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第267話 冷たき体、温かき心 その2

◆ アバンガルド王都外 ◆


「わたしがナニをしたってのよん! 離しなさいよん!」

「ディビルス菌散布の件で容疑がかかっている。このまま拘束して連行する」

「んぐううう! 動けないんんん!」


 ベルトのようなもので固定され、寝台で運ばれるナッチュ。残りの手下も同様の扱いだ。嫌疑を突きつけてからのクライン曹長らの行動は見事なものだった。腐ってもSランクに位置するナッチュはLvが優に100を超えている。そんな相手であれば身体能力だけでもAランク以下はおろか、王国兵では歯が立たない。

 ところが抵抗したナッチュとの激闘は起こらなかった。このクライン曹長が腕に装着した装備から、拘束ネットのようなものが放たれただけで事は終了した。Lv100超えの怪物すらも無力化してしまう兵装に、俺は一抹の不安を覚える。


「セイゲルどの、ご協力感謝する」

「駆けつけたものの、俺は何もやってないがな」

「いえいえ、助かりましたよ。彼女の手下もなかなか厄介な連中でしたからね。我がパワードスーツ隊だけで対応できたかどうか……」


 白々しい謙遜に腹も立たない。怪物を拘束した兵装を持っていながら、今更彼らが俺達を敬う理由などないのだから。このクライン曹長という人物が身につけているのは全身鎧のような装備に見える。しかし、正式名称はパワードスーツという。メタリックな輝きを見せつけ、重そうな外見とは裏腹にクライン曹長とその部下は何の枷もないように歩く。


「こいつらはどこに運ぶんだ?」

「小艇でシルバーウイングに連行します。後は私の知るところではありません」

「あそこに見えるのがそれかい。シルバーウイングのミニバージョンって感じか」

「空を飛んで運べば、仮に拘束から逃れたとしても逃げ道はないでしょう」

「まぁSランクといえども、さすがに空は飛べんしなぁ」


「ンホホホ、ホホッ。浅はかねん……メタリカ国のボウヤ、十壊を舐めすぎなんじゃないのん?」


 やばい、そう直感したのは俺だけだった。クライン曹長らは何を馬鹿な事を、とせせら笑っている間に奴らの行動は始まっていたんだ。


「グァッ!」

「ヅッ……」


 あの堅牢なパワードスーツの装甲をいとも容易く引き裂いて颯爽とそれは登場した。小艇目前にして、たった数秒の間に4人が絶命。やろうと思えばもっと出来ただろう。軽快なステップを踏みながら、少女は指から伸びた爪をカチカチと鳴らして舌なめずりをしている。


「なっ! 何が起こった?!」

「ダメにゃん、ここまで警戒心を失くした動物なんて人間くらいのものにゃん」

「クライン曹長! 逃げろ!」


「んにゃー、さすが唯一にゃんに警戒して構えた男にゃん」


 遊びのごとく、見せ付けるように少女はまた一人の命を奪った。さっと撫でるように爪を振るった動作の次には鮮血が宙に噴き出す。ついさっき俺が畏怖したパワードスーツの性能などここにはない。あるのはそれを凌駕する怪物少女のみだ。


「お前……十壊か?」

「正解にゃん。にゃんはマターニャ、十壊で一番強いにゃん」

「マジかい」

「マジにゃん」


 世界最強の男よりも、か。真実がどうあれ、状況が絶望的な事には変わりない。まさか仲間を助けるために十壊が現れるとは。いや、予想して然るべきだ。王都には大勢の冒険者やアバンガルドの兵隊がいるし、さすがに滅多な事は起こさないだろうという考えが甘かった。相手は十壊、Sランクだ。俺達が止められる相手かよ。

 今残っているのはクライン隊長含めて16名、あの捕獲ネットで捉えられるとも思えない。俺が真っ先に直感したのは、戦いだけは避けるべきだという事。だから堂々とナッチュの拘束を切り裂いて、救出するなんて真似を許してしまう。ぼってりとした体型を揺らしてナッチュは寝台からおりて、背伸びをする。


「んー! マターニャちゃん、助かったわん! さて」


 ジロリと俺達を睨みつけるナッチュ。何をするかわからない分、このおばさんのほうが危険だ。菌をバラまいたというのが本当なら、こいつはそういう戦い方をするはず。


「疑ってるみたいだから教えてあげるわん。水源に菌を流したのは私よん」

「なんでそんなエグい真似をした……! この事が漏れたら、ノイブランツは各国から袋叩きどころじゃねえぞ!」


「でもウィルスには勝てないわよん。どんなに強かろうと菌に体を蝕まれて生きていられる奴なんていない。この世で最も強いのはウィルス、数が多いのもウィルス。そんな事すらも知らないで未だに魔法なんて不確かな偶像にすがっている無知な人間なんて死ねばいいのよん」


 確かにさらに強力な菌を散布されちまえば、俺達は成す術もなく全滅する。実際、もっと巧妙にやられていたら何も気づかずに死んでいた可能性だってある。こいつ、このババア。なんでこんな危険な奴が野放しになっているんだ。メタリカ国ならこいつの過去まで把握しているだろうに。


「ンフフフフ、さぁてさてさて。あなた、私好みのイケメンだし、殺すには惜しいけどん……。どんな風に殺してやろうかしらん」

「待つにゃ、こいつはにゃんがやるにゃん。この中で一番楽しめそうにゃん」

「んふ、いいわよん」


 あれだけ息巻いていたババアがあっさり引き下がったところを見ると、実力的にはこいつが上なのか。それとも助けてもらった手前か。どっちでもいいが、一対一になったところで俺にどうしろというんだ。相手は俺よりも遥かに格上、そんな相手からどう逃げる。リュアならどうする、奈落の洞窟ではこんな状況は日常茶飯事だったはずだ。

 逃げるというのは実際問題、かなり難しい。逃げて再起を狙えばいいと簡単に言う奴もいるが、逃げるのもスキルの一つだ。実力のある奴は逃げ方もうまい。自分の命を奪えるような化け物から簡単に逃げられるなら苦労しない。どうする、どうする、マジでどうする。


「……"ハウンド"」


 四足歩行になって食らいついてきたと認識した時にはすでにマターニャは俺の後ろにいた。くちゃくちゃと俺の肩の肉をほおばり、口の周りを血に染めている。痛みに悶えている暇なんてない。下手に動かず、俺は次の出方を待つしかない。どう足掻いても速さじゃ負けてる、それなら迎え撃つ以外に方法はない。


「んー、美味にゃ」

「お、お前……人間の肉だぞ。イカれてんのか?」

「にゃんは生まれた時から野生だったにゃ、今ではなんでも食べるにゃん」

「野生児かよ……」


「"イーグル"」


 マターニャが跳び、翼もないのに空中で制止する。その急降下の速撃を真正面から大剣で受けたものの、当然押し負ける。野生で生きれば、翼を持ったかのように人間が飛ぶ事も出来るのか。まぁ世の中には目に見えない速度で動き回れる少女がいるのだから、驚くこともない。

 俺なんかが対峙して数秒と持つ相手じゃないはずだ、今だって死んでいても不思議じゃない。こいつは遊んでいる、猫がネズミを弄ぶのと同じだ。いつか戦った獣人のニースとかいう奴といい、このセイゲルがいいように遊ばれるなんて。


「にゃ? 降参かにゃん?」


 尻餅をついた俺に対して、マターニャは舌なめずりをする。もう立ち上がる事すら出来ない。腰を地面に落としたまま、ひたすら考える。俺の頭の中には生き残る術以外ない。どうすればこの状況を脱せるか。追撃すればいいものを、それもせずに弱ったネズミを観察している猫娘。こいつの戦い方はもうわかった、それならイチかバチかだ。


◆ アバンガルド王国 ノイブランツ軍 駐屯地 ◆


「ジーニアさん、あれプラティウだよね?」

「そうですね」


 赤い鎧みたいなものを全身に着込んではいるけど、プラティウに間違いない。前に着ていた機械武装(マシンメイデン)よりも厚くて、そしてなんか冷たい。目元すら見えないけど、体型的にプラティウだとわかる。


「……プラティウちゃんに、そこに倒れているノイブランツ兵達を殺させたんですか?」

「それはこちらがやりました。紹介しましょう、近接戦闘型のソードレギオンと遠距離型のレギオンスナイパーです」


 以前、ボクがメタリカ国で相手をした機械人形だ。あの時とは比べ物にならないほど、刺々しい見た目になっている。全身が刃のレギオンと両手が筒みたいになってるレギオン、こんなものを作るためにボクは協力させられたのか。全然説明しようとしないジーニアさんの態度もあって、段々と腹が立ってきた。


「プラティウ、ボクだよ? わかる?」


 肩を掴んで揺すってみたけど反応がない、まるで中身まで機械になったみたいだ。赤い兜みたいなものを外そうとしたところで、白くて細い手がボクの腕に置かれる。


「ダメよ、無理に外そうとすれば脳波が乱れて精神に影響するわ」

「そんな危ないものをなんで!」

「プラティウはあなたのものじゃないでしょう?」

「コリンさんのものでもないでしょ!」


「プラティウはメタリカ国の特級冒険者だ」


 ずいっと入ってきたのは体が機械のおじさん、ブランバムだ。高い背丈と大きな体で高圧的にボクを見下ろしてくる。


「これは以前の機械武装(マシンメイデン)とは比べものにならん性能だ。それだけに装着者にも相応の調整が求められる。今のプラティウは戦闘の事以外頭にない、無論君の言葉も届かない」

「ふざけた事ばかり言ってッ! どうしてそこまでさせる必要があるのさ!」

「バベル計画には必要なのでね。とにかく戦力を整えねばならん」

「戦力、戦力、戦力って! 皆そんなことばっかり! アバンガルド王国だってそうだった! 冒険者を国の言う通りにさせたり、ボク達だって利用しようとした! メタリカ国もだよ!」

「突出した力を持つものには義務が生じるものだ。子供が駄々をこねているうちはわからんだろう」


 怒りすぎて頭がどうにかなりそう。イークスさんもティフェリアさんも、皆もずっと黙ったままだ。メタリカ国が怖いのかな。


「皆もこんなの許せないよね!」

「そうだな……でもリュア、ちょっと落ち着け」

「イークスさんまで! リッタはどうなの?!」

「わ、私ですか?! も、もちろん許せませんよ!」

「ティフェリアさんは?!」


「私はいつだって国の為に働くわ」


 聞くんじゃなかった。そういえばこの人は国の命令で、正確にはベルムンドの思惑通りにイカナ村を襲撃したんだ。結果的にはお父さん達の暴走で滅んだけど、滅ぼそうとしたのは事実だ。いつもはとぼけた反応なのに、ティフェリアさんは悠然と腕を組んで凛としている。


「君のような戦力を遊ばせているのはこの国くらいだろう。信じられん状況だよ、メタリカ国ならば君の親族を懐柔してでも管理下に置くところなのだが」

「まぁ下手にそんな事をしたら国ごと滅ぼされかねませんからね。それに国に何かあればすぐにすっ飛んできてくれるので放置が安定なのでしょう」

「バ、バカにして!」


 ブランバムさんとジーニアさんが世間話のように談笑してボクを笑う。冗談のつもりでも腹が立つ。ボクが国を滅ぼすような人間だと思ってるなんて。


「クリンカ! こんな人達放っておいてプラティウを治せない?!」

「これは再生でどうにかなるのかなぁ……コリンさんの言うように、下手なことをしたら大変なことになりそう」

「勝手な事をされては困るわ。これ以上干渉するなら、相応の覚悟を持ってもらうわよ」


「リュア、ここは抑えてくれ。コリンさんの言うように、お前らだけの問題じゃないんだ。今、メタリカ国を怒らせたら国家間や国全体の問題にまで発展しかねない」


 イークスさんがボクの両肩を掴んで優しく言い聞かせてくる。英雄と呼ばれた冒険者でもどうにもならないんだ。

 どうしよう、どうすればいいんだ。確かにプラティウはボクのものじゃないし、もしかしたら望んであの機械武装(マイシンメイデン)を纏っているのかもしれない。だからこそ一言でもいいから聞きたい。プラティウの口から助けてって。


「プラティウ……苦しくないの?」

「……ぁ」

「え?」

「う、うあぁあぁ……」

「ちょ、ちょっと!」


「あぁぁぁ! う、うあぁぁ!」


 赤い兜からバチバチと電気みたいなものが漏れる。痙攣するプラティウの小さな体を必死に止めようとするボクから、ブランバムさんは引き剥がした。


「まだ安定せんな。本格的な運用にはもう少し時間が必要だ」

「いい加減にしろッ!」


「ぐぉッッ!」


 もう我慢できない、機械のおじさんの固い胸板を片手で引っ叩く。そのまま今度はボクがプラティウから引っぺがしてやった。鉄の胸板にボクの手形のへこみを残したまま、ブランバムは予想以上に飛ぶ。ノイブランツ軍のテントに突っ込ませてしまった。


「ブ、ブランバム将軍!」

「あらあら、機械人間(サイボーグ)も新型のパワードスーツもダメね」

「皮肉を言ってる場合ではありませんよ、コリンさん!」

「ブランバム将軍の心配でも?」

「リュアさんを落ち着かせましょう! レギオンが1000体いても足りませんよ!」


「悪いけど私も我慢の限界。ジーニアさん、コリンさん……失望したよ」


 怒ってるのはボクだけじゃない。杖を持ち、だらんと下げた片手のままクリンカは目が据わっていた。クリンカは本気で怒るとボクとは違って静かになる。一度、クリンカが大事にとっておいたモモルプリンを食べてしまった時には奈落の洞窟以来の身震いをしたほどだ。


「リュアさん、クリンカさん。プラティウの事なら心配ないんです。私だってプラティウがかわいい、少なくとも後遺症が残るようであればこんな実験はやめさせますよ」


「取り繕わなくてもいい……ッ!」


 大ジャンプして蟹股で着地してきたブランバム。地面に足首まで沈ませたまま、機械の体のいたるところから煙が出ている。


「ブランバムさんも落ち着きましょう……冷静さを欠いてソレを使ってはいけません」

「なぁに、少しばかり頭にきてね。見せ付ける程度なら問題あるまい?」

「ダメです、あなたに対するリュアさんの行動も問題ですが、それとこれとは別です。両者、ここはどうか穏便に済ませましょう?」


 何か奥の手でもあるみたいな言い方だ。確かに少し強く叩いたはずなのに思ったより、ダメージが少ない。

 あんなのよりプラティウだ、さっきよりも落ち着いてはいるけど座り込んでまったく動かない。体を揺すらないよう、頬に当たる部分を触った時だった。


「ターゲット……確認」


 手の平が痺れるほど熱くなる。とてつもない熱さをもったプラティウの体は、思わず離れてしまってもそれがわかるほどだった。機械武装(マシンメイデン)にはいった黒いラインにオレンジ色の川が流れるような速度で何かが動いている。


「ま、まずい……。ブランバム将軍、制御装置を」

「効かん。暴走したようだな」

「あらら、困ったわねぇ」

「コリンさん、下手をしたらあなたも死ぬんですよ?」

「私は死なないわよ。だってそのターゲットはここにはいないもの」


 コリンさんの言う通りだった。足や翼から強烈な熱風を噴射したプラティウは飛び立ち、彼方に消えていく。速い、速すぎる。


「な、何が起こったのさ!」

「あの子の行き先、知りたい?」

「どこなの?!」

「ジーニア局長、教えてあげても?」

「我々としても、リュアさんの手を借りなければいけない時ですからね」

「そう、じゃあ言うわ」


 相変わらず小馬鹿にするように腕を組み直し、もったいつける。イラっときたけど、ここは我慢。


「ノイブランツ軍よ。あの子の中にインプットした殲滅対象だから」


 もう許せなすぎてコリンを殴り倒したい衝動を抑えるのに必死だった。我慢、我慢。


◆ シンレポート ◆


めたりか なにを かんがえてやがるです

そんなことをしたら せかいで もっとも おこらせてはいけないふたりの

げきりんに ふれると わかっていたはず

それとも それすらも けいさんずみ?

そんなきがして ならんです


いまごろ ここにしょくれぽを きざんでいるはずだったのに

また ちみどろのげんばを れぽせねば ならんのですか

きゅうかが ほしい

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