第31話 キゼル渓谷を越えろ! 終了
「しっかり歩けよ、おまえら。
もうすぐ王都が見えてくるからな」
「クソー……よりによってあの有名なドラゴンハンターセイゲルを襲っちまうなんて……」
一つに固まって歩いている盗賊の男達は口々に愚痴を漏らし悪態をつく。
この人数を拘束する道具もなかったのでボクとセイゲルが見張りつつ、そのまま歩かせている。
何か変な動きをしたらボクがすぐ取り押さえるけど見張りというのは思った以上に面倒だった。
「逃げ出す素振りを見せる奴がいたらまた気絶コースだからな」
手をパンパンと叩くセイゲル。
ボクが倒した男達は皆、セイゲルにやられたと思っている。
速すぎて何が起こったのかわかってない上に目の前に有名な冒険者がいればそいつの仕業と思い込むのはしょうがないとボクに説明してくれたけど、納得いかない。
「というわけでここではオレの名を通したほうが牽制になるんだ、わかってくれ」
でもボクは成長したから怒ったりしない。
「これだけのむさい男達をリュアちんがやっつけたなんてねぇ」
「二人がいなかったら危なかったね……」
シンシアとロエルはあの騒ぎの中、熟睡していて昨夜の顛末をまったく知らなかった。
「安心しな、リュア。オレがちゃん口添えしてやるさ。そしたら冒険者としての評価も上がるぜ」
「別に何とも思ってないし」
平然としていたつもりだけどセイゲルにはボクがむくれていたのがバレているらしく、ククッと軽い笑いを漏らしている。
セイゲルの隣でボクは足をぷらぷらさせた。
「おまえ、リュアとかいったな。ガキのくせに信じられない強さだ」
「そっちこそもっと鍛えたほうがいいよ」
デイビッツにガキと言われてムッとして言い返してしまった。
「デイビッツ、オレには未だにおまえのご乱心の理由がわからない」
「お、どうやら迎えが来たみたいだ」
前方から鎧を着た一団が歩いてきた。かなりの人数で、ここにいる盗賊達よりも圧倒的に多い。規則正しい足取りでその人達はボク達の前で止まった。
「おやおや、お勤めご苦労さん。もしかして盗賊退治か?もう王国軍が動いていたなんて見上げたぜ」
「その通りです、ドラゴンハンターのセイゲル殿。
まさかすでにあなたがそいつらを捕えていたとは……」
「あぁ、手間が省けた。早速だけどこいつら引き取って
くれない?」
「了解しました」
そこからの手際がすごかった。盗賊の手を縄のようなもので封じて全員分の自由を奪うのに数分とかからなかった。男達の首に鉄の輪がかけられ、それらが前後で連結して長蛇の列になった。
「とっとと歩くんだ!」
荒々しく扱われた盗賊達はその列のまま、兵士達の言うがままに歩いていった。
「ありがとうございます、セイゲル殿。そうだ、ついでにセイゲル殿も王都まで乗っていかれてはいかがでしょう」
「いや、パスだ。アレの乗り心地よりも馬車のほうが気楽なものでね」
「そうですか、それならば道中お気をつけ下さい。この事は私のほうからきちんと報告させていただきます」
「あぁ、よろしくな」
兵団と捕えられた盗賊達はすぐに見えなくなった。
そう思っていたら、崖の横から巨大な馬が登場した。その後ろにはその馬が引く相応の大きさの馬車が続けて姿を現す。
木で出来たところはボク達の乗る馬車と同じだけどその大きさは何十倍とある。
さっきの人達が乗っているのだろうか。
「な、なにあれ?! ボク初めてみた!」
「あれこそがアバンガルド王国が所有する馬車なの。先頭にいるでかい馬はギガースホース。温厚で従順だけどその実力はここのフロアモンスターなんか目じゃないほどよ」
「へー……あんなのが言う事聞いちゃうんだ」
「私も初めて見たなぁ」
ボクとロエルがまさに珍獣を眺めているとセイゲルがそれを追うように馬車を再び走らせた。
「あれは遠征にも重宝するらしいぜ。中には生活一式が一通り揃っているから貯蓄次第では何ヶ月も生活できる」
「それなら、あれに乗せてもらえばよかったのにー!」
「楽ばかりしちゃ育たないぜ」
「私、関係ないし!」
シンシアが後ろで悪態をついている中、セイゲルはボクを横目で見る。
確かにこれから冒険者としてやっていくならこの渓谷くらい越えられないと話にならない。
それから魔物の襲来も特になく、程なくして峠の終点に着いた。
深い谷を抜けた先は急斜面が広がり、遠くでは大きな川が流れている。
そこにかかる橋を渡って真っ直ぐいったところにアバンガルド王都が草原の絨毯一面に広がっていた。
「やー、着いた着いた。諸君、あれがアバンガルド王都だ」
「でっかーい……ボク達が住んでるクイーミルの何倍あるんだろう」
「あそこは海の玄関にもなっているんだよ、リュアちん」
シンシアが指したところには海岸沿いにたくさんの船が停泊していた。アバンガルド王都から直接船に乗れるのか。海の向こうの世界……どんなのだろう。
「セイゲルさん、ここからどうやって降りるんですか?」
「この斜面はさすがにきついから、回り道をするんだ」
馬車は左方向に歩き出し、前方の急斜面を避けるようにして渓谷から離れて下っていく。さっきの兵士達が乗っていた馬車はもうここからは見えない。
あの大きさとはいえ、移動速度は普通の馬車とは比べ物にならないと思った。
「王都に着いたら護衛依頼完了だね。あっちのギルドでそのまま手続きできるからそのままいっちゃったほうがいいよ」
「うん、短い間だったけどあそこでお別れだね」
「楽しかったよ、シンシアさん」
「オレも名残惜しいぜ……何せまだ」
「黙ってろ」
セイゲルは最後まで散々な扱いだった。斜面を降りきってから、空から何かが滑空してきた。
【バルチャービートル達 が現れた! HP 88】
昆虫の胴体に鳥の羽が生えたような変な魔物が襲ってきた。
渓谷まではまだまともな形をした魔物だったけどこの辺りにはこんなのもいるのか。
「渓谷の魔物とは一味違うのもいるから、初心者が面食らうんだよなぁ」
セイゲルが一振りのバーストブレイバーで全て片付けた。
片手はきちんと手綱を握っている。
蹄の音と車輪が回る音を聴きながら旅をするのもあそこの王都に着いたらしばらくお預けだ。
馬車が同時に何台も通れそうな横幅の橋、様々な身なりの人々が行き交う。セイゲルによればこの橋はアバンガルド大橋というそうだ。なんかそのままだ。
「ゴラァ! 人にぶつかっといてそれだけかぁ?!」
「はぁ、でも謝りましたし……めんどくさ」
「最後なんかいったかぁ!」
橋の真ん中あたりまで差し掛かったところで若い女の人がグルンドムみたいな体格の男と痩せたネズミみたいな顔をした男に絡まれていた。
「あーあ、今時こんなところであんな典型的な事やるかね」
「そんな事いってないで助けないと!」
「放っておけ、平気だ」
「なにいってるのさ! セイゲルがやらないならボクが!」
セイゲルの静止を無視してボクは女の人をかばうように男二人に立ちふさがった。一瞬で目の前に現れたボクにぎょっとした二人。
この時点でこの二人が大した事ないのがよくわかる。
「な、なんだビックリさせやがってぇぇぇ!」
「へいアニキ、もしかしてこいつやる気ですぜ」
「やる気かぁ?! ガキがぁ? やる気なのかぁぁ?!」
ひたすらうるさい。声がでかすぎる。それじゃなくても聴こえてるって。
「謝ってるなら許してあげればいいのに」
「だからぁ! 金か体で払うかしろっていってんのぉぉ!」
「アニキ、闘技大会前の準備運動にはちょうどいいんじゃないですかねぇ」
「おいガキ! Cランクの"金棒コンボー"様といやぁ聞いた事あんだろぉ?」
まったく知らない。それにCランクならボク達と同じじゃないか。
いや、その前に冒険者なのに何をやってるんだろう。
「リュアちゃん、穏便に済ませないと……」
いつの間にかロエルが駆けつけていた。金棒なんとかには目もくれてない。
「無視してんじゃねぇぇぇぇ!」
なんとかは持っている金棒をボクに振り下ろす。
まるで発泡スチロールが振ってきたみたいだ、ボクは金棒ごとアッパーするようにグーで粉砕した。
「あぁん? あぁぁぁん?!」
「あ、あのリュアちゃん悪気はないんです。これ以上は怪我するのでこの辺でお引取りくださいっ」
ペコリと一礼すると共にさりげなく侮蔑するロエル。
いや、本人に悪気はないだろう。正しいと思われる姿勢でおじぎを維持している。
「あ、あ、アニキ、こいつバケモンですぜ……ひぃぃぃっ!」
ネズミ顔の男は一目散にアニキを置いて逃げ出した。
「て、て、てめぇ闘技大会出ろよ! オレの本気をそこで見せてやる!」
金棒がその後を追った。
「あの人達も闘技大会出るんだ……」
「ではあなたも闘技大会へ?」
女の人が尋ねてきた。
「うん……って、あの怪我はない、よね」
さっきまで絡まれていた女の人は一歩も動かずにボク達の後ろで立ったままだ。
「そうですかー。あなたも闘技大会へ……そっか、どうしよう……めんどくさい……はぁ」
頬に手を当ててひたすら溜息ばかりをつく女の人。
白く真っ直ぐな髪が印象的でどこか神秘的な雰囲気さえ感じる。
ボク達よりも年上で大人の女性というイメージだ。
「助けてくれてありがとうございます。それでは近々……」
風になびく白いロングヘアーと共に女の人は王都側へ消えていった。
「変な人だなぁ」
「だから大丈夫だってのに……いらないおせっかい焼いてないでとっとと王都にいくぞ」
「いらないって……何をいってるのさ」
「あーもうくたびれた! でも王都についたら売るぞ売るぞ! ロイヤルゼリー! あ、忘れてた! はい二人とも、これ!」
黄金色に輝くロイヤルゼリーを手渡された。
回復薬とは思えないほど、このゼリーは食欲をそそる。
いざという時の為にとっておきたい。
「じゅるり……ねぇリュアちゃん、どうしよう?」
「ボクはとっておくよ」
本当に涎が垂れかけているロエルにどこまで我慢できるだろうか。
別にいつ食べようと彼女の自由だけど、万が一必要になるかもしれない。
ボクは回復魔法を使えないし、ロエルが自分でヒールを出来ない事態になったら……
「ほら、ボーッとしてないでいこーぜ!」
シンシアに背中を押されてボクは我に返った。そうだ、今は王都に向かおう。王都に着いたらまずは何をしよう?
お祭りはまだなのかな?
「ギルドでの清算を済ませたら、宿屋をとらなきゃね」
そうだ、ギルドに宿屋だ。ロイヤルゼリーから目を離さないロエルの一言で把握した。
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「ただいま……はぁ……」
「ご帰還、お疲れ様であります!」
「リッタさんはいつも大袈裟なのよ……普通にお帰りなさいませでいいのよ……はぁ……なんでこんな事までいわないと……めんどくさ」
「す、すみませんでありました」
「言葉遣いが変……はぁ」
新米兵士のリッタにとって、たった今帰ってきたばかりの人物は大きく、眩しすぎる存在だった。憧れのただ一点でアバンガルド王国の兵士に志願した少女。入隊試験の過酷さにも負けずに見事、合格したはものの訓練についていくのが精一杯で未だに芽が出ない。
同僚の女性は平然としているだけに自分の情けなさがよりこみ上げてくる。
そんな彼女の唯一の憧れは同じ女性でいて王国トップに君臨している。
「リッタちゃんは今日は非番なんだから遊びにいけばいいのに……」
「いえ、自主トレでもしないと周りにおいていかれそうで……」
「だからってこんな城の中庭で槍なんか振り回してたら怒られるわ……はぁ、喋るのめんどくさ……」
「そうですね、部屋でやります」
「もう突っ込むのもめんどくさい……はぁ」
だるそうな後姿を見送ったリッタは槍を持ったまま王都へ出て部屋に戻った。
新米の給料でもなんとか家賃を支払えるこの部屋。
机とベッド、タンスを置くのが精一杯だけどシャワー完備なのがお得だ。
「今日もかっこよかったなぁ、ティフェリアさん」
室内で槍を持っている自分を想定して妄想の世界に浸る少女。
リッタはシャドーボクシングでもするかのように室内で何かと戦っている。
「マスターナイト・ティフェリア……私もいつかあんな風に!」
奮起したところで机の上に置いてあったお気に入りの皿をぶんぶん振り回した自分の手で落としてしまった。
一時舞い上がったテンションは急速に下降してネガティブな思考が戻ってきた。
「あぁー……私、ダメなのかなぁ」
魔物図鑑
【バルチャービートル HP 88】
昆虫と鳥が融合したような姿。
昆虫の力強さをかね揃えているので、空から強襲されると
通常の鳥型モンスターよりも厄介。




