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第30話 キゼル渓谷を越えろ! その4

「寝床においしい料理、ありがとうございました」


「ぜひまた来ておくれよ。

 今日みたいにおかわりの分はなるべくサービスするから」


「ごめんなさい……」


申し訳なさそうにするけど、ロエルは食べる事に関しては

毎回止まらない。

結局、鳥鍋のおかわりは半額にしてくれた。


「さーて、今日も張り切っていきますか!

 がんばれば明日の昼までには越えられるかもな」


「ここが中間地点じゃないの? ボクてっきりまだ半分も

 あると思ってた」


「どちらかというとアバンガルド王都寄りだな。

 まぁおやっさんはそんなのより、温泉があるかどうかで

 決めたんだろうけどな」


「バレたか」


ブルームの笑う顔にはシワが随分とよっていた。

武器屋のコウゾウもこの人も、どうも元冒険者とは思えない。


「それじゃ、出発しましょ!

 じゃあねブルームさーん!」


シンシアが大きく手を振るとブルームもそれに応えた。

宿の入り口でいつまでも手を振ってくれるブルーム。


「鳥鍋、おいしかったね。またこようか」


「それだけの為にこの渓谷にくる元気はないかなぁ」


アハハ、と引き気味に笑うシンシア。

まったくだとボクも心の中で同調した。


走り出した馬車が突然止まった。

前を見ると馬車の行く手を遮るように集団で並んで歩いてくる。


「おたくら、もしかして盗賊?」


セイゲルが親近感を持って話しかけるとその中の一人が

前へ出てくる。


「見逃してやる、用があるのはあのボロ宿だ」


その言葉とは裏腹に男達はすでに武器を持って構えている。

槍、斧、弓、様々な武器を持ってるけど着ているものは

ボクがロエルと出会う前に着ていたものと大差なく

おまけにどの男も人相が悪い。


「物騒な奴らだな、大方あの宿を狙ってんだろうが

 やめとけ。怪我するどころじゃすまないぞ」


「てめぇに用はねえっていってんだろッ!」


刃こぼれした斧を乱暴に地面に叩きつける小太りの男。

おーこわ、とこぼしたセイゲルはすでに大剣を

男達につきつけている。


「最後の忠告だ、やめときな」


「邪魔するんなら」


空から大砲が発射された。

いや、大砲ではなく弓矢一本。

放たれたと同時にその矢は地を打ち砕いた。

その跡は丸い空洞になり、行儀のいい隕石が落下したのかと

錯覚させる。


「な、何が起こった……」


穴を覗いたり、周りを見渡す男達。

ボクはその矢の主がすぐにわかった。

振り向くと弓を天に向かって構えたままのブルームが立っていた。


「これを連射すると大概の魔物は一掃できるんだったかなぁ。

 バルカンレインとか名づけたっけ、なぁセイゲル?」


「知らねーって……」


セイゲルですら引くほどの"火力砲台"ブルームの実力。

男達はようやく事態を飲み込めたのか、悲鳴を上げて逃げていった。

矢を上空に放ってそれが地に放たれる、一体どうやって?

威力よりも奇想天外なその技にボクは驚いた。


「というわけで宿の心配はなさそうだ」


親指で弓を持った老兵を指すセイゲル。

むしろ、宿を襲うほうが心配だ。

あんなのが人間に当たればまず命はないと思う。


「おまえさんがいればあんな連中何でもないだろうから

 特に心配はしないよ、気をつけてな」


「あぁ、そっちは盗賊に怪我させるなよ!」


物騒な別れの挨拶をして、ボク達は今度こそ宿を後にした。


「ブルームさんってあんなに強かったんだね」


「挨拶代わりに薄毛に触れてたけど、腹に風穴があきそうだから

 やめておこうかな……」


「それでなくても、やめたほうがいいと思うよ……」


二人は驚愕して更にブルームの印象を書き換えていた。

そういえばマイも弓を使っていたっけ。

あの人に弟子入りすれば、凄腕の弓使いになれるかもしれない。


///


「しかし、こんなところで盗賊家業なんてねぇ。

 王国がちょっと本気になればすぐ一掃されるってのに」


「あの人達、セイゲルさんを知らなかったのかな。

 有名なのに……」


「けしからんよな。そんなんだから盗賊なんだっての」


「うんうん」


よくわからない結論づけるセイゲルとロエルの横でシンシアは

道具の手入れをしている。

使い道がまったくわからない道具が大半で、あまり興味を持てなかった

けどシンシアは勘違いしたのか、待ってましたといわんばかりに

解説を始めた。


「でね、これがポーションの素材の一つを薄める液で」


眠くなる。

そしてボクが静かに寝息を立てはじめたところを見計らって

シンシアは思いっきりゲンコツしてきた。


「いったぁい! なにするのさ!」


「あれ、やっぱり痛いんだ」


「痛いよ!」


「魔物の攻撃すら平然としてそうなのに不思議なものだね」


「シンシアさん、リュアちゃんは痛がりなんだよ!

 この前もうっかりリュアちゃんの小指の上に漬物石を

 落としたら泣きそうになってたし!」


「それ、リュアちんじゃなかったらショック死してるよ……」


魔物の攻撃も痛くないわけじゃない。でも怪我にならなかったり

致命傷でなければ問題ない。

でも今みたいに不意に攻撃されるとやっぱり痛い。


渓谷の道は斜面が加わったけど、馬の足取りは変わらなかった。

昼時にブルームが持たせてくれた弁当を食べ、その匂いに釣られたのか

魔物が襲撃。

ボクが動く前にセイゲルが張り切った。

ここのフロアモンスターを一人で倒したみたいだし、セイゲルは本当に

強いんだと思う。でも、どこかボクに見せ付けている。

ほんの少しだけどそう感じた。

その証拠に魔物を一掃した後でボクをちらりと見たから。

セイゲルはAランク上位だったか。

そういえばAランク上位ってどんな意味だろう?

日が沈んでキャンプ地点に着いた時にボクはそれを質問した。


「ああ、Aランクともなると実績や強さを元にランキング分けされるんだ。

 ちなみにオレはAランク16位、102人中16位だぞ?」


「すごいね」


「あんまりそう思ってないだろ……」


思ってる。

だってボク達はまだCランクでAランクにすら届いてないから。

それどころかBランクすら遠い。

一体、どれだけの実績があればBランクに上がれるんだろう。


「その順位が高いとどうなるの?」


「なんと、アバンガルド国王から気に入られる」


「それだけ?」


「それだけ」


「じゃあ、意味ないね……」


「そうでもないさ、リュア。これでも気前よくいろいろ

 もらったからな。

 オレが放浪の旅を気ままに続けられるのもそのおかげさ。

 そしてより大役を任せられる事もある」


「それで女の子なんかもらっちゃってるんでしょ?

 ホント、最低ねー」


「なんで決め付けてるんだよ……

 オレは女に関してはこれでも紳士なんだぜ」


さっきから聞いてボクは違和感を覚えた。

冒険者なのに王様に気に入られるというところが何かおかしい。

まるで王様の家来みたいだ。


「ふぁ~あ、今日も疲れたね。

 それじゃ寝ますか。おやすみー」


シンシアが馬車の中に戻って早々に寝息を立て始めた。

横にいるロエルはさっきまでウトウトしていたけどいつの間にか

ボクによりかかって寝ている。


「ちゃんと馬車まで運んでやれよ。大切にな」


ウインクしてからセイゲルは先頭に座ったまま、目を瞑った。

いつでも起きられるようにしているのか、あまり寝付けなさそうな状態だ。


「じゃあ、ボクも寝るよ」


寝ているロエルを馬車まで抱えて、ボクも眠りについた。


///


恐らくセイゲルとボクが起きたのは同時だった。

馬車を囲む大勢の男達。

何人いるのかわからないけど、ざっと50人以上はいる。

その中の何人かが馬車に矢を放ったところでボクはそれを

剣の風圧と同時に消し飛ばした。

その勢いで木々が切断され、大慌てで出てきた男達。


「な、な、なんだぁ?!」


「クッ! 誰だよ、夜襲なら間違いなしとかいったのは!」


「オレだよ」


「か、かしら……」


男達を書き分けて出てきたのは細身で長髪の男だった。

このいかつい男達を束ねているとは思えないほど、男は育ちが

よさそうに見える。

妙に落ち着いた口調で頭と呼ばれた男は続けた。


「ハハッ、男に女……子供か。

 手下の情報だともう二人ほど女がいるはずだけど

 馬車の中でおねんねかな」


「おまえ……デイビッツか?」


セイゲルが訝しげにその男に尋ねた。

男は前髪をかきあげて、じれったく格好つける。


「セイゲル、まさかこんなところで会うなんてね」


「見ないと思ったらこんなところで盗賊の大将か。

 堕ちたな」


「この辺じゃ無双なんだよ。

 魔物も冒険者も敵じゃない、女がいればこの手で

 好きなだけ抱けるのさ」


デイビッツは両手で何かを抱擁するポーズをとった。

よくわからないけど、その仕草にボクはたまらなく

不快感を覚えた。


「ったく……」


そしてセイゲルはデイビッツに向かって大剣を向ける。


「理由はどうあれ、こうなっちまった以上はわかるよな?」


「はぁ、出来ればおまえとは戦いたくなかった」


そういいながらも、デイビッツは腰から突剣を抜く。

馬車を取り囲む男達もすでに臨戦態勢だ。


「そういえばセイゲル、おまえついこの前まで大怪我負わされて

 死にかけてたんだって?」


「……なぜ知ってる?」


「ヒ・ミ・ツ」


小馬鹿にした笑みを浮かべて、デイビッツは人差し指を口元で

立てた。そして一変して目が据わり、冷たい盗賊の顔つきになった。


「やれ」


血の気の荒さを発散するかのように、男達は一斉に襲いかかってきた。

その様子を見てボクは溜息をついた。

遅すぎる。

無駄な動きが多いし、本当にこれで勝てると思ってるのだろうか。

奈落の洞窟では一瞬の無駄な動作が命取りに繋がる。

そんな隙を見逃さない猛者ばかりだったのですっかり鍛えられた。

もしこの人達がその場にいたら、数秒とかからず全滅している。

盗賊。

奪う事を生業としているはずが、これじゃ命を奪われかねない。

しかしいくらそんな相手とはいえ、殺すわけにはいかずボクは

軽く一周走りながら彼らの頭に触れた。

次々とその頭ごと地に倒れこむ。

当てるだけのはずがそれなりに力が入ってたらしい。

中には顔面から地面に激突して流血したまま動かなくなった人もいた。

殺してないか、一瞬心配になったけどピクピクいってるから

まだ大丈夫だと思う。


【リュア の攻撃! 盗賊達 は全員気絶した!】


今までボク達を囲んでいた盗賊達が突然、同時に倒れる。

デイビッツにはそう見えていたようで、まさに開いた口が塞がってなかった。


「……何が起こった?」


恐らくボクなんて眼中に入ってなかったに違いない。

多勢に無勢でボク達を倒すつもりがとんだ計算外、そんな様子が

見てとれた。


「手品じゃないか?」


セイゲルがやったわけでもないのに、その顔が得意気だった。

しかし大剣は構えたままだ。

あくまでデイビッツと戦うつもりなのか。


「降参しろ、今ならオレの出来る範囲でおまえの刑を

 軽くしてやる」


「どのみち、生きる道はない……!」


デイビッツは長髪を振り乱して、細い突剣を連続で繰り出す。

しかしそれがセイゲルにかする事すらなかった。


「デイビッツ、なぜこんな事を?」


「馬鹿らしくないか?!

 実績を残せば残すほど、王の私物にされるのが!

 オレ達冒険者はもっと誇り高く、自由であるべきだろう!」


「盗賊が誇りか!」


デイビッツはひたすら、セイゲルを射抜こうと執拗に

高速の突きを放つ。一旦、身を引いたと思った瞬間

バネに弾かれるようにして今までとは比べ物にならない速度で

突剣ごとセイゲルに向かった。


「スプリングトラストッ!」


突剣はセイゲルの大剣に激突し、折れた。

難なく防いだぜといわんばかりに、セイゲルは地面に大剣を

突き刺したままのお粗末なポーズだ。

その状態で防がれたデイビッツ、今度は素手のままファイティング

ポーズをとった。


「まだやるのか?」


「例え剣が折られようと、手を変え品を変え臨機応変に対応する。

 それがデイビッツさ」


「そうだったな、その諦めの悪さが好きだった」


ボクは二人の間に割って入った。

デイビッツはさっきのボクを思い出したのか、恐れるように

間合いをとる。


「もうやめなよ」


「どいてくれよ、少女」


「止めないなら戦えなくするよ」


「ほざけっ! ブレイズショットッ!」


詠唱なしで突如放たれた中級魔法、魔法が得意なウィザードでも

ないはずなのにその威力はトルッポのとは比較にならなかった。

Aランクの凄みがのしかかるほどの熱さ。

しかし炎がボクを焼く事はない。

燃えたぎる炎はボクに命中した途端、一瞬で鎮火した。


【デイビッツ は ブレイズショット を唱えた!

 リュア はダメージを受けない!】


「おまえ、もしかしてAランクか?」


「Cだぜ、そいつ。これだけはいっておく。

 オレに勝てない奴がそいつに勝てると思うな」


「ドラゴンハンターも落ちたものだな。

 こんな子供に……スリープホールド!」


睡眠へ誘う魔法、けどこれも効果がなかったら叫んだ魔法名だけが

響き渡るだけだ。ボクに状態異常は効かない。


「まだやるの?」


「まだまだ手はある、手数の多さを見せてやるよ」


「もういいよ」


ボクはデイビッツの頭を引っ叩いた。

軽い音と共にふらりと体が揺れ、崩れ落ちるようにデイビッツは

倒れこんだ。


「セイゲルさん、この人達どうしよう?」


「面倒だが王国へ引き渡すしかないな。

 放置していくわけにもいかんだろう」


本当に面倒臭そうにセイゲルは見渡す限りの気絶している男達を

眺めて大きく溜息をついた。

次でキゼル渓谷を越えろは終了です。

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