第340話 激動の天地 その4
◆ 天界 クロノウス宮前 ◆
大空に大小様々な浮き島が無限に広がり、その中心にクロノエルがいる宮殿が見える。大きな浮き島に白が彩られた宮殿。柱が柱を支え、床が合間に挟まったような、少しスカスカな見栄えだけどとにかく大きい。アバンガルドのお城と違って城壁がなく、入口の前にひたすら長い階段が続いていた。
「あれがクロノエル様がおられる、クロノウス宮だ。もっとも、あそこへ辿りつける者は限られているがな」
「すごい風が吹き荒れてるね……。下手に入ろうものなら、風の刃に切り刻まれそう」
「当然、見抜いたか。資格なきものは近寄るべからず。あそこへ辿りつけるかどうか、聖天使になるための第一の試練でもある」
「クリンカ、平気?」
「多分……」
嵐といえばアバンガルド王都を襲った魔王軍十二将魔のルネドだけど、あんなの比べ物にならない。よく見たらボクがこの前倒したドラゴンの魔物ですら、暴風で揉みくちゃにされて斬り刻まれて落ちていってる。迂闊に近づけばあんな風になると教えてくれているだけ親切かな。
多分ボク達の世界にいる災厄クラスの魔物ですら、ほとんどここを通過出来ない。暴力的な風の音が、まるでボク達に挑戦しているとすら思える。
「手段は何でもいい。強行突破する者や知恵を振り絞る者、様々だ」
「カウーラさんはどうやって通ったの?」
「もちろん……」
カウーラおばあさんが、翼を広げて暴風に向かう。まるでそこで何も起こってないかのように、おばあさんは飛んでいた。
「知恵を駆使して強硬突破だな」
「すごいなぁ、どうやってるの?」
「さすがのお前さんでもわからんか?」
「わかるわけないよ」
「老いてなお、流天使フロウエルはご健在ですか」
もう一人、嵐の中で平然としているのがいた。お腹がぽっこりと出た太った天使、クリンカが大好きなマロンみたいな顔をしている。あんな体型でよく飛べるなぁ。
「嵐天使ストムエル、悪いがここは通らせてもらうぞ」
「構いませんが、連れている人族の手助けは厳禁ですよ。いくらあなた様とはいえ、例外は認めません」
「相変わらず実直だな」
「これまで云千もの聖天使候補がこの嵐に飲まれました。例外は彼らの魂を汚す事に他ならない」
「もっともだ」
見た目とは裏腹にかなり真面目な天使だ。ボクの見立てだと聖天使かな、あの嵐の主だとしたらそのくらいの実力はあると思う。
「どのような目的かは存じませんが、正気ですか? 異界からの流れ者は番鎧獣に食い殺されるのが通例ですが、大方そこはあなた様が助けたのでしょう。クロノエル様の人柄はご存知のはず、尽力あっての突破となれば塵も残りませんよ」
「だからその必要はないと言っている。ほれ、お前さん達。とっととその力をこの肥満体に見せつけてやれ」
確かになんだか小馬鹿にしているふとっちょ天使が腹立つ。ボクは無言でクリンカの背にまたがり、嵐に突っ込んだ。
◆ 天界 クロノウス宮入口 ◆
「は、はひっ……はひいいっ……」
無事、クロノウス宮の入口まで辿りつけた。何もしてないのにストムエルは息を切らせて、地面に膝をついている。両手で髪をかき乱して、頭を何度も左右に振っていた。
特別な事はしてない。クリンカが強化魔法をかけて突入し、暴風と刃はボクが切り払って何も寄せ付けなかった。見えない刃だというなら、常に剣を振っていればいいだけの話。それはソニックバリアとでも名付けられそうだった。
「言い忘れておったが、ダクリュウはその2人によって討伐されたぞ」
「も、もはや何を言っているのか……。認めない、クロノウス宮の番人として……。人族を入れるわけにはッ!」
ストムエルが翼を広げて風が吹き荒れたと同時に、長い階段からたくさんの天界人が飛び出てくる。武装したこの人達はクロノウス宮の番兵かな。螺旋を描くようにして、兵隊は空からボク達を取り囲んだ。
「フロウエル様……。ダクリュウはあなたにとっても憎き仇のはず。虚言を重ねて戦友の魂を冒涜してまで、その人族に肩入れしますか」
「ストムエル、お前さんほどの者ならば彼女達の底知れぬ力を感じ取れるだろう。ここはどうか、冷静になって矛を収めてくれぬか」
「冷静にならなければいけないのはあなたです。これ以上、一歩でもクロノウス宮に近づいてみなさい。ここにいる総勢1600人の”守護天子”がその矛を振るいましょう」
ヘルメットみたいな兜で顔は隠れているけど、ボク達とそんなに変わらない歳の子もいるような気がする。なんだか鍛え抜かれたというより、何かを抜き取られたような顔をしていた。
「守護天子?」
「聖天使で構成された”守護天人”の卵だな。聖天使へなる為、守護も兼ねてクロノウス宮で更なる厳しい修業を積んでおる。その過程で自分を見失う者も多い……と、そんな事はどうでもいい」
「そうそう、そんなのはどうでもいいの」
「リュアちゃんが聞いたんだけどね……」
「これが最終警告だ。今すぐに引き返せ、お前達にクロノエル様に会う資格はない」
聖天使になるための第一の試練を突破したのに、資格がないってどういう事なの。なんて聞きたいところだけど、本格的に襲いかかってきそうだからやめた。
ここはどうしよう。カウーラさんの言葉すら聞き入れてくれないなら、やっぱり戦うしかないのかな。事情を知ってしまった以上はもう天界人と戦いたくないというのが本音だった。ボク達が戦うべき相手は天界人じゃない。あくまでマディアスだ。
「言い忘れておったが、ダクリュウはその2人によって討伐されたぞ」
「も、もはや何を言っているのか……。認めない、クロノウス宮の番人として……。人族を入れるわけにはッ!」
――――ストムエル。人族を招き入れよ
カウーラさんのその言葉でストムエルがまた怒りそう。予想した通りストムエルが翼を広げて何かをしようとした時、空から重くのしかかるような声が響く。その動作のまま止まったストムエルはその声が聴こえた途端、わなわなと震え始めた。
「ク、クロノエル様! そのお言葉の真意を量りかねます!」
――――招き入れよ
二度目のその一言でストムエルは観念したのか、悔しそうに俯いて歯ぎしりしている。それでも震えが止まっていないのは、このクロノエルがよっぽど怖いからなんだろうな。確かに今の違和感は普通じゃない。まるで何かを帳消しにされたかのような感覚だ。ボクじゃなかったら、気づく事も出来なかったと思う。
「クロノエル様が招待なさっておる。ストムエル、天界の現状をわかっているならば彼女達に何をさせたいか……感づいているのだろう?」
「……その人族は何者ですか。本当に人族ですか」
「リュアにクリンカ、という名前だな」
はぐらかしてボク達の紹介をされてもストムエルは怒らなかった。一歩間違えたらあいつが襲いかかってくるどころか、他の仲間までたくさん出てくるかもしれない。それを事前に止めてくれたのはありがたかった。あれ、本当にそうなるのかな。なんでそんな事思ったんだろう。まぁいいや。
「長い階段ではあるが飛ぶのではなく、きちんとあがるぞ。クロノエル様は気難しい方だ、礼節一つ間違えて天界から叩き落された者もおる」
「うん、さっき変な違和感があったしクロノエル……様って相当強いよ。多分、何かされたと思うんだけど……」
「ほぉ、事前の知識なしでは気づくとはな。いや、”時”とくれば予め連想できるものはあるか」
階段をあがっている時にカウーラさんは聖天使、守護天人について話してくれた。更にクロノウス宮には1000人を超える聖天使候補の子天使が修業しているだとか。ストムエルかクロノエル、どちらかを怒らせたらその人達とも戦うハメになりそう。あれ、さっきからそんな想像ばかりしちゃう。
「クロノウス宮……迷えば数百年かけても出られないと言われる迷宮としても有名だ。本来ならば、な」
招き入れてくれるなら、そういうのはやめてほしい。奈落の洞窟みたいなのを攻略している時間はないんだ。あまり変な真似するようならこっちも考えなくちゃいけない。
◆ クロノウス宮 最奥 最果ての間 ◆
枝分かれした通路もなかったし、カウーラさんの言うような危険がまったくなかった。本当ならそんな迷宮で暮らすのは守護天子としては当たり前で、それも試練の一つなんだとか。ボク達が苦労をしなかったのは、この光で満たされただだっ広い場所に一人佇んでいるあの人のおかげだと思う。
「お久しぶりです、クロノエル様。寛大なお心遣いに平服致します」
「この期に及んで堅苦しい作法は不要だ。フロウエル……いや、今はカウーラの名か」
カウーラさんが言葉を詰まらせている。それくらい、クロノエル様の返答が意外だったんだ。茶色の髪を真ん中でわけて額を見せ、薄く皺が見えるおじさん。スラッとした体格だけどあまり筋肉はなくて、どちらかというと痩せている。どこか不健康そうなイメージだ。
だけどそれは一見した印象で、その瞳は何よりも濃い真っ黒。見ていると無限の空間に引きずり込まされそうな感覚さえある。まともな人ならあの目で見据えられただけで、時間を忘れて秘密にしている事すら何もかも話してしまいそう。そのくらいの威圧感、というより底が知れない求心力とかいうのを感じる。
「人族……いや、名はリュアにクリンカといったか。そちらが語る必要はない、すべてを把握した上で招待したのだから」
「わかりました。それならあえて話しません。ですが一つだけ聞いて下さい。人間界を侵攻している天界の人達を何とかしていただきたいのです」
「それはならん」
話が分かりそうだと思ったのも束の間だった。怒らせるなとは言われたけど、さすがに皆の命がかかっているのに、機嫌をとっている暇なんかないんだ。ボクでも想像ができないほどの相手だけど、やるしかないのか。
「もしこの場で争えば、私は死ぬだろう」
「は……あ、そうなの?」
「そうでなければ招待する意味がない。よって勝算を考慮する必要はない、リュアよ」
目を細めて、意外な事を言い始める。こんなに諦めのいい人はあまり知らない。というより、これほどの人がボク達に降参するのもあまり信じられなかった。
「じゃあ、それなら尚更ボク達の世界を攻めるのをやめてよ」
「それを取り決めたのはマディアス様だ。そなたらにはあの方を止めてほしい」
「……お言葉ですが、クロノエル様もマディアスの言いなりという状況なんですか?」
クロノエル様は無言で頷く。要するにこの人もボク達にマディアスを倒してほしいんだ。カウーラさんの集落といい、天界全体があんな状態なのはこの人のせいじゃない。マディアスがやりたい放題やっているからだ。
「クロノエル様、マディアスのところへ案内していただけますか」
「ついて参れ」
クロノエル様が歩き出した途端、辺りが変わる。あの大広間にいたはずなのに、ここは廊下の突き当りでそこにあるのは金属で出来た扉が待ち構えていた。今の今までいた場所じゃない。さっきの違和感はこれだ。空間全体どころか、何もかもがすり替わった感覚。
「この扉の奥にマディアス様がおられる」
「クロノエル様、こんなにすごい力があるならマディアスを倒せるんじゃ? 多分だけど、移動までの時間を……操った? よね?」
「……出来ぬ」
押し殺したような声だった。ボクがクロノエル様の力を言い当てたからかな。いや、そうじゃない気がする。どこか辛そうというか、心の底の決心がついてないというか。
「そなたらの目で見て、判断するがいい。決断も委ねる」
たったそれだけのその言葉が何故か本当に重かった。
◆ クロノウス宮 最奥 マディアスの部屋 ◆
あの大広間よりもずっと狭い。こじんまりとした室内で、タンスの上に動物か何かの人形が並んでいて壁は薄いピンク。その壁にもウサギか何かの模様が所々に描かれている。鏡台とふんわりとしたベッド。そのベッドに腰を掛けているのは。
「……理に反する者」
「まさか君が……マディアス?」
体に衝撃が走った。油断していたわけでもない、マディアスの外見に戸惑っていたわけでもない。床から足が離れ、ボクの体だけが見えない何かに弾き飛ばされた。一歩間違えれば体の内部までバキバキにされかけない威力、こみあげてくる吐き気。全身に走る痛み。なかなか強烈な一撃を先制された。
【マディアスの手から衝撃波が放たれた! リュアは2434のダメージを受けた! HP 41766/44200】
「げふ……ッ」
「リュアちゃん!」
廊下まで飛ばされて壁をいくつも壊して、剣を床に突き刺してようやく止まる。部屋の入口までゆっくりと歩いてきたマディアスは、立ち上がるボクを見てようやく微笑んだ。
「世界は守る……」
【調停神マディアスが現れた! HP 21】
色白な肌、華奢な体。白い薄手の布で出来た質素な長袖の服に、膝下まで隠れた同じ生地のスカート。控えめのグレーの髪は後ろで一つにまとめていて。
「マディアスッ!」
ボクよりもやや小さい、青色の瞳をした女の子に向かって腹の底から吠えた。そこにいるのは女の子じゃなくて、想像を絶する相手だから自分を奮い立たせる為だ。間髪入れずにボクは。
「リュアちゃん! 全力でッ!」
いや、ボク達は最後の戦いに挑んだ。
◆ シンレポート ◆
れぽを かいたはずなのに あれ?
かいたつもりに なっていたですか
すとむえるが むだに いのちを ちらさずに すんだのは よかった
これで てしたを したがえて いどもうものなら どうしようかと
いやいや こんな なんの こんきょもない もうそうです
てしたとか どこにもいないのです
さて まじめに れぽを かくのです
くろのえるは たたかいを さけた! とおもいきや りゅあたちに
なにかを させたいですか
たぶん までぃあすは くろのえるにとっても めのうえの たんこぶ
そこで のこのこと やってきた じんぞくともいえない ばけものを ぶつける
どくをもって どくをせいする
さすが てんかいの とっぷ えぐーい
どくどころか もうどくちゅうの もうどく せかいをおせんさせれば
どうしょくぶつのせいぞんすら ゆるさない
それが りゅあという どく
ん はぁぁん?! れぽが か かかれてる
いつのまに ひえっ さっきから なにが なんだか
しんが こんなひどいことを かくはずがない
おちつけ おちついて かこに もどるほうほうを かんがえるのです
これから までぃあすと ごたいめん
え? がき? あれが までぃあす?
ちょっとまっ




