第167話 真実への道 その1
◆ 魔王城 城門前 ◆
【ヨーツンガンド(幼体)が現れた! HP 72000】
雪の下から瞬時に現れたのは紛れもない、ヨーツンガンドだった。そう、忘れもしない奈落の洞窟ではこいつと死闘を繰り広げたっけ。まさかこんなところでまた出会う事になるなんて思いもしなかった。ハスト様が持っていた本によると、過去の時代で最強だった魔物らしいけどそんなのが何匹もいるものなのかな。もしかしたらこいつは子供かもしれない。
威嚇で追い払おうとしたけどまるで効果がなかった。ボクが感じた事だけど実力差に関係なく、威嚇で逃げない魔物は気性が激しい奴か、あのクジラみたいに戦いに感心を示さない大人しい魔物が多い。このヨーツンガンドも、たとえ勝てない相手だとわかっていても逃げないのは魔物だけに譲れないものがあるからかも。
【ヨーツンガンド(幼体)の攻撃!】
「どうも、そうじゃない気がするんだよね……」
飲み込もうとして突撃してきたこいつの鼻先を片手で抑えながら、少しの間考えてみた。どうもそれにしては必死すぎる。まるで誰かの命令でも受けているかのようだ。こんな場所でこいつにそんな事が出来る奴がいるとしたら一人しかいない。魔王だ。
「魔王は予想以上に強いのかもなぁ」
子供とはいえ、かつて世界を脅かしたほどの魔物を手懐けるなんて完全に化け物だ。それ以前に子供なんていたのか。だとしたら他にもいるかもしれない。子供でこの力、こんなのが他の大陸で暴れまわったら下手すると数日で滅ぼしかねない。そのくらい危険な魔物だ。
「ガ、アァァァァ!」
「うわっ、思ったより強い……」
片手で楽々、とはいってもその力で足が沈んだ。幸い、きちんとクリンカを固定しているおかげで両手は自由だ。左手でディスバレッドを持ち、その大きな口の中に一撃撃ち込んだ。
【リュアのソニックスピア! ヨーツンガンド(幼体)に7322961のダメージを与えた!
ヨーツンガンド(幼体)を倒した! HP 0/72000】
ソニックスピアで口の中から体内まで貫かれ、残された胴体も力を無くして氷の大地に落ちた。こいつの場合、頭を潰しておかないと危ない。何せ胴体を切断しても平気で向かってくるような相手だ。とてつもないその生命力に当時のボクは圧倒されたっけ。あそこで倒れているギーガアトラスの子供に比べるとパワーは落ちるけど。
「よしよし、ここまでは順調……」
【漆黒の地竜ドグラが現れた! HP 18100】
蛇のようにひょろ長い、いつか見たドラゴンが吹雪の中を泳ぐようにしてやってきた。あれは確か葬送騎士、いやイークスさんが乗っていた魔物だ。実をいうとあの時からこいつだけは普通じゃない気がしてた。単純なパワーや生命力ならギーガアトラスやヨーツンガンドのほうが上だけど、こいつにはあの二匹にはない特殊な力がありそうな気がする。
身構えたボクを眺めてからそいつは魔王城の上を周り始めた。攻撃か何かの合図には見えない。殺気も感じられないし襲ってくる気配がないどころか、むしろ城の中に入れとでも言ってるようだ。
「入っていいの?」
もちろん何も答えてくれない。魔王城の巨大な城門に近づいても、ドグラはその運動をやめなかった。
「リュア……ちゃん?」
「クリンカ! 気がついたの?!」
「うん……私、どうしちゃったのかな」
コキュートスの事を素直に話すとクリンカは予想通り、肩を落とした。気にしないでとフォローはしておいたけど、効果があったかどうかはわからない。それより、なんで急に目が覚めたんだろう。
「ごめんね……リュアちゃん、ずっと私を抱きかかえてこんなところまで……」
「ボクがその程度でへこたれると思う? ぜーんぜん気にする事なんかないんだよ?」
「でも……」
「いいって、それよりもう魔王城に着いたよ。ほら」
門だけでボク達の何倍はあるんだろうとさえ思える。木の扉に鉄か何かで固定した、どこか古めかしい扉だ。漆黒のカラーリングの魔王城と相まって、邪悪な雰囲気を演出している。
「これ、どうやって開くんだろう。壊しちゃおうか」
「待て待てまてーい!」
城門の横にある小さな扉から何か出てきた。二足歩行のムカデみたいな、手が何十本もある虫人間。この雪原地帯に似つかわしくない見た目だけど、魔王軍の一員なら大して関係ない。手か足かわからないけど、持っている無数の刃を光らせたムカデ人間が扉の前に立ちはだかった。
「メガアトラスとヨーツンガンドがいたはずだが?」
「倒したよ」
「ウソをつくんじゃない。大方、あそこでメガアトラスが寝ている隙にこっそりと横切ったのだろう? まったく姑息な連中だ」
「信じないなら別にいいけど、そこを通してもらうよ」
「ま、待て! 信じないとはいっていない! だがな、ここは魔王城。まず第一に門番であるこの私、百刃のヒャクレッガがいる。自慢じゃないがこの私の実力は魔王様の側近、葬送騎士にさえ匹敵するのだ。お前も名前くらいは聞いた事があるだろう。クラーツ帝国をたった一人で滅ぼした、漆黒の鎧をまとった騎士の話を。つまり奴と互角の私と戦っても勝ち目はほぼ0、まぐれで勝てたとしても中には無数のトラップや魔物が蠢いている。死ににいくようなものだ」
もうなんか面倒になってきた。何が言いたいのかわからないし、戦う気がないならどけてほしい。やたら饒舌に語りだしたし、そもそもこいつがイークスさんと互角だって。なんで強がってるのか知らないけど、さすがに怒るよ。
「どけてくれないなら戦おうか」
「いや……その必要はない。何故ならお前達は絶対にこの門を開けられん。つまり、私が戦うまでもないのだ」
「ていやっ!」
どれだけ硬い扉かと思えば、拳を打ち込んだだけで木片を飛び散らせて弾け飛んだ。立派だった金具もひしゃげて、たった一発で無惨な姿だ。
「開いたよ、通っていい?」
「……どうぞ」
さっきまで語りまくっていたのに急に静かになって道を空けてくれた。結局こいつは何がしたかったんだろう。門番って守るのが仕事だと思うんだけど。
◆ 魔王城 ◆
まず天井が高い、見上げたら首が痛くなるほど高い。柱も長いし、それに巻きつくような階段から更に分かれた階段。天へと登っていくような道がいくつもある。紫と黒で彩られた不気味な内装がいかにも魔物の根城だ。
赤い絨毯が続くこの道の先が真っ暗で何も見えない。階段を登るのが正解か、ここを進めばいいのか。覚悟はしていたけど予想以上の迷宮っぷりだった。というか、魔王城に住んでいる魔物達は迷ったりしないのかとほんのり疑問に思う。
「す、すごいね……どこから進む?」
「奈落の洞窟にも迷宮の階層はあったんだよね……」
「それじゃリュアちゃんはどう進めばいいか、ちゃーんとわかってるんだね」
「うん、面倒だから壁を壊して……」
クリンカはそれ以上、何も言わなくなった。いやだって、そうでしょ。こんなの正解の道なんてわかるわけないし、あの階層だって総当りで進んでいたらボクがおばあちゃんになっても攻略できなかったよ。
でもこれは階段が上まで続いているし、ひたすら登っていくしかない。もしくはここを真っ直ぐ進むか。本当はクリンカにドラゴンになってもらって、手当たり次第に壊しながら進むのがベストだと思ったけど言い出せなかった。さっきまでコキュートスであんな事になっていたクリンカにあまり無茶はさせられない。クリンカをおんぶして階段から階段にジャンプしてもいいけど、それこそ正解がわからない。だったら。
「真っ直ぐ進もう」
「え、いいの?」
「総当りよりはこの真っ直ぐ続く道のほうがいいかな、なんて」
その考えがあまりに安易だった事に気づいたのは一歩踏み出し、床が抜けて落下し始めた時だった。突然の事でクリンカもドラゴンになるなんて思いつかなかったんだろうなと思う。いきなりやられた。
◆ 魔王城地下 カタコンベ ◆
「結構落ちちゃったね……」
「いったぁ……罠だったんだね……」
「あーあ、カタコンベに落ちたですか」
道具袋から頭を出したシンが暗闇一色な周りを見渡していた。カビ臭いし空気が淀んでいる、久しく味わってなかったこの感じ。奈落の洞窟での記憶がより鮮明に蘇るようだった。
「ここは使い物にならなくなった魔物や凶暴すぎる魔物を閉じ込めておく地下迷宮です。その広さはこのシンにも想像がつかないです……」
「ふーん、出口はあるのかな。壁を蹴りながら上まで上がれない事もないけど」
「そんな事しなくても、ドラゴンに変身すれば上までいけるよ」
「こ、こいつら……」
ひくつくシンを放置してこのカタコンベ内を眺めながら、ボクはある疑問について考えていた。それはあまりに魔物が少なすぎる事。魔王城の周りにはそれなりの魔物もいた。一応、門番みたいなのもいたけど城内がこんなに静かだなんて思わなかった。
「ねぇシン、魔王城ってこんなに魔物がいないものなの?」
「ううむ、いつもならこのシンですら食われかねない魔物がたくさんいるはずなのですが……」
「知りたいかい?」
暗闇の奥から、聞いた事のある声が聴こえた。忘れもしないこいつはすでに魔王城に戻ってきていたのか。暗闇に黒いローブ、灰色に近い肌にペイントされた黒の模様。クマが出来たような目元。病気なんじゃないかとさえ思える不気味な奴。そいつが、わざわざろうそくで灯りをつけてやってきた。
「ジュオ……!」
「久しぶりだね、つい最近までつけていたのに君達ったら空まで飛ぶんだもん。おかげでまったく追いつけなくなったよ」
「出てきたからには覚悟は出来ているんだろうね」
「僕を殺すと? 本気で?」
「当たり前でしょ、お前のせいで」
「君に僕が殺せるもんか。何せ僕は人間なんだから」
さも当たり前とでも言わんばかりにジュオは近づいてきた。こいつ、今なんて言ったっけ。こいつが人間だって。またそうやってボク達を動揺させようとしている。闘技大会で初めて会った時からそうだ。こいつは大して強くもないかわりに、小細工でその場を凌ぐ。あの時はまんまと逃げられたけど今度はそうはいかない。
「ロエル、いや今はクリンカだっけ。君もそいつの事はよくわかっているだろう? 何せ女同士でキスまでする仲だもの」
「な、なんでそれを……!」
「僕は君の事なら何でも知っているさ、何でもね。パンよりもライス派、データをとってみたけど20日の中でもライスが14日を占めているよ。パンだとお腹がふくれないからだよね。町を歩く時は性格柄か、無意識のうちにリュアに寄り添ってる。正面から人が来た時はこれまた無意識でリュアの腕を片手で抱く癖がある。強くなってもまだまだ臆病な面が抜けていないんだ、君。ちなみに下着のローテーションは」
「やめて! それ以上いったら燃やすよ! 燃やすよ!」
顔中を真っ赤にしたクリンカが灼譚の杖を握り締めている。これ以上言ったら本当に燃やしかねない、いや燃やしていいけど。それよりクリンカの下着がどうとか言ってたけど、それならボクのだって。
「あぁ、君のは興味ないから視界にも入れてないよ。目が腐る。だから心配しなくていい」
「誰も心配してないよ! もう頭にきた! まさか勝てる気でいるんじゃないよね?!」
「無理だよ、何せ僕は十二将魔の中でも一番弱い。恐らく外にいるヒャクレッガにさえ勝てないだろうね」
「じゃあ、尚更覚悟は」
「だけどそれが負ける理由になるのかい?」
【ダークハウンドの群れが現れた! HP 1230】
【エビルウイングが現れた! HP 2660】
【カオスナイト×5が現れた! HP 1800】
暗闇の中で息を潜めていた魔物達が一斉に寄ってきた。黒い犬の群れが分かれ道を塞ぐように展開し、ワイバーンの翼を大きくしたようなドラゴンが上で羽ばたいている。錆びついたような鎧の魔物が兜の奥から目を光らせている。
「君達が魔王城に入った瞬間から、全部の魔物はバトラムの指揮の下で動いている。無闇に襲いかかってこなかったのはそういう事さ。この暗闇の迷宮に戦力を集中させたんだろうね、本来なら上にいるような奴らまで混じってら」
「バトラムだか知らないけど、こんなのでボク達を倒せると思ってるの?」
「さぁね、少なくともわかっている事が一つ。イークスに会いたかったら、バトラムが仕掛ける罠をかいくぐってその喉元に差し迫るしかない。魔王様の側近バトラムの手腕がどこまで君達に通用するか、僕も興味深く見学させてもらうよ」
「こらっ! 逃がすわけないでしょ!」
【トゥースグールが現れた! HP 1406】
「いずれクリンカもボクのものにする。せいぜい束の間の幸せを満喫するんだね」
ジュオの肩を掴んだ瞬間、ローブがはらりと落ちる。だけどそこにはあの灰色の顔じゃなく、皺だらけの犬顔をした猫背の魔物がいた。口から牙がこれでもかというほどはみ出ていて、あのジュオとは似ても似つかない。
今の声はそいつの口から出ていた。こいつがジュオじゃない事は確かだけど、どういう事だろう。もしくは元々ボク達が相手にしていたのはこいつかもしれない。とにかくあいつは大して強くないけど、得体の知れないスキルを持っている事は確かだ。
「クリンカはボクのものだ。取れるものならとってみろ」
「私、リュアちゃんのものじゃ……」
「あ、ごめん。つい……」
「えへへ、やっぱりリュアちゃんのものでいいかな。ずーっと大事にしてくれるならね!」
「す、するよ! するする!」
これでもかという意思表示として、クリンカの肩を抱いた。襲われている状況だし、呑気にしている場合じゃない。
「いちゃついてる場合じゃないです。飛んで戻ろうと考えているとしたらそれは甘い、です……」
「ダメなの?」
「この城全体を管理する四天王のあいつがすでに手を打ってますです。空間を操るあいつの許可なくして、この城を自由に歩く事は出来ないです……」
「空間を操る……?」
「試しに飛んでみればいいです」
すぐにドラゴン化したクリンカにまたがり、ボク達が落ちてきた上を目指す。暗闇を飛び続けてようやくわかった。一向に上に着かない。落ちた時間と距離を考えると、とっくに地上に着いてもいいはず。ところがこの暗闇にまったく終わる気配がない。
「こ、これどういう事? リュアちゃん、もしかして私達……」
「うん、同じところを飛び続けているね。奈落の洞窟にもあったけど、一定の場所まで進むと戻されるんだよ」
「それってつまり無限にループしてるって事?」
「奈落の洞窟にはそういう場所があったけど、まさかここにきてそれを操る奴が出てくるなんてね……」
「魔王城の戦力をこのカタコンベに集中し、更に四天王ゲトーによって隔離される……。バトラムの奴、思った以上にえげつないです……これじゃ力尽きるまでここで戦い続けるはめになるです……」
四天王ゲトー、そいつを倒さないと永遠にここから出られない。それでいてこのカタコンベではひっきりなしに魔物が襲ってくる。これはやられたなと素直に思った。無意識のうちに魔王軍を舐めていたからこその感想だ。
「リュアちゃん、下にものすごい数の魔物が集まってるよ……」
「四天王ゲトー、やってくれたなぁ。まさかそんな奴がいるなんて」
「一番の問題はこのシンが完全に裏切り者扱いされて閉じ込められた事です……ぶるぶる」
道具袋の中で怯えるシンがなんとなく気の毒だ。
「まぁ何とかなるよ。魔王城の戦力をここに集めたって? 好都合だよ」
クリンカがまさに納得がいった様子で力強く頷いた。どういう事かすぐにわかったはず。
「腹が立ってきたよ。奈落の洞窟の中層辺りの恐怖すら出せていないくせにこれで勝った気でいるんだもん」
クリンカドラゴンの背中の上でボクはディスバレッドを握り締め、襲いかかってくる魔物に向かって冷笑した。
◆ シンレポート ◆
ひゃくれっが しごとしろ!
じつりょくはそこそこなのに まんしんがつよすぎて もんばんに
させんされたのを まったくわかってないです
どこのせかいに どうぞ なんていって しんにゅうしゃをとおす
もんばんが いるですか
そりゃ すでにあのさんひきの おやをたおしているらしい ばけものあいてじゃ
いのちがおしくなるのもわかるです
いや これには しんも おどろいた
ほんとうに ちじょうさいきょうの ばけものなんじゃ
はいって さっそく はめられたとか
げとーのそんざいを すっかり わすれていたです
あいつがそのきになれば えんえんと まおうじょうのなかを
さまよいつづけることになるです
だから じゅうにしょうまも ほかのつよいまものも あいつには
だれも さからわない
いやいや いちばんの もんだいは しんまで まきぞえくらったこと
これは おかしい どうかんがえても おかしい
こうして りゅあのじゃくてんを れぽしている しんが
さいきん めっきり じゃくてんについて かいてないことに
きづいた どうしよう
魔物図鑑
【ダークハウンド HP 1230】
暗闇の中で集団生活をする狼の魔物。
魔王城に侵入してきた者に対して躊躇なく集団で襲いかかる。
【エビルウイング HP 2660】
ワイバーンの亜種で、洞窟などの暗闇に潜むドラゴン。
巨大な翼で風を起こし、相手が怯んだ隙に高速で食らいつく。
強靭な力を持ち、見た目の細さに騙された者から殺される。
【カオスナイト HP 1800】
魔王城を守護する騎士。アンデットのような存在で自我はまったくない。
ただし剣の腕は歴戦の戦士すら震え上がらせるほど。
おまけに痛覚を感じないのでまったく怯む事がなく向かってくる。
【トゥースグール HP 1406】
犬のような頭を持った食屍鬼。
普段は死体しか食べないが、腹が減ると生きている動物も狙う。
とにかく食らいつく事しか考えないので動きは単調。
ただし身体能力は並みの人間を上回ってるので戦闘経験がなければ、ひとたまりもなく丸かじりだ。




