第288話 ボクってずるいの?
緊急事態が発生しました。詳しくは活動報告をご覧ください。
◆ アバンガルド王都 冒険者ギルド ◆
「だからさぁ、ひた隠しにする必要あるの?」
「その奈落の洞窟で瞬撃少女は強くなったんだろう?」
「当ギルドといたしましては詳しい情報は何も……」
久しぶりに訪れた冒険者ギルドはとても賑やかだった。広いギルドのカウンターに何人もの冒険者が詰め寄って、奈落の洞窟の場所を質問している。キキィがボクを連れてきた理由はこれだった。奈落の洞窟、親しい人にしか話した記憶はないはずなんだけど思い出した。彗狼旅団と戦った時にクリンカが喋ったんだっけ。あの時はたくさん人がいたし、バレても不思議じゃない。
前から奈落の洞窟に関して何人かの冒険者がここに詰め寄っていたけど、本格的にうるさくなったのはヴァンダルシアが倒されてからだと言っていた。ボクとヴァンダルシアの戦いは多くの人達が見ていたし、それの影響が大きいのかもしれない。そして奈落の洞窟でボクがこもっていたと聞いたとなれば、自分達もそこで修行をすると言い出す人達が大勢出てきてもおかしくない。何にしてもこの事態をボクにどうにかしてほしいと言う。ムチャクチャだ、確かにボクが簡単に喋ったのがよくないのかもしれないけど、こんな騒ぎの責任なんて取れない。
「こんなのは冒険者ギルドの仕事でしょ……リュアちゃんを連れ出す必要があるの?」
「そうなんですけどぉ、もう本当に日増しにああいう人達が増えて手に負えなくなってきてるんですよぉ。だからここは一発、ご本人がビシィッと言いくるめてですね」
「ギルドの人達だって知らないって言ってるのにさ……クリンカ、帰ろ」
ボク一人でもよかったんだけどクリンカに乗せてもらったほうが早いし、プラティウは寂しいからついてくるって言ってきかない。だから今もボクの腕に抱きついてこの事態を眠そうな目で見ている。それがちょっと気に入らないのか、クリンカも負けじとボクの腕を抱く。動きにくいから離れてほしい。
「キキィだってAランクでしょ……それこそビシィッて言えばいいんじゃないの?」
「私が言ったら今日は収まるんですけどぉ、また明日来るんですよぉ。でも私も実は奈落の洞窟というダンジョンに興味があったり……」
そんな物ほしそうに指をくわえられても困る。別に教えてあげてもいいけど、それで死なれたら一生後悔するハメになりかねない。キキィの実力は知ってるし馬鹿にするわけじゃないんだけど、あそこは魔物の強さだけじゃない。あたり一面溶岩のフロアとか、真っ暗闇で何も聞こえないフロアとか、狂いそうになる場所がたくさんある。今思い出しても面白くないダンジョンなんだ。だからこそ、制覇した時の達成感はすごいんだけど。
「やめておけ、ギルドは本当に把握していない」
「誰だお前、なんでそんな事が……ひっ!」
「し、死神アーギル!」
ドクロのお面を額の横につけ、腰に鎌を装着してボロボロのケープをはおった目つきの鋭い人が、詰め寄る数人の冒険者を威圧する。死神アーギル、どこかで聞いた事があると思ったら、闘技大会予選決勝でティフェリアさんと戦った人だ。風魔法か何かで無数の鎌を操る戦闘スタイルの人。ティフェリアさんに相手にもされずに負けた人。そんな結果を残してるけど、ここにいる冒険者にとっては畏怖の対象だ。
「Aランク7位……死神。珍しいな、こんなところに顔を出すとは」
「あいつ、裏じゃ殺し屋紛いの仕事まで請け負ってるって噂だぜ。ここにいるだけでも死臭が漂ってくるようだ……一体何人殺してんだよ……」
「冒険者の面汚しめ」
「やめろ、聞こえたら残らず殺されるぞ」
ヒソヒソと話しているけど普通に聴こえてくる。7位なのにかなり評判が悪い。冒険者の中でもヘカトンみたいな奴もいるし、それ自体は不思議じゃないけど。
そんな陰口には気にも留めないで、アーギルはカウンターに集まっている冒険者を冷たく見渡した。ティフェリアさんに負けはしたけど冒険者達の言う通り、相当強い。ランキングでは下だけど多分五高のシンブに匹敵すると思う。
「噂だけが一人歩きし、いつの間にか冒険者の間で幻の地として語り継がれるダンジョン……そして怪物、瞬撃少女を生んだ地。俺とて興味はあるわけだ。だがギルド、お前達は何も知らない。そうだろう」
「そ、そうです。未発見ダンジョンならば発見していただかなければこちらとしても対応も出来ません。その上でデンジャーレベルも設定させていただきます」
「ならば本人に直接聞くのがいいだろう」
「あっ! あれ、瞬撃少女か?!」
せっかくなんとなく目立たないように息を殺していたのに、アーギルのせいで見つかった。一斉に注目され、瞬撃少女だの本物だのアーギルの登場以上に驚かれる。アーギルの時みたいに陰口をたたく人もいない。息を呑んでボク達を観察する雰囲気がギルド内に作られた。
「わ、あぁ、ああ、あの」
「取り乱すな。粗相がなければ無害だ」
「そ、そうは言っても相手はあのヴァンダルシアを消し飛ばした怪……女の子だぞ」
「こいつらでは話にならんから俺が聞こう。瞬撃少女、実際に会うのは初めてだな。俺はアーギル、巷では死神だなんて蔑称をつけられている者だ」
「あ、うん。よろしく」
冷たい雰囲気とは違ってアーギルは急ににこやかな表情になった。よく見たら皺が目立つおじさんで、結構なベテランなのがわかる。このくらいの歳なのにティフェリアさんみたいな若い女の人に負けたらショックだろうな。でも目の前にいるアーギルはそんな感情もなさそうに見えた。
「ところで不躾だが、奈落の洞窟について聞きたい。君がそれほどの強さを身に着けたほどのダンジョンの場所を提供してもらいたいのだがどうかな」
「それは嫌だよ」
「何故だ?」
答え次第では絶対に怒る。何故だ、の途端に人を殺しそうな目になったからだ。気さくに見えてもやっぱり死神、そしてプライドはある。そして後ろの冒険者達も納得がいかないみたいで、何か言いたげなに顔をしかめていた。
「カシラム国にあるドラゴンズバレーでさえ、奥地にいったらデンジャーレベル100を超えるんだよ。奈落の洞窟なんか多分100どころか200も300もあるよ」
「それはギルドが設定するところであって君が判断するわけじゃない。問題の本質はな、瞬撃少女。君がそれほどの力をつけられる場所をひた隠しにしている点だ」
「どういう事さ」
フン、とほんの小さく鼻をならしたアーギル。風向きが変わりそうなのを察知したのか、冒険者の一人も無言で頷いている。
「君一人だけが力をつけ、突出している点だよ。裏を返せば、その機会があれば我々も強くなれるという事。ところがだ、魔王軍や彗狼旅団による度重なる王都襲撃、果てにはヴァンダルシアによる支配を許してしまった現状においても尚……君はその力を独占している」
「意味がわからないよ、アーギルさんは何が言いたいの」
「皆がその強さに到達できれば、脅威に晒されて犠牲になる人々が減る。当然の事だろう。しかし君はそれをしない。ネーゲスタのバーラン然り賢者ハスト然り、強い実績を持つ者達のほとんどは後生へ繋いでいる。後進の育成、それは即ち強者にとって義務といってもいい」
「義務って……それじゃアーギルさんは何かしているの?」
「している。詳細は伏せるが私にも愛弟子がいる」
「ホ、ホントか? 初耳だぜ……」
ボクもアーギルの後ろにいる冒険者と同じ意見だ。いい噂がない人だし、苦し紛れのウソかもしれない。言いたい事はわかるけど、義務だなんて。理不尽を打ち破って人々を救えとハスト様に言われた時は納得したけど、今回はどうだろう。カークトンさんの依頼で兵隊の訓練を助けたり、ウーゼイ教の人達と試合をするためにオード達を鍛えたりはした。だけどそれとこれとは別だ。
「そ、そうだ! 聞けば君は幼少の頃にもぐって攻略したそうじゃないか!」
「さすがに幼少の君よりは今の俺達のほうが強い。だったら更に短期間で攻略できそうなものだ」
「うーん、そうなると瞬撃少女ってのも当然の強さだったのかなぁ。そんなダンジョンがあるなら、そりゃ強くなるよな」
「なんていうかさ、ずるいよな……。俺達の苦労はなんだったんだ」
「ず、ずるいって! リュアちゃんの苦労も知らないでッ!」
そこはさすが焔姫。瞬撃少女と同じくらい恐れられているクリンカだ、その怒りだけで好き勝手な事を叫んでいる冒険者を黙らせた。まるでドラゴンに威嚇されたかのように、冒険者達を固まらせている。ピリピリとした雰囲気を次に打ち破ったのは。
「じゃあ、教えてくれよ。俺達の苦労さえも消し飛ぶほどの苦労をさ」
「冒険者になってから早15年、Aランク昇級試験に落ち続けて5年。命あっての人生とはいうが、君らみたいな突出した存在がいれば嫌でも目につくさ」
「この際だからもう言わせてもらう、秘密のダンジョンで強くなっておきながらのうのうと俺達の上を歩かれると迷惑なんだよ」
「低ランクが泥まみれになってあがいている姿なんて、いい肴ね。あら、でもお酒は飲めないのかしら」
男の人も女の人も、皆がボク達を非難し始めた。なに、何なの。ボク達が何をしたの。ずるいって、どういう事。
「そっちの焔姫だって瞬撃少女とパーティを組んだから強くなれたんだろ。いいよなぁ」
「私達もご一緒したいくらいね。でもそれじゃ焔じゃなくて腰ぎんちゃく姫ね」
「クリンカの事を言ったの?」
「……ッ!」
「うわぁっ!」
さすがに怒りが沸いてきて、叫んでしまった。クリンカの時以上に怖がらせたみたいで、椅子ごと後ろに倒れた人までいる。興奮は収まらない。突然呼び出したと思ったら、口々に非難されて面白いわけがない。
「もう腹立つからこっちだって言わせてもらうよ! お前らなんか奈落の洞窟にいってもせいぜい地下5階が限界だよ! 最初は洞窟ウサギみたいな弱い魔物しかいないけど3、4階からガラッと変わるからね! キゼル渓谷に激昂する大将っていたけど、あんな強さの魔物が何匹もうろついているんだよ! 10階からは姿がまったく見えない魔物が何匹も襲ってくるし、目だけで追う戦いは終わりだよ! 何も見えないし聴こえないフロアでの戦い、出来るの?! 溶岩だらけのフロアなんか空でも飛べない限りは泳いでいくしかないから! 最下層近くになると城も踏み潰すほどの巨人や、この王都を襲ったヴァンダルシアもいたんだからね!」
「わ、わかった! 悪かったから落ち着いてくれぇ! 許してくれ!」
誰にも何も言わせない。ディスバレッドを取り出して、軽く振る。殺される、本気でそう悟った冒険者達は最後にはカウンターにしがみついて腰が抜けていた。ギルド内から逃げ出した人もいるし、やりすぎだと思ったけど止まらない。
「アーギルさん、義務とかなんとか言ってたけどさ。本当は自分が強くなりたくてしょうがないんじゃないの? ティフェリアさんにあんなに無様に負けて悔しいんじゃないの?」
「グッ……! い、言わせておけば!」
「何さ? 戦うの? ティフェリアさんよりボクのほうが強いよ?」
ボクが冒険者を始めた時にこんな事を言ったら、笑われていたと思う。今こうしてアーギルすらも、信じたように黙り込んでしまったのは実績の影響というものなのかな。
「リュ、リュアさん。これ以上、暴れるのは……その。リュアさんクラスとなると、ギルド本部"七法守"が飛んでくる可能性がありますぅ」
「なにそれ」
「冒険者ギルド本部にいる最高幹部達ですぅ。冒険者である以上、リュアさんでもあの人達には……」
「そんなに強い人達がいるなら、後進の育成っていうのもやればいいのにね。魔王軍もヴァンダルシアも倒せばよかったのにね。いこ、クリンカ。プラティウも」
もうここにいても不快になるだけだ。完全に沈黙した冒険者ギルド、久しぶりにきてまさか卑怯呼ばわりされるなんて思わなかった。ギルドから出た時、メタリカの兵隊が待ち構えていたけど無視した。
「あの、こちらのカーラを」
「うるさい」
たった一言、それだけで気圧した。何か言いたげなメタリカの兵隊をどけて、つかつかと当てもなく歩いている事に気づく。ほんの少しだけ涙が出そうになっている事実を認めたくないのかもしれない。
「リュアちゃん、機嫌直して。ね?」
「うん。クリンカのために早く直すよ」
このままだと一人で暴走していたかもしれない。クリンカの何気ない一言だけど、それだけで少しは冷静になることが出来た。そうじゃなかったら、あそこに浮かぶメタリカの飛空艇にソニックリッパーを撃ちかねない。
「えー、テステス。はい、皆さん。こんにちは」
その飛空艇から聴こえてきたジーニアさん、いやジーニアの声。また苛立ちが収まらない上にプラティウを見殺しにした相手だ。こんにちは、じゃないよ。ホントにソニックリッパー撃つよ。
「本日もカーラ装着の方々を発表したいと思うのですがその前に、大変残念なお知らせがあります。先日、カシラム国にもバベル計画にご協力を仰いだのですが国王はこれを拒否。その後も交渉は続いたのですが進展はありませんでした」
どくん、と心臓が高鳴る。今まで不機嫌だったのに、今度は不安がこみあげてきた。まさか。
「よって大変心苦しいところではありますが……天空砲バベルの照準をカシラム国に合わせます。このような結果に終わってしまい、我々の力不足が招いた結果でもあります。しかし……計画は確実に遂行せねばなりません」
それがどういう事か、ボクはしばらく理解できなかった。汗ばむ手をプラティウが握り、片方の手をクリンカがとる。ジーニア、何を。なにを。
◆ シンレポート ◆
とっしゅつしたちからをもつ ものの しゅくめい
これは いわゆる ゆうめいぜい
これが いやなら おとなしく めだたないように していればよいのです
とはいえ しっとにくるった ぼうけんしゃも めにあまる
きもちは わからないでもないです
でも ぼうけんしゃを そうまでして つづけるいみは なんですか
じっせきをつんで ゆうめいになることが もくてきですか
ぱぶろの みせは こうきゅうてんとは ほどとおいですが
しっかりと こたえをだして はんじょうさせてるのです
なにになりたいか よりも なにをやりたいか
なにが じぶんにとって うれしいか
そこを ふかく かんがえねば じんせい おおきく まようのです
んで あーぎるって だれ




