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第280話 始動、バベル計画

◆ アバンガルド王都 ホテル・メイゾン ◆


「天空砲バベルは上空の遥か彼方に浮いており、衛星を通じて指令を送る事が可能です。つまり世界中至るところに発射が可能というわけですね。その威力は今、画面でご覧になっている通りです」


 メイゾンの部屋の窓からでも、それはキッチリと見える。飛空艇についたガラスみたいな板に映し出されているのはノイブランツだ。高いところから見えているノイブランツは、全体が砂漠みたいに干乾びていて緑色がまったく見えない。それはつまり草木の一本も生えてない、それすらも消し飛んだってことだ。例えるなら超威力の魔法で辺り一帯を消し飛ばしたって感じか。

 そのバベルは例えの超威力の魔法と同じことをやった。ここからですら草木、動物、魔物、人間の一人の気配も感じられない。見せ付けられてから時間が経つにつれて、恐怖がわきあがってきた。メタリカ国の奴らがどれだけのことをやってのけたか。何よりそれを平気でやった怖さだ。


「この大陸の約三分の一を占める広大なノイブランツが今、消えました。ノイブランツから遠く離れているこの地にいながらも、その余波を感じ取る事ができたかと思います。これがメタリカの技術の粋を集めて開発した天空砲バベルです」


「じ、じーちゃん……これ喋ってるやつ、狂ってるよな?」


 怖い、怖すぎる。ぶん殴ってやろうとさえ思えない。ハストのじいちゃんはただ黙っている。得意のヒゲを撫でる癖すらも消えている。いよいよやばい、国を一瞬で滅ぼすなんてそんなの有りか。あいつら何をしようとしてるんだ。

 

「……という仕組みであり、天空砲は本国からきちんと遠隔操作が可能となっております。この超兵器があれば、今後どのような災厄が現れたとしても心配には及びません。破壊の危険性? 大丈夫です! バベルが浮いている上空にまで接近できる生物は魔物を含めて、ほとんど存在していません。これが先日までの調べで判明している事です」


「ほとんど、のぉ」


「仮に接近を許したとしても、最新鋭の迎撃システムがお出迎えする仕組みとなっています。一定の半径に近づけば自動で作動し、ヘルズベルククラスの災厄ですら迎撃可能です。ですので、間違っても近づいてはいけませんよ。おっと、その心配はないですね。ハハハハッ」


 じいちゃんのぼやきに答えているみたいだ。じいちゃんが想定している事態もあっちも考えている。すごく頭のいい奴なんだろうな。ただすごいものを作るだけだけじゃない、壊されないようにいろんな事に気を配っている。普通なら、近づけないから守りなんていらないと考えるけどあいつらはそうじゃなかった。奥の奥まで考え抜いている。大人ってやつはどこまですごいんだ。


「フン、こいつはリュアの存在を想定しとらんのか。のぅ、ラーシュや」


「もう一つ、注意点があります。迎撃システムをかいくぐってこの天空砲の破壊を無理に試みた場合です。その際は各地に設置された衛星が自動爆破して、ノイブランツの規模ほどではないですが大被害をもたらします。また天空砲はこの大陸のほぼ真上に浮かんでおり、上空とはいっても爆破による被害は甚大を極めるでしょう。それほどのエネルギーを有しているのが天空砲バベルです」


「フ……この賢者の名もそろそろ捨てるべきかの」


 苦し紛れのじいちゃんのぼやきにすら、あいつは答えてしまった。こっちの声が聴こえてるはずがないのに、なんて用意がいいんだ。つまりあいつらはリュアねえちゃんがもっとも嫌がる事を知ってやがる。リュアねえちゃんが被害を無視して破壊できるはずがない。


「ていうかさ! エイセイとかってのさ! それ、なんだよ! 勝手にそんなの作っていいのかよ!」

「メタリカ国行きの飛空艇が出てるエアポートは各国の領土に設置されておる。他国の領土を好き勝手にしているなど今更じゃろう。各国のトップが承知した形にはなっているが、元々逆らえん相手じゃからな」


 そうだ。トイレ、風呂、水道、電気。これも全部メタリカ国が作った施設でまかなっていて、恩恵を受けていないのはオレ達のウィザードキングダムだけだ。いわゆる、ライフラインってやつを充実させると同時にメタリカ国は各国をほとんど支配した形になっている。逆らって今更そんな便利なものを止められたらどうしようもないからだ。そもそも逆らったところで天空砲なんてアホみたいなものを作る連中だ、ハナから勝ち目なんてない。

 あれだけ王権制倒壊だとか騒いで各地で暴れまわっていた彗狼旅団ですら、メタリカ国の施設には絶対に手を出さなかったほどだ。狂犬すら尻尾を巻いて逃げるほどの相手、それがメタリカ国。この世界で一番強い国、それをこんな風にまた見せ付けられている。


「以上で天空砲の説明を終わります。質問は受け付けたいところですが、そうなると切りがないのでダメです。それではですね、バベル計画についてです。単刀直入に言いましょう、この世界は調停神マディアスという神によって支配されつつあります。そうなる前に我々で手を打ちましょうという事なんですよ」

「マ、マディアスじゃと?!」


 いきなり何言ってんだ。オレだけじゃなくて、これを聞いてる奴全員がそう思ったはずだ。予想通り、外からもどよめきが聴こえてくる。ホテルの外にも人がたくさんいて、だれもが立ち止まって話を聞いてるからだ。


「そうは言っても信じられないでしょう。ですが皆さんも見たはずです、アバンガルド城の真上にいたあの恐ろしい天使を。あれこそがマディアスの御使いです。その獰猛さを見た方も大勢いるでしょう、幸いにも一人の少女によって難は逃れましたがあれこそがマディアスの本性でもあるのです」


「じーちゃん、マディアスって何だ?」


 それからジーニアとかいう奴はマディアスについて延々と説明した。この世界は遥か昔からマディアスによってオレ達が管理されていること。人間が栄えるたびに災害なんかを引き起こされて数を減らされている事。その度に人間の文明が消えて、一からやり直しになっている事。メタリカ国だけは何とか対抗して今の文明を築いている事。


「……皆さんは我々メタリカ国が卓越した技術を持っている事に疑問をお持ちでしょう。中には羨む方だっているかもしれません。しかし我々は特別でもなんでもないのです、本来ならば皆さんもこの域にまで到達できたはず。それなのにマディアスによってことごとく滅ぼされてきました。あの天使もそうです、マディアスは今再び……人間を滅ぼそうとしています」


 こういうの荒唐無稽っていうんだ。普通なら笑っちゃうところだけど、外からはほとんど冷やかす声は聴こえてこなかった。それがメタリカ国の力を裏付けているってことだろうし、ジーニアの話し方もうまいんだろうな。


「皆さんの中には様々な技術を持った方がいます。それを身につける過程の苦労は筆舌に尽くしがたいはずです。今一度、その手をご覧になって下さい。苦労が見てとれるはずです……えぇ、私も初めから今の地位にいるわけではありません。それこそ何度泣いたかわかりませんね。同期に追い抜かれ、身につかない技術があった時は死のうと思ったことさえあります」


 学院も早々と卒業して天才だなんて言われたオレには共感できなかった。苦労なんてほとんどした事がなかったし、むしろクソみたいな同級生の嫌がらせのほうが覚えている。てめぇの実力不足を棚に上げて、人の足を引っ張ることしか出来ない奴らも多かった。それで泣かされた事なら何度かあったな。


「更に考えてもみて下さい。あなた方のそれらが身につけた技術もまた、先人が生み出したものでもあるのです。その先人だって先人から受け継いでいます。そうやって時を重ねて積み上げられたものがあなた方の手にあるのです。そしてそれはまた次世代……弟子かはたまたあなた方の子供か。未来へと託される……」


「そういや……そうかもな」

「うむ。お主の幻術とて、オリジナルではなかろう。何らかの基本が下地となっている部分もあるはずじゃ。ワシとて例外ではない」

「うーん、そうだよなぁ」


 そうか、それはあまり考えたことがなかった。ついさっきまで天才だなんて浮かれていたオレのハートを打ち抜かれたようで面白くない。だけどそれは事実だ、オレが舞い上がるなら先人をバカにしたことになる。先人が作り上げたものを無視して天才だなんて威張れない。ほんの少しの間でここまで軽く落ち込むなんて、まだまだ未熟なのか。


「マディアスは……そんな未来をも断ち切ろうとしているのです。神という高みから見下ろし、何らかのエゴで人類の可能性を断っている。今一度、問います! 皆さんはそのような事を許してしまうのでしょうか! 我々はここで終わってしまってよいのでしょうか!」


「よくない!」


 外から誰かの大声が聴こえた。それから一粒か二粒降った後にくる大雨みたいに、次々とジーニアに賛成していく。静かだった外がかなりうるさくなって、王都全体が声で揺れているみたいだった。


「これ以上怖い思いはたくさんだ!」

「オレ達はどうすればいい?!」

「メタリカ国なら何とかしてくれるんだろ?! そうか! あの天空砲とかいうので神を倒すのか!」


「現時点でのバベルは我が国のバベル計画に従わない国、危険因子と判断された国にのみ使用されます。ノイブランツはご存知の通り、過去から現在に至るまで侵略を繰り返した国家です。放置しておけば戦火が広がる一方だったはずです。このような国は我が国としても見過ごせるものではないので、残念ながら消えていただきました」


 また会話でもしてるのかってくらいに、誰かの疑問に答えてる。平然と消えていただきましただなんて言いやがって。さっきまで怖かったのに、怒りがこみ上げてきた。あの飛空艇に火属性高位魔法ブレイズショットを打ち込んでやりたい衝動を抑えるのがきつい。


「何の罪もない人間まで……たくさん殺したんだぞッ!」


「バベル計画とは、悪神マディアスを倒して我ら人間の時代を築くためのものです。この世界を神の手から開放しましょう。我々の手で!」


 オレの叫びなんか当然聴こえない。疑問には答えるくせに無視しやがって、自分でもムチャクチャだとは思いつつもそうとしか感じない。そんなオレとは裏腹に、外はすっかりジーニアのファンになったような奴らでいっぱいだった。オレ達の手で、なんて復唱してる奴やわけのわからない雄叫びを上げてる奴もいる。

 おかしいだろ。メタリカ国はたった今、大量虐殺したんだぞ。こんなに簡単に扇動されやがって、どいつもこいつもバカしかいないのか。


「このバベル計画に当たって皆さんに協力していただく事があります。一度に多くは言いません、まずはこれだけ一つ。それは我が国でも使用している"カーラ"を身につけて下さい。こちらです」


 飛空艇についてる板に映し出されたのは、誰がどう見ても首輪だった。そういえばメタリカ国に入る時は全員があれをつけなきゃいけないって聞いた事がある。これをつけていれば、どこに逃げても居場所がばれるし爆破も出来る。無理に外そうとすればこれも爆発。


「オレ達はペットじゃねーんだぞ……!」


「これから一週間かけて配ります。皆さんの名前はもちろん、住んでいる場所だとか職業、家族構成に至るまですべてこちらで把握しておりますのでご安心を。一日に一回こちらの飛空艇で区画ごとの住所を読み上げますので、呼ばれたら対象の方はその日のうちにアバンガルド城までお越し下さい。尚、万が一こなければ相応の処置を取らせていただきますので予めご了承下さいね。繰り返しますが皆さんの情報はすべてこちらで把握しております」


 今の説明で十分脅しは効いたはずだ。まず放送を聴くためにはずっとこの王都にいなきゃいけない。聞き逃したなんて言い訳の通る相手じゃないことは、よほどのバカじゃなけりゃわかるはずだ。つまり昼寝もダメだ、その間に聞き逃す可能性だってある。こっちの都合なんかお構いなしだ、あっちにしてみれば関係ない。国単位で大量虐殺したような連中が、今更この国の人間一人の都合なんて気にかけるわけない。


「尚、他国からのお越しの方もいらっしゃると思いますがもちろん対象となります。ですので当分の間は帰国を控えて下さい」


 雲行きが怪しくなってきたのは誰もがわかった。さっきまで大盛り上がりだったのに、段々とまたどよめきムードに戻っていく。


「ご不満はあるかと思います。ですが計画の実行にはまず皆さんの意思や行動に至るまで、すべての統一が必要なのです。たとえわずかでも、計画に支障をきたすような事があってはいけません。いいですか、これは計画の一端に過ぎないのです。いずれ成就するその時までの辛抱です」


 要するに邪魔はするなって事か。だけど誰かがヒステリーを起こしたところで、メタリカ国様の邪魔なんて出来るわけないだろ。うまい事言いやがって、理想の世界なんて完全に餌だ。計画がどうであろうと、メタリカ国の都合のいいように動かしたいだけ。たったそれだけだ。


「些細な事を、とお思いでしょうが些細の狂いすら許されない相手を倒そうとしているのです。マディアスとはそれほどの相手なのです。これを見て下さい、私とて例外ではありません」


 またまた映し出されたのは細目のヤサ男だった。膝下まで伸びた白衣を着て、首にはカーラがついている。こいつがジーニアだ。殴ったら飛んでいきそうなヒョロ野郎でどことなく青白い。健康じゃないな、こいつ。


「皆さんにだけ強いるわけにはいきません。今、ここにいる我が国の人間全員も対象なのです。もちろん、これだけでご理解いただけるとは思いません。多くを語るには時間がかかりすぎます、ですのでひとまず今日のところはこの辺りで締めましょう」


 一方的に打ち切って残ったのはあの飛空艇だけだ。ずっとあそこに浮いてるつもりか。


「あ、忘れてました。えー、本日来ていただく方々の区画を発表します……」


 と思ったらまた素っ頓狂になんか始まった。王都の区画を3回読み上げた後、国名もあげられた。カシラム、ノルミッツから来ている人間も来いってことだ。海の向こうから遥々やってきた奴はどうなるんだろ。いや、どうでもいいか。


「じーちゃん……」

「ワシらなら転移魔法で簡単に帰れるぞ? さすがの奴らも魔法までは制御できまい」

「帰るわけねーだろ! こんなの許されていいのかよ!」

「理不尽じゃのう」

「当たり前だろ! 行動制限とか意味わかんねーし、あいつらが単に支配したいだけだ! クソッ、なんだってこんな事に……」

「そういえば、ルトナとトルッポもやつも今の話を聴いておったのかな? ラーシュ、ちょっと呼びにいってくれんか?」


 さっきまで緊迫してたくせに途端にマヌケになりやがって。オレは無言でドアを乱暴に開けて、足で蹴り閉めた。やれやれ、というじいちゃんの声が聴こえてきそうだ。

 あいつら、まだ寝てるのか。あの2人はオレやじいちゃんとは別の部屋だ。トルッポねえちゃんとなんてよく2人で寝泊りしたし、同じ部屋でもいいと言ったのにルトナときたら。


「デリカシーがないだのスケベだの散々言ってくれたな。なんかすっげぇ腹立ってきた! オイ! トルッポねえちゃん! ルトナ! 起きてんだろ!?」


 周りの迷惑とかお構いなしにドアをガンガン叩いた。うるさいわね、なんて怒鳴りながらドアを開けるルトナになんて言い返そうか考えてたが一向に出てこない。まだ寝てるのか、ルトナはともかくトルッポねえちゃんまで。


「オイ! ん……?」


 またドアを叩きかけた時、足元に何かあるのに気づいた。ドアの隙間から紙がはみ出てる。なんだよ、これ。小奇麗な紙に雑な字で何かが殴り書きしてあった。


"これを見た誰かへ!

ルトナとトルッポは預かった!

返してほしければ、50万ゴールドを用意してまずは中央通りにある酒場"百万金の夜"まで来い!

もちろんこれを見た奴一人でな!

無視すればどうなるかはあえて書かんぞ!

俺の予想が当たっていれば、この手紙を見たのはラーシュという小僧だな!

そうなら賭けはオレの勝ちだ! グハハハハ!"


「……はぁ?」


 え、なんだこれ。ちょっと待て。マジか、これアレか。誘拐されたってやつ。意味わからん、なんで。なんでよりによって2人を。誰がなんのために。しかも50万ゴールドだと、そんなもんあるわけないだろ。ていうか手紙にグハハハハとか書くなよ。恥ずかしい奴だな。


「こんな時に……マジかよ」


 混乱しそうな頭の中で必死に状況を整理する。この手紙の内容が本当かどうか、確かめる必要がある。ホテルには悪いが極小ファイアボールでドアをぶち抜いて中に踏み込む。


「……いねぇ」


 勝手に女の子の部屋に入るなとか罵ってくれるのを期待した。ベッドも綺麗なままで、誰かがいた様子もない。

 しかも鍵がかかったままという事は、夕べ2人で食事にいったままという事。つまりその時に連れ去られたわけだ。ルトナはともかく、トルッポねえちゃんは相当強い。だとすればかなり厄介な相手だ。どうする、ハストのじいちゃんに相談するか。


"もちろん賢者ハストに相談してもいいぞ!

ケツの青いガキじゃ荷が重いだろうからな!

お前もお前の女もまだまだガキだ! 保護者が必要だろう!

グハハハハハ!"


「野郎」


 追加で書かれていたその文のせいで頭に血が昇りきった。紙を握り締めながらオレはホテルの階段を降りる。なんでこいつがそこまでわかるんだ、不気味だとかそんなのよりもオレは我慢ならなかった。この前の彗狼旅団の変態にも敵わず、何よりオレは一度はルトナを見殺しにした。

 もうたくさんだ、オレはオレの力で守りたいものを守る。リュアねえちゃんだってそうしてきたんだ。あんな風になれるとは思えないけど、この悔しさだけは晴らしたい。この思いすらも手紙を書いた野郎は見透かしていたのかと、ほんの少しだけ頭の片隅をよぎったけどすぐにどうでもよくなった。


◆ シンレポート ◆


い きてる?

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