第318話 強さの意味 後編
◆ アバンガルド王都より南東の地方の町 門の外 ◆
「あなた達がいなければ、この町は終わっていた! 本当にありがとう!」
「特務隊の方々も娘を取り戻してくれて本当に感謝する!」
意気揚々と町へ凱旋してみれば、感謝されているのは僕達だけじゃなかった。どうしてリッタやその部下達、それに関係ない人間までいるんだ。幻術を使うとかいう少年、名前はラーシュというらしい。年端もいかないあんな子供とリッタが何故知り合いなんだ。この場はどうなっているんだ、理解が追いつかない。
「町長、これは……?」
「いやー、リッタさん達の話によればこの町は潜伏していた盗賊に狙われていたとの事。事前に彼女達が先手を打っていなければ危うかったでしょうな」
「狙われていた? 王震党は私達が壊滅したのですが、まさか仲間か何かがいたので?」
「そのようですな。いやぁめでたい! ハッハッハッ!」
バステ隊長の問いへの返答もそこそこに、町長はすっかり浮かれている。町もお祭りムードで、どちらかというとリッタ達のほうが主役のように扱われていた。商会長も自分の娘が帰ってきた事は喜んでいたが、態度がやってのけて当然とも取れる。
拘束された盗賊達はざっと見て30人程度、こいつらだって自己魔法を使えるはずだ。それなのにリッタと部下の2人、あのラーシュという少年だけで捕らえたのか。ウソだ、リッタがそんなに強いわけがない。兄の自分から見てもリッタは兵士に向かない性格をしているし、実際ドジばかりやらかしていたらしいじゃないか。部下を持つまでに至ってはいるが、その小隊の役回りは大したものじゃない。
「今夜は歓迎パーティをしようじゃないか! 特務隊の皆さんもぜひ参加していただきたい!」
「あの、お気持ちは嬉しいのですが盗賊達はこれで全員じゃありません」
「なに?! まだいるというのか!」
「王震党は彗狼旅団の中でも最大勢力の一つ、この程度の人数じゃきかない可能性があります。ですから依頼のほうはまだ継続という事でお願いしますね」
「だがリーダーのガンナルは私達がきっちり殺した!」
バステ隊長が割り込む。そうだ、あの古い洋館にもかなりの人数が潜んでいた。それはきっちり殺したし、これ以上どこに潜伏する場所があるというのか。僕達が得た情報では王震党の構成人数はせいぜい50人程度。ここで拘束されている奴らを含めればきっちりと数は合う。
「リーダーが死んだからといって戦いをやめるような人達じゃないです。むしろリーダーが死んだ事で奮起すらしてもおかしくありません」
「そんなのはただの決めつけだろう?」
「確かに確証はありませんが警戒を解くにはまだ早いと言いたいんです。だから私達もしばらくはこの町に残りたいと思います」
「君達が?」
面白くないのはバステ隊長だけじゃない。せっかく暴れて意気揚々と凱旋して町の人達、特に女の子に感謝されてその勢いで楽しみたかった奴らは苦々しい顔をしている。
「好意的な事だが君達の部隊は非番のはずだろう?」
「はい、非番のお休みなので休日を満喫しています」
「む……」
言い返したいところだがここで争ったところで立場は良くならない。せっかくの歓迎ムードをぶち壊すわけにもいかず、引くしかなかった。
◆ 町の宿 ◆
「どういう事だ……」
「せっかく美人と燃え上がる夜を楽しもうと思ったのに……」
「まだ敵がいるなんてデタラメだどん!」
口々に不満をもらすメンバー達。バステ隊長もこれにはどう対処していいのか悩んでいる様子だ。僕としては薄汚い欲望のはけ口にされる女性が出なかったのは個人的に幸いだった。それはそれとして特務隊が残した結果としてこれが望ましくないのは、この場の雰囲気が物語っている。
「で、でも特務隊としての任務は果たしたじゃないですか」
「これでいいと思っているのか、ニッカ。現時点で我々だけでは町を守り切れなかったという結果が残っているんだぞ。燃え下がるわ、クソめが……」
「リッタちゃん、もしかして事前に敵の情報を知っておきながらおいどん達にあえて知らせなかったどん?」
「ヒッ! だとしたら! ヒィヒッ! 舐めてやがるな! 斬り刻んでやるぜ! ヒィヒヒッ!」
「リッタはそんな事しない!」
ハッとなって妹を擁護したのを後悔した。白々しい視線が突き刺さった後は何を言われるか、わかっていたからだ。
「そういえばリッタちゃんはお前の妹どん」
「お前、何か知っているんじゃないのか?」
「知るわけないだろ! 妹がこの町に来ていた事にすら驚いているのに!」
「……各自就寝。明日の事は早朝指示する」
バステ隊長が静かに締めくくる。ケンカになりそうなところを収めてくれたというのもあるけど、それ以上に一番怒っているのがこの人だった。僕を庇ってくれて感謝というわけにはいかない。むしろこの中で僕に怒っているのがこの人かもしれない。テーブルに両肘をついて拳を組み、僕達と目を合わせないところが不気味だった。
「ニッカ、この際だから言うがな。お前は特務隊の中でも一番弱いんだ。少しは謙虚になったらどうだ?」
「レスター、隊長達はともかくとして僕達は同じ隊員なんだ。上も下もないだろう」
「同格気取りも大概にしろどん。お前、レベルが一番低いどん。Aランクにも関わらず、Bランクの連中にすら抜かれて恥ずかしくないどん」
「それはあの時のせいだ! レベルキャップが」
「その程度だったという事どん?」
「寝ろ」
バステ隊長の怒りが頂点に達しそうなので、さすがに今度こそ従うしかなかった。僕としても気分は最悪だ。妹がした事で責められてはたまったものじゃない。
兄の僕に黙ってこの町にきて、更には盗賊退治なんて真似をして。言いつけを守らないなんて。さすがの僕も黙ってはいられない。今まで甘やかしすぎたか、明日こそガッツリと言い聞かせてやらなきゃ。
◆ アバンガルド王都より南東の地方の町 門の外 ◆
門の外には早速、リッタ達がいた。何かを相談しているところだろうか。リッタに部下の2人、確かよく話題に出たイリンとシュリ。そしてラーシュという少年。こんな日も昇らないうちから4人は盗賊退治の相談をしているのか。
「おい、そこで何をしている」
「特務隊の皆さん……」
バステ隊長が声をかけると訝しげに4人は僕らを見る。不安そうなリッタは何かを察したのかもしれない。
「王震党の残りのメンバーは必ずどこかに潜伏しています。だから」
「言い分はわかった。この町は我々に任せなさい、君達はすぐに王都に帰るんだ」
「私達は休日にこの町に来て、そして町長に依頼されたんです」
「何が言いたい?」
「私達が好きでやっている事です」
穏便に済ませようとしたバステ隊長の態度も空しく、リッタ達は強情を張ってこの場から立ち去らない。眉間に指を当てて怒りを鎮めようとしているのか、バステ隊長は少しの間だけ沈黙した。
「特務隊の任務を妨害するのであれば……わかっているのか?」
「邪魔はしません」
「それは私が判断するところだ。すでに君達は介入しすぎてしまっている」
「あのなー、バステさん! 言っとくけどオレ達がいなかったら町は壊滅してたんだぞ!」
「ちょ、ラーシュ君……」
とんがり帽子でそばかすが目立つ少年は、見るからに生意気そうで本当に生意気だった。リッタがこんな少年とどうやって知り合ったのか。子供だから間違いはないと思うけど気になる。
「王震党は闇への隠遁で地中に潜って前々からこの町を観察していたんだよ。商会長の娘だってそれで拉致されたんだ。ていうか彗狼旅団の残党なら真っ先に警戒すべき魔法だろ。あれでアバンガルドは王都まで簡単に侵入されたんだからさ」
「そうか……あれがあったか。それは失念していた」
「それがわかっていたらそこにいるドンボスっておっさんに調べてもらえれば解決したよ。地中に潜れるんだろ?」
「ラーシュ君、もういいから……」
唾を吐き散らしてがなり立てる子供に、さすがにリッタも焦る。特務隊という立場以前に、ここにいるのは僕を除いて全員レベル1000超えだ。やろうと思えば自分達なんて数秒で殺してしまう相手に臆さないのは子供故かもしれない。
「燃え上がるほどにおかしな話だな。それならもっと早くに侵攻していてもおかしくないだろうに」
「”焼放士”レスターさん、あんたほどの使い手ならわかるだろ」
「ほう、俺を知っているのか」
「そこにいるバステさん含めて、有名なウィザードは大体知ってるよ。みーんな俺の憧れだからな」
意外な言葉が飛び出してきたのか、バステ隊長もレスターも困惑している。憧れだなんて言われて嫌な顔をする人間はいない。だからこそ、この突っかかってきている少年に強く言い返せなかったんだと思う。
「……彗狼旅団がどういう組織だったかを考えれば答えはわかるはずです」
「王権制倒壊を目論むろくでもないアホどもだろう?」
「そうやって見下しているから何も見えないんですよ!」
さっきまでラーシュを止めていたリッタが堪えきれずに啖呵を切る。またまた意表を突かれたのか、レスターはリッタ相手に気圧されているようにも見えた。
「あの人達は特務隊のあなた達が来るのを見計らっていたんです。そして今になって町会長の娘さんを誘拐したのは全部あなた達の……いや、アバンガルド王国の名声を地に落とす為だったんですよ」
「……どういう事だ?」
「アバンガルド特務隊は誘拐された人達を救出できずに全滅、まずこれが一番の狙いです。それが達成できなければ今度は町を壊滅……つまり特務隊は町を守り切れなかった。この筋書きを思い描いていたんですよ」
「何だと……」
「どうやったらアバンガルド王国を失墜させられるか。それだけをずっと考えてきた人達です。到着してからも一日時間があったなら、じっくりと考えて調べていれば辿り着いたはず……」
「リッタ隊長は出発前からも町の見取り図を持ち出したりなんかして、ずっと考えていたんですよ。そうでしょ、シュリ?」
「はい。ましてや特務隊の足ならもっと速い段階で到着できたはず。私の予想と計算によれば、特務隊だけで問題なく解決できる案件だったかと」
リッタの部下である少女達の追撃に対して、女漁りに繰り出そうとした二人がバツの悪そうな顔をしている。こんな子供に先手を打たれて説教された挙句、不備まで指摘されたんじゃ言い返せるはずもない。この町に来る前に散々寄り道して遊んでいたのもあって否定できない事実だ。だけど彼女達にも問題はある。
「リッタ、ここは兄としてじゃなくて特務隊の一員として質問する。事前に町が狙われているって知っていたなら、情報を提供してくれてもよかったんじゃないか?」
「私達だって調べて考え抜いて辿り着いたんです。お兄……ニッカさんと会った時にはまだ何もわかっていませんでした」
お兄ちゃんではなくニッカさんと呼ばれて予想以上にショックだった。特務隊として、なんて恰好つけるんじゃなかった。
「自分の足で歩いて調べて考えて……闇への隠遁対策をハスト様に聞いてラーシュ君を紹介してもらって。相手の裏をかいてようやく拘束に成功したんです。私達は弱いかもしれません……だけどやり方次第で引き出せる強さもあるはずです」
「つまり君はこう言いたいのか。我がバステ隊は不甲斐ない、と」
「……否定はしません」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。君達はたまたま敵が襲撃してきたところに居合わせただけだ」
突拍子もない苦し紛れを言い放つレスター。何を言い出すんだと思ったものの、ドンボスもニヤリと笑ってその真意を察したようだ。
「そうどん。人を無能扱いして失礼どん」
「恩着せがましくズケズケと言ってくれるが、人質の件はどうなる? 我々が従わなければ確実に殺されていたが?」
「それについてはすごいと思います。私達にはとても出来ない事です、誘拐を未然に防げなかったのは私達も同じですから……」
「でもオレ達はそっちより遅く町に着いたんだ。それから必死にがんばったのにさ……なんだよ、遊び呆けてるって」
「はぁ……わかった、不備は認めよう」
平行線を辿る言い争いに釘を刺したバステ隊長が、リッタ達に眼差しを向ける。レベル1000超えに睨まれたリッタ達は多少の萎縮を見せた。たじろぎながらも僕達から逃げようとはしない。
「協力感謝する。後は我々だけでやっておくから君達は宿にでも帰りなさい。何なら宿代もこちらで持ってあげよう」
「それはさっき断ったはずです」
「これ以上は妨害と判断するが?」
「バステ隊長、こうなったら力づくしかありませんよ。おい、ニッカ。アレはお前の妹だろう?」
だから何とかしろとレスターは言っている。今更リッタを説得できるはずもなく、僕が黙っていると背中を思いっきり蹴られた。思わず受け身を取るのも忘れてしまった。
「お前の責任だと言っているどん。この場は任せる、後は言わなくてもわかるどん?」
「クッ……だからって力づくは……」
「お前、特務隊にいられなくなってもいいのかどん。この件はしっかりとアーギル隊長に報告しておくどん」
特務隊のおかげで強くなれたし、暮らしも段違いによくなった。貯金も含めて将来は安泰だろう、後はリッタがいいお婿さんを見つけてくれたら言う事はない。ここで逆らってすべてを失っていいのか。
「バステ隊長……」
「……君が何とかしろ」
バステ隊長の突き放すようなセリフに僕も覚悟を決めるしかなかった。槍を回し、戦闘する構えを見せつける。さすがのリッタ達も本気なのと言わんばかりにわずかに後退する。
「リッタ、聞き分けてくれ。特務隊は国に認められた精鋭部隊、逆らえばすべてを失うんだ」
「町長からの依頼はまだ終わってません」
「町長は僕達特務隊がいるのに君達に依頼したのか?」
「不安要素を取り除くには少しでも多くの戦力に頼りたいと言ってました。この町の長として当然の考えです」
「馬鹿な町長もいたもんだな……」
他の村や町では特務隊が来れば、普段から囲っている自警団や警備隊そっちのけで歓迎してくれた。こんな事は初めてだ。王震党は残党の中でも特に勢いがある勢力だから無理もないが、それだけ僕達を完全に信用していなかったという事だろう。
「これが最後の警告だ。町の中に引き返すんだ」
「だから王震党の戦力がまだ残っている可能性が高いんです」
「根拠はもう聞かない。これは元々特務隊の仕事なんだ」
「特務隊のメンツですよね。お兄ちゃん、いえニッカさん……」
「僕と戦う事になってもいいのか?」
本気を出さずに防戦に徹していればいい。どうせリッタ含めてレベル820の僕にかすらせる事すら出来やしないんだ。粘れば諦めもつくだろう。
「今から君達は嫌でも町の中へ入る事になる。僕の槍でそうさせるからな」
覚悟が出来ているのか、全員が警戒姿勢に入る。本気なのか疑ってしまう光景だ。殺されないという安心感がそうさせているのかもしれない。だったら。
「僕のレベルは820だ。何を意味するかわかるよね? 僕がうっかり手加減を間違えば、最悪の結果になりうるんだ」
「ニッカさん、マジかよ。本気で妹と戦う気なのか?」
「ラーシュ君と言ったか。何の義理でこの場にいるのかはわからないけど、これはリッタの為でもあるんだ」
「リッタねえちゃんはな……!」
「ラーシュ君」
後ろではバステ隊長達が睨みを利かせている。もうやるしかない、少し脅かしてやればいいんだから簡単なものだ。レベル820の僕の力を目の当たりにすればすぐに諦める。レベルというのはそれだけ絶望的な差を見せつけるものだ。前の僕がそうだったように、バステ隊長だって他の特務隊の人間だってそうだから。
うまくいけばここでリッタも身の程を知って僕の言う事を聞くかもしれない。女の子らしく生きてくれたら僕はそれだけで満足だ。散々僕が冒険者をやっている事に反対したけれど、そんな認識もここで変えてやる。何せ今の僕はSランク以上の実力なんだから。
◆ シンレポート ◆
ん ようやく まちが みえてきた
もう あさです
さ もうひとねむり




