第344話 壊れた者
◆ 追憶の回廊 マーディアス神殿 ◆
「本日より、マディアス様の教育係りを務めさせていただきます。神官のダルラと申します」
村にいた時よりも綺麗な白い服を着せられたマーティを見下ろすおばさん。鋭い目つきが何となく怖い。マーティも少し怯えているのか、おばさんを前にして少し言葉を詰まらせていた。
「マディアス……私はマーティなのに……。死んだお母さんがつけてくれた名前……」
「ここにきたからにはあなたはマーティではなくマディアス。それも聖女としての振る舞いを身に着けていただきます」
「聖女……?」
「人々を救う、清らかで神に最も近い存在……それが聖女です。さぁ聖女マディアス様、まずは基本的な作法から学びましょう」
それからは目も覆いたくなるような特訓が始まる。座り方、立ち上がり方、歩き方。どれも決められたもので、少しでも出来ていないと怒鳴られる。一日中、常にそれをやっていないといけない。食事の時さえ音を立てるなとか、がっつくなとか、気が遠くなりそうな指示ばかりする。
「聖女は人々の象徴でなければいけないのです! 俗な仕草や言動は慎んで下さい!」
「はいっ……!」
「村に帰りたいなどという願望は捨てなさい! 聖女は私欲を優先しません! ゼダ様とて同じでした! 決して泣き言はなく、己の力に対して向き合い……その上で課せられた使命を果たしたのです!」
「は、い……」
涙目でもう見ていられない。場面が切り替わるごとに、こんなのばかり見せつけられる。クロノエル様に文句をいってやろうか。
「先代のゼダ様は、泣き言を一切言わなかったと聞き及んでいます。あの方に託されたのならば、やり遂げてみなさい」
「……ハイ」
「わかったのなら、二度と逃げ出そうとしないことです」
そんな日々を過ごすマーティに笑顔なんてとっくになかった。神官達の目を盗んで脱走したはいいけど、マーティの体力で逃げられる範囲なんて限られている。すぐに追いつかれて捕まり、正座させられてお説教。
うんざりだ。どうしてマーティがここまでしないといけないの。聖女としてだって? そんなの、結局は自分達が守ってもらいたいから言ってるだけだ。
「日照りが続けば作物はおろか、人命にも関わります。マディアス様、どうかお鎮め下さい」
「ハイ」
神殿の中でマーティが祈り、それを神官達が見守る。まるで監視だ。
「マディアス様、トカカ村の者です。近頃、野生の獣に家々が襲撃されて困っています。どうかお力添えを……」
「ハイ」
誰かが来た時も常に神官が監視していて、その時の対応がダメなら後で叱られる。そんな日々だったけど、段々と神官も何も言わなくなる。すでにマーティの目から生気がほとんどなくなり、命令を聞くだけになったからだ。
「聖女マディアス様のおかげだ! 我々は救われたのだ!」
「聖女様に栄光あれ!」
お祈りにくる人達もマーティの前で絶賛する。さっきの場面では、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだったけど今は違う。そんな人達を無表情で見つめるだけだ。当然のことをやっただけ、座り込んで祈る人達にそう言いたそうに見える。
来る日も来る日も、こんな調子だった。マーティに自由はほとんどなくて、朝早く起きてからは夕方過ぎまで神殿に閉じ込められて。夜が来たら寝てと、その繰り返しだ。
「この神殿は何なのさ……」
「マーティの祖父、ゼダが己の力を役立てる為に建てたものだ。信仰心が一つの集団を作り、このような独自の文化を形成した。神官と呼ばれている者達も、元はただの村人だったのだろう」
「じゃあ、マーティのおじいちゃん……ゼダがずっとやっていればよかったのに。どうしてマーティに押し付けたんだッ……!」
「生真面目な性格故か、それ以外に己の生き様を見いだせなかったのだろう。担がれるうちにそれが信念となり、孫にも受け継がせた」
ゼダを責めてもしょうがないのはわかっている。誰が悪いのか、なんでこんなことになったのか。これなら、天性なんてないほうがマーティにとって幸せだったはず。だけど村人を含めても誰もマーティの力以外に期待していない。
これってどこかで見たことがある。そうだ、メタリカ国。プラティウを利用して、国の為に役立てようとしたあいつらと同じだ。誰も人としてプラティウと向き合おうともしなかった。国や自分の為なら、子供一人くらい平気で犠牲にする。今、見ている大昔の場面からボク達の時代までかなりの時間が経っているはずだ。それなのにやってる事はほとんど変わらない。技術が発達しただけ。
「マディアス様……トカカ村が……野蛮なる国の者達によって滅ぼされてしまいました……私の家族も殺されて……どうか、仇を……」
血まみれで息絶えたトカカ村の人を見ても、マーティは物でも見るかのように静かだった。神官がその死体を運び終えた後、マーティに視線で何かを訴えかけている。
「……大変なことになりました。遥か遠い地から、野蛮人が攻めてきたとなればここら一帯は不毛の地と化すでしょう。聞き及んだところ彼らは石ではなく、我々のものよりも遥かに優れた武器を扱うようです」
「優れた武器?」
「石よりも強固で殺傷力も高いものです。故にその力は多くの犠牲を生むでしょう」
「力が強いと、犠牲がでる……」
「発達すれば、支配する者とされる者が現れる。欲が出て奪いたくなる。やはり我々人間は自然の中で生活をするべきです。そうであれば人は共存していける……」
違う、ダルラは何を言ってるんだ。発達しなくてもお前達はマーティを支配している。規模は小さくても結局変わらないんだ。何もわかっていないマーティだから争いが起こらないだけ。魔王軍だって、憎しみに捉われてばかりで何も知ろうとしなかったから戦うしかなかった。ボクだって片翼の悪魔を仇だと思っていたけど、実際はそんな単純な話じゃなかった。エルメラとだって最初は敵同士だったけど、お互いを理解したからこそ一緒にいる。今だってメタリカだって、いつだって悪いのは人間だ。
◆ 追憶の回廊 トカカ村 ◆
「ヒャヒャヒャ! 女! 酒! 女! 酒!」
「シュチニクリーン! ヒャァァァッヒャァ!」
野蛮な国の兵士達が見たくもない光景を作ってくれている。叫び狂ったり、女の人を両腕で抱き寄せてやりたい放題だ。そこら中が死体だらけで、しかも無意味にひどい状態にされているのもある。中には死体に腰を下ろしている兵士までいた。
兵士というより彗狼旅団みたいな奴らだ。少し前のボクなら滅ぼされたイカナ村の光景を思い出して、まともじゃいられなかったかもしれない。
「今日からここもオレ達ババリア国のモノだなァ! ヒャヒャ!」
「利口にならないとこーなるんだゾ!」
「なんたってオレたちゃ石なんてケチな武器は使わなーい! 鉄だもんねー! ヒャヒャヒャ!」
鉄の鎧に鉄の斧や槍、それに加えて馬もいる。これに対して毛皮と石器じゃ勝負になるわけない。どいつも村の食べ物を食べつくす勢いでがっついていた。いくらディスバレッドを握り締めても届かない。これは過去に起こったことなんだ。そう言い聞かせても腹が立つ。
「オイ! 女は他にいないのカ!」
「ボインボインのやつ!」
「オ! あそこにいるゾ!」
「ンン?! なんだ、ありゃガキだ!」
恐れもしないでマーティが村の入口を通り、野蛮な兵士達の前に立つ。焚火を囲んだ兵士達は、少しの間だけマーティを珍しそうに見ていたけど、すぐにけたたましく笑う。
神官は見当たらないし、マーティ一人でこんなところに向かわせたのか。本当になんて奴らだ。
「ヒャヒャヒャヒャ! オイ! ガキ! こっち来て酒をつげ!」
「奴隷にして売ってやる!」
「いやいや、オレがいただいちゃうゾ! あひゃーひゃあっ!」
「力があると……犠牲が出る……力があると……支配する……」
その目はすでにあのひどい兵士達だけを見ていない。村や殺された村人達を含めて、自分の中で怒りや悲しみを増幅させている。
「こっち来いといってるだ……」
立ち上がって近づいてきた兵士はそこで終わった。他の兵士達にはその場からいなくなったように見えたと思う。実際にはボクをぶっ飛ばしたのと同じように、兵士は村の遥か奥まで飛んでいってた。ただし死体の原型はほとんどなくて、途中でほとんど体が千切れ飛んでいる。
そんな血と肉の塊になった兵士の存在を確認できずに、他の兵士達はぽかんとしていた。
「オイ、どこ行った……グェッ!」
「ギャッ!」
「ブヒャッ!」
一人、また一人と飛ばされる。ボクにすら痛いと思わせた一撃なんだから、こんな奴らなんて耐えられるはずがない。一瞬のうちに兵士達はマーティに攻撃されたと自覚できないで全滅した。残ったのは殺された村人と兵士。
「あ……」
突然、目が覚めたかのようにマーティは周囲を見渡した。よろよろと数歩だけ歩いて、死体や壊された家を見ているうちに小刻みに体を震わせる。
「こ、これ、私、が……」
「マディアス様、お疲れ様です。この村は残念でしたが……」
どこに隠れていたのか、神官達がゾロゾロと出てくる。やっぱりマーティを突き出してたんだ。都合のいい事ばかり言って、自分達は安全なところにいて守ってもらってばっかり。なんでこんなひどい事を誰も止めなかったんだ。マーティの村人もこいつらも狂ってる。
「ひ、ひと、死んで、る、よ」
「マディアス様、あなたは何も間違っておりません」
「私が、殺し、殺した……」
「マディアス様、お気を確かに」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その場から逃げ出したマーティを追う神官。どこに行ったかはわからないけど、日が沈みかけている空に向かって助けを求めているようにも見えた。
◆ 追憶の回廊 神殿近くの高台 ◆
高い崖の先端部分にマーティが立っている。神官達も捕まえられなかったのか、その姿がどこにもない。日が落ちて夜になるまで、マーティは逃げ回っていたのかな。体が弱いはずなのに、よく走り回れたなと思う。これも”奇跡”かもしれない。
「マーティ、何してるのかな」
「あ! 飛び降りた!」
ふらり、と前のめりにマーティは崖から足を離す。そんなに高くはないけどマーティの場合、落ちたら怪我じゃすまない。だけどマーティは地面に激突しなかった。
その直前で体が空中で一瞬だけ止まり、優しく何かに降ろされるようにして地面に落ちたから。ボクは体の芯から冷えるような感覚を覚えた。幼いマーティが自分から死のうとした事、そして奇跡の力はそれすらも許さない事。人間だけじゃない、マーティは自分の力にまで拘束されているんだ。
「なんで……!」
マーティは何度も崖に戻り、飛び降りる。そのうち何回かは、その前に躓いて転んだりもした。飛び降りても、近い位置にある岩に体が当たってほとんど怪我もなく、地面に転がり落ちたりもしてる。服が土まみれになってもマーティは何度も死のうとした。
「なんで……なんでなんで! 死にたいのに! もう嫌なのに……!」
何度目かの失敗で、寝っ転がりながらも大粒の涙をこぼしたマーティが痛々しくてもう見ていられなかった。
◆ 追憶の回廊 マーディアス神殿 ◆
「……なんと。マディアス様の生まれ故郷が暴風と水害で……」
「ゼダ様のお力でどうにかならなかったのか……?」
「生き残った者によると暴風の中、最後まで村に残って祈りを捧げていたらしい……」
「まさか……あのゼダ様の力が及ばず?」
「さぁ……わからんが力を使い果たしたのかもしれないな」
神官達がヒソヒソと話してはいるけど、柱の影でマーティがしっかりと聞いている。大好きなおじいちゃんが死んだと聞いて、泣くかと思ったら全然だ。ふらりと静かにその場からいなくなる。もう感情も死んでいるのか、すべてに対して興味がなさそうだった。
「マディアス様。3年前、トカカ村を襲った蛮族どもの仲間がすぐそこまで迫っております。すでに近隣の村のいくつかが蹂躙され、ここに迫るのも時間の問題かと」
「暴風」
「……は? と、申しますと?」
「水害」
「意味がよくわからないのですが……」
自分よりもすごいゼダが災害で死んだと聞いて、きっとそれが一番強いと思い込む。これがきっと、メタリカ国を何度も襲うことになるんだろうな。
「クリンカ、3年も飛んじゃったけどさ……。マーティの見た目が変わってないよ」
「うん……私はてっきり、クロノエル様の力の影響かと思ってたんだけど……」
「この後に関しては素直にそうだと白状しよう。しかしどうやら奇跡というものは、老衰による死も許していないようだ」
ゼイエルが灰にした人が持っていた”不信”みたいに、天性が必ずしもいいとは限らない。奇跡はいろんな意味で奇跡、マーティが望んでいないことも起こしちゃう。場面は飛んでいるけど3年の間にいろいろあったんだろうな。もう見るのも嫌になってきた。でもクロノエル様がここから出してくれる気配もないし、まだ見ろといっているみたいで出たいとも言えない。
◆ 追憶の回廊 ダタ村 ◆
「蛮族どもを血祭にあげろー!」
「俺達の村に手を出せばどうなるか、思い知らせてやれ!」
トカカ村とは違って、あの兵士達に対抗している。壁を作って投石機や弓矢で応戦、それでも回り込まれた時は鉄製の農具で戦っていた。こっちの村でも鉄が出来ていてしかも戦い方もちょっとうまい。馬の脚をロープで引っかけて、転げ落ちたところを農具で滅多打ち。
「ダタ村は昔から隣村と度々争っていたようで、その対策が功を成したのかもしれません。ダルラ様、いかがなさいます?」
「トカカ村の惨劇を回避できるかもしれませんね。マディアス様、お力を……マディアス様?」
いつも通り、ダルラがマーティをあの血みどろの中に送り込もうとしている。だけどマーティは覇気のない目であの戦いを見るばかり。不思議に思ったダルラが何度か呼びかけたその時。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「オイ! なにをしているんダ!」
「体の奥が痛い痛い!」
「なんだ、あいつら? よくわからんがチャンス……ぐあぁぁぁっ!」
兵士達が突然悶えて苦しみ始めたところで、村人にも同じことが起こる。更に間髪入れずにあのぶっ飛ばしで兵士達が成す術もなく殺され、同時に村人も襲い始めた。
「マ、マディアス様! あちらの村人は私達の味方です!」
「発達による支配……」
「は?! おっしゃる意味が……」
「暴風、水害」
雨が降り始め、それが豪雨になるまで数秒だった。地面が割れて地下水か何かが噴き出し、村を水浸しにする。風が吹き始めて荒れ狂う。家や屋根、兵士達から守っていた壁や投石機が入り乱れて敵味方構わず巻き込む。
「嵐だー!」
「撤退だ! 撤退だ!」
「バカ! 敵を殺せ!」
「バカはお前だ!」
兵士は兵士で隊長が誰なのかもわからない状態。そうこうしているうちに地下水が信じられない勢いで至る所からあふれ始めた。この村の地下にこれだけの水が流れていたなんて、村の人達も思わなかったはず。いや、たとえなかったとしてもマーティなら出来る。奇跡の力で今、滅ぼそうとしているんだ。争いを始めた人達を、発達した人間達を。
「マディアス様! いい加減になさいッ!」
ダルラが何かを念じて、両手から火の玉を放つ。どう見てもファイアボールだ。あの人、魔法が使えたんだ。あれだけ持て囃していたマーティが言う事を聞かないとなると、いきなり全力で攻撃を始めるなんて。その表情は完全に真っ青で怯えているし、心の底ではもうマーティが壊れているとわかっているのかもしれない。
「き、消えた……ギャッッ!」
当然、奇跡の前じゃかき消える。神官達が慌てて何も出来ない中、ダルラが飛ばされてしまった。何が起こってるのか把握できてない神官達は、ひとまずダルラが飛ばされた方向へ走る。
「ダルラ様……! こんなバカなことが……」
「マディアス様はどうされてしまったのだ?!」
「水が……ここは危険だ! 早く逃げるん……うあぁぁぁぁ!」
かろうじて原型が残っているダルラの死体を放って神官達が逃げるけど、すでに津波になった地下水が背後から迫る。何の抵抗もできないで飲み込まれた神官達は結局、マーティがどうしてあんなことになったのか知らずに死んでいった。
「逃げろー! 逃げろー!」
「神だ! 我々は神の怒りに触れてしまったのだ!」
「だとすれば、我らが何をしたのか! なぜこんな仕打ちを!」
何も悪くない村人も叫びながら、マーティの理不尽な攻撃に飲まれてしまう。村全体が流され、こうなったら兵士も村人も関係ない。侵略しようが村を守るために戦おうが、今のマーティにとっては倒すべきものとして認識されてしまった。
「支配は防がれた……」
その歪んだ考えがやがて世界にまで及ぶことを知っているのはボク達だけだ。浮いたまま、流される村を眺めていたマーティはすでに人の生死にすら関心がない。やるべきことをやった、マーティの中にあるのはそれだけのように見えた。
◆ 追憶の回廊 ◆
「……もういいだろう」
過去の映像が消えて、元の何もない空間に戻る。クロノエル様の声はどこか沈んでいた。ボク達が今まで見ていたものは全部過去に起こったこと。今すぐには言葉が出ない。あまりに壮絶すぎて、あまりに悲しいから。
「マーティはあの後、どうなったの?」
「人間界に降りて悪さをしていたゼイエルがいなければ、この惨状に気づくこともなかっただろう。それほどまでに私は人間界に関心がなかった」
「マーティを天界に引き取ったのはクロノエル様なんですか?」
「各地で猛威を振るっていたマーティに追い詰められた人間達は神に祈りを捧げた。ゼイエルから報告を受けた私はその時、初めて人間界に降り……あの子を引き取ったのだ」
「人間達は……マーティを天界に押し付けたんですね」
クリンカの乱暴な言葉に、クロノエル様は少しだけ言葉を詰まらせていた。どうしてこんなにも悲しそうな顔をするんだろう。
「初めは天界にまで害すると判断すれば討つつもりだった。あの時、そうしていればよかったのかもしれん。脅威を脅威として認識できず、情に流されるなど……」
「どういう事ですか?」
「真天使となるには子がいた場合、捨てねばならん。私にもいたのだ……遥か昔にな。その面影を重ねてしまい、それから出来る限りの愛情をマーティに注いだ」
「あの女の子らしい部屋はそういう事だったんですか……」
「子を捨てて地位を手に入れた者には荷が重すぎた。結局は彼女に正しい道を示してやれずに、天界の神をやらせてしまったのだ」
天界がマディアスの支配で大変なことになっているのは、言ってしまえばこの人のせいだった。それをずっと気に病んでいたような人が神様というのもちょっと変だ。ゼイエルも白い翼を生やして神様みたいな態度をとっていたけど、この人は悩んだり悲しんだりする。天界と人間界という壁があるだけで、やっぱり神様なんてどこにもいない。
ウーゼイ教が崇める神様だって結局はマーティだ。奇跡という天性を持ってはいるものの、壊されただけの女の子。すごい力を持っているだけで神様なら、ボクやクリンカだって神様になる。
「天界にいった後も奇跡の力で、人間界を見渡していたんですか?」
「マーティに人間界の様子を見せてやったのは私だ。すべては私の責任なのだ……」
クロノエル様が後悔に満ちた悲痛な声を出した時、辺りには瓦礫が散乱していた。追憶の回廊から出てきた時、そこには戦った後と同じ姿勢のマーティが呆然としている。
◆ アバンガルド王都 跡地 ◆
「追憶の回廊での時間はないに等しい」
確かにマーティと戦った時からまったく時間が経ってる気配がない。服を汚したマーティが、ジッと上目遣いでボクを見上げている。クロノエル様がいるからか、今のところは大人しい。
「クロノエル様はさ……。どうして戦う前にマーティの過去を見せてくれなかったの?」
「腕が鈍っては命を落とす事になりかねない。それに……託したかったのだ」
「マーティをボク達に?」
「殺すも生かすも、私の手には余る……」
「随分と身勝手な神もいたものだ」
アボロが空から降ってきて、重量感のある着地をする。瓦礫をまき散らして、堂々とそこに立っていた。そういえばルルドと戦っていたんだっけ。見たところ苦戦したようにも見えないし、さすがはアボロ。
「アボロ、まさかクロノエル様と戦おうなんて考えてないよね?」
「その気も多少あったが、当の目的であるルルドは殺した。くたびれた年寄りの相手は奴だけで充分だ」
「そっか……ルルドも死んだなら、これで神聖ウーゼイ国も終わりだね。だけどこの被害は……」
アバンガルド国も滅んだといってもいい。生き残っている人はわずか、他にもカシラム国なんかもどうなっているのかわからない。敵はいなくなっても平和はなかなか訪れないんだ。失ったものが多すぎて、心の傷だってなかなか埋められない。
「……イカナ村は無事かな。必死すぎて忘れていたけどさ」
「私が何とか出来ればいいけど……」
「あ、あれって飛空艇だよね?」
絶望に包まれた大地を見下ろすかのように、メタリカ国の飛空艇がこちらに向かってくる。誰が乗っているかはすぐわかった。こういう時にひょっこり姿を現すのもあの人の得意技だ。
予想通り、飛空艇の入口から伸びたハシゴから歩いてきたのはジーニアさん。それにプラティウもいる。イカナ村に置いてきたはずだけど、多分ジーニアさんが連れていったのかな。
「皆さん、お揃いで。その子が調停神マディアスですか?! いやいや、こんな子供だとは……」
「まだ何も言ってないよ」
「わかりますよ、私は天才ですからね」
「ハイハイ。それで何?」
「各地で出来る限りの支援をしてクタクタだというのに、少しは褒めてくれません?」
「すごい天才。それで?」
「……あぁ、もう。いいです。それより重大な事実が判明したのでお伝えしようと思いまして」
わずかな不安が胸の奥をズキリと刺す。もう終わったはずなのに、ジーニアさんはこれから何を話すのかな。
「マディアスばかりに注目していて、私としても盲点だったのですがね。ウーゼイ教の教祖ゼダ、またの名を永久の霊帝ルルドについてです。率直にいいますよ、彼を倒してはいけません」
「ルルドならアボロが倒して……え?」
「む?」
アボロがとぼけた顔をしている。その重大な事実が何なのか、薄々わかっている上でのあの態度だ。普段ならこんなかわいいところもあるんだとほっこりするけど、今回ばかりはそうも言ってられない。
「何故、彼が倒されずに勇者一族によって封印されたのか。何故、災厄の祭典である奈落の洞窟ではない場所へ封印されたのか。何故、霊帝の名を冠しているのか。いやはや……リュアさんなら取るに足らない相手だと思って甘く見ていましたよ」
本当にもう、このまだるっこしさが不安を加速させる。それに応えるかのように、ボクの横でマーティが静かに立ち上がった。さっきとは打って変わって憎悪が感じられるような、薄気味悪い笑いを浮かべて。
「フォファファ……ついにやった」
マーティの口から聴こえたのは紛れもない、あのルルドの声だった。
◆ シンレポート ◆
あぼろみたいに うまれながらの せんとうきょうもいれば
かんきょうで かえられる やつもいる
せいぜんせつ せいあくせつ だけでは かたれないものが ここにあるのです
あんな いしで せいかつしてるようなやつらです
たにんに おもいやりを もてというのも むずかしいじだいです
ただ なんびゃく なんぜんねんたっても にんげんの ほんしつは
たいして かわらないのだと おもう
かわるというのなら ぶんめいが はったつした めたりかが ほろぶことも
なかったし ぷらてぃうだって しあわせになれていた
しんに しっとして たいこうすることも なかったのです
あぁ こどもの あいては つかれる
いちなんさって またいちなんさって さらにいちなん さって
あぁん?
ええかげんにせえよと りゅあが いっている
りゅあが だって そういう めを している
してやったりな るるどですが こうなってからが こわい
りゅあが うん
よだんですが あのかこにでてきた だりあという おんな
ふたりは きづいてないですが はつげんといい だれかに にていたのです
そう あの あれいどに めもととか にていた
しんの よそうですが あいつにこどもがいたとしたら
きっと ゆうしゃいちぞくの ごせんぞかも しれない




