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第29話 キゼル渓谷を越えろ! その3

「リック! リックが!」


「先にあいつが宿までいって助けを呼んできてくれるはずだ!

 それまで耐えろ!」


異常なまでに発達した上半身、そしてそれを支える不釣合いな

サイズの下半身。大猿というよりはゴリラの風貌に近かった。

その手には血まみれになって息絶えた冒険者、リックが握られていた。

大猿の手から血がしたたり、地面には血溜まりを作っている。


いつまでも自分を睨み続ける冒険者に業を煮やしたのか

大猿は片方の冒険者に大地ごと粉砕する勢いで拳を叩きつけた。


【激昂する大将 の攻撃! エーラ に 193 のダメージを与えた!

 エーラは倒れた! HP 0/75】


肉塊と化したエーラを呆然として見つめるもう一人の冒険者ハルトに

もはや抗う気力はなかった。

渓谷の魔物を倒したくらいで自信をつけた自分達。

逃げればよかったものを、たまたま出くわしたフロアモンスターに

挑んだ結果がこの仕打ちとはあまりに酷すぎる。

ハルトはそう噛み締めずにはいられなかった。


【激昂する大将 の怒りのボルテージが上がった!

 激昂する大将 の攻撃力が上がった!】


大猿は興奮した様子で飛び跳ねるように踊った。

握り締めていたリックの死体を渓谷に投げ捨てる。

大猿の次のターゲットはもはや言うまでもなかった。

拳で大地を叩いた瞬間、振動でハルトが転んだ。

まるでからかうような大猿の攻撃行動に屈辱と恐怖を感じた

ハルトが見たものは空中から自分に向かって落ちてくる

大猿の姿だった。


「すまん、三人とも……オレのせいで……」


「ぬうりゃぁっ!」


聞きなれない男の掛け声と共に、空中から自分に向かって

落ちてくるはずの大猿が何かに弾かれるように飛んでいった。

轟音を立てて大猿は落ちた。

そしてハルトの前に着地したセイゲルは振り向かずに

体勢を立て直す大猿を見据えている。


【セイゲル の攻撃!

 激昂する大将に 377 のダメージを与えた! HP 1566/1943】


「あ、あんたは……もしかしてドラゴンハンターのセイゲル?」


「サインは後で書く、今は宿に逃げろ」


彼の強さを目の当たりにして信頼したのか、ハルトはその場から

立ち去った。


「さぁて、もう十分に暴れたろ?

 そろそろ、このセイゲル様が引導を渡してやるよ」


セイゲルの挑発に怒り狂った大猿は大きく腕を振り上げる。


「オレもリュアに負けていられないな」


拳をかわして大猿の懐に潜りこむセイゲル。


「ゼロ距離バーストブレイバァァァァ!」


【セイゲル は バーストブレイバー を放った!

 激昂する大猿 に 1436 のダメージを与えた! HP 130/1943】


至近距離で爆破の直撃を受けた大猿は叫び声をあげて

地面に転がり、のた打ち回った。

焼け焦げた大猿からは体毛が消失し、黒ずんだ骨と内臓が

顔をのぞかせている。

激痛で起き上がれない大猿にセイゲルは躊躇なく頭に大剣を

突き刺す。

一瞬の断末魔の後、大猿は息絶えた。


【激昂する大将を倒した! HP 0/1943】


「さてと、あいつは無事に逃げられたかな。

 その前にせっかくだからこいつの素材を……」


大猿の死体から手際よく素材を採取し、セイゲルは悠々と

宿に向かって歩き始めた。


///


ハルト、レックスの二人の冒険者は意気消沈といった様子で

ロビーのイスに腰掛けていた。

事の顛末を聞いたボクはかなり後悔した。

呑気に温泉に浸かっている場合じゃなかった。

もしセイゲルがいなかったら、ハルトも死んでいた。

ボクはもう人が死ぬのは見たくない。

それだけにこの光景は辛かった。


「オレの……オレのせいだ……オレがあの猿の魔物に

 挑もうなんていったから……」


ハルトは後悔のあまり、髪の毛を両手でくしゃくしゃに

しただけでは飽き足らずに引き抜かんばかりの力で

掴んでいる。

その様子を遠巻きに見ていたボク達。


「ブルームさん、あの人達になんて声をかけたらいいのかな」


「ロエルちゃん、かわいそうだがこれが冒険者だ。

 少しの判断ミスが命取りになりかねないどころか仲間を

 危険に晒してしまう。

 そんなに甘い世界じゃないんだよ」


言ってる事は厳しかったけど、ブルームもどこかやりきれない

表情だった。


「うっす、戻ったぜ」


息一つ切らさずにセイゲルはフロアモンスターを倒して

帰還した。抱えている荷物はフロアモンスターの素材だろうか。


「無事に逃げ込めたようだな。

 あのエテ公はきっちり倒したぜ」


「……ありがとう」


「ま、なんだ。これからどうするかはおまえら次第だ。

 オレがどうこう言う事じゃない。

 けどおまえが生き残ったのには意味があるとオレは

 勝手にそう思ってる」


「は? 意味なんか……」


かすれそうな声でハルトはセイゲルの顔を見ずに会話する。

レックスは何も言わず、ただテーブルにつっぷしていた。


「オレだって大昔に死んでいたのかもしれない。

 そうなるとドラゴンハンターセイゲル様は当然ここにはいない。

 そして今ここで助かった命も助からなかった」


「だからなんだって……」


「古今東西、不慮の事故で死んだ連中がもし死なずに生きていれば

 もしかしたら違った未来が待っていたのかもしれない。

 偉大な功績を残したり、逆パターンも考えられる。

 そう、ハッキリしていることがある。

 何かを成す。それは今生きている奴にしか出来ない事さ」


そこまで話して突然、打ち切って無言でセイゲルは

温泉へと向かった。


「よくわからないかもしれないけど、死んだ人間の分まで

 生きるしかないんだよ。私だって過去にパーティを組んだ時

 目の前で仲間に死なれた事だって一度や二度じゃない。

 でも生き残った私はこうして宿をかまえている。

 それで助かる人間がいるなら、私が生きている意味も

 あったって事さ」


ブルームはセイゲルの話を補足するかのように静かに

二人の冒険者に語りかけた。

二人は黙って聞いていたけど、ついに何かが弾けたのか

すすり泣き出した。


「お、オレ……冒険者やめる……」


ハルトの後悔の涙は決意の表れのように見えた。

仲間が死ぬ、とてもボクには耐えられない。

だからボクはロエルを絶対に守る。

それだけにこの二人の失意と悲しみは見ているだけで重い。


「今夜はツイバミ鳥の鍋だ。

 こういう時は身も心も暖まろう、用意はすでに出来てるよ。

 食堂に集まってくれ」


ブルームはゆっくりと食堂へ向かった。

まるで悲しみを乗り越えて自分の足で歩いてこいと促しているかのように。


///


「鳥鍋、おいしかったね。4杯も食べられるなんてよっぽどだよ」


「ロエル、ボクよくわからないけど鍋って普通は一つまでだと思う」


「ブルームさんもドン引きしてたねー。

 でもあれ、しっかり追加料金とられるパターンだよ?」


「うん……そこまでは考えてなかった」


三人部屋でボク達は腰掛け、あるいは寝転がりながら談笑している。

でもいくら楽しい話をしていても、今日の出来事が頭から離れなくて気持ちが今一切り替わらない。


「あの人達、残念だったね……これからどうするんだろう。

 ボクなら耐えられないな」


「さぁね、でも冒険者ってのは文字通り、冒険する者だから。

 危険がつきまとうのが冒険、あの人達もその覚悟をもって

 挑んでいたはずだよ。

 厳しい言い方になるけど、自己責任なの。

 自分で選んだ道なんだしさ」


「そんな言い方しなくても」


ベッドに寝そべるシンシアが気楽に見えて少し腹が立った。

冒険者でもないのにそこまでいうなんて。


「ごめん、言い過ぎたね」


ボクの内心を察してか、シンシアは素直に謝ってきた。

あお向けに姿勢を切り替える様は今の失言をごまかすようにも見える。


「でもリュアちんは心配ないよね。

 正直いって規格外だよ」


「ね、そう思うよね」


ウトウトしかけていたロエルが突然、跳ね起きて会話に入ってくる。


「私の回復なんかいらないくらい」


「そんな事ないよ! ファイアロッドで助かってるよ!」


「リュアちん、それフォローになってない」


三人同時に笑った。

ロエルが役立つとかそんなのより、ボクのそばにいてほしい。

だから余計な事は気にしないでほしい。

そう口にしたかったけど、それこそ余計な事な気がしたので

引っ込める。


「さ、明日も早いしそろそろ寝ますか」


「早く王都にいってみたいな。セイゲルさんが言っていた

 闘技大会っていうのも気になるし、お祭り楽しみだな」


枕を抱きしめるボク。

今日の出来事を忘れようとしていたのかもしれない。

でも祭りが楽しみなのは確かだ。


「リュアちんなら優勝確定だろうね~。

 あ、でも前回は確かティフェリアさんが優勝したんだっけ。

 あの人が相手ならちょっとわからないかな。

 ていうか負ける」


「ティフェリア? ボクより強いの?」


「アバンガルド王国が誇るSランク、マスターナイトティフェリア!

 Sランク全員に言える事だけど、例えばマスターナイトは彼女専用の

 クラスなの。

 王国お抱えだけあって、彼女一人で他国への牽制になるほど。

 剣一振りの仕事だけで兵士全員分の給料を足してもたりないくらいって

 言われてる」


「そ、そんなにすごい人なんだ……」


「でも今回は出場するのかな?

滅多に出てこないだけに前回はなんで出場してきたのか謎なのよね。

ま、参加する事に意義があるって事で気楽にいってきなさい!」


ベッドから飛び移ってきたシンシアはボクの背中を思いっきり叩いた。


「私も応援するから、がんばって!」


なぜかロエルが奮起する。

そうか、世界にはそんなに強い人がいるのか。

マスターナイトティフェリア……どんな人なんだろう。

勝てるかわからないけどその人と戦ってみたい。

なぜだか妙な高揚感が押し寄せてくる。

恐怖を感じつつも強敵を相手に戦っていた奈落の洞窟での日々。

これに似た感情をあの時も確かに持っていた。

死ぬかもしれないのに、あの時は何を考えていたんだろう。

思い出すほど、よくわからない。


気がつくと二人は寝入っていた。

シンシアは自分のベッドに戻り、大の字のまま毛布もかぶらずに寝ている。

ロエルは規則正しい姿勢で寝息を立てている。

ボクも寝よう。


あと何日くらいで渓谷を抜けられるんだろう。

ここが中間地点という事はまだ半分か。

あの二人の冒険者は昨日までは仲間を失うなんて思っても

いなかっただろう。

明日の事は誰もわからない、もしかしたら明日にはボクも……

余計な事ばかり考えているうちにいつしか、ボクは深い眠りに入っていた。

魔物図鑑

【激昂する大将 HP 1943】

ゲッコウモンキーを統率するキゼル渓谷の大将。

その拳は駆け出し冒険者の夢もろとも確実に潰す。

時間が立つと興奮して破壊力が増すので更に

手がつけられなくなる。

キゼル渓谷のアンタッチャブルと言われ、懸命な冒険者は逃げる事に

全力を尽くすほど。

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