第331話 芽生える信念 終了
◆ ノイブランツ王都付近 ◆
情けない姿になって倒れているフォーマスに駆け寄らない辺り、アイ達への支配は完全に解けている。ドゥームネートはもうこの世にないから当然だけど、それでもアイはフォーマスを少しだけ哀れんでいるように見えた。
「……あんな人を信じてしまったのは魔剣のせい。ですが私達がもっと強い意思を持っていれば、あの人も救えたかもしれませんわ」
「お姉ちゃんは優しいな……私は腹が立ってしょうがないよ」
アイの気持ちはわかるけど、フォーマスを救える手段なんてどこにもないと思う。どうしようもない奴だけど、殺したいとまでは思えない。哀れみとかそういうのもある、だけど悪さでいったら魔王軍のほうがよっぽどだ。それに比べたらフォーマスはボク達への恨みだけでここまで来ただけ。人をたくさん殺したわけでもない。はず。
「あの人についてはこれでお終い」
「クリンカが満足するならボクもそれでいいよ。でもあのまま放っておくの?」
「うん。あの人なら、素っ裸でも生きていけるよ。ノイブランツの人達に拾ってもらえばいいんじゃない?」
「そっか。今までお金持ちで周りを見下してきた奴だもの、これからは貧乏な環境で生きていけばいい」
今度はあいつが見下されるかもしれない。それならそれでいい。だけど。
「でもさー、また逆恨みしてきたらどうするの? アイお姉ちゃんは?」
「その時になって負けないくらい強くなればいいんですわ」
「また来たら今度こそ殺すよ」
「へー、殺……へ、へぇ」
アイみたいに平和に答えればよかった。半ば本音が出ちゃったかもしれない。今度来たら、数回は殺すと思う。二度と向かってこないように徹底的に苦痛を与えて、せっかくだからディスバレッドで絶望もセットで。
「リュアちゃん、邪悪な顔してどうしたの?」
「し、してないよ。フォーマスが次に襲いかかってきたら何回殺すかなーって……」
「……私だって出来る事ならやりたくないし、何よりアイさん達が引いてるよ」
ホントだ。引いてるとかそんなレベルじゃなくて、心の底から怖がっている。生唾を飲んで、自分達も殺されるんじゃないかとさえ思ってそう。ボクとしたことが、クリンカの力のおかげなのに調子に乗っちゃったかも。
「ま、まぁあんなフォーマスは置いておいてさ。クリンカ、これからが本番だよね?」
「そう。ねぇ、聞いてアイさん。あのね、あなた達のレベルについてだけど――――」
「来客のようだな」
アボロはわかっているくせに、あえて何も知らない振りをしている。それは暑い日によく見る、揺らめき。陽炎とかいうのに似ている。人の影が何本も地面から生えたように、それがハッキリとした形に見えるまで本当に誰かわからなかった。
「クリンカ、あの傘みたいな帽子の人達ってまさか……」
「ウーゼイ教の衣装だよ……」
全部で5人、真ん中にいるのは多分リョウホウさんだ。傘帽子で顔が隠れているけどわかる。不敵に笑っているあたり、ボク達に対して余裕を持てる何かを持ち込んできたはず。
特務隊の異常なレベルをもたらしたのがウーゼイ教だなんて、とっくにボク達が辿り着いている答えだ。だったらあの人達もそのレベルにいるのが当然。あの揺らめきといい、この人達はボク達の知らないスキルを持っているとすぐにわかった。
「お久しぶりです、お二人とも。本日は我らが信徒の失礼極まる横暴、見かねた故にはせ参じました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんた言ったよな! 心の赴くままに行動せよって!」
「そうだ! 俺はエンカルの言う通りにしただけだし、見逃してくれ!」
「てめぇ、まだ言うか!」
エンカル達の必死な訴えに恐怖が含まれている。特務隊よりもリョウホウさん達のほうが脅威というのはわかっていたけど、あの怖がり様はおかしい。エンカルとシムが互いに言い争って擦り付け合うほど、これから怖い事が起こるとしか思えなかった。
「エンカルさんにシムさんですか。あなた方にはたっぷりと時間をとって、説法を説いたというのにまるでご理解されてないようですね」
「飲まず食わずで10時間も聞かされたんだ! 理解してないわけないだろう!」
「聞かされた……?」
「い、いや! お話していただいたんだ!」
「ならば、理解しているはずです」
面白いやり取りだけど、この人と会話しようとしても無駄だ。ボク達が嫌というほどわかっている。ウーゼイ教が全部正しくて、それ以外は認めない。むしろ認めないものすらウーゼイ教にしようとする人達だから。
「あなた達が主神の恩恵を頂いたのは特別な事ではありません。これはいわば試練だったのです。心の赴くままに行動せよ、それはその通りです。しかしあなた達は己の欲望に突き動かされ、その結果……教えとはあまりにかけ離れた道を歩んでしまった」
「なんだよ……それじゃ初めから騙してたってわけかよ……」
「あなた達が教えをきちんと理解していれば、このような事態にはなっていません。選別の時が来たのです」
「待ってくれ! 俺は心の底からウーゼイ教を……うごぷっ! ひ、人を……殺して、いいのか……ごふぁッ!」
「汚れた魂は罪です、それは天へと流さねばならない」
リョウホウさんが片手を顔の前で縦にして、何かを唱え始めたと同時にエンカルが血を吐き出した。エンカルだけじゃない、シムやアーギルも手で押さえた口からボタボタと血を落とし始めている。
「リュア、さん……わた、私……げ、げふっ!」
「ああぁ、あううッ……!」
「アイ、マイ! クリンカ……これはレスターの時と同じだよ!」
一瞬の判断の遅れが命取りになる。何のために奈落の洞窟にまで籠ってひたすら鍛えたのか。特務隊に死の恐怖を与える為じゃない。それはあくまで過程で生まれたものだ。ボク達が達成したかった目的は今、この瞬間にある。
「誰も……死なせないんだからッ!」
いつかの幽霊船で見せた浄化の光が王都まで照らすほど広がる。クリンカの白いローブがあふれ出す魔力の影響でなびいてはいるものの、地面の石ころ一つすら動いていない。単に暴力的な魔力を発しているんじゃなくて、クリンカはあくまで救うためにやっているから。
「ほう……。これは?」
「何でもウーゼイ教が正しくて……いや、マディアスが正しくて思い通りになるわけじゃないからね。リョウホウさん」
「なるほど、再生ですか。主神ですら忌みする力……ですが、無駄な事でしょう」
皆の苦しみは和らいだものの、まだまだ喘いで必死に体を縮ませている。確かにこのままだと、難しいかもしれない。クリンカだってがんばったけど、まだ一人でマディアスの力に対抗するには厳しい。
「主神の力は再生をも超える。再生も不可能を可能にしますが、すべてではない。主神の力……”奇跡”はすべてを可能にするのだから」
「奇跡って……それってまさか」
「いいい、いだい! いだいいだい! から、体がッ! 裂け、裂けるぁぁ!」
エンカルが涎を垂らしながらガクガクと震え、節々から血を流し始める。これじゃレスターの時と同じだ。クリンカの再生すらも跳ね除けるほどの力、それがマディアス。
「これが奇跡です」
奇跡、本来起こらない事や起こりにくい事を起こしてしまう力。もしマディアスがそれを自由に引き起こせるなら、さすがにボクでも敵わないかも。本当にそうなら、ね。
「でも、ここにはボクがいる」
ディスバレッドを地面に突き刺し、アボロが登場した時みたいに風圧を辺りに放つ。小石どころか、倒れて苦しんでいる特務隊すらも巻き込んで、何も寄せ付けないくらいの勢いだ。当然、アイ達も巻き込んでいるけどこれでいい。
攻撃か何かと勘違いしたリョウホウさん達が、そんな中でも平然と立ってみせて得意げにうすら笑いを浮かべていた。残念だけど、今のは攻撃じゃないよ。と言いたいけど、あんなのは無視。ボクがやりたいのは、あくまで”破壊”を届かせる事だ。さすがにこんな突風程度じゃ、誰も死なないし破壊できない。
「”再生”を阻むのがマディアスの力なら……ボクはそれを”破壊”する」
風が止まり、辺りが静かになる。静かになったという事は誰の呻き声も聴こえてこないという事。体中から血を流してはいるものの、それ以上の事は何も起こっていない。
「クリンカ、もう一度」
「……エンジェルリカバー」
仕上げの広範囲回復魔法エンジェルリカバーで特務隊の体を元通りにする。そう、元通り。淡い光が包み、体の芯からほぐされるような感覚があってみるみると元気が出てくる。さすがクリンカだ。あれだけ荒々しかった特務隊もすっかりと、飼い慣らされたペットみたいに地面に座り込んで大人しくなっていた。
「エンカルさん、どう?」
「体が……重い……」
「うん。今ので元のレベルに戻っちゃったからね。恨まないでよ」
「……恨んだところでどうなる」
この人に戦意はもうない。他のメンバーも呆けていて、まだ回復魔法の余韻に浸っているように見えた。クリンカの回復魔法や再生の影響だけじゃない。強くなったのにアボロやボクに敵わず、それどころか命まで助けられた。こうなったら誰だって戦う気なんかなくなる。
「こんな事が……起こっていいはずがない……」
「リョウホウさん、今のはマディアスの力というより……レベルキャップを無視したから、肉体がそれを受け止められずに崩壊しそうになったんだよね。なんかリョウホウさんの力っぽく見えたけどさ」
「ゼダ様により、選別の時の決定を授かったはずが……こんな、不甲斐ない事が……あぁぁぁああッ!」
「リョウホウ師範!」
他の4人が半狂乱になったリョウホウさんを支える。あの人にとってよっぽど予想外だったらしい。あの人が信じるマディアスの力をこっちが上回ってしまったという事は、ボクにとってクリンカが負けたのと同じだ。いや、やっぱりこの例えはやめよう。
「リョウホウさん。あなた達が信じているものを否定する気はありません。だけど、人の心に付け込むようなやり方で何を信じさせるつもりですか」
「か、神の意思だ! よってすべては正しい!」
「マディアスですか。その神様が正しいというなら、私達は私達を信じて動きます」
「これ以上、人の命や生活まで脅かす事をするなら……」
ボクとクリンカが並び、手をつなぐ。リョウホウさんを含む5人に対して向けた眼差しは、これから戦う相手に対するそれと同じだ。つまり。
「「マディアスを倒す」」
2人の声が完全に重なる。倒します、じゃなくて倒すと言い換えたのはクリンカの気遣いかもしれない。ボク達の意思はすでに決まっているから。ボク達はこれまで同じものを見てきた。何を考えて何をしようと思っているのかはそれぞれ違っていたかもしれない。だけど最終的に辿り着いた答えは一緒だった。破壊と再生、技の完成だけじゃない。ボク達はもう一心同体といってもいいかもしれない。
「破壊と再生……やはり、あってはならない! 理にすら反し、神にも背く! あなた達という大罪はいつか必ず浄化される! それは天にて、神のお膝元にて行われるのです! もう……何も残らないッ! 見ていなさい! 直にわかる……あのお方の正しさが!」
リョウホウさん達、5人の姿が少しずつ消えていく。来た時みたいに陽炎みたく揺らめいたと思ったら、それが小さくなって本格的にいなくなった。今のはどういうスキルなんだろう。そういえばブランバムと戦っていたルルドが同じような事やってたっけ。だとしたら注意しないといけない。
「……行ったようだな。さすがに戦いを挑むほど愚かではなかったか」
「ここにはアボロもいるしね」
「当てにするな。あんな小物、腹の足しにもならん。それに貴様こそ、どうなのだ。みすみす逃がしてようだが」
「別にリョウホウさん達を倒してもね……。それにあの人にとってはマディアスを失う事が一番痛いはずだよ。さっきあんなに取り乱していたし、もしボク達が神様を倒しちゃったらどうなるんだろう」
「生きる屍か死の択一だな。あの人間達に限った話ではない。問うぞ、その意味を踏まえた上で成そうというのか?」
アボロなら前知でボクがなんて言うかわかっているはずだ。それなのに、わざわざ答えを言うまで待っている。それについては少し前のボクなら散々悩んだと思う。マディアスはヴァンダルシアみたいに誰にとっても悪じゃない。それを倒すという意味。
「倒すよ」
「そうか」
わかりきった短いやり取りだった。もし誰かが不幸になったとしても、やらなかったらボク達が不幸になる。アイ達みたいに大切な人達も巻き込む。パブロさんのお店だって競争相手がいて、もしかしたら相手が負けて不幸になるかもしれない。それでもあの人はやりたい事をやっている。サーカス団だって、どんなに辛くても負けずに頑張っているんだ。それにボクはすでに知っている。むしろ冒険者の醍醐味といってもいい、一番の喜び。
「二度に渡り、わが国を救っていただいた方々に敬礼!」
竜騎隊の隊長、ルードレッドさんが部隊をバックにしてボク達に感謝している。そう、人に喜ばれる事。これこそが最高の報酬だ。ペットを探してあげた人も命を救ってあげた人も、感謝の気持ちは同じ。前は戦った相手でも、こうする事によって少しは分かり合えたような気がした。作った料理を食べてもらっておいしいと言ってもらえる、芸をして喜ばれる。
どこまでいっても最終的に得られるものは冒険者だろうと料理人だろうと変わらない。それがなければ多分ボクも冒険者なんてやってなかったかもしれない。憧れだけで冒険者になりたいだなんて言っていた頃とは違う。今は明確に定まっているものがある。
「金銭などの報酬は期待できんが、あれで十分だろう」
「怪我をしている人もいるのに、わざわざ出てきてくれたんだ。それだけでも嬉しいよ……」
「俺も少しは学んだ気がした」
「え、なに?」
「さて……当面の脅威を取り除かねばな」
ボクの質問をはぐらかすようにして、アボロは一つの方角を見つめる。その遥か先にあるのはきっと神聖ウーゼイ国だ。ここでウーゼイ教はまた一つやらかした。ノイブランツに戦いを挑んだのは特務隊だけど、その人達に力を与えたのはウーゼイ教。マディアスだ。つまりマディアスやルルドは絶対に敵に回しちゃいけない相手を怒らせてしまった。
「ウゼ……大人しく勇者を気取っていればよかったものを」
ただ拳を握り締めただけなのに、そこから風圧さえ発しているかのような圧迫感。その怒りが向けられていないはずの特務隊ですら、アボロから目を離せない。恐怖しすぎて何も出来ず、動けない。頭の中も真っ白だと思う。
それがアボロの”魔禍”としてのほんの一端でしかないんだから恐ろしい。予想だけど、きっと英雄相手にも本気を出した事なんてほとんどないんだろうな。あんなのに立ち向かうだけでも、その英雄達はすごく強い。心も体も恐ろしく強い。
「すぐ戻る」
ルードレッドさんにそう言い残して、アボロは大地を蹴って飛んでいった。いなくなる時さえ荒々しい。ルードレッドさんはまだ敬礼のポーズのままだ。ボクだけじゃなく、アボロにも感謝をしているんだな。
「瞬……撃少女……いや、リュア」
「……アーギルさん?」
「礼を言う」
小さく早口に聴こえたと思ったら、どっかりと座り込んで何も言わなくなった。恐怖がそうさせたのか、本当に感謝しているのかわからない。他のメンバーも渋々といった感じで立ち上がって頭を下げる。
「今更だがわかった……お前やあの化け物と俺達はステージが違う……レベルがどうとかじゃない、もっと根本的なところからして違う……数々の非礼を……許してくれ……お願いだ……」
「いいよ、別に……」
だから殺さないでくれ、と言っているようにも思えた。あんなに威勢がよかったエンカルが今は涙を流して、鼻水まですすっている。ここまでされるとさすがにいい気分はしない。ボクとしてもそっけなく答えるしかなかった。
「リュアさん、クリンカさん。言葉では言い尽くせないほど、お二人にはお世話になりましたわ。先ほどの痛みは生涯絶対に忘れません……」
「私達からはもうホントに何も出来ないけどさ……その。何かあったら声かけてね? 絶対、出来る限り力になるから」
「ありがとう。そう言ってくれるだけでも、助けた甲斐があった。3人も他の特務隊の人達もさ……ボクがこんな事言うのも変だけど。強くなる事以外にもっと素敵なものってあると思うから……」
当然だけど誰も答えない。これ以上何かを言っても効果があるとは思えないし、後はこの人達の問題だ。この沈む特務隊を眺めていて、やっぱりボクは確信する。そもそも特務隊なんて持ち上げて、ノイブランツへ攻めるように命令した奴は誰なのか。
「クリンカ、後始末しに行こう。アバンガルドを取り戻す」
「うんっ!」
アバンガルド王国と敵対するのはこれで何度目だろう。国を敵に回そうと関係ない。ヘラヘラして国そのものすら玩具にして、何の信念もない奴なんかには世界最強の名を捨ててもらう。これからはボクが世界最強だ。
◆ シンレポート ◆
しんも ころさないで




