エピローグ この世界にはボク達がいる
◆ アバンガルドより遥か遠い地 ガンタール帝都 空魔宮 最上階への階段 ◆
ここまでくるのに、どのくらいかかっただろう。村にいた頃は小動物みたいな魔物にすら勝てなくて、何度も殺されかけた。それでも私を”運命の子”だと皆は言う。こんなよわっちくて捻くれた女の子の何が運命の子なの。そう思っていた。
「リュク、皆は大丈夫なのだ……?」
「信じるしかないよ……」
ガンタール帝国の皇帝ジャゲルの野望をうち砕くため、思えば数えきれない人達が私達に力を貸してくれた。村の皆、王国の人達、リザード族。各地で奮戦しているレジスタンスの皆。そして私達の道を開けるために帝国最高戦力の”七魔天”達に挑んだ仲間達。
「変だよね、最初は皆バラバラだったのにさ……。私だって最初は”運命の子”だなんて持て囃されて、嫌で嫌で逃げてばっかりだったし……」
「……ウウルも、最初はリュクが羨ましかったのだ。”悪魔の子”なんて蔑まれて……何回この頭の角を切ろうとしたかわからないのだ」
「そんなあなたの気持ちもわからずに、ひどい事言ってしまったよね……『ヒツジ女、あなたはいいよね。誰からも期待されてないから自由だもの』ってさ……ごめん」
「いいのだ。今だから胸を張ってハッキリ言えるのだ。ぼくはヒツジでいいし悪魔バフォメットの子なのだ。世界の誰でもない、リュクがぼくを認めてくれた。それだけで喜びでいっぱいなのだ」
「ウウル……」
私とウウルの扱いは雲泥の差だったっけ。私は”運命の子”、ウウルはヒツジみたいな角が生えてるってだけで”悪魔の子”と皆に迫害されていた。自分の力と皆の期待に反比例して焦燥感に駆られていた時、村の外れで自由に暮らしている少女が羨ましくて仕方がなかったんだ。自分だって女の子なのに、なんでこの子だけって。
だけどそれは大きな間違いだった。自由なんじゃなくて、そう生きるしかなかっただけ。大昔に存在していた魔族という種族の血が流れているせいで、人並みの幸せを感じる事が出来なかった。
「大昔の”運命の子”は、ウウルの先祖の魔族に殺されていたなんてのがわかった時は笑っちゃったよ。何が”運命の子”だってさ。魔族の中でも最強と言われた”魔禍”アボロ……。どんな奴か知らないけど、運命の子なんてその程度じゃない」
「リュク、自分に対して言ってるのなら筋違いなのだ。リュクはリュクだし、過去の運命の子とは違うのだ」
「あなた達が期待する”運命の子”は、散々あなた達が蔑んでいた”悪魔の子”のご先祖に負けてるじゃないってさ。ホント笑えるよね……」
「リュク! リュクは今、自分の意思でここにいるのだ! ”運命の子”としてじゃないはずなのだ!」
ウウルのモコモコとした短髪が揺れる。下手したら幼女に見られかねない、小さな体に見合わない激しい檄だった。魔族の血のせいか、私と同じくらいの歳のはずなのにかなり低身長だ。
「……もうやめよう。運命だの悪魔だの、そういうのは捨て去ったはず。行こう、最後の戦いへ……」
「これが終わったらリュクと結婚なのだ」
「えっ?」
「ダメなのだ?」
「で、でも。私達女同士だし?」
「運命や悪魔は捨てたのに、周りが勝手に決めた常識には縛られるのだ?」
「……行こう」
無言で肯定したつもりだ。すべてはこの戦いの元凶を倒した後。多くの血を流させた本物の悪魔に代価を支払わせてやる。
◆ ガンタール帝都 空魔宮 最上階テラス ◆
「絶景であろう」
「ジャゲル……! 追い詰めたよ!」
”全土国家統一”の名目でいくつもの国に侵攻し、支配下に置いてきたガンタール帝国皇帝ジャゲル。国々を個として存在させるのではなく、まとめあげる事によって国家間のいざこざを失くす。大きな個となれば、結果的に内外ともに強固になるという単なる侵略だ。
「余は今、打ち震えておる。もうすぐ、この広き大地で血が流れる事はなくなるからだ」
「それを実現するのに戦争してちゃ世話ないよ」
「大局を見据えられぬ小娘め。重要なのは過程ではない、結果よ。より良き結果の為に血が流れるのは仕方のない事。それしか手段がないのであれば、迷う余地などあるまい」
「戦争をしたいだけなら、そういえばいいのだ。お前の言葉は軽すぎてまったく響かないのだ」
「フ……呪われた魔族の勘かな。貴様のような薄汚れた血はこの地にはいらぬ。運命の子共々、ここで果てるがよいぞ」
さすがの烈気だ、床や柱にひびが入って欠片をこぼし始める。前までの私達ならこの場に立つことすら出来なかった。小国くらいなら一人で滅ぼせる、万の軍に相当すると言われる”七魔天”を束ねるくらいだ。簡単に勝てるとは思ってない。
「怯まぬか。よもや勝機を見いだしているわけではあるまいな」
「負けると思ってるとでも?」
「ハハハ……ではまず、その威勢を失くそうか。コレを見よ」
「それは……?」
「貴様らが探し求めていた神宝珠よ。見ているがいい」
「まさか……!」
神宝珠。出所も何もかも不明だけど、それを手にした者は世界を滅ぼせる力を手に入れられると言い伝えられていた。”運命の子”の使命の一つとして、神宝珠の捜索を任されたっけ。結局見つけられなくて、実在しないと決めつけて諦めていた。
「ウソ! どうせ偽物だから!」
「ならば刮目せよ……ゲゲッ……これこそが……ガポッ、グゴゴ……全世界を治める真なる……支配者の姿よッ!」
【神魔皇帝ジャゲルが現れた! HP 60000】
皇帝の体が変質し、体中に血管みたいなラインが浮き出て走っている。筋骨隆々の体躯に背中からは骨の翼が突き出し、手足や体には漆黒の金属のようなもので覆われた。
「ハハハハッ! 迸るぞッ! この力ァ! 素晴らしい!」
猛る皇帝のシルエットは完全に人から逸脱している。悠々と私達を見下ろせる巨躯だけじゃない、そこから発せられる気も何もかもがこの世のものじゃなかった。支配なんて生易しいものじゃない、自分と同列でない生物は等しく蹂躙する。存在すら許さない、殺して殺して殺して自分が最後の個となるまで暴れる。そう、あいつからは世界を滅ぼしてもまったく消えないほどの狂気を感じた。
【神魔皇帝ジャゲルはエビルパニッシャーを放った! リュクは4879のダメージを受けた! HP 241/5120】
【ウウルは4750のダメージを受けた! HP 55/4805】
「うわぁぁぁぁぁッ!」
片手から放たれた黒いオーラが扇状になって私達を直撃する。目の前が暗くなり、受けている最中にも自分の体の至る所が折れて身動きすらとれない。なすがままに飛ばされて、気がついた時にはテラスから空を見上げていた。
「くッ……か、からだ、が……」
「今にして理解できた。かつて暗黒時代を謳歌した破壊の王ヴァンダルシアの胸中が……」
たった、たった一撃だ。それだけで指一つすら満足に動かせない。自分の技に惚れ惚れしているのか、あいつは片手を舐めるように見つめている。ダメだ、呼吸すら怪しくなってきた。胸が痛い、血も吐いてしまう。
「高みから圧する、とはこういう気分なのだろうな。人間が道端の虫を気にかけず、余もまたどうでもよくなった」
ここに来るまでは確かな自信はあった。磨き上げた技、体、何より託された想い。それらすべてが私の強さでもあった。今、自分の中にあるのはなんだろう。焦燥、絶望、何でもいい。とにかく負の感情で押しつぶされそうだ。
「先程まで、”運命の子”にわずかながら抱いていた脅威すらな……」
なにこれ、バカみたい。自信をつけて挑んでみればこの有様。”運命の子”もクソもない、ただの無力な人間でしかなかった。あいつが神宝珠を手に入れたのも、すべては必然だったかもしれない。私が”運命の子”として生まれたように、あいつもこうなるべくしてなった。じゃあ、無理だ。運命ならどうしようもない。
「運命の子よ。どうやらすでに雌雄は決したようだ。もはや動く事すら叶わぬだろう」
「げ、ゲホッ……ゲホッ……」
「これこそが現実。希望を託された英雄が必ず勝つ世ではない。英雄は名を残せたからこその英雄……その下でどれほどの英雄になり損なった屍があろうか」
止めを刺す為に、余裕をもって歩幅を縮めて来る。死への恐怖を与える為、猶予を与えているかのようだ。せめて、せめてウウルだけは。
――――リュク、安心するのだ
「ウ、ウル……?」
ウウルが消え入りそうな声で語りかけてくる。かろうじて喋られるものの、命の火が消えかかっているのは明らかだ。
――――リュクは運命の子じゃなくても強い、必ず勝てるのだ
「ど、ういう、こと……」
――――ウウルの全部の力をリュクにあげるのだ
「え……」
――――大嫌いだった魔族の血だけど……リュクに助けられた分、今度はぼくが助けるのだ
「ま、待って……バカ……!」
冗談じゃない。仮にそんな事をして勝って何が残るというの。さっき自分で言ったくせに。自分で結婚しようって言ったくせに。どうして約束を破るの。
「ダ、ダメ……」
――――今までありがとう、なのだ
「いやだぁ……うれしく、ない……」
泣き叫びたいのにそれが出来ない。手を伸ばしたいのにそれが出来ない。ダメだと言ってもきかない。運命の子、それは大好きな子の命を犠牲にしてようやく世界が救える程度だったんだ。つくづく呪われている、こんな運命ならいらない。それならいっそ私もここで――――
「エンジェルリカバー」
「……え」
体中の激痛どころか、不快感や絶望の感情まで洗い流される。倒れたまま、私は閉じかけた目を開く。
「危なかったね。途中で戦ってた人達も負けそうだったし……クリンカ、あれが親玉でいいのかな?」
「ガンタール帝国皇帝ジャゲル、この辺りで猛威を振るっていた”災厄”だね。人間だから後回しにしていたけど、まさか魔物だったなんて……」
体に自由が戻った私でさえ、現実を受け入れられずにまだ立ち上がれないんだ。ジャゲルはしばらく、そこに現れた二人の女の子を観察していた。何が起こったのか、この二人は何者なのか。開いた口がふさがらないとはいうけど、まさにあいつがそうだった。
「何奴か」
「ボクはリュア、こっちがクリンカでボクのお嫁さんね。お前みたいな災厄を退治して回ってるんだ」
「……はて。余は一体、何を聞いているのか」
耳を疑った。女の子がもう一人の女の子に嫁と言い切ったよ。でもジャゲルの興味はそこじゃなくて、自分を災厄呼ばわりされた上に勝利宣言までされたところだ。一周くらい遅れてジャゲルの中で怒りが到来したことがすぐにわかった。柄にもなく、口元がヒクヒクいってる。
「余こそがゆくゆくは世界を統治する王、ジャゲル。何者かは知らぬが、”運命の子”という宿命すらなき者が英雄を気取るのならば、思い知らせてくれようぞ」
「クリンカ、これで何人目かなぁ。支配がどうとか言った災厄は……」
「12人目くらい? でも人じゃないのが大半だから、匹って数えたほうがいいのかな」
「こういうのをなんていうんだっけ」
「自意識過剰……」
【神魔皇帝ジャゲルはエビルパニッシャーを放った!
リュアには効かなかった!
クリンカには効かなかった!
マーティには当たらなかった!】
この二人の存在が大きすぎて気づかなかったけど、もう一人いた。グレーの前髪を綺麗に切り揃えた、白いワンピースを着た少女。あの二人よりも更に幼い、武器も何も持ってないしどういう事。
「なに……? バカな、神宝珠の力を得た余の攻撃が通じぬだと?!」
「ヴァンダルシアといい、元々人間だった奴らのほうが遥かに悪かったりするんだよね。最近思うんだ、考え方とかやってる事が人間じゃなかったら殺してもいいかなって」
【リュアの攻撃! 神魔皇帝ジャゲルに8433029のダメージを与えた!】
「な、なぁ、にッ……」
【神魔皇帝ジャゲルを倒した! HP 0/60000】
「冥王が怒るから、破壊しないでおいたよ。ちゃんと冥界に行ってね」
何をしたの。今、剣を抜いたところまでは見えた。そこからあのジャゲルがわずかな断末魔の叫びと共に消えて、あの子が剣を鞘にゆっくりと収めて。なに、なに。
「これでガンタール帝国は倒せたかな」
「もう安心だよ、2人とも。悪い奴はいなくなったから。でもね……そっちの子」
「……ぼくのこと?」
「この世で一番やっちゃいけない事ってね。大切な人の前からいなくなる事なの」
「あ……」
「って、私達がこなかったらどうしようもなかったか……」
ウウルは一瞬だけ怯む。あの金髪の子は優しく諭しているようだったけど、奥底から鋭い厳しさを感じた。私達を回復してくれたのはこのクリンカという子だ。歳はそんなに変わらないはず、それなのに何者なの。あのジャゲルを倒したのは水色の髪をした子だし、もしかして本当の運命の子はこの子なのかもしれない。
「ごめんね、初対面なのに偉そうな事言って……」
「今だから後悔してるのだ、あそこで死んだらリュクはきっと大泣きするのだ」
「そ、そうだよ! ホントに……もうこんな思いはしたくないんだから」
「結婚できなくなるところだったのだ」
「……けっこん?」
まずい。ウウルはおこちゃまだから、空気を読むとかそういうのが苦手だ。世間一般的には女の子同士なんて普通じゃないから、変な目で見られるのは確実。これから突き刺さる軽蔑の視線を想像すると、せっかく助かったのに生きた心地がしなくなる。
「ねぇ、二人は結婚するの?」
「しない! しないから! 女の子同士でするわけない!」
「……しないのだ?」
「え、いや。あの、そういう話はここですべきじゃないから……」
「結婚しないのだ……」
ここまでポロポロと泣かれちゃ、もう体面がどうとかいってられない。運命の子だからとか、そんなものに縛られないと決めたばかりだ。ここで意地を通さないでどこで通せる。これからも世間の目から逃げて、隠れて暮らすのかと。
「するよ! 結婚しよう!」
「やったぁぁぁぁのだぁ!」
「……おめでとう!」
やってしまった。って、なんて?
「クリンカ、この二人も結婚するんだね!」
「うん! 私達だけじゃないんだ!」
「あの、もしかして……」
「ボク達もね、結婚してるんだ」
恥じる事もなく、誇らしげに胸を張っている。胸といえば金髪の子は大きい。ウウルは論外として、私よりも。そんな事はどうでもよくないけど、どうでもよくて。
「お、女の子同士……ですよね?」
「うん、そうだよ? あ! でもね……一つ、大切な事があるんだ」
「大切な事?!」
「実はね……女の子同士だと子供が出来ないんだ」
「知ってる」
「「……ッ?!」」
後で知った話だけど、あの2人は世界を旅して災厄と呼ばれている危険な魔物達を倒しているみたい。そのついでに女の子同士で子供を作る方法を探しているとか。破壊と再生、奇跡が合わされば何かが起こるかもしれない。世界のどこかに、同性でも子供を作れるようになるアイテムがあるかもしれない。マーティという女の子の奇跡が合わされば、見つかるかもしれない。知り合いにそう教えられたと話してくれた。
正直、何を言ってるのか全然わからなかったけど本気なのは確かだ。あの子達もまた運命だとか常識、周囲に流されずにやりたい事をやっている。だから私達もこれからは堂々と2人で生きていく。これからも、女の子同士で結婚したいけど周りを気にして踏み出せない人達を助ける。あの2人がそうしているように、私達もやらなきゃいけない。もう運命の子なんて懲り懲りだ。これからは好きなように生きていく。女の子同士の恋愛を助ける為に、私達は立ち上げた。
その名も白百合会。
悪い奴はあのリュアとクリンカに任せておけばいい。だから後ろは任せて。困っている百合のつぼみ達を開かせて、いつかは認めさせてやる。女の子が女の子を好きになるのは変じゃないって。
◆ アバンガルド国より東の海 元サタナキア ◆
「ふぅ……今日の作業はここまでにしておきますか。さて……あの2人には結局、残酷な事実を突きつけたわけですが……ま、問題ないでしょう。私としても片手間に、その手の研究を勧められますし。
そう、もし女性同士で子供を作る方法を発見すれば、これは歴史的発見ですよ。そうなれば私の地位や名誉も労せずして確固たるものになります。これで人材や資金がより集まれば、メタリカ再建も早まる事でしょう。いやー、我ながら自分で自分を褒め称えたいですよ。なんとかとハサミは使いようってね」
「記録した」
「え、プラティウ? いたんですか? リュアさん達と一緒では? というか記録したって……」
「今のリュア達に聞かせる」
「あの、ちょっと待って下さい。私は別に何もやましい事はしてませんよ?」
「バカとハサミは使いようってところ」
「バカとは言ってないじゃないですか。バカとは」
「じゃあ意味教えてくる」
「あぁちょっと待ってホントに!」
◆ シンレポート ◆
こんどこそ ちゃんちゃん
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
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