第16話 幽霊屋敷の怪 終了
「はい、提示額分の報酬はお渡しします」
屋敷を出た頃にはすでに夜中だったので一度解散してから
朝方にもう一度3人でギルドに集まった。
ボク達が事情を説明しても、メガネの人……リンテイさんは
半信半疑だ。
屋敷にギルドの人達が調査に向かい、それが終わったのは
夕方だった。
しかし、そこで判明したのは事件が解決しても尚怪奇と
言わざるを得ない、ボク達の予想を上回る事実だった。
「依頼主のフランソワスさんの遺体が発見されました。
兵士の方々によると、死後1年近くは経っていたそうです。
自室で首を吊って死んでいたようなのですが腐敗が進んで
床に腐り落ちていてひどい有様だったとか」
これを聞いた時には耳を疑った。
彼女はボク達が尋ねた時には確かに生きていた。
夕食も作ってくれた。
「じゃ、じゃあ私達が話したフランソワスさんは……」
「怨霊、という事に」
「ぞ、ぞわーーーーー!」
リンテイがメガネを中指を立てて上げた。
ロエルは口でぞわーとかいってる。今回の依頼は彼女の功績が
大きいというのに、まるで自覚がない。
それにしても、それが真実だとしたらフランソワスは
自殺する前に依頼を出したということか。
そんなものが一年も放置されていたなんて。
「依頼書に関してはこちらの不手際です。
私とした事がなんでこんな依頼を一年も……」
「他に誰も引き受けなかったんですか?」
「はい、私自身も……あれ? 依頼書はどこに?」
突然、リンテイが手探りで依頼書を探し始めた。
カウンターの下や床、あらゆる場所を見て回ったけど結局依頼書は
見つからなかった。
「今の今までここに置いていましたよね?
おっかしいなぁ、風で飛んでいったわけでもあるまいし」
「はい、このカウンターの上に置いてました。
誰かが持っていったなら気づくはずです」
まるで依頼書なんて初めからそこになかったかのように
紙一枚が忽然と消えた。
「依頼書を見つけたのはそちらのロエルさんですよね?」
「はい、Dランク向けの依頼書を探していたので」
「それなのに一年も……ふーむ、変な事もあるもんだなぁ」
フランソワスが自殺した時、依頼書も死んだ。
今までボク達が引き受けていたのは依頼の幽霊だったのかもしれない。
馬鹿な話と自分でも思うけど、そうでもないと今起こった
不可思議な現象に説明がつかない。
「婦人……助けてほしかった……かもしれない……。
助けてくれる……人……ずっと待ってた……」
「やっぱり、未練あったのかな……ボクじゃどうにもできなかった」
結果はどうあれ、もうあの屋敷で不思議な現象が起こる事もないし
苦しむ霊もいない。
達成感と同時にどこかやりきれない思いがあったのは事実だけど
一つの事件を解決した。それで満足するしかない。
【報酬 4000Gを手に入れた!】
「それと今回の件でお二人はCランクに昇格です。
おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、こちらもご迷惑をおかけしましたので」
やっとCランクになれた。
これでより高レベルの依頼を引き受けられる。
次にがんばってBランクになれば上位クラスの試験も受けられるらしい。
ボクは今ソードファイターだけど、もし上位クラスになれたら
より多くの技を使えるようになる。
更に力強く、更に速くなれるとも聞いた。
そうなったら、あの"片翼の悪魔"へとまた一歩近づける。
村を滅ぼしたあの悪魔を……この手で殺せる……
「あーーー! おまえらもうCランクになったの?!」
突然、大声を出されてビックリした。
振り向くとオードが槍を抱えて突っ立っていた。
「いいな、いいな! なぁ、リンテイさん!
オレもがんばってるからそろそろいいでしょ?」
ずかずかとボク達を割ってオードがカウンター越しにリンテイに
詰め寄った。
「オードさんはもう少しですねぇ。がんばって下さい」
「かーーーーっ! おまえら、絶対追い抜いてやるからな!」
オードは今しがた終えた依頼の清算をして、レベルを計りにいった。
いつの間にかライバル視されているけど、はっきりいって迷惑だ。
今の今までオードどころじゃなかっただけに、突然の登場でボクは
少し気分が悪くなった。
帰りにボク達も恒例のレベルチェックをしてみたら、ロエルのレベルが
4も上がっていた。
骨の魔物や、もしかしたらフランソワスでの経験が大きかったんだろうか。
トルッポも2レベル上がっていたみたいだ。
【リュア Lv:不明 クラス:ソードファイター ランク:C】
【ロエル Lv:9 クラス:ヒーラー ランク:C】
【トルッポ Lv:15 クラス:マジシャン ランク:C】
「レベル変わってねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
隣の鉄の箱からオードが叫びながら出ていった。
///
「今日はありがとうございました」
「感謝……こっち」
こちらこそ感謝しているという意味だろうか。
最後までよくわからない子だった。
「怨霊系……想定外……リュア達……感謝」
「世の中にはあんなのもいるなんて」
ボクは怨霊のあの腕力を思い出した。
あれが怨霊というものなのか。
「怨霊系……単純な腕力……違う……
未練や想い……それが力……。
でもリュア……それ破った……何者……」
だとするとそれだけあの人達の想いが強かったという事になる。
でもボクにだって譲れないものがある。
そう簡単にやられるわけにはいかない。
それより、この子なら笑わないで信じてくれるだろうか。
「トルッポ、奈落の洞窟って知ってる?」
「奈落……?」
ボクの10年間を話した。
表情は見えないけど、真剣に聞いてくれているのはわかった。
「リュアの話……本当なら……凄い事……
奈落……破壊の王……どこかで……聞いたような……」
少し考えたみたいだけど、やっぱり思い出せなかったらしい。
ロエルも驚いていた。そういえば言ってなかった。
「リュアちゃん、それすごいよ……」
ロエルの生唾をごくりと飲み込む音まで聴こえた。
そう、ボクは10年かけてあの地下100階にまで及ぶダンジョンを攻略した。
それが自信に繋がったし、誇りとも思える。
怨霊がどれだけすごくても、簡単にボクの誇りを破らせやしない。
ボクはあのダンジョンを……
そういえば、初めはなんであんな怖いところに潜ろうと思ったんだろう?
子供の頃の事だからだろうか。
その辺りがまったく思い出せない。
「ここでお別れ……宿戻る……リュア、ロエル……おやすみ……」
「うん、おやすみ。夜更かししちゃダメだよ」
ちょっとくだけてみたけど、トルッポの反応は特にない。
やっぱりとっつきにくい子だ。
「リュア達……機会あれば……ウィザードキングダム……来る……
そこ……私……故郷……」
「ウィザードキングダム?」
「魔法技術が発達したウィザードばかりの国だよ。
暮らしも何もかも全部魔法で支えられてるって聞いた。
トルっポちゃんはそこのマジシャンだったんだね」
トルッポがこくりと頷く。
ウィザードキングダム……いつか行ってみたい。
「じゃあ……いつか……」
不器用に挨拶してトルッポは宿のほうへと歩いていった。
ボク達も帰路につこう。
昨日から今日まで、本当にくたびれた。
ゴースト系、怨霊、魔物化、そしてウィザードキングダム。
どれも初めて聞くものばかりだ。
やっぱり外の世界にはボクの知らない事が山ほどある。
「変な子だったね、あの子」
「うん、でもきっと不器用なだけなんだよ」
ロエルはどんな相手でも優しくフォローしそう、そんな気がする。
でもボクもトルッポはいい奴だと思う。
「お腹空いたね。買い物してないけど余り物でいい?」
「いいよ、ロエルが作ったものならなんでも食べる」
「じゃあ、塩スープ」
「やだ」
冗談だとわかっていてもボクは拗ねた。
ロエルはクスクス笑いながら、別のものに訂正する。
今日も無事に生き残れた事、依頼を達成できた事を噛み締めながら
狭いベッドで眠りにつこう。
そして明日からはまた別の冒険が始まる。
夜道を歩いていると謎の怪物に襲われた夜の事を思い出す。
あの怪物はなんだったのか、あの人達は何者だったのか。
不安にさせたくないのでロエルには話してない。
気にはなるけど、もしそれが判明する事によって彼女に被害が
及ぶなら永久に知らなくていい。
そう思うほど今が楽しかった。
夜道と共に続く建物の明りがボク達に日常の安らぎを思い出させてくれた。
///
振り返ると二人は夜空を見上げながら歩いていった。
今日の依頼は間違いなくあの二人がいなかったら死んでいた。
少女の父親の霊となんとか交信してなだめたものの、地下室から先は
完全に自分にとって次元違いの場所だった。
モータルゴースト、Bランクの冒険者なら難なく倒せるが今の自分では
パーティプレイを駆使してもきつい。
それをあのリュアという少女は素手で倒した。
奈落の洞窟という場所で鍛えたらしいが、そんなダンジョンは知らない。
――いや、やっぱりどこかで聞いた覚えがある。
しかしどうにも思い出せなかった。賢者ハスト様に聞けばわかるだろうか。
リュアも気になるが、それ以上にロエルという少女。
ヒールで怨霊化を解いて魔物化させるなんて聞いた事もない。
本来、あのクラスの依頼は専門職、エクソシストが必須だ。
ゴースト系についてはまだよくわかっていない部分が多い。
死という概念が人間にとって未知の領域だからかもしれない。
死して動き、時として人を脅かす。
これほど奇怪と呼ぶに相応しい事象はないだろう。
それ故に厄介な魔物が多いし、専門職の存在も大きい。
実を言うとあの依頼は引き受けたはいいけど、ちょうど破棄しようと思っていた。
そんな時にあの二人がやってきたから、やってもいいかなと軽い気持ちで
引き受けてしまった。
「あの二人……何者……」
修業の旅を切り上げて、早々にウィザードキングダムに帰還しよう。
バーダム様に聞けば何かわかるかもしれない。
今の自分の中では修業よりも、あの二人の存在が大きかった。
早朝、宿を発ってアバンガルド王国城下町を経由して港に行こう。
疑問の氷解を期待して、私は早足で宿へ向かった。
魔物図鑑
【モータルゴースト HP 332】
浮遊霊が邪気を取り込んで魔物化したもの。
負の感情などがうずまく場所を好んで住みつく傾向にある。
範囲魔法を扱う上に耐久力も高いので、未熟な腕で討伐は務まらない。




