第207話 ボクはボクを信じる
◆ ネーゲスタ国 マデン荒原 ◆
シュベルンの瞬間移動したみたいな動き、これは魔法のおかげだ。ハッキリ言うとボクから見ても速すぎる。こういうのを見るたびに、もっと魔法をうまく使えたら強くなれたんだろうなと悔しい気持ちでいっぱいだ。魔法にしても何にしても、シュベルンは今まで出会った相手の中では一番速い。
シャイニングプリンスというよくわからない名前を聞いてクリンカは不安そうにボクの指をつまんでる。そりゃ今までここまで速い奴はいなかったし、スピードだけなら魔王やアレイドすら圧倒できるはず。
「では行こうか。エレガントなお嬢さん達」
「行くってどこに」
「うん? ノイブランツ国クエームフル地方にある私の素敵な豪邸だよ。広さだけならお城にも負けてないし、専属庭師のおかげで外観も常に華やかだ。フラウローゼンが咲き乱れるガーデンの景色と香りにはきっと心を奪われるはずだ。高台にはプールもあって、天気のいい日にはそこで専属ソムリエに選ばせたマロネ・ティン……一本5万ゴールドは下らない超高級ワインを楽しめる。このワイン一本とっても、庶民の稼ぎ数年分だ」
「いや、そうじゃなくてボク達は行くなんて一言も言ってないよ」
「……ウソだろう?」
顔面蒼白になりつつあるところを見ると、こいつは何故かボク達が本気で行くと思っていたらしい。もう全然意味がわからないんだけど。
「ノイブランツ十壊一のセレブといえばこの私だ。専属メイドにだって毎日志願してくる子が後を絶たないし、道端で挨拶を交わしただけで卒倒しかける子もいる。それはそうだ、私は可愛い女の子はどこまでも可愛がるからね。気に入った子には毎月50万ゴールドをあげているし、メイドの給料だって最低10万以上は保証している。男だって私の靴を舐めてでもおこぼれに預かりたい奴は多いはずだ。やれ十壊で一番強いのは世界最強のあの男だと騒いでいる連中もいるが、そんなものにはまったく魅力がない。あのマテール社長をも凌ぐセレブといえばこの私だ! なぁ!?」
なんか途中から荒っぽくなってきて、ついには息を荒げ始めた。なんかついてくるのが当然と思ってるけど、そもそも愛人って何。まずその説明が先だよ。
「民の血税がこんな人間に回っているのか……愚かなり、ブラームド王」
空気が張り詰めたような、バーランさんの静かな怒りが肌に刺さった。それと同時にバーランさんはバルバスとニースに向き直る。怒り狂ってシュベルンを攻撃しまくるかと思っていたバルバスが思ったより静かなのはニースのおかげかな。というより、怒りに任せて闇雲に突撃するほど馬鹿じゃないといったほうがいいかも。だけど二人とも、構えは解かない。シュベルンの驚異的な力を最大限に警戒している証拠だ。
「すまない。世界にはこのような人間が幅を利かせているのが実情だ。だがこれが人間のすべてではない事はわかってほしい」
このタイミングで謝っても、当の二人は構えたままで動かないし何よりアヒル男が片目を見開いてすごい形相で睨みつけている。その直後だった、決して油断していないはずのバーランさんに光速で接近して蹴り上げ、空中に浮いたところをまた叩き落とす。その間、当然数秒もない。荒野の大地に赤石まみれで沈んだバーランさんに唾を吐いて更に頭を踏みつける。
「同じSランクとして同列に並べられてるもんだから、こういう馬鹿が勘違いするんだろうな。基準も曖昧な欠陥ランクシステムなんて廃止にすればいいものを」
足を跳ね退けて何とか座り込むような姿勢に持ち直したバーランさんはたった一撃ですでに息絶え絶えだった。当たり前だ、あんなの食らって生きていられるだけでもすごい。本来なら最初の蹴りの時点で頭ごと消し飛ばされている。
そこでボクはというと、バーランさんには申し訳ないけどじっくりと観察させてもらってる。光速がどんなに速いか、ボクがそれを抜けるか。正直に言うと、本気を出してもわずかにあそこまでは届かないかもしれない。やってみなきゃわからない部分も多いけど、少なくとも光速そのものはボクにとってはあまり問題じゃない。
「み、見えなかった……このオレが……」
わなわなと震えるバルバスには、突然バーランが空中に投げ出されたようにしか見えなかったと思う。赤い歯茎をむき出しにしながらも、少しずつあのシュベルンに気圧されている。
「シュベルン様、一体どうされるので……」
「あ? まだいたの、お前ら。もう帰れよ、巻き込まれても知らないぞ?」
「さ、さ、下がれッ! 出来るだけ遠くに!」
ほとんどの兵士がサーヴァントを失っているけど、それでも自分の足でまばらに逃げ始めた。なんだか力づくで連れていくみたいだし、その前にこれを。
【シュベルン Lv:230 クラス:シャイニングプリンス HP 2753】
あれ、思ったより大した事ないような。いやいや、イークスさんやティフェリアさんが強すぎるだけかも。ディテクトリングを当てられている事にすら気づいていないし、こんなものかな。
「エレガントに教えてやろう、私のレベルは230だ。もちろんレベルキャップは未だに来ていない」
うん、知ってた。
「あれ? 驚かないのかな? 別に平静を装う必要はないんだよ、ハニー達」
「そういえば最近レベル計ってないね。そろそろ冒険者カードも更新したいな」
「クリンカのレベルいくつくらいだろうね。ボクは奈落の洞窟を出てからはあまり上がってないなぁ……」
股のアヒルを左右に揺らして、ボク達の気を引こうとしてるのが気持ち悪い。うん、来るよ。あの光速の一撃が。
【シュベルンのシャイニングフェザー!】
股のアヒルの後ろ、つまりお尻から生えた眩しい光の翼。背中にも左右に3枚ずつ雄々しく広がる。
「君達……主人をないがしろにしちゃいけないよ」
【シュベルンのシャイングエッジ! リュアはひらりと身をかわした!】
光速の刃を両手から放ちながら突進してきたシュベルンを間一髪のところでかわす。いや、はっきりいって見えていたかどうか自分でもわからない。だけどいくら速くても初動さえ見切れば後は簡単だし、何より段々慣れてきた。
「んむぅ?! い、今のはちょっと調子が悪かったかな」
【シュベルンのシャイニングエッジ! リュアはひらりと身をかわした!】
二度、三度やっても同じ。攻撃の筋や動作に芸がないし、言ってみればただひたすら速いだけ。バーランさんの動体視力では初動を見切れなかったみたいだけど、ボクにしてみればこんなのは朝飯前だ。かわし方は体が覚えている。
「ありえない! 光の速度を超えるなど、論理的にありえない! ありえないんだ!」
「そう……? ボクもやってみようかな」
【リュアの攻撃! シュベルンに2091のダメージを与えた! HP 662/2753】
「がふぁッ!」
ちょっと引っ叩いただけなのにものすごい血を噴き出して、地面に滑るように落ちていった。体中を痙攣させながら、根性で立ち上がろうとする姿はかっこいいかもしれないけど何か情けなくも見える。
「げ、げふっ! お、おぇっ……頭がクラクラする……」
「えぇ? 今ので?」
「そ、そういえばしばらく攻撃をもらった事がなかったな……」
鼻血が垂れているのにも気づかないで、ふらつきながらも何か独り言を言っている。股のアヒルの首が折れ曲がってるけどいいのかな。
「シュベルンさんってさ、直線的な動きしか出来ないでしょ?」
「な、何をそんな……」
「光の速度で動けていても、自分がそれに追いついてない感じ。多分それも魔法だと思うけど……だからさっきの攻撃も突撃するだけだった。バーランさんの時も蹴り上げてから一度停止して、それから跳んでいたし」
「だったら何だと言う?!」
「いや、別にそれだけ」
【シュベルンのシャイニングカーニバル!】
辺り一帯を光が包み、シュベルンもそこに溶け込む。そして繰り出される光速の一撃、ニ撃、三撃。メタリカ国の飛空艇が撃っていたようなレーザーみたいなスキルから何までをフルに駆使。がむしゃらに思えるこの攻撃の数々は本当にがむしゃらだった。数撃てば当たる、しかも光速。これだけでどうにかならない相手は今までいなかったんだなと思う。だけどそれは光速が絶対の武器の時だけ。
「追いついたっ!」
「?!」
本気の本気で加速して何度もシュベルンから逃げて、光速を体感する。何度か追いつかれてかすり傷を負ったけどしょせんは一度立ち止まっての攻撃、直線的な動きなら簡単だ。これでわかった事はボクも直線なら光速に対応できる。だけどそこから先は動体視力と経験のみが頼り、しかも加速できるのは一瞬だけ。うーん、思ったより辿り着けない。
「ぎゃふんっ!」
とりあえず押さえつけてはみたけど、どうしよう。このまま帰ってもらえるかな。
「十壊がAランクの少女にやられただなんて話しても誰も信じてくれないぞ……どうするんだよ、これ」
「アバンガルドは化け物の巣窟か……」
「こんな国にいられるか! 俺はとっとと本国に帰るぞ!」
残ったサーヴァントに荷台を引かせて、なんとか撤収の準備を進めてくれた。死んだ兵士やガスターの死体もきっちり帰してあげるよう、きつく言いつけたのはバーランさんだ。バーランさんがノイブランツ軍に警告したのは3つ。一つは今後、無断で国境を越えてくる事があったら各国と連携して本格的に取り組む。二つ、占領した町や国境を開放する事。3つ、ノイブランツ国の上層部には包み隠さず、成り行きを伝える事。荷台でのびているシュベルンを連れていながら、何の結果も出せなかった時点で察するとは思うがと顎を撫でながらバーランさんは言葉を選んでいる。
更には兵隊の武器や防具を取り上げて、ノイブランツへ帰らせる兵士以外はその大半を捕虜に。捕虜って何だろうと聞く前にクリンカが察して素早く説明してくれた。バルバスが結構な人数を殺しちゃったから、元々よりは少ないけどそれでも多い。大行列行進だ。
そして顔には出さないけど、シュベルンにやられた事を相当気にしているはず。ミドガルズの様子を見ながら、血が出るくらい握り拳を作っていたのを見ちゃった。ボクだったら悔しくて他の事なんて考えられないと思う。それなのにバーランさんは大人というか、ボクとは違う。
「本来ならばこのような役目ではないのだが……」
Sランクにはかなりの特権が与えられていて、緊急時の場合は独断でいろいろとやれる事が多いらしい。報告義務はあるけど、今回みたいに予想外の襲撃者の処遇なんかはその場で決めちゃってもいい。気に入らなければ殺してもいい。そんな好き勝手が許されるのも、Sランクという存在が国にとってとてつもなく巨大だから。
「たった一人で軍隊を相手に出来るような人間がいれば、王族でなくても膝をつくだろう」
強い人間に屈する。獣の園との海岸での戦いで引退した冒険者達の事、そして冒険者ギルドに行けばたまに聴こえてくる陰口がちくりと胸に突き刺さる。力を持つという事はそういう事なんだ、奈落の洞窟で強くなった気でいたけど、ボクにはその力の責任というものがまるでわかってなかった。
「ハッハッハッ! リュア殿は謙虚なのだな。それほどの力があれば、うるさい連中など何とでも黙らせるだろうに」
「バーランさんはそうするの? って、そもそも悪口なんて言われないよね……」
「とんでもない。聴こえない振りをしているが、私の事を快く思わない者は無数にいるぞ。天流拳と真っ向から対立しているし、ひとまずその筋が最も多いかのう。特にあのリョウホウには親の仇のように憎まれているぞ?」
「リョ、リョウホウさんに?」
「何度、道場を潰そうとあの手この手できたかわからんな。ま、いずれにせよ気にしてなどおられんよ」
そんな事を言いながら豪快に笑うバーランさんが信じられない。ボクの想像以上にひどい目にあってきたはずなのに、なんてタフな人なんだと思った。
「何かを成そうとすれば、必ず異を唱える者がいる。人の数だけ答えがある以上は仕方がない。成すならば耳を傾けず貫け。そうでなければ何も果たせんよ」
ボクだって今までそうしてきたはずだ。頭でわかっていた事なのに、つい立ち止まってしまう。バルバスやニースだって、あのエルメラだって強引にでも自分のやりたい事をやろうとしている。もっと極端なところだと魔王軍だってそうだ。こっちの話なんかまったく聞かないし、絶対に譲らない。それは自分の中にある正義を頑なに信じているから。
「天流拳と我が雲翔拳、どちらも確固たる理念がある。信じている人間がいるのだからどちらも正義だ。しかし押し付けはいかんと思うがな、ハハハッ!」
自分の握り拳を見つめながらボクはバーランさんの笑い声を耳に入れていた。ボクの正義か、もしそんなものがあるならそれを貫くべきだ。エルメラがどうとかファントムは倒すべきか、そんなの関係ない。ボクはどうしたいのか、今やっとハッキリわかった。
「あ、鳥さんだ」
「鳥人だね」
空の彼方から鳥の獣人が近づいてくる。ネーゲスタ王都から来たとは思うけど何だろう。今回の件はボク達に任せると、ボスのバルバス自らが言った事なのに。
「バ、バルバス様。この行列は?」
「攻めてきたニンゲンどもを捕えた。オレの本意ではない。それより何か用か?」
「ほ、ほぉ……これだけのニンゲンを……」
「何か用か、と聞いているのです」
ニースに睨まれて、ちょっと小太りの鳥獣人は我に返ったみたいに行列から目を離した。そうやって脅して急かさなくてもいいのに。もしかしたらバルバスよりニースのほうが怖いかもしれない。
「エルメラ様の命により、ファントムは今宵より本格的に各国へ進軍する事になりました」
うん、わかったよエルメラ。君がそういう事をするならボクは全力で止める。君が何者で何を信じているのかは知らないけど、もし命を奪うような事をするなら容赦しない。
◆ シンレポート ◆
ついに こうそくのいきに たっしやがったか このじんがいめ!
ばけもの! かいりきおんな! ばーかばーか!
ふぅ ながいあいだ このしんれぽで あいつのじゃくてんを
てきかくに つづってましたが ここまでくると もうなにも おもいつかない
あのくそあひるやろう おもわせぶりに とうじょうしやがってからに
てんで たいしたこと なかった
なにが じっかい です
あんなもんに ぜいきんを そそぎこむひまがあったら ほかにやることが
あるはずです くそのいぶらんつ
はっ!
そういえば もう りゅあを たおすひつようがなくなったはず
それなら もっと こう ほうこうせいを かえなくては!
だいたい くそだの そういう げひんなことばは このこうきな
しんれぽには にあわない
ということで じかいからは もっと じょうひんに するです
おほほ




