第20話 三姉妹の事情 その1
"ポポルの実を食い荒らす「アライリス」が大量発生したので
駆除してほしい。
とにかく数が多いので出来るだけ多くの冒険者の方に
やってもらいたい。コイワ農園 "
外側は桃のような甘さで中身はやわらかく、甘いほのかで炭酸水のような
味わいのポポルの実を育てているコイワ農園。
見渡しただけでは全貌を把握できないほどの広さだ。
確かにこれでは一人の冒険者の手には負えない。
というわけでボク達はたくさんの冒険者達と一緒に
アライリスという魔物を駆除している。
【アライリス×4が現れた! HP 24】
【リュアの攻撃! 平均500119のダメージ! アライリス×4を倒した!】
この魔物自体はてんで大した事がない。
洞窟ウサギよりは多少強いかもしれないけど、剣を持ち始めた冒険者でも
なんとか狩れるほどだ。
問題は数、視界に広がるだけでも軽く30匹は超えている。
繁殖力が高いらしく、放っておくとどんどん増えるらしい。
ボクも最初は意気揚々と狩りに勤しんでいたけど、あまりの数の多さに
さすがに飽きてきた。
考えてみたらCランクなのだから、もっと難易度の高い依頼を
引き受けられるはず。なぜこんなものに参加してしまったのだろう。
「農園の作物がやられるとね、市場での果物なんかの値段がぐーんと上がるの」
そうだ、ロエルだ。
もっともらしい事を言っているけど、食い意地での参加に違いない。
ポポルの実の他にイチゴ狩り、りんご狩り、好きなものをさせてくれるという
特典に目を輝かせていた。
確かに魅力的だけど、こんなに面倒だと知っていたら始めから参加しなかった。
もちろん、一瞬で終わらせる事も出来る。
魔法で一掃すればいい。しかし当然、農園も消える事になるのでこの案は却下。
しかし、それでなくてもボクが本気で農園を駆け回ればそう時間はかからない。
「初心者冒険者さんがいるんだから、リュアちゃん一人で倒しちゃ
ダメだよ」
言われなかったら、気づかなかった。
彼らがレベルアップする絶好のチャンスをみすみす奪うわけにはいかない。
なのでちまちまと狩り続けるしかないのだ。
「うひぃっ!」
うっかり囲まれた不慣れな冒険者が素っ頓狂な声を上げた。
見過ごせないので、もちろん助けた。
肉片も残さず消されたリスを見て、真新しい剣をもった冒険者はしばらく
呆然としていたけど一応お礼をいってくれた。
「あなたがリュアさん? わぁ、思ったより小さい!」
惰性で狩りを続けていたボクに女の子3人のパーティが話しかけてきた。
なぜボクの名前を知っているんだろうか。
「グルンドムを捕まえたのが女の子って聞いて私達、うれしかったんです。
同じ女の子なのにすごいなぁって。がんばろうって思えたんです」
なるほど、思ったよりグルンドムの件は広まっているらしい。
Dランクのこの女の子パーティには希望の星に見えたのだろう。
この子達もまた駆け出しのようだ。
かくいう、ボクもまだCランクなので素直に喜んでいいのかわからないけど
褒められるのは悪い気はしない。
気がつけばだいぶリスの数は減っている。
すべて片付いたのは午後過ぎだった。
農園主のコイワは首にかけていたタオルでひたすら顔の汗をぬぐいながら
ボク達に何度もお礼を言った。
「いやー、皆さんほんとすんません!
おかげで農作物が壊滅せずにすみましたわ!」
農園スタッフ一同、頭を下げた。
「それじゃ、好きなだけ果物を狩ってもいいんすね?!」
遠慮のない声の主はオードだった。
こいつも参加していたのか、リスと間違えた振りをして斬ればよかった。
そんなブラックな思想が一瞬だけ頭をよぎる。
「いいよいいよ。でも、もちろん指定の区域だけね。
それ以外は出荷用の畑だから絶対に手を出さんでね」
「じゅるり」
口でじゅるりなんて言う人いたんだ。
と思ったらロエルだった。
さっきとはうって変わってのどかな風景だ。
武器を振るって血眼になってリスを狩っていた冒険者が今は
果物狩りに熱中している。
そして、農園内の果物をすべて食べつくしてしまうんじゃないかとさえ
思わせるロエルの食べっぷり。
「リュアちゃん、食べないの?」
「ロエルはまず右手に持っているぶどうを食べてから
手を出したほうがいいよ」
ボクは十分に食べたというのにまだこの子は食べる気でいる。
「よう! おまえら元気でやってるみたいだな!」
うるさいのが話しかけてきた。
オードはカゴ一杯の果物を片腕にぶら下げながら
ずかずかとボク達の間に入ってくる。
「いやー、オレもあれからがんばってよ。やっとレベル7だ。
おまえは確か6だっけ?
まーがんばれよ、人間地道がイチバンだからな!」
「はい、がんばります」
素直なのか適当にあしらったのかが、わからないところがロエルだ。
あの時から結構時間が経ってるし、普通に考えて6のままのわけがないのに
この男はなにを言ってるんだろう。
ロエルは鉱石発掘の時にまた1レベル上がって今は10だ。
「あ、いたいた! リュアさん!」
さっきの女の子3人組みがボク達を見つけたようだ。
この子達もまた、カゴ一杯のフルーツを手にしている。
「グルンドム討伐の話、もっと聞かせてもらっていいですか?」
「え、いや、討伐っていうか鉱石発掘っていうか……」
「驚くエピソードを語ってやろうか? 負傷者救出の巻!」
「いらないです」
オードが冷たく一蹴される。
「私達だってまだCランクだし、あなた達とそんなに
変わらないんじゃないかなぁ」
「そんな事ないですよ! 私達なんてまだDランクでレベル2なんです。
ずっと前なんてアバンガルド洞窟の2階で危なかったんですよ。
コウモリの群れに襲われて回復薬は全部尽きちゃうし……
それにリュアさん達がグルンドムを退治してくれたからよかったものの
もしまだあいつがいたら私達どうなっていたことか……」
「向いてないんじゃないかなって思っていたの。
でもリュアさん達の活躍を聞いて勇気が沸いてきたわ」
女の子達が口々にボク達を賞賛する。
敬語で礼儀正しい子がアイ、元気で明るいマイ、そしてさっきから一言も
喋らないチビっ子がミィ。三人姉妹らしい。
クラスは順にアクスファイター、アーチャー、ヒーラー。
それぞれ自己紹介をしてくれた。
華奢な女の子が重そうな斧を背負ってるけど、さすがに無理を
しすぎじゃないだろうか。
そういえば、さっきちらっと見たけどあのすばしっこいアライリスには
あまり当たってなかった。
何か理由があるのか、それとも何も考えていないのか。
「ミィちゃんもヒーラーなんだね。私もヒーラーなんだよ」
ロエルが親近感をもって話しかけるけど、ミィは姉の後ろに隠れてしまった。
人見知りをする年頃なんだろう。
「Aランクを目指してるなら、ゆくゆくはAランク昇格試験に
挑まれるんですね」
「しょうかくしけん?」
「Aランクになるには年に一度行われる昇格試験に合格しないと
いけないんです。ギルドから許可をいただいたBランクの
冒険者が毎年、500人以上集まるらしいのですよ」
前にどこかで聞いたような覚えがある。試験と聞いただけでなぜだか
ジンマシンが出てくる。依頼をこなしていただけでAランクになれると
思っていた。
「私達はCランクだからまだ先の話だね」
「そうだけど……試験ってなんか嫌だなぁ。
なんでそんなものやるんだろう?」
「Aランクはギルドと王国公認。それだけの重みがあるのよ」
マイが暗い表情を浮かべて教えてくれた。
文字すらままならないボクが合格できるのだろうか。
「それに毎年試験官は……ん、なぁに?」
マイの腕をくいくい引っ張るミィ。彼女の言葉を聞く為にマイが屈む。
「あ、もうそんな時間……リュアさんにロエルさん、急用があるので
私達はこの辺で失礼するわ。ごめんね」
「そうですわ、遊んでいる時間なんてない……」
そそくさと農園から出て行く三姉妹。
その様子から、急用というものがいかに大事なものかが伺える。
さっきまで和気藹々としていたのが嘘のようだった。
「なんか変だったね」
「うん、でもあの子達にはがんばってほしいな」
今日はカゴから溢れんばかりポポルの実を抱えてボク達は帰宅した。
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「ふぅ……しんどいな」
城の長い廊下を歩きながらガンテツは疲労を実感していた。
あの謎の魔物の討伐。見かけ以上に獰猛な上に実戦経験を積んだ自分でさえ
たまに翻弄される。あの魔物はあとどの程度いるんだろうか。
こんな事をいってはいけないが、もう相手取りたくない。
しかし、Aランクの自分がやらなければいけない。
そうとはわかっていても、自分はこんな事をしていていいのだろうかと思える。
かつては多くの夢を見て冒険者の道を選んだはず。
それが今では王国のお抱え便利屋といったところか。
「あの魔物、一体どこから沸きやがった」
「そんなのは考えなくてもいいっしょ」
ガンテツの背後にシンブがいつの間にか立っていた。
思わず振り向いて何歩も下がったガンテツ。
「今ので一回人生終わったっしょ。ガンテツさん」
「悪い冗談はやめろ」
「仮にもAランクともあろう方が、そんな油断は許されないっしょ。
ガンテツさん、あんたも先日クイーミルに行ってたみたいだけど」
「だったら、どうだっていうんだ?」
「成果はたったの一匹。しかもあっち方面に沸いた奴は全部で5匹も
いたっしょ。それなのにあんた、何してたっしょ?
ポイズンサラマンダーなんか退治してる暇あるっしょ?」
「あれは緊急だったんだ。見過ごすわけにはいかねえだろ」
シンブは唐突にガンテツとの間合いを詰めた。
逆手で指をくいっとガンテツの顎を押し上げる。
まるで反応できずにいたガンテツを嘲笑うかのようにシンブは
その指で顎を撫でた。
「そーいう事はきちんと実力で語れや」
派手なメガネの奥で光る眼光にガンテツは思わず呻いた。
「3匹はオレが片付けたっしょ。で、てめーは一匹?
あんたAランクっしょ? それとも歳を言い訳に?」
「す、すまねぇ」
「老兵はもう引退しろっしょ」
シンブの言う通り、クイーミルにいったはいいがほとんど成果を
上げられなかった。
しかしポイズンサラマンダーを見過ごせなかったのも事実だ。
本来、自分は冒険者のはず。
それなのに国にこき使われている。
このシンブは天才だ。冒険者を始めてからわずか1年足らずで
Aランク昇格試験に合格、あっという間にエリートの仲間入りを果たした。
若い頃から地道にたたき上げてきた自分が情けなくなるほどに。
それだけにシンブにどれだけ好き放題言われようが、反論できずにいた。
劣等感をもったつもりはないが、この男には勝てない。
心のそこで負けを認めていた。
「あとの一匹はあの顔長兵士長が回収したみたいっしょ。
対してジジイは」
シンブが言い終わる前に踵を返してガンテツは歩く。
シンブは噴出してから、その後姿を見送った。
「Aランク下位は情けないねぇ」
遠くに歩いているガンテツを逆手で指をさしてから
ピンク色の男もまた廊下から姿を消した。
魔物図鑑
【アライリス HP 24】
群れで行動して農作物などに度々甚大な被害をもたらす害獣。
その鋭い前歯は堅い木の実さえも砕くほど。
繁殖力が非常に高く、完全に根絶やしにしないとすぐに増えてしまう。




