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第209話 闘志の答え その1

◆ カシラム王都外 北側 ◆


「わーお! ワープしてきたってのに何あの守り! これだから王都に直接ワープすればよかったものを!」

「それが出来ないからこうしているんだろう。オレの能力とて万能ではない」


 カシラム国の王都を前にして、とんでもない数の兵隊が並んでいる。アタシ達が来るのを見越していたとしか思えない。まぁすでにあっちには獣人達がやられてるんですけど。だからこその警戒とでも言ってやるべきか。何にしても何人いるんだろう、アレ。アタシ達の倍どころじゃない。

 ゲトーの野郎の空間魔法でもここまでが限界みたいだし、こうなったらやるしかないか。ていうか、ブサイクな馬みたいなのに乗ってるあの集団ってそんなに強いの? あんなのに獣人達がやられたとは思えない。


「来たか、ファントム! 私がカシラムの国王ジスファムトだ! そちらのリーダーとやら、いるんだろう? 名乗れッ!」

「なにあのおっさん、王様なのに最前列にいるんだけど。矢とか頭に刺さったらどうすんの? 頭おかしいの?」

「どうした! 名乗らんか!」


 全身が浅黒くて見るからに野蛮人なあのおっさんが王様とか、この国もどうせろくな体制じゃない。だったら早々に滅ぼしてあげてアタシ達が上に立ってあげるのが親切ってものだ。アタシ達のほうが人間よりも優れているんだから当然だよね。何が名乗らんかだ、バカ。


「はいはーい! アタシがファントムのリーダー、エルメラちゃんだよ! 今からこの国はファントムの下につくんでよろしく!」

「つまり、どうあっても我らと戦うという事か?」

「つまり、それはアタシらの下につく気はないという事か!」


「陛下、あれがリーダーとは信じられません」


 なんか銀髪のイケメンが王様にヒソヒソしてる。エルフの聴力を舐めるなよ、多少の距離なら全部筒抜けなんだからなコラ。


◆ カシラム王都外 北側城門前 ◆


 箒のような放射状に伸びた緑髪が夜の闇でも不思議と目立つ。乳白色とも言える肌、人間の少女にしては小柄だが歳はせいぜい16程度か。そんな少女が悪びれる事もなく、あのような異形の部隊を引き連れているのだから世の中というものはわからない。

 先日、撃退した奴らの部隊は強かった。獣人と呼ばれる者達には、我々人間にはない身体能力が備わっている。例えば猫人間であれば夜でも目が利き、犬人間であれば並外れた嗅覚を持つ。それが戦闘において真価を発揮するのだから楽な相手ではない。あくまで一般論ではあるが。


「エルメラ、お前の目的はなんだ?」


 陛下とエルメラという少女が互いに直線状の位置に並んだ。ここからの距離は目視できるほど近い。訓練を受けていない大人でも全力疾走すれば20秒程で辿り付くだろう。それほどまでの接近を許してしまったのは誤算だった。とはいえ、何らかのスキルであればこれは不幸中の幸いととってもいい。場合によってはすでに王都に攻め入られている可能性もあったからだ。


「ファントムはね、あんた達からずーっと迫害されてきたの。人間よりも力があって頭もいいのに、おかしいよね? 自分達とは違う見た目だからって、信じられない仕打ちを受けるんだよ? それってさ、ムカつくじゃん」

「なるほど、大した闘志だ」

「本来、生態系ってのはさ。強い奴が一番上にいるはずじゃない? 弱いくせに人のお姉ちゃんをとったり化け物になってまで支配者面してさ……殺したいじゃん」


 笑顔でそう主張する少女にはどこか不気味な影がある。これが少女の本性なのか、計りかねる。何か大切なものをどこかに置き忘れたような印象さえあった。


「お前達がいつどのような仕打ちを受けてきたのかはわからんが、それは我々には関係のない事だ。お前はすべての人間を悪として、こうして我が国の善良な民の命さえも踏みにじろうとしている。今一度考え直せ、それは互いの犠牲を払ってまで成しえなければいけないものなのか?」

「それって戦えばそっちも無事じゃすまねーぞっていう挑発? アハッ!」

「……魔大陸戦争を知っているか?」


 今から数百年前に起きた血の大戦だ。歴史の中で戦争がなかった時代などほとんどない。そして、その悲惨さを物語るならばこれ以上の例は存在しない。それが魔大陸戦争だ。文献で知れば知るほど、虫唾が走る。事の発端が一国の王による私欲だとわかれば、歯を食いしばらない者はいないだろう。

 最終的な犠牲者の数は未だに把握されていないが、少なくとも数十万にものぼるとまで言われている。ノイブランツは当時、この大陸では絶大な武力を誇っていた。魔獣(サーヴァント)にまたがった兵隊は倍以上もの戦力差をいとも容易く覆す。優秀な鍛冶師に良質な金属を加工させた武具を身につけた百戦錬磨の他国の兵隊すらも己の無力を噛み締める。

 しかし裏を返せば、いかに強大な力を持っていようともこの大陸の統一すら叶わない。何故か、それは単純な話だ。戦っているのが人間である以上、腹は減る。物資にも限りがある。特に戦争においては補給経路の確保が何よりの命綱だ。戦いが長引けば当然、それも難しくなる。最終的に連合と化した他国の部隊を相手に、ノイブランツは少しずつ磨耗していったのだ。言ってしまえば強大な武力などその程度、それを理解していない愚かな王だから侵略戦争などに挑める。そう力説する陛下が語る真の力とは。


「闘志だ」

「ハァ?」

「闘志とはすなわち、立ち向かう意志。だがノイブランツは愚かにもそれを履き違えたのだ。立ち向かう相手をな。それを数百年にも渡って王家代々、野望を絶やさず伝承させているのだから見下げた愚族よ」

「意味わかんないし、もう攻撃していい?」


「デック! 例の連中を!」

「ハッ!」


 更にデック隊長が部下に指示を出し、ある連中を連れてきた。これを見てあの少女も能天気に振舞えるはずがない。へらへらと笑っていた幼い顔が一変、洞窟ウサギに火でも吐かれたかのような驚愕の表情だ。

 何せそこに並んだのは他ならない、このカシラムに攻め入った獣人達なのだから。加えてドワーフという連中も雁首を揃えている。そして少女を驚かせたもう一つの要因は、拘束具で彼らを制限していない事だろう。


「あ、あんたら何してんの? なんで生きてんの?!」

「実際、殺されたかと思ったよ。けどオレ達は手当てされた。そちらに飛んでいったイグルは無事か?」

「はぁぁぁぁぁ!?」

「ここにいる王とヴァイスとかいうニンゲンにオレ達は成す術もなくやられた。屈辱だったさ、まさかニンゲンに負けるなんて思ってもみなかったからな」


 狼の身なりをした獣人が、獰猛な外見とは裏腹に低く静かに語る。ここに攻め入ってきた時の血に飢えた猛る獣はもういない。何故なら彼らは気づいたからだ。


「聞けば、ニンゲンの世界では戦争で負けたほうの人間はホリョといって生かされるらしいな。オレ達の世界では考えられない事だ」

「とって食われる覚悟さえしていた私達にニンゲン達は命令した。腹が立ったが暴れたところで勝ち目はない……従うしかなかった」

「それでアンタ達はいい様に使われたってわけ?」


 さっきまで人を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべていた少女はいなかった。瞳全体が凍りついたような湖のようになり、光は一切ない。この世とは乖離した世界を見せ付けられたような錯覚に陥ったのは私だけではなかった。兵隊達の武具からかすかな金属音が聴こえる。パシーブに備え付けられた予備の矢筒と兵士の具足が小刻みに接触しているのだ。伝染するようにして広がった、世界で最も静かな恐怖が瞬時に部隊全体に広まってしまった。

 つい先程まで、あれがリーダーかと疑った自分を恥じるしかない。今はむしろ、あれだからこそこの屈強でプライドの高い獣人達を抑えつけられたのだと納得する他はなかった。


「それで?」


「そ、それでオレ達はひたすら働いた……だがもちろん衣食住は充実していたし、ニンゲン達もオレ達を差別するようなことはしなかった」

「それどころか喜ばれるんだよ! それだけの力があって羨ましいとか、作業が何日分進んだとかさ! 初めは白々しいとか思っていたけど、思ったほど悪くないんだよな……」

「必要とされるのもいいかなって……あ、もちろんニンゲンどもはこんなのも出来ないのかなんて見下したりもしたけどな!」


 獣人達の尋常じゃない怯え様が手に取るように伝わってくる。言葉の節々一つとっても、必死にエルメラの逆鱗に触れないように細心の注意を払っているのがよくわかった。冷たく、暗い瞳でこちらを見る少女は髪をかきあげながら獣人達を品定めしている。生殺与奪の権利を行使するかどうかの迷い、気がつけば私の背にも冷たいものが流れていた。


「つまり、何が言いたいわけ?」


「この時代でもオレ達が生きられる場所があって……それにニンゲン……人間達と分かり合えるならそっちのほうがいい」

「すべての人間を憎むのは間違いだにぃ。それに復讐なんかしなくても」


「はい、開戦ー」


 取り付く島もないとはこの事だ。こうなっては陛下の狙いも何もない、迫る獣人と巨人の大群をどうにかしなければ、今夜中に王都は滅ぶ。この戦線を突破されてしまえば、万単位の民が命を落とすだろう。そうさせない為に我々は今日まで鍛えてきたのだし、戦いを避けられなかったからといって鈍る者などいない。


「全隊、突撃ッ!」


 全部隊が一丸となって、ファントムの波に挑む。こんな時の為にこちら側の獣人達は速やかに下がってもらう事になっていた。もし戦いになれば、どちら側にも加担しない。それを確約させたからこそのこれまでの待遇でもある。


「クソッ! オレ達はどうしたらいいんだ!」

「このまま黙ってみているだけなんて……」

「仕方ないにぃ。オラ達は引っ込む」

「諦めるのかよ、ドワーフ達!」


「オラ達に何が出来る?」


 あまりに的確な現実を口にしたドワーフの一人を責められるはずもない。獣人達は俯いたまま、王都のほうへと歩いていった。


「我こそは巨人族の長! アスラト! 捻り潰されたくなければ、すぐにでも後ろにある犬小屋に逃げ帰って震えるがいい! ガハハハハッ!」

「アスラト様に続くのだ!」


 成人の数倍はあろうか、それに応じたサイズの鎧を身につけた男達が大地を破壊する勢いで向かってくる。あの獣人達から聞いたところによると、あれが巨人族だ。その大きさもさることながら、闘争本能と戦闘にかけては獣人を上回るとも言われている。あの傷だらけの二の腕が、これまで奴らの皮膚を傷つけはしたものの、深層までは深く斬りこめなかったという戦績を物語っていた。


【巨人ギイガが現れた! HP 7439】

【巨人クロップが現れた! HP 8102】

【巨人ドルドが現れた! HP 6750】


「で、でかい! ひとまず、散って距離をとれ!」


 この戦いは特に各部隊の隊長の指揮にかかっている。言うまでもなく、個々の能力ではこちらが遥かに劣っているからこそだ。兵士の場合、奴らの拳がかすりでもすれば少なくとも体の半分近くは使い物にならなくなる。つまりその時点で事実上の死亡だ。

 しかしそんな事は当然わかっている。こちらが活かすのはパシーブの機動力、そして連携。あの巨人が拳を打ち込んだだけで大地が悲鳴を上げて爆発して成人が2、3人は入りそうな穴が出来上がる。月並みな表現だが、そんな化け物相手に正攻法で勝てるわけがない。


【巨人クロップの攻撃! カシラム兵隊はひらりと身をかわした!】


「ぬう! ちょこまかとぉ!」


 あの巨体だからといって決して遅いはずはない。むしろあの筋肉量だからこそ出せるスピードがある。それを打ち消すほどの利とは何か。地の利、そして知の利だ。そう、我々にはこのパシーブを活かした知恵がある。

 場所による地形の詳細な変化を感じ取り、その角度に対してどう踏むか。力任せに動いただけで結果が出るのはあの瞬撃少女くらいのものだ。これらをほぼ毎日、反復で訓練している上にここは我々の庭のようなもの。奴らには地と知が足りなかったからこそのこの結果だ。


【巨人ギイガは328のダメージを受けた! HP 7111/7439】


「がぁぁぁぁぁ! 目、目が……おのれぇぇぇぇぇぇぇ!」


【巨人ギイガは214のダメージを受けた! HP 6897/7439】


「こ、今度は足を……この虫ケラめがぁぁぁぁ!」


 跳躍によって空中を飛び交うパシーブ部隊は奴らにとってさぞかし未知だろう。我々人間で例えるなら、予測不能の動きをする虫がそこら中に跳ねているようなものだ。そしてその虫は意志と目的を持って動いている。虫嫌いの人間がもしそんな状況に遭遇すれば、心拍数は格段に跳ね上がるだろう。実際に奴らを支配しているのは怒りと屈辱だが、それも判断を鈍らせる。


【ヴァイスの攻撃! 巨人ギイガに1295のダメージを与えた! 5602/7439】

【ヴァイスの攻撃! 巨人ギイガに1302のダメージを与えた! 4300/7439】

【ヴァイスの飛閃! 巨人ギイガに2410のダメージを与えた! 1890/7439】

【ヴァイスの飛閃・弐式! 巨人ギイガに4003のダメージを与えた!

巨人ギイガを倒した! 0/7439 】


「ぐ、ぐぁぁッ……!」


 私のパシーブによる跳躍は並みの兵隊の比ではない。奴らに視認させる事なく、戦闘不能に追い込むなど大した苦ではなかった。これが跳躍に跳躍を重ねるごとでスキルの精度と威力を増していくセントールナイトの極意、インフィニット・コンボ・アタック。このネーミングに異を唱えていいのは陛下だけだ。しかし最大までヒットさせれば、陛下の奥義をも上回る。


「ギイガ! 馬鹿な冗談はよせ! 立ち上がるのだ!」


「さすがヴァイス様! 我々も負けてはいられませんな!」


 自分の仲間の一人が倒れるとは想定もしていなかったのだろう。ギイガという巨人が大地の引力に吸い込まれて、そのまま動かなくなっただけで奴らの動きが格段に鈍る。最大戦力の一つがあっさりと陥落した事で巨人族だけでなく、獣人達もセントールナイトの捌きを脅威と取る他はない。


「こ、こんな馬鹿な事があるか! ニンゲンの強さではないだろう!」


「これが人間の強さだ、仲間達よ。オレ達もあの妙技の前に成す術もなく倒れたのだからな」


 獣人の一人がいつの間にか、戦線まで上がってきていた。激戦の中、わずかな怯えさえも見せることなく静かにたたずんで仲間達に語りかけている。危ないから下がれなどと今更、無粋な事を言うつもりはない。手を出したり、我らの手助けをしなければ自由なのだから。


「な、なによこれぇ!」


 まるで初めて都会に訪れた少女のように慌てふためくエルメラは、戦いの渦中で信じられない光景を目の当たりにしている事だろう。巨人族は騎馬隊に翻弄され、すでに獣人達も倒れ始めている。こちらも死傷者は出ているものの、この戦場で押しているのは我々だ。

 巨人族だけでなく獣人も恐ろしい身体能力を駆使して兵隊の命を地道に刈り取るものの、今一歩というところで届かない。それは何故か。これまでの動きから察した事だが奴らには足りないものがある。


「なんで! なんでぇー?!」

「フフフ……。恐らく一対一か、もしくは少数での戦いであれば負けていたのは騎馬隊のほうだろうな。獣人や巨人族にはそれだけのポテンシャルがあるのだ」

「あ! 馬鹿王の声! どこだ! どこにいるー?!」


「ここだぁッ!」


「ぴぎゃーーーーー!」


 天空から降ってきた陛下からエルメラは転がるようにして逃げた。この乱戦の中で見失うのも無理はないが、あまりの無防備に私はかすかな疑問を覚える。今更こんな少女にリーダーとしての資質を問うつもりはないが。


「はー! はー! ビックリしたぁ! 急に降ってくんな!」

「のほほんと構えているほうが悪いのだ。ほれ、私はもうファントムの喉元にまで差し迫ったぞ?」


「エ、エルメラ様を守れ!」


「カァッ!」


【カシラム王の大戦斧風!】


 駆け寄ろうとした獣人達を、大戦斧風の風圧だけで寄せ付けず。風圧の威力のみならず、同時に格の違いすらも見せ付ける事でゆっくりとエルメラと話す空間を確保できたのだ。


「さて、ゆっくりと話そうか。先ほどの続きだが」

「アハッ、こっちは手を出すけどそれでもいいの? 女は殴らんとか言いそうな顔してるよ」

「殴るッ!」


 相手が少女だろうと先制する陛下を何も知らない者が見れば、およそ常人の所業とは思わないだろう。しかしその陛下の拳を難なくかわしたエルメラの格闘能力の高さはさすがに驚嘆するところだった。


「クソオヤジ、ぶっちのめす!」


 緑の前髪をかき上げてから、拳を握り締めたエルメラに陛下は冷笑するだけだった。


◆ シンレポート ◆


ねむい

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