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第200話 獣人族の脅威

◆ アバンガルド国境付近 フォウレスト山脈 ◆


「これ以上、踏み入れるのであればこちらも容赦致しません」


 宙に浮いている包帯ターバン野郎と箒少女、いるのはこいつらだけのはずだった。灰色の美しい毛並み、宝石のような瞳を持った猫。いや、言葉を操り二足歩行を行う猫人間。その周囲には同じような犬だか狼のような獣人間が4匹。体格はそれぞれ違うものの、あの猫人間と同じモノと見て間違いない。

 魔物の中にも言葉を話して二足歩行をするものもいるが、そいつらのような亜人とも違う。何よりあいつらとは違った理性を感じる。こちらを牽制して条件次第では見逃してやる、そう主張しているのだ。あそこで浮いている奴らの仲間と見て間違いない。


「えーと、意味がわからないんだが?」

「現在、ネーゲスタ国は我々ファントムの統治下です。あなた方の入国は許可しておりません」

「まいったね。こちらの行動は全部お見通しって事かい」


 おどけるオレの態度にも何ら表情を変えない獣人間達。あの浮いてる奴らさえいなければ、数を含めて戦力的にはこちらが圧倒的に有利だ。恐らくはあの猫がリーダーだろう、彼女が一番強い。そして何より冷静だ、そうなれば交渉の余地も出てくる。

 ルピーさんは落ち着き払った態度であの猫だけを見据える。奴らが獣に近い習性を持つならば、こういう時は絶対にリーダー以外を見てはいけない。縦社会を徹底した奴らの世界ではリーダーこそが絶対であり、正義だからだ。それ故にリーダーを無視して下の奴らに意識を向けるという事はリーダー自身のプライドも激しく揺さぶる。これは奴らの正体と真意を探る絶好のチャンスだ、逃がす手はない。


「な、なんだあの魔物は……」


「……魔物?」


 誰かの発言一つとっても命取りになりかねない。魔物という言葉に過剰反応した様が空気を通して伝わってくる。猫人間や手下の獣人間がこちらに殺意を持った事がすぐにわかるほどの威圧感。木々の葉が何かに切断されたかのように、何枚かがはらりと落ちる。


「失礼、うちの者が無礼を働いてしまった。許してもらいたい」

「……いいでしょう」

「ネーゲスタはファントムの統治下と言ったが、君達の目的は何だ?」

「答える義理はありません」

「せめて名前くらいは教えてくれないか。私はルピー、彼らのリーダーだ」

「私はニース、あなた方人間の間では獣人族と呼ばれている。この4人も同様です」

「獣人族……? 聞いた事ないな」


「それはそうでしょう。遥か太古の昔、あなた方人間によって追い詰められて滅ぼされたのですから」


 明らかな恨み節の篭ったニースという猫人間の声質、Bランクのメンツを完全に黙らせるだけの気迫はあった。その言葉の意味を聞き返したいところだが果たして答えてくれるかどうか。難しいだろう、たった今あいつが言った通りだ。まさに答える義理はない。


「国一つを攻め落としておいて、何て言い草だよ。この化け物どもが」


「やめろ、フランクス!」


 痺れを切らしたフランクスは長剣を両手に構える。元々好戦的な性格でリュアに負けて以来、密かにリベンジの機会を伺っているほどとは聞いた。ルピーさんの制止も聞く様子はない。考えてみたらAランクにまで上り詰めた奴なんてプライドの塊だ。ましてやこんな得体の知れない奴らに軽んじられて黙っていろというのも難しい話だった。しかしそれでは三流だ、フランクスは自分の行動がどれだけの惨事を招くかまったく理解していない。


「オレもフランクスさんと同じですよ」

「目の前にファントムが現れたんだ。何を躊躇する理由があるんだ、ルピーさん」

「あんた、情けないよ。あんな魔物に謝っちまうなんて……スカイクラインの名も返上したほうがいいんじゃないか?」


 ルピーさんへの非難と同時に次々と戦闘体勢に切り替えていく冒険者どもが憎らしい。若い奴らが目立つから血の気が荒いのも仕方がない。いやオレも十分に若いんだが。


「ガハハハハ! 猿どもが何か鳴いておるぞぉ!」

「キーキーとうるさくて敵わんわ! ニース様、やっちまっても?」

「仕掛けてくるのであれば構いません」


 舌打ちを隠そうともしないガンテツさんや他のメンツも渋々と構える。あの手下の4匹だけなら何とかなるはずだ。


「どれ、この時代のニンゲンがどれほどか試してやるわい!」


【山犬の獣人バウが現れた! HP 2630】

【猪の獣人ブーフンが現れた! HP 4490】

【熊の獣人ベイアが現れた! HP 6712】

【鹿の獣人インパルラが現れた! HP 1683】


 ヌマークの術はとっくに解けている。自由になった足ですぐ様、7人が獣達を包囲。Bランクともなるとさすがの手腕だ。ノキリが木々を操り、足場をサポートしているという事は奴らにとっては邪魔にもなる。先手必勝とはこの事。足元を木の枝ですくわれた獣達はその場で盛大に転び、間髪入れずに冒険者軍団の猛攻撃が始まった。


【フランクスのデスレイピア! 山犬の獣人バウを倒した! HP 0/2630】


「ゲ、ハァッ……!」


「バ、バウ!」


 フランクスの放った細身の剣が木々に跳ね返り、犬人間の首筋を貫く。即死効果のデスレイピア、大型のフロアモンスターをも軽々と仕留めるその技はオレも初めて見る。いかに高い身体能力を持っていたとしても、不規則な跳剣に反応できない奴は意外と多い。あの犬人間もオレ達を見くびっていたところもあり、それが命取りになった。


「獣臭ぇんだよ、ちったぁ体くらい洗え」


「き、貴様ァァァァ! よくもバウをッ!」


【熊の獣人ベイアのなぎ払い!

タートに755のダメージを与えた! タートは倒れた! HP 0/323

カイに910のダメージを与えた! カイは倒れた! HP 0/286

レベックに694のダメージを与えた! レベックは倒れた! HP 0/242】


「……ッ!」


 取り囲んでいたうちの3人の体が、熊人間の豪腕でえぐり取られる。内臓どころか骨ごと、まるで柔らかいデザートのように掬われてしまった。生々しく、ドス黒い赤の内臓が岩肌に飛び散って付着する。

 信じられない、今殺された奴らだって激昂する大将クラスのフロアモンスターを何度も退治してきた奴らだ。Bランクにしてミストビレッジを踏破するほどのエリート揃い、実力的にはAランク下位と比べても遜色はなかった。それが、あの熊野郎の大腕一つで肉塊に変えられたなんて。


【鹿の獣人インパルラの狂乱の叫び!】


「やばいッ! 皆、耳をふ」


 耳につんざく鹿人間の鳴き声が脳まで侵入してきてぐちゃぐちゃに引っ掻き回す。そんな感覚に襲われたオレの理性はぶっ飛ぶ寸前だった。これは混乱の恐れがある、なんとか踏み止まった奴は多いが少数が武器を味方に振るい、あるいは服を脱ぎ出して裸になって踊り狂う。女の子冒険者も少なからずいる中、これはまずい。いや、そんな事はどうでもいい。


「バウの仇じゃ! 貴様らはまとめてこのブーフンが」


【ノキリの樹呪! 木の根が地面から猪の獣人ブーフン、熊の獣人ベイア、鹿の獣人インパルラを襲う!】


 地面から突如として出現した、何倍にも膨れ上がった木の根が獣人間達を頭から足先にまで密着する。人型になって包帯のように包まれた獣人間がくっきりと浮かび上がるようだった。根が複雑に絡み合い、いかに奴らの怪力といってもあれは簡単には破れない。


【ルピーのスターダストメモリー!】


「悪いけど手加減できそうな相手じゃない」


 更にはスターダストメモリーによる隕石の集中砲火。巨大な生物が大地を踏み鳴らすかのような轟音と共に3匹の獣人間達は逃げる間も叫ぶ間もなく四肢を破壊されていく。あの熊人間の豪腕が吹き飛び、鹿人間の角が折れ飛び、このまま肉塊へと変貌するのにそう時間はかからないはずだ。


「ルピー、樹呪だけでやれたんだけど? 拘束したまま木から二酸化炭素をあの中に排出してやればすぐ殺せたのに」

「言っただろう、手加減は出来ないと」


「させませんよ」


 勝利を確信したルピーさんとノキリの会話も隕石の衝突音も、何もかもがその一言でかき消された。それほどの存在感、いや怒り。何に対する怒りかなんて問うまでもない。一匹の灰色の獣が空を切った時にオレは迎え撃つ、しかしオレの動作は遅すぎた。


【フランクスは倒れた! HP 0/547】


「グ、ブッ……」


 夕日を背景に立つ灰色の獣。その直立する獣の足元には致命傷を何度も受けて大量の血を流して絶命したフランクス。オレが知覚できない速さで、あのフランクスを死に至らしめた。岩肌に無惨に転がるフランクスは生前の勇士など連想できず、一方的に獣に食い殺されたようにしか見えない。しかもその動作はフランクスを殺しただけじゃなく、3匹を拘束していた木の根を軽々と切断していた。

 Aランク冒険者がこうも簡単に、そんな絶望を他の奴らが味わうにはまったく時間がかからない。顔面蒼白で武器を持つ手が震える奴。放心状態で立ち尽くす奴。武器を手から落とす奴。あのガンテツのおっさんですら、微動だにしない。ただ歯を食いしばって、現実を飲み込もうとしている。


「僭越ながら申し上げますが……あなた方の動きなど止まって見えます」


 それだけ言い残して踵を返したニースは瀕死の仲間達を介抱し始める。どうやら回復魔法を使えるようで、獣人間達を淡い光で照らした。そんな行動を止めようとする奴は当然いない。あのルピーさんでさえ、スターダストメモリーを停止させている。あの人もわかっているんだ、今攻撃すれば自分もフランクスの後を追う事になると。


「フ、フランクスさんが……あ、呆気なさ過ぎる……ウソだろ?」

「あの魔物、どんなスキルを使ったんだ?!」


「……スキルじゃねぇ。ただ身体能力で圧倒しただけだ」


 低くそう呟くのはガンテツさんだ。その通り、オレ達にとってあの人外があまりに圧倒的すぎるだけの話だった。ニースの言葉を好意的に受け取るなら、わかったらとっとと帰れという事だろう。こっちはあの犬人間を殺している。そして先に仕掛けたのはこっちだ。他のBランクの冒険者3人にとっても望んだ戦いだ。命を賭けた以上は仕方がない。いつから自分はこんなドライな人間になったのか、あのニースへの恐怖がそうさせているだけかもしれない。


「バウは……残念ながらダメですね」


 怖気、全身にそれが走る。やっぱりあの犬人間は死んだ。つまりあのニースにとって、オレ達と敵対する理由は十分だ。殺す理由もある。全身が、本能が全力でこの場から逃げろと命令してくる。


「……なんて事でしょう。この沸き立つ感情をどう処理すればいいのか」


「オ、オ、オレ達は関係ないだろう?!」

「そうだ! オレはまだ手を出していない! 悪いのはフランクスさんだ!」


 あまりに醜い光景だ、Aランク候補とうたわれたBランクの猛者達が、互いの背中を押し合ってあの獣に捧げようとしている。そんな風に感じ取れるほどひどい。


「少し……狩りをしましょう。エルメラ様には禁じられていますが仕方ありません。バルバス様への手土産と考えれば、あの少女への恐怖など微塵も感じない。そう、あの方と二人きりであなた方の肉を食べるのです。どう語らいましょうか、あぁ……」


灰猫(はいぴょう)の狩人ニースが現れた! HP 14306】


「途端に楽しくなってきました、フフフフ」


 さっきのは戦闘ですらない、狩りですらない。ただの掃除だ。そう思い知るのはあいつがこうして、オレ達を目標としたから。長い爪を広げ、逆立つ灰色の毛はそのまま奴の怒りを代弁している。狩られる側へと追いやられたオレ達はもはや小動物に等しい。唯一違うのは、獣に追いかけられる間だけウサギは生きていられる。オレ達には逃げる暇すらない。


「違う違う違うんだ! オレはこいつらの仲間じゃない!」

「頼む見逃してくれぇ! 何でもする! ファントムに入れてくれ! 少しは役立つはずだ!」

「謝る、魔物なんて言って悪かった!」


【マエオラは倒れた! HP 0/312】

【ノチゴイは倒れた! HP 0/299】

【グルシーは倒れた! HP 0/281】


 全員が喉を斬られ、そこから扇状に血しぶきが噴き出した。もう二度と何も喋る事も出来ず、やがてその命も消える。ルピーさんのスターダストメモリーやノキリの樹呪での応戦も空しく、また一人と背後に回られた事にすら気づけなかったBランクの冒険者が散った。心臓だけを的確に爪で刺し、そして抜き取ったのだろう。

 ニースは生き残っているオレ達に何が起こったのかわかりやすいように動いている。それは同胞を殺された並みならぬ怒りを端的に表しているし、あの獣が持つ残虐性を顕著に示していた。猫は獲物はすぐに殺さず、弄ぶという。あいつにとってオレ達はネズミ同然という事か。


「ス、スターダストメモリーがかすりもしない……」


【ルピーのスターダストメモリー! 灰猫の狩人ニースはひらりと身をかわした!】


「的確にこちらの動きを掴みつつ、精度を増してますね。しかしもう一度言いますが、私には止まって見えます」


「ニ、ニース様の脅威の動体視力……あらゆる物体の動きが小刻みで静止して見える……ククッ、ニンゲン達よ、怯えるがいい……」


 瀕死から回復した獣人の誰かがかすれた声で喋る。つまりスターダストメモリーがいかにあいつの動きを捉えようと関係ない。当たる直前で見切ってかわす、こんな理不尽をまかり通されちゃどうしようもない。


「まるで瞬撃少女だ……いや、もしかしたらあの子より……」


 そんな事はない、ルピーさんに何がわかる。あいつはこんな奴に負けない、何ならここに連れてきて勝負させたいくらいだ。全財産賭けたっていい。


「自らの命を諦めましたか。どんな生き物でも、死の直前までは必死に逃げ惑うものを……?!」



「うわっ!」


 ニースの言葉を切って空から塊が降ってきた。岩の上だとあまりバランスがとれないのか、マヌケな声を上げて転びそうになりながらも寸前で止まる。


「ちょっとリュアちゃん! 勝手に降りちゃダメでしょ! 下が底なしの崖だったらどうするの!」


 その直後に金色に彩られた竜が舞い降りて、少女の姿へと変わり。


「いやだって、この状況だよ」


 オレの願いを聞き入れたかのようなそいつの登場。水色のショートカットにブルーの瞳、こんな山の中で太ももをむき出した短パン。ルピーさんやガンテツさん、ノキリを初めとした冒険者達はどこか安堵している。殺されたフランクスも生前はリュアを敵視していた。そんな感じで高ランク冒険者連中は軒並み、リュアにいい感情を抱いていない。それなのに、どこか安心できてしまう。

 そしてニースは目を細めて、必死にそいつの正体を見極めようとしている。すぐには攻撃に移ろうとはしない、何者ですとも聞かない。


「セイゲルさん、あの魔物に襲われているんだよね?」


 悪びれもせずに自分を魔物と言い放った少女の胆力に敬意を抱くかのように、ニースは長い爪を広げて構える。そうだ、自分が敵だと言わんばかりに。野生の本能というか、薄々とリュアの本質に気づいているのかもしれない。


「……妙なニンゲンが現れましたね」


 気がつけばあの宙に浮いているターバン野郎と箒少女はいなくなっていた。


◆ シンレポート ◆


おお あ あれ あれは まさしく じゅうじんぞく!

とっくにほろんだはずの じゅーじんぞく!

しんたち まぞくだけじゃ なかった!

えるふに まぞくに じゅーじんぞく!

これは なにやら なにやら 

まとまらーん!

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