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第347話 後日談 シンの憂鬱 前編

◆ イカナ村 リュアの家 ◆


「マーティちゃん、今日は天気がいいからお散歩しましょうか?」

「……別に」


 永久の霊帝ルルドの野望が破壊と再生とかいう理不尽に打ち破られてから、1年が過ぎたのです。無事、生き延びたマーティですがまぁ引き取り先は決まっている。仮にも太古の時代から世界を監視して、時には裁きを下した神です。人間達からしたら生かしておく理由がなくて当然、殺せムードになったのですがそこはリュア。

 なんと全員の前で頭を下げたのです! てっきり威嚇して、抵抗の意思さえ破壊するのかと思ったら! クリンカと一緒に皆に謝り続けたのです! 


――――世界の功労者に頭を下げさせるなど、我々のほうが情けない


 その第一声はあのアーギル。率先してリュア殺すマン部隊を率いていた奴のおかげで、許しちゃおうムードに切り替わったのです。正論すぎてぐぅの音も出なかったのか、皆は無言でリュア達を肯定したのです。

 そんなこんなですがどうやら、まだまだ馴染めていない様子。


「マーティ! 遊ぼ!」

「マーティ、お花畑に行こう!」


 でもそこはリュアママ。村のガキどもを手なづけて、マーティを誘うように声をかけたのです。体が弱いマーティだけど、そこは”奇跡”を使いこなしてうまくやっているようで。


「お昼になったら今日は外でランチにしましょう。それでね、ぜひマーティに手伝ってほしいのだけど……ダメ?」

「……別に」


 何より、ここには”奇跡”じゃなくてマーティを受け入れる人間がいるのです。”奇跡”じゃなくて、人として何かをさせてあげる。これはクリンカの入れ知恵でもあるのです。人は誰かが必要としてくれなければ腐ると。そして役に立った時、初めて自分の存在意義を見いだせると。なんだか教訓じみているのです。


「おっす! マーティ、冒険者ギルドいくぜぃ!」

「ちょっとエルメラちゃん、ノックして入ってきなさい。こんな女の子を冒険者にするとか頭大丈夫?」

「リュアに似て容赦ないね、ままん! 娘さんは世界を救った英雄、しかも世界初のSSSクラスの冒険者になってるくせにぃ!」


 こういう頭のおかしいのまで絡んでくるので、前途多難でもあります。エルメラなりのコミュニケーション手段だと思うのですが。


「いやいや、冒険者ってのは半分冗談だけど割と世間を知っておいたほうがいいかなって」

「それはわかるけど……。でも、クロノエルって人のせいで結構変な事になっちゃってるんでしょ?」

「変なのまで復活してるっぽいからねー」


 そう、マーティにとっては悲しい別れでもあったのです。


◆ 1年前 アバンガルド王都 跡地 ◆


「私はこれからすべてを清算する……マーティ、お前には娘らしい事を何一つしてやれなかった……」

「……クロノエル、おじいちゃん」


 決戦の最中でもクロノエルは何もしなかったのです。いや、あえてそうしていたのです。


「時を司り、操る……絶大に思えて実のところ、ただの力でしかなかった。そう、天性という概念の前ではな。強大な力には代償が伴う、長き時に渡ってそれを行使してきた私の体はすでに限界なのだよ……」

「……最後の力を振り絞って、世界を元に戻すというのですか?」

「君の”再生”の力をもってしても、死んだ者は生き返らないだろう。死者をそうするという事はどのような概念すらも超越しているからかもしれんな」

「クロノエル様がそうした後、”再生”で――――」

「ならん」


 仮にクロノエルを”再生”出来たとしても、時空にどんな影響がでるかわからない。過去も現在も未来もごちゃ混ぜで、取返しのつかない事態に陥る可能性がある。時を操作するという事はそれだけ繊細らしいのです。すべての力を使い果たすほどの事だからこそ、何もしなかった。


「……そうですか」

「最後に私から願うとすれば……マーティの未来を頼む」


 時を司るクロノエルが人間に未来を託す。なんだか皮肉が利いているようで、この時ばかりは何もレポに書けなかったのです。


◆ アバンガルド王都 冒険者ギルド ◆


 王都はもちろん、ギルドも平常運転なのです。壊れた建物から命まで、クロノエルが全部元に戻したから。平常どころか、ここ一年の活気がすごい。自分達の国から世界初のSSS冒険者が出た事で、他の有象無象どもも躍起になっているのです。


「俺、ついに今度のAランク昇級試験を受けられるようになったんだ! かんすとっぷ!」

「力押しの技しかないオレでも、あのリュアを見て安心したよ。人間、鍛えればどこまでもかんすとっぷ! ってな!」


「オイ! 割り込むな! ちゃんと並べ! こっちは、さっきから20分以上も並んでんだからな!」

「はぁ? Cランク程度の依頼なんて急ぐ必要もないだろ? ほれ」


 ギルドの受付の列がひどくて、最長1時間待ちという事態なのです。そうなればもちろんトラブルもあるわけで、そこで冒険者カードをちらつかせたBランクのおっさんが偉そうにしている。人が増えて賑わうと、こんな格差も生まれてしまう。


「待ちな。ランクに関係なく、マナーやルールは誰にでも平等だ。おっさん、きちんと後ろに並びな」

「あぁ?! 何だてめぇ……うぉっ! あ、あんた……あのオードか」


「オードさんがいるのか?」

「Aランク昇級試験をトップの成績でパスしたという?」

「さすがの風格だな……」


 あのオードもAランク冒険者。コウとブンはまだこの前、Cランクになったばかりなのですがメキメキと実力をつけているとか。トラブルの仲介人として幅を利かせるほどの存在になったのはシンも驚き。


「どんな依頼でも、待っている奴がいる。本当は誰でも真っ先に解決したいんだ。大切な依頼に優劣をつけるのは冒険者として……人として失格だな」

「うぅ……」


 すごすごと後ろに並んだBランクのおっさんを、どこか決め顔で見送っている。こういうところはあまり変わっていない。俺、かっこいい事したみたいな。


「やっべ、俺マジかっこよくなかった?」

「最高ッスよ」

「惚れたよ」

「お前らもようやく俺のかっこよさがわかってきたか。でも出来れば美少女に惚れてほしかった」

「誰もアニキに恋なんかしてないよ。たとえ女でも考えちゃうぜ」

「ひっどい」


「あら、オードさん」


 そこへ現れたのはアイ、マイ、ミィ。人が多いギルド内の中でも、この3人は一際目立つのです。ファンクラブまで設立されている始末で、パーティを組みたがる男どもが本当に多い。ちなみにそれ以上の人気を誇っているリュアとクリンカには誰も近づかない。いろんな意味で恐れ多いのです。


「3人とも、久しぶりだな。お、見ないうちに少しは成長したかな? まぁAランクに上がるには相当の努力が必要だからよ、何なら俺がレクチャーを」

「えぇ! この前、Aランク昇級試験に受かったんです!」

「……ほ、ほう?」

「年に二回になったのがありがたいよね、お姉ちゃん!」

「リュアさんがSSSランクに認定されてから、ギルドも羽振りがよくなりましたわ」


「へぇ……ま、がんばったじゃん」


こうして、コウとブンに陰ながら背中をさすられて慰められるのも通例なのです。まったく成長していない。先輩風吹かしていると本当に追い抜かれるのです。精進するのです。


「エルメラ、私達も負けていられませんよ。この依頼にはCランク昇格がかかっているのです」

「どれどれ。カシラム国へのお届けもの……はぁーん? お使い? こんなもん一瞬で終わらせちゃうさ! マーティも、この機会にアタシらの力を知っておくといいよ! 奇跡起こしてやるからね!」


 連れてきたのはこういう理由です。マーティに手も足も出なかったことを根に持っているというか、本当に情けない。当のマーティは人ゴミに慣れていないのか、疲れてどうでもよさそうな顔をしているです。


「外の世界を見せるといっても、マディアスをやっていた頃に散々見てきたのです。意味あるです?」

「もちろんですよ、シンちゃん。遠くからだと見えないものがたくさんありますから」


 マーティはメリアの手を握って歩いてますです。メリアには一応、なついている。エルメラは多分、得体の知れない生物くらいの認識。


「うぉあぁッ! マ、マディアスだぁ!」

「お、おお、王都に何しにきた! 破壊しにきたのか?!」

「連れて歩いているぅぅ!」

「平気です、噛みついたりしませんよ。ね?」

「騒がしき人族……文明の繁栄は世界を……」


「まったく平気じゃねぇだろ!」


 アバンガルド王都では顔も割れてしまっているので、こういう事態も起きるのです。何せ、この大陸を滅ぼしかけた張本人が、メリアに手を引かれているのですからそりゃビビる。たまに調停神のノリが出てしまうのがたまにキズ。


「はい、文明が築き上げたおいしいモモルジュースですよ」

「……うむ」

「何が、うむだよこのガキめぇ」


 餌付けもどうかと思うのですが、なんだかんだで気に入っているので結果オーライ。シンにもくれ。本当、何が『うむ』だ。


◆ カシラム王都 大通り ◆


 エルメラの魔法でひゅんひゅんひとっ飛び。国境をスルーしかけたエルメラがメリアに怒られていい気味。荷物チェックとか身分チェック、大事な事がたくさんあるのです。やはりこいつにはマーティを任せられない。


「いやー、戦っている時には平然と浮いていたマーティ様が随分と怯えてますなぁ?」

「あなたが乱暴な飛び方をするからでしょう? いい加減にしないと怒るわよ」

「ごめんちゃい許して何でもする!」


 マーティはエルメラに抱っこされてた。シンはメリアに抱っこされてた。確かにマーティは、ふるふると震えていたのです。

 そもそもなんでシンはこの二人にくっついているのか。あいつらにお払い箱にされて、ムカついたから。何が「シンはもう自由にやりたい事をやればいい、これからもボク達は忙しいから」です。頭にきたのでご希望通りにしてやってるのです。あー、せいせいした。

 思えば、最初はあいつらの弱点を探るように使命を果たしていたはず。でも、リュアと和解した魔王様の命令で旅レポへと転換したのです。


「アバンガルド王都は比較的、まともだったけどここは大丈夫かな? 変なのが復活してないかな?」


「うわ、うあぁぁぁ! キ、キリウスゥ?!」

「ジャグ、久しぶりだな」


 セイゲルの腕を抱きながら歩くマターニャ。そしてその2人の他にありえない人物がいるのです。キリウス、セイゲルの父親。


「私を殺した事は水に流してやるから、どうだ? 久しぶりに私達とメシでも食わないか?」

「ハ、ハハッ! 来るな、来るな! 亡霊め!」


「殺されたってのに寛大すぎるだろ、オヤジ……普通は許せないだろ?」


 セイゲルはマターニャと無事結婚して、今はハンターネストを拠点にして活動しているのです。そして父親のキリウス。ドラゴンだったクリンカを庇い、ジャグに殺されたはずなのに生きているという怪奇。そうなのです、クロノエルの時空操作でこういう事が起こっている。大陸も人間も元に戻った影響で、それ以前に死んだ人間も生き返った。いやいや、巻き戻ったのです。

 どういう基準で、誰が生き返ったのかはわからない。一つ確かなのはクロノエルの時間操作は成功したように思えて、完璧じゃなかった。命と引き換えにしたのに、この様子。クリンカに対して、再生を使うなと釘を刺したのも頷けるのです。使っていたら、これ以上めちゃくちゃになっていた。


「ん、まぁでもこうして生きているからな。息子の晴れ姿も拝めたし、後はクリンカちゃん……だったか。あの子にも会いたい。そうだ、ジャグ。いい機会だからお前もどうだ?」

「ぼ、亡霊……来るな、亡霊ぃぃ!」

「お前もクリンカちゃんに頭を下げて心機一転しろ。指名手配されているらしいが、そんなフードを被っただけで変装したつもりか? 衛兵は何をやってるんだか……」

「その前ににゃんが殺すからにゃん」

「だそうだ」


「夢だ、これは夢だ夢だ悪夢に違いない! ひぃぃえぇぇぇぇ!」


 脱兎のごとく逃げ出そうとしたジャグが無事、3人に囲まれましたとさ。半狂乱のあいつを引きずって衛兵に引き渡してお仕事は完了。ていうか指名手配されているのに何やってるですか。バカなのですか。まぁ終わった奴ですから誰も気にしないのです。

 それにしてもセイゲルの話によれば、あのジャグはファントムにいたはず。死の武器商人製の武器を持ったまま取り逃がしてしまったそうで。そのまま消息不明になったのです。誰も覚えてない奴ですが、シンはきちんと覚えていた。忘れたなら過去を振り返り、思い出すのです。きっとそこに書かれているはず。追憶の彼方より! 今こそ革命の時! そのいち! ん?


「マーティちゃん、どう? カシラム国の王都はアバンガルド王都とは違った賑わいがあるでしょう?」

「こんなに繁栄して……。世界はどうなるの?」

「お姉ちゃん、たまに入るマディアスモードをどうにかしないとダメっぽいよ。そりゃ数千年もやっていたんだから、簡単には直らないだろうけどさ……」


「皆さま! あちらをご覧下さい! ご存知の通り、獣人が労働に勤しんでおります! この光景を見てどう思うでしょうか!」


 今度は何です。大声で叫んでいるのはおっさんですが、他にも何人かいるのです。そいつらが誰に向けて言ってるかというと、建築を手伝う獣人達。重い柱を束にして担いで、人間にはなかなか出来ない芸当です。


「素敵だと思う方もいらっしゃるかもしれません! しかし彼らは以前、この国に攻め込んできた逆賊なのです! 幸いにも王国軍の活躍で王都への被害はありませんでしたが、我らの命や財産までもが奪われる事態になりかけたのは事実です! それに対して彼らは明確な謝罪もせず、のうのうとこの王都を闊歩している! そればかりか、職が足りないこの状況! 肉体労働を奪われた方々は声を荒げるべきです!」


 実は最後が一番言いたい事なんじゃ。切実すぎて涙が出てきたのです。


「うわぁ、獣人を引き入れたのはあの王様なのに罰せられないの? って、どうせこれも闘志だ!とかいっちゃうか」


 今更ながらこの国、大丈夫ですか。よく内乱で潰れないものです。当の獣人は食ってかかるかと思いきや、何も聴こえない振りをして仕事をしている。よく訓練されているのです。バルバスかニースの教育の賜物か。人間よりよっぽど理性的です。


「奴らの理屈でいうならば、首謀者のエルメラも王都へ入れてはいけないのです」

「アタシはほとんど知られてないからねー。想像したからねー」

「なんて罪な奴です」


「ここでも争いが起こる……やっぱり世界は……」


 おっと、マーティにスイッチが入りそうなのです。といっても、神様をやっていた時よりはかなり大人しい。こう呟きますが、ある意味発作みたいなものです。リュアとクリンカが無理やり手を引っ張って、遊びに連れまわしたり、心をこじ開けてくれたおかげでもある。


「それにしても獣人ってかなり好戦的なんだけどなー。その気になったらあんな奴らバラすのは一瞬よ」


「……すまなかった。お前たちを危険に晒して申し訳ない。だからこそ、こうして少しでも国に貢献をしているつもりだ。仕事の件はよければ譲ってもいい」


 大きな熊の獣人がのっそりと人間達のほうを向いて、頭を下げた。その風体だけで人間達を軽く見下ろせる。何も言ってこないと思って調子に乗っていた人間達が狼狽して、小さく悲鳴を上げているのです。


「そういう事ならまぁ……」

「なっ! 待て! 俺達は同士だろ?! 帰るのか?」

「いや、だってあいつ……俺達が叫んでも毎日ずっと謝り続けてるんだぞ? もうこの辺でいいんじゃないか?」

「それはあくまで形だけで……明確な謝罪というのは国民全員に対して、きちんと誠意を見せて説明責任を果たしてだな……待てー! 帰るなー!」


 叫んでいたリーダー格のおっさんを残して、他の奴らはゾロゾロといなくなったのです。哀れ、残されたおっさんはそれでも納得ができないご様子。地団駄を踏んで、やり場のない怒りを表しているのです。


「獣人、労働に精出してるネ。かたや罵声浴びせてご満悦、どっちが迷惑ヨ?」

「な、なんだお前は……」

「ワタシの店、来るネ。頭、冷やすヨ」

「は? は、離せ……はにゃせぇ……」


 元十壊のシャイニー、今はここでマッサージ屋をやっているようで。おっさんのツボをついて骨抜きにしてから、引きずっていったです。正論浴びせたと思ったら客がほしかっただけという。やれやれ、こんな連中ばかりで退屈しないのです。うん、退屈じゃない。


「争いなくなった……」

「いがみ合ってばかりの人達も多いけど、獣人は謝り続けた。それを認めてくれる人がいたから、争いが起こらなかったのよ」

「前の獣人なら怒り狂ってバラバラにしていただろうね。そこで一歩も二歩も引いたからこそ、理解してもらえた。ケンカも戦争も、どっちも折れないから起こるっていう一つの側面だね」

「自分達でどうすればいいのかを考えて、前へ進もうとする。そうして築かれるものはきっと素晴らしいものよ」

「自分達で……考えて……」


 なるほど。マーティにこれを見せるために連れて歩いているですか。エルメラのくせになかなかやるです。かなり考え込んでいるのはいい傾向です。考えるという事は誰かの言いなりや理屈から脱しようとしている証拠。自立の第一歩なのです。やや綺麗事だったりシャイニーのせいでうやむやになった点はあるですが、そこはご愛敬。


「自立……」

「どったの、シンちゃん? 死ぬの?」

「お前が死ねです、なんでもないです」

「このチビィ!」

「やめなさい、いつも言ってるでしょう。自分から煽っておいて怒るのは悪い癖ですよ」

「聞いただけだもん!」

「死ぬのと聞かれていい気分になる人はいません」

「はいお姉ちゃん反省しました!」


 リュア達はシンに自由にしろと言ったです。やりたい事をやれと。果たして今は充実しているですか。メリアはいい奴ですしエルメラはアレですが、まぁ確かに不満はないのです。でもどこか、物足りないような。もうこのレポを書く事がないと思うと。


「あれが冒険者ギルドですね。届け物を届けましょう」

「アバンガルド王都からカシラムって超遠いよねー。お使いといっても道中でくたばる奴もいるだろうし、最上級お使いって感じだね」

「だからこそ、この中身なのよ。きっと試されてるの」


 なんとなく心だけが空中に放り出された、そんな感じなのです。


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