第181話 希望を胸に その5
◆ アバンガルド城内 西側 廊下 ◆
「剣を抜くか? まぁ抜いたとしても殺す。そのまま突進してまた殴りかかってきても殺す。左から攻めてきても殺す。右、上、下すべて殺す。全方位を殺す。一撃当てられても殺す。どれだけ速かろうが殺す。今ここで世界が滅ぼうが殺す。絶対絶対絶対殺す」
頭の片側からしか生えてない髪を振り乱しながら、中腰の姿勢でブツブツ言っている。それと同時にハバクの全身から赤いオーラのようなものが立ち昇った。なんだろう、もしかしてこいつは殺気をそのまま強さに変えるのかな。さっきから殺す殺す言ってるのもその為だとしたら。
「五高だろうが英雄だろうが勇者だろうが魔王だろうが神だろうが瞬撃少女だろうが絶対絶対絶対殺す」
「クリンカ、全員の傷はどう?」
「あと少し遅れていたら危なかったかも。何とか持ち直したよ。そっちはなんか怖いことになってるね……」
「そうなんだよ、凶暴さだけなら魔物に負けてないよ」
突然、大腕が目の前に迫ってきた。掴みかかろうとしてきた二つの豪腕を難なくかわして、この程度の速さか、と思ったのも束の間。急激にテンポが上がった時にはかすっていた。というより、一撃繰り出すごとに速度が上がっている。
これはやっぱり、ボクが思った通りでこいつは殺気を強さに変えている。こう考えればなかなか怖い相手だ、さっき殴ってもあまり効いていなかったのもそれで説明がつく。殺意が足りない攻撃はこいつには効かない。これはスキルというより特性といったほうが正しいかもしれない。うまく言えないけど、これは。
「まぁ何でもいいや。ねぇ、なんでアイ達をあそこまで痛めつけたのさ」
「ムカついたからさ! 俺は昔から人間を見ると虫唾が走るんでね! 人間ごときが意見しやがるのはムカつくよなぁ! お前もそう思うだろ? 同類さんよ!」
こいつ、ボクの出生を知っている? なんで、どうして。
「よくわからないけど、ボクの大切な人達を殺そうとしたのは許せないよ」
「どう許せないとぉぉぉぉ!」
「殺してやるって事だよ」
「人も殺せない甘ちゃんが戯言ぉぉぉぉぉ!」
これがこいつの最後のセリフになるかもしれない。今、ボクの拳をこいつの拳にぶつけた。皮膚、骨、筋肉。順番にめり込み、爆破するように粉砕。つまりこいつの片腕が消え去った。もちろん痛みで苦しむ暇なんて与えない。間髪入れず両腕を同じ要領で破壊し、巨体の首を押さえながら床に叩きつけた。
城の綺麗な床の破片が飛び散り、ハバクが埋まるようにして倒れる。このまま押さえつけていれば呼吸が出来なくて死ぬ。苦しめばいい、ボクの大切な人達を傷つけたんだから、いっそ。
「グゲッ……ア……ッ!」
「両腕もなくなっちゃったし血も大量に流れるし大変だね。息が出来なくて死ぬのと血が止まらなくて死ぬの、どっちがいいの?」
「……! ……ッ……!」
「なに、聴こえないよ」
顔色が変色し始め、このままだと本当に死ぬ。当たり前だ、殺すつもりでやってるんだから。
「リュアちゃん、それ以上は……」
「うん、わかってる」
4人の治療に専念していたクリンカがいつの間にか近くまで寄ってきている。首から手を離し、解放した途端に起き上がると同時にハバクは頭突きで攻撃してきた。怒りと屈辱にまみれた表情からはまだ諦めが感じられない。獣ともつかない奇声を発しながら、足だけで立ち上がろうとする。
普通、ここまでされたら恐怖で怯えて戦意喪失するところなのに凄まじい執念だ。相手の殺意を感じ取れるみたいだし、やっぱりボクが本気の本気で殺すつもりがないのを見抜いていたんだろうか。
「おのれぇぇぇぇ! よぐもぉぉぉぉぉ俺の腕をォォォォォォォ!」
「平気で他人を傷つけるくせに、自分がそうされたら怒るの?」
「こいつはもしやと思いましたがー」
道具袋から頭だけを出したシンが吠える大男を観察する。こんなに至近距離にいるのにまったくびびらないのは、ボクがいるからかな。信頼してくれるのはうれしいけど、いい様に利用されてるような気がしないでもない。
「あいつ、巨人族の血統かもです。体つきや目つきが人間のそれとびみょーに違うです」
「きょじんぞく? なにそれ、魔族とは違うの?」
「獣人族と並んで高い身体能力を持ち、そして魔族と同じように人間に滅ぼされたです。生き残りか何かの血が流れている感じかもしれないです」
「ク、ククッ……その通り。俺の体には巨人族の血が流れている」
息を荒げながらも獰猛な瞳をこちらに向けて威嚇してくる。そしてさっきまで両腕があった場所から流れていた血がいつの間にか止まっていた。最悪、クリンカに回復してもらえば腕くらいどうにかなるだろうなんて考えていたけどとんでもない。さすがに生えてくるわけなかった。あまりに頭に血が昇りすぎてついやりすぎてしまった事を、ボクは今更少しずつ後悔し始める。
「自らの血統を知ったのはつい最近だがな。人間が俺の先祖を滅ぼしたというのなら、同じ事をしても構うまい。因果応報というヤツだ、あいつらの言った通りにな……」
「あいつら?」
「お前は自分の出生を知っても尚、人間社会で暮らしていけると思うのか? お前自身、すでに感じているはずだ。逸脱した能力を持った自分を排除しようとしているこの状況……それでも、そんな人間どもに擦り寄るのか? 肩身を狭くして生きてきた俺にはまったく理解できんな……」
――――守る価値なんざねぇだろ、こんな世界
イークスさんの言葉を思い出した。あの人が見た世界とハバクが見ていた世界は思ったよりも近いのかもしれない。細々と生きているうちに人間を憎むようになる。ボクもクリンカと再会していなかったら同じ道を辿っていたかもしれないし、それはそれで考えるのが怖い。
でも、だからこそ。ボクはクリンカと同じ時間を過ごしたい。今まで出会った人達を大切にしたい。アイ達だって大好きだ。オードも、まぁ最近はちょっと見直した。
「人間はほんのちょっとした違いですら異端扱いし、排除するような奴らだ。人間離れした俺のみてくれだけで石を投げるような連中だ。だからこそ俺はあいつらと共に行く事にした。そう……もうすぐ、この世界はとり殺されるんだよ」
ハバクの一層低い声が、言葉の終わりの部分を強調した。
「亡霊によってな」
「ファン……トム」
久しぶりに聞いたその言葉に関連した出来事を思い出す。一時期、妙に命を狙われた事。襲ってきた冒険者や一般の人もそう名乗った事。だけどその人達は何も知らなかった。だけどファントムは一人や二人じゃない。この正体不明の何かが襲ってきたとしたらどう戦えばいいんだろう。
いくらボクでも、いない相手となんか戦いようがない。見えないんじゃなくていない、そう表現するほど捉えどころのない相手だ。そんな相手の名前がこいつの口から出た。こいつもファントム、一体どういう奴らなんだろう。
「ねぇ、ファントムって?」
「もうすぐ、と言っただろう。嫌でも思い知るさ」
「ファントムって何? 魔王軍みたいなの?」
「ククッ、怯えている証拠だな。いいぞ、いいぞ……クケケェ」
何かの鳴き声みたいに笑い出したハバク。こいつも結局、何も教えてくれない。
「ハバクさん、ミィちゃんは外傷がほとんどなくて無事だったからよかったけど……。こんな小さい子にまで何かあったら、私だって本気で怒るよ?」
クリンカの背中からドラゴンの翼が生えている。多分、無意識だと思う。
「ヌッ……! 小娘の分際で……!」
クリンカが威嚇だなんて今までになかった事だし、感情とパワーを制御できていない証拠だ。ボクの攻撃にさえ怯まなかった大男が、ほんの少しだけ引いた。
それにしてもこのハバク、この両腕がない状態なのにものすごい闘志だ。普通なら戦意喪失するかと思ったけど、ボクもまだまだ見通しが甘かった。カシラム王がいたら、その闘志買ったなんて言っちゃうんだろうか。こんなの買わないでほしい。
「4人とも無事だったみたいだし今なら見逃してあげるよ、ハバク。これ以上やるならボクもこの剣、ディスバレッドを抜く。もし手をついて謝るなら許してあげるかも」
「クッ……この俺がッ……こんな、こんなガキに――――」
「もう退場なさったら?」
刃がハバクの首を通過した。
「あ……」
ボクとした事がマヌケな声を出してしまい。
血の一滴も出さずハバクの首が天上まで飛び。
「ウフフ」
大きい胴体は生きていた時の姿勢を保っている。まだ体は首が飛んだ事を知らない、そんな風にすら見えた。
「なんで……殺したのさ」
「何故こんな悪党すら殺せないのかしら。あら、もしかして私のせい?」
そう、目の前で人が死ぬのは見たくない。そんなトラウマともいえる感情を植えつけたのはこの人だ。ボク達の旅の始まり、追い続けてきたもの。それはすぐ近くにあった。廊下の奥から、落ち着いた物腰で優雅に歩いてくるソレ。
「知ってる? Sランクってね、独断で殺しもやっちゃっていいのよ。だって特例を与えられている存在だもの。この人を殺したのも私の独断、何をやってもある程度は許されるの」
エメラルドに輝く胸当て、鋭く伸びたクチバシのような肩当て。ダイヤの模様を彷彿とさせる鎧の表面が黒く密着したスーツのようなものに張り付いている。確実に軽装ともいえるこの人の装備だけど、性能は底が知れない。
だって今の今まで、この人が普段着で戦っているところしか見た事がないから。その姿はまるで。背中から伸びる翼のような、三角形のシルエットが細いエメラルドの棒のようなもので構成されていて。これは、まるで。
「ねぇ、その翼みたいなものは……」
「これね、10年前に片方折られちゃったの。屈辱だったわ、えぇ屈辱よ。だからね、あれ以来これは修復してないの。受けた屈辱を消すような真似はしない、そしてこうしていればまたあの人と戦えるかもしれない。ねぇ、あなたなら知ってるでしょ?」
艶かしく動く唇とは対照的に、その言葉は完全に戦いの中で生きる人のものだった。可愛らしいポニーテールを揺らしながら、この人は楽しそうに笑う。
「あの人、イークスさんはどこにいるの? また戦いたいわぁ、ウフフフフ」
ボクもクリンカもこの現実を受け入れたくない。だってこの人は絶対にボク達の前でこの鎧を着なかった、それはつまり、あの日の出来事を思い出されたくないからだ。うっかり屋を装って鎧を忘れた事にして、闘技大会の時や獣の園防衛戦の時ものらりくらりと戦ってきた。
それはもちろんこの人の実力を裏付けている事にもなるし、何より命がけで隠し通すなんて普通出来る事じゃない。
「あ、あなたが……あなたが。私達の村を……」
「そうよ、ロエルさん……いえ、クリンカちゃんだったかしら。10年前に命令されたから仕方がなかったのよ。えぇ仕方がなかったわぁ」
じゃあ、この人は少女の時にイカナ村を滅ぼした。多分、今のボクとそう変わらない歳ですでにそんな残虐な事を。命令されたからって、そんな。
足腰が震えてくる自分を何とか奮い立たせようとした。この人の事は嫌いじゃなかったし、いつかは真剣勝負してみたいとも思っていた。それにもしかしたら、友達になれるかもしれないとも。だけどそんなのは甘い幻想だった。
そしてずっと悪魔だと思い続けてきた相手は悪魔じゃなかった。遠目からその小さなシルエットしか見てなかったくせに、勝手に悪魔だと思い込んだ自分を責めたい。
「片翼の……悪魔」
だけどそう呟かずにはいられなかった。たった今、人を殺したのにツボに入ったかのように静かに笑うその女性は悪魔と呼んでもいい。
「仇討ち探しは楽しかったかしら? ここがゴールよ……ウフフ、ウフフフフフフフフ」
「ティフェリアさん! あなたほどの人がどうしてッ!」
愚問とでも言いたそうに、ティフェリアさんは。いや、ティフェリアは相変わらず笑い転げんばかりに笑っていた。
「村の人達は全員、殺したの?」
「殺してない、と言ったら見逃してもらえるのかしら? ウフッ、ウフフッ」
ボクはこの悪魔を倒さなきゃいけないのかな。いや、それこそ愚問だ。
「ティフェリア……覚悟は出来ているよね?」
不思議と頭の中がスッキリとしている。だって目の前にいるのは悪魔だから、人を殺しても何とも思わないような悪魔。魔物よりも性質が悪い、これこそがガノアスの言うような悪魔だ。人の皮を被っているだけの醜悪な化け物。
【片翼の悪魔ティフェリアが現れた! HP ?????】
「あなたに私が殺せるのかしら? ねぇ、ちょっとやってみて?」
挑発するかのように頭をあげて、首をひけらかした悪魔。イークスさん、もしかしたら希望はここにはないのかもしれない。だってこの悪魔がすべて食べつくしたかもしれないから。
◆ シンレポート ◆
くびちょんぱっ!
うむむ あのはんぶんはげ りゃくして はんはげが まさか
きょじんぞくのまつえいとは
もしかしたら りゅうじんぞくのように このせかいのどこかで
ひっそりと いきのこりが くらしているのかもしれない
しんたち まぞくのように
だけど くびちょ
おっと おなじねたは いっかいまで
あのおんな りゅあたちが おいかけていた あくまですか
なるほど こどもからは あのおんなが あくまに みえていたわけで
つきひが たつうちに りゅあのやつは ほんとうに あくまだと
おもいこむようになった
なるほど そりゃ みつからん
いやしかし しかし これは まんまと あのおんなの ぺーす
れいせいさを かけば あのおんなの おもうつぼ
ところで これから げきとうが はじまるなら
しんをかいほうしてくれませんか
あの これ どうぐぶくろのひもが くびに ひ ひっかかって
きづいて




