のところを私の家にしちゃったんだけど」
なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。
他の冒険者は冷たかったのに、この子だけは違う。
こんな格好をしているボクなんかに、なんで。
また自然と涙が溢れてきた。
10年間、ずっと地下を目指していた時は気づかなかったけど
人のぬくもりってこんなに温かいんだ。
いや、知っていたはず。
ただそれを最後に感じたのが10年前なだけだった。
魔物図鑑
【ヘルベアー】
デンジャーレベル30のベアーズフォレストの頂点に君臨する暴君。
ベテランの風格を漂わせ始めてきた数多の冒険者の自信を肉体もろとも
引き裂き骸にしてきた。
その毛皮は丈夫で、よくローブの材料として重宝される。