第174話 真実への道 その8
◆ 魔王城 最上階 魔王の魔跡 ◆
「それじゃ、魔王退治といきますか」
「魔王はアバンガルド王国の実験体なんだよ!」
「はぁ?」
「だから、その」
「アレイドさん、話を聞いてくれませんか」
ボクじゃうまく説明できないどころか、こじらせる可能性だってある。だからここはクリンカに任せたい。ボクの隣まで来て立ち止まった後、また一歩踏み出すクリンカ。アレイドは小指で鼻の穴をほじりながら、取り出したものを指で弾いている。汚い、最低だ。
それからクリンカが丁寧に説明したはいいものの、アレイドは頭をかいたりあくびをしたり真面目に聞いている様子はなかった。こいつ、いい加減にしないとボクも本気で怒るぞ。
「……で、その荒唐無稽な話を信じろってか? 証拠とかあるわけ?」
「そ、それは」
「ははーん、要するにお前はそいつらのホラ話を見事に信じちゃったわけだ。ふんふん、そりゃ大問題だぜ」
アレイドは鼻の穴をほじった指をマントにこすりつけてから、剣を持ち直す。空中で斬る動作をした後、真っ直ぐそれをボク達に突きつけた。
「何故かって、そんな口車に乗せられた時点でお前らは魔王軍の仲間ってわけだ。そりゃあかんよなぁ、あかんって」
「証拠ならアバンガルド城にある。城のどこかに研究施設があるはずだ」
今、すごい事を聞いたような。研究施設って、なに。
「お前と話してねぇよ、イケメン野郎。消えな」
イークスさんを犬や猫でも追っ払うかのようにアレイドは手の平をひらつかせている。こいつ、本当に許さないぞ。
「ま、どっちにしろ知ったこっちゃねぇな」
「馬鹿が、お前にも関係がある話だ」
城のどこかにある研究施設とかいうもの、そこへ行けばすべてが暴かれるんだろうか。アバンガルド王国が非道な実験を繰り返していた事が全部、皆が知る事になるのかな。
どっちにしても見過ごせない。見過ごせないけど、それをやってしまうと取り返しのつかない事になりそうで。
「先代の勇者……つまりお前の父親はアバンガルド王国に殺されたんだよ」
「なに……?」
イークスさんの衝撃的発言にバトラムも驚いたようで口には出さないものの、思わずイークスさんのほうを振り向く。にやついていたアレイドも初めて訝しげな表情を見せた。
「魔王討伐の後、さっき言った真実を知った勇者達は口封じに殺されたんだよ。表向きには勇者は魔王討伐の際、行方不明になったと報じられたみたいだがな。利用するだけしておいて、用が済んだらポイ……ひどいと思わないか? これについては確かな証拠はないが実際」
「ぷっ、ハハハハハハハッ!」
「な、何が可笑しい?」
アレイドは心底可笑しいと体全体で表現するかのように、わざとらしく体を前後にくねらせながら大声で笑った。また作り話とでも笑っているのかな。これについてはボク達もある程度、わかっていた。ハスト様の話から大体の予想はつく。
だけど本当にそうだったなんて、実際に聞くとそれはそれでショックだ。あの王様が、ベルムンドが。カークトンが。皆がボク達を騙していた事になる。今までお世話になったし、あんな別れ方にはなったけどちょっとは後悔している部分もあった。だけどこんなのひどすぎる。
ムゲンとカークトンも、ボク達がイカナ村の生き残りだから殺そうとしたんだ。口封じ、自分達にとって都合の悪い事を全部隠すために。汚い、汚すぎる。
「クリンカ……こんなの許せないよ……」
クリンカは何も言わずにただ隣にいてくれる。かける言葉がみつからないのかはわからない。だけど、ずっとボクから離れない。
「ヒャハハハ……あー、笑った笑った」
「お前……本当に勇者なのか?」
「あのな、俺は別に顔も知らない両親の事なんざどうでもいいの。むしろ、勝手に育ての親に押し付けて消えた奴なんざ死んでてくれてよかったぜ」
「……本気で言ってるのか?」
「生みの親に対して、とでも説経するつもりか? 下らねぇ、そんなもん俺がどう思おうが勝手じゃねえか」
唾か何かを床に吐き捨てたアレイドは実に柄が悪かった。イークスさんが言うように、こいつが勇者だなんて何かの間違いだ。ただあんな剣が持てるというだけで、こんなのが。
「王国がなんだろうと、どーでもいいのよ。俺が勇者として魔王を殺せば勝手に持ち上げて称えてくれる。そうなりゃいろいろと更なる特権でも与えてくれる。そうだな、勇者としての遺伝子を数多く残したいから出来るだけ女を集めてくれ、とでもな。もっともらしく言えば納得するだろ。そうだな……口上はこうだ」
アレイドの振る舞いにもう誰も何も言わなかった。言うだけ無駄、これほどまでにそう思わせてくれた奴なんて滅多にいないはず。
「魔王は恐ろしく強かった……俺一人で勝てたのがまず奇跡だ。だが、これからの平和の為にはより優秀な戦士が必要だ! 何故か? この先、魔王と同等かそれ以上の化け物が現れないとも限らない! 俺もいつかは年老いて戦えなくなる日がくる! そうなると、どうなる?! 残された善良な人間は? 彼らを守る為には俺が必要だ! だがその時に俺はいない! その為に俺は……より多くの子孫を残したい! より強く! 気高く! 雄々しい勇者の爆誕を! 俺が誰よりも望んでいる! 未来永劫、この美しい国土を育む皆を守りたい……! 遥か遠い未来! 俺がいなくとも、俺の志と魂は脈々と受け継がれるのだ!」
拍手でも浴びているかのようにアレイドは完全に自分の世界に入っている。イークスさんも小さく『お、おう』なんて言ってるし、バトラムに至っては首をかしげている。シンなんか、魔王につきっきりでアレイドの登場なんかすっかり忘れていた。
「どうよ? これにもう少し色を加えて……クククッ、今から妄想が止まらねぇ。だからよ、お前らここで死んでくれるか?」
「アレイド……魔王は殺させない」
もういい、これ以上話しても無駄。そもそもボクはシンと約束したんだ。魔王は殺さないって。
「おやおや、まさかあんな妄想を信じて魔王に加担しますかー? リュアちゃんもそんなお人よしでよく今まで処女でいられたねぇ」
「しょ……なに?」
「くっはーーーーーーー! こりゃいい! イイヨイイヨ!」
【勇者アレイドが現れた! HP 572000】
「いいよー! 俺がいろいろと教えてやるよ!」
アレイドが勇者の剣を握り、ようやく戦闘態勢に入った。途端、最上階に叩きつける吹雪が止む。誰かの呼吸音すら聴こえるほどの静寂、まるでこの場全体がアレイドに支配されたかのような。いや、実際それに近いかもしれない。
「まずは小手調べとか一切してやらんから」
【アレイドのシャイニングソード!】
眩い光の一閃。目が潰るほどで、普通ならこれだけで何が起きたのかもわからずに殺されてしまう。光の刃ともいえない、光そのもの。せめて苦しまないように殺すという、勇者ならではの慈悲。優しさと破壊力の両方を合わせ持ったこのスキル。
【リュアは13450のダメージを受けた! HP 28510/41960】
「よくさぁ、最初は小手調べ……とかいって手加減して戦う奴いるじゃん。あれ、わっかんねぇんだよな。最初から本気出せよって思うじゃん? なんで殺されるかもわからん戦いで小手調べとかやってんの? 馬鹿なの?」
身が焦げるほどの熱さのようなものが体に張り付いている。体を侵食するかのような光が肌から体の内部にまで侵入して、生物としての機能を終わらせる。直感した、これはボクの防御だとかそういうのは一切通用しない。
ヴァンダルシアのカタストロフと同じような性質だ。ボクにとってこれほど怖いものはない。何せこうなると、完全に避けるしかないから。
「ふーん、これがアレイドの全力かぁ」
ボクがわざと間抜けな声を出すとアレイドのこめかみの辺りがピクリと動いた。強がるんじゃねえよ、不機嫌そうに言い放っても不思議じゃないほど目がすわった。
「リュアちゃん! 今、ヒールを……」
「いらないよ。ボク一人で戦うから」
「でも、今のはかなり危なかったんじゃ!」
「うん、直撃は避けられたみたいでよかったよ」
「直撃してたら死んでたんだよ?! 呑気にしてないでもっと私を頼ってよ!」
「いや、それでも大丈夫」
別に強がりでも何でもない。確かに直撃していたら血を吐き出すくらい危なかったけど、それでも死にはしない。そうなるとちょっと不利になる。
もしこうだったら、それを言い出したらボクだって奈落の洞窟での戦いでとっくに負けていた場面なんか一つや二つじゃない。でも負けずに勝ち続けた、それだけだ。
「そりゃそりゃそりゃ!」
【勇者アレイドの攻撃!】
【勇者アレイドの攻撃!】
【勇者アレイドの攻撃!】
【勇者アレイドの攻撃!】
思ったよりずっと速い。鋭いアレイドの斬撃を捌き切るボクに対してアレイドはまったく隙を見せず。心なしか、勇者の剣とぶつかり合うディスバレッドが喜んでいる気がした。剣と剣が交わるたびに響く金属音がディスバレッドの歓喜の叫びのような。それでいて宿敵を打ち倒さんとする闘志みたいな。
アバンガルドのギルドで初めて接触した時みたいな事は起こらないけど、間違いなくこの魔剣はあの勇者の剣を殺したがってる。刀身から放たれる邪気が一層濃くなった気がした。
【リュアはひらりと身をかわした!】
【リュアはひらりと身をかわした!】
【リュアはひらりと身をかわした!】
【リュアはひらりと身をかわした!】
「ハハハハッ! ぜんっぜん、いける! これ勝てんじゃね!」
【勇者アレイドのシャイニングソード!】
止めと言わんばかりにさっきのスキルを叩き込んでくるアレイド。光の柱と化したスキルが魔王城を一刀両断する。床が割れ、下にある何層もの階層ごと斬られる光景は圧巻だった。
「クッ、なんという威力……!」
バトラムですら、もうこの戦いにはついていけていない。ただひたすら驚き、巻き添えにならないよう逃げるしかない。
【リュアはひらりと身をかわした!】
「危ない危ない……」
「そろそろ当たってくれるとうれしいんだがな!」
【勇者アレイドの攻撃!】
今度はボクの背後を取ろうと必死だ。さっきから見ていると、こいつはボクの意表をつく事しか考えていない。相手の死角をつくという事は、逆にいえば死角をつかない事も考えないといけないんだよ。そうやって出して引いての駆け引きを繰り返して、ここぞという時に意表をつく。
「さっきから防戦一方じゃねえか!」
「うん。だってアレイドの嫌いな小手調べだし」
「年上には敬語使いやがれ! ったく、最近のガキはろくでもない教育を受けてやがるな!」
自分の親に興味もないお前に言われたくない。頭に血が昇っているし、ちょうど頃合かな。
【リュアの攻撃! アレイドに128174のダメージを与えた! HP 443826/572000】
「ヅァッ! てめぇ!」
「ほら、かすった。こんな風に小手調べだけで相手の動きもわかっちゃうんだよ」
アレイドの癖は大体わかった。癖というほど大それたものですらないけど。
「殺す殺す殺すぅぅぅてめぇぇぇわぁぁぁ! 一気に決めてやる!」
【アレイドのシャイニングソード!】
またそれだ。すごいスキルだけど、隙だらけなんだよね。振りかぶりの大きさとか、何より放たれる直前に光が放たれるから初動が丸分かりな上に長すぎる。かわしたほうがいいんだけど、これ以上魔王城が破壊されるとさすがに足場がなくなる。
「強がっちゃいるが、その様子だとあと1、2発当てれば俺の勝ちだよなぁ?! 更に続くぜ!」
【アレイドはスターライトホーリーを唱えた!】
「詠唱とスキルを同時だと?!」
かろうじてイークスさんがアレイドの動きに反応して喋っている。予想通り、アレイドは周りの事なんて気にもかけていない。対してボクは守るべきものが多すぎる。特に魔法のほうなんか、あれが完全に発動したらここら一帯が消し飛ぶほど危ない。
国一つなんてあの魔法だけで終わってしまうほどだ。これが勇者の力なんだ。選ばれた人の力なんだ。
「ひゃっはぁぁぁぁ! ぶっとべぇぇぇぇぇぇ!」
【リュアはソニックリッパーを放った!】
アレイドの左手から放たれる白く光る爆破、そして勇者の剣からほとばしる光の刃。凄まじいスキルだけど、何て事はなし。でもこうして見ると、ヴァンダルシアのカタストロフは改めてすごいと思った。あれだけは結局斬れなかったし。
「げ、げぶぅっ!?」
【アレイドに3721912のダメージを与えた!】
白で彩られたスキルと魔法はボクの一撃によって斬り裂かれる。左手の平に斬撃が食い込み、鮮血が飛び散り。その一本線の続きが胴体に斜めに刻まれた。
「ぎぃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
【勇者アレイドを倒した! HP 0/572000】
おびただしい量の血を噴出しながらアレイドは大の字のまま、空中を舞う。それから地面に吸い寄せられるように落下するまで、ボクにはゆっくりと見えた。
「さっき、なんで最初から本気を出さないんだって言ってたよね。戦いでは相手の手の内を探り合うのが基本なんだよ。そうやって読み合って、相手への最善手が何かを考えるの。最初から全部見せちゃったら、勝負を決められなかった時にぜーんぶ読まれちゃうんだよ? って、もうあんまり聴こえてないかな……」
ぴくぴくと痙攣するアレイドはかろうじて生きている。当たり前だ、あれだけ強くなっておきながら、あの程度で死なれちゃ困る。というか手加減できる相手じゃなかった。どういうわけか、こいつは最初に会った時とは比べ物にならないほど強くなっている。
大して戦闘経験もなさそうなのにとんでもないスキルや魔法を覚えているし、今一わからない。
「リュアちゃん! よかった……」
「すごい奴だったよ。もしこのアレイドが真面目に経験を積んだらどうなるかなぁ」
「こ、こ、この……やろ……ヒ、ヒール……」
【勇者アレイドはヒールを唱えた!
勇者アレイドのHPが6423回復した! HP 6423/572000】
回復魔法、まだそんな元気があったなんて。いや、それよりこいつがそんなものまで使えたなんてちょっと迂闊だった。おかげで震えながらも何とか立ち上がるくらいまで元気になったし、まだやる気なのかな。
塞がりきらない傷を押さえながらも何とか立ち上がるアレイド。悔しさが瞳に溢れている、今すぐにでも襲いかかってきそうな気迫。勝てなくて悔しい時は皆、こんな顔をする。ボクだって昔はそうだったと思う。
「へ、へへ……やっちまったなぁ」
「まだ戦うの?」
「ヘヘヘヘ、ウヘハハハハハハ」
「な、なに……」
「これが笑わずにいられるかってんだ……。まさに狙い通りの展開なんだからな」
傷口から落ちる血が痛々しいけど、アレイドはそんなものに構わずにその体が宙に浮く。
「魔王と結託した瞬撃少女リュアとクリンカにやられた……しっかりと伝えてやるよ」
しまったと声に出す暇もなく、アレイドは空へと消えていった。狙い通り、アレイドは始めから真面目に戦っていなかった? いや、そうじゃない。ボクを殺そうとしていたのも事実だ。だけど負けた時にこうすると予め決めていたんだ。
ボク達を陥れる為に、あいつはそこまで考えていた。これはつまり、どういう事になっちゃうんだろう。
「まずい事になったな。下手すりゃ国中を敵に回した事になる」
「で、でも! そんなの信用されるのかな」
「どっちにしても、お前らはそっちに転ぶ。いいか、よく聞け。さっき言った研究施設……あれは確実にアバンガルド城のどこかにある。さすがの俺も場所まではわからん。で、重要なのはここからだ」
イークスさんはもったいつけて、一呼吸置いた。研究施設、そんなものがあったとしてボクはそこへ行ってどうすればいいんだろう。破壊すればいいのかな。
「そこにはイカナ村の住人が捕えられている可能性がある。もちろん、お前達の両親もな」
何を言っているのか、うまく理解できなかった。またしても頭の中で整理できない。だってイカナ村は滅ぼされたし、お父さんやお母さんはもうこの世にはいない。それなのにイークスさんはよくわからない事を言っている。
「……少し落ち着くのに時間が必要だな。バトラムさん、こんな崩壊寸前の状態じゃ難しいだろうがどこか落ち着ける場所はないか?」
「案内しましょう。そのかわり、魔王様もお連れ願います」
「わかった」
柔らかい物腰でバトラムは歩き出す。ボクはというと、何も考えられずにただ歩くという動作をしているだけ。今のボクにはそれだけが精一杯だった。




