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第129話 ボクの武器

◆ カシラム王都 ハンスの工房 ◆


「……持ってみろ。これがお前の剣だ」


 ディスバレッドを渡してから三日目の朝、ついに工房からハンスに呼ばれた。打ち終わった事を喜べと言わんばかりだけど頬がこけて土気色になった肌、包帯だらけのハンスのほうが一大事だ。汗と血の臭いが混じって、鍛冶をしていたとは思えない。それにハンスほどの鍛冶師なら、作業中に怪我をするなんて滅多にないはずなのに切り傷が全身に及んでいる。


「ハ、ハンスさん。それ……」

「鍛冶をしていただけだ」

「でも……」

「曰くつきの武器を扱ってりゃ、しょっちゅうだ。ちょいと手強かったがな」


 やせ我慢をして白い歯を見せられても、生気を吸い取られたような細い体からはとても力強さは感じられない。いや、実際にディスバレッドと戦ったんだからそれは失礼だ。持ち手を次々と死に追いやる魔剣をハンスは見事に制したんだ。

 これだけで伝わってくるハンスの鍛冶師としての腕と信念。命を危険に晒されても逃げ出さず、負けずにボクとの約束を果たした。荒っぽくてちょっと頭がおかしいところもあるけど、この人は本物の鍛冶師だ。この人は本当に世界一の鍛冶師なんだ。

 ボクは感動のあまり、ハンスの手を握った。ぎょっとしたハンスに構う事なく、小さくお礼を言った。隣でひたすらお父さんの仕事を見ていたタターカも並大抵じゃない。傷つけられ、やつれていくお父さんを見ていられなかったはずだ。それでもハンスはきっと、手を出すなと一喝したに違いない。そしてハンスの言いつけを見事に守り通した。世界一の鍛冶師を目指すというのはやっぱり本物だったみたいだ。


「ハンスさんはやっぱり世界一だよ……」

「あ、あぁ? おう、そりゃ当たり前だ……」

「タターカさんも、よくこんな風になったお父さんを見守ってたね……強い、強いよ。

あのフォーマスなんかより、ずっと強い。ボク、感動しちゃった」

「そんな……私なんか、まだ何もしていないし……」


 タターカをここにつれてきて改めてよかったと思えた瞬間だった。ディスバレッドのせいで弱ってしまったハンスに負い目があるけど、それを打ち消すほどの世界一の仕事を見せ付けられた。何故かボクにつられて涙ぐんでるクリンカとラマ。世界一の名工ハンスが今、ここに復活した。

 でもあんまり褒めると調子に乗りそうだから、これ以上は黙る。


「手にとってみろ……改めてわかった、その剣はお前以外には扱えねぇ。更に言えば、そいつはお前を主と認めている」

「そうなの? ねぇ、そうなの?」

「剣に聞いても答えなんか返ってくるか、バカ。だが覚えておけよ、そいつはあくまでも魔剣だ。

万が一、弱味なんかを見せてみろ。即食われちまうぞ」

「食われるって、この剣がガバッと口を開けて?」

「……もう、キレる元気もねぇや」


 タターカもクリンカもラマも、堪えきれなくなってついには大笑い。頭全体の体温が上がりそうなほど恥ずかしいし、どうもボクは他の人よりもバカにされやすいらしい。


「ごめん、笑いすぎた。リュアちゃん、せっかくだし握ってみれば?」


「ホントに笑いすぎだよ……うぅわっ!」


 ディスバレッドを握った瞬間、まるで手が柄全体に張り付いたかのような感触があった。いや、気のせいじゃない。手の平が柄に吸い寄せられて、ピッタリとくっついている。

 室内でボクを中心に突風が起こり、作業道具を散らかして皆も壁に叩きつけられるほどの事態。その瞬間、ボクは見た。黒、紫、赤。決して華やかとは言えない色合いが入り混じった炎のようなものが、ディスバレッド全体から放たれるのを。

 それらはまるで笑っているようでもあり、怒っているようでもあった。怒声、すすり泣く声、笑い声。このディスバレッドの声なのか、それとも。


「いったぁ……。な、何が起こったの?」


 驚いた事に、ハンスだけがかろうじて立っていた。興奮で息を荒げながらも、何としてでも武器に負けないという気迫が伝わってくる。もしかしたらディスバレッドのほうも、ハンスを良く思っていないのかもしれない。もしハンスが言うように鍛冶師と武器との勝負なら、ディスバレッドは負けた事になる。今のはその腹いせとも思えた。


「このハンス相手にここまで歯向かった武器なんざ初めてだ、コイツめ。けど喜んでもいやがるな、やっぱりそいつはお前がお気に入りみたいだ」

「お気に入りって……。武器に気に入られるなんてあるのかなぁ」

「殺し甲斐のある奴だと見込まれたんだろうな。まぁせいぜい、長生きしてくれや。とりあえず、約束は果たしたぞ」


 武器に殺されちゃたまらない。そうまで言われると、ボクだって負けてられないよ。こうなったら何としてでも、ボクの武器として使ってやる。

 奈落の洞窟で拾った武器がまさか、ここまでとんでもないものだったなんて思いもしなかった。


「くあぁぁ……疲れた……。一眠りするわ。客みてぇなのが来ても追い返せ」


 大あくびをしてハンスは体中をかきむしりながら、工房の裏のドアを開けた。すぐそこは家の中に繋がっているみたい。

 何はともあれ、ようやく一安心できる。早く生まれ変わったディスバレッドがどんなものか、試したいけどそれだけの為に魔物を殺すのもどうかな。そんな事しなくても近いうちに使う事になるだそうし、焦る必要はないか。


「おいコラァァ! タターカァァァ!」


 工房のドアを蹴っ飛ばして、入ってきたのはフォーマスだ。やれやれ、今日くらいはのんびり過ごそうかなと考えていた矢先にこれ。まさか本当に近いうちにディスバレッドを使う事になるなんて。いや、さすがに思い止まろう。


「うわぁ! リュアちゃん、変なの来たよ!」

「てめぇロエル! マジで調子に乗ってやがんな! そこのタターカと一緒にヤキ入れてやるからよ!」


「な、なによアンタ! うちの娘に何の用?!」


 後からマイペースでゆっくりと入ってきたブリクナを視界の端に止めつつ、暴走した侵入者を迎え撃たんばかりのラマが心配になる。あの重そうなハンマーを片手で軽々と持ち上げて、戦闘体勢は万全だ。


「ババァは引っ込んでろ。おい、タターカ。オレの許可なしに勝手な事してんじゃねえよ」

「わ、私はもうあなたの言いなりにはならない……。確かに良くしてもらったし、そこは感謝しています。でも、やりたい事が見つかったんです」

「おかしいと思ったら、やっぱりそこのレズガキ二匹が噛んでやがったか。あの糞門番もベラベラと喋りやがって……。クビにして正解だったぜ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! あの人をクビにしたって……」

「あ? 腕をぶち抜いて、叩き出してやったよ。利き腕じゃなかっただけマシだろ」

「ひどい! あの人はあなたの事をとても信頼していたのに!」

「うるせぇ糞ロエル。マジでイラつくなお前は」


 こっちのセリフだ。もう本当に殴り飛ばしてやろうか。もうここまでくるとあそこで無意味に勝ち誇って微笑んでいるブリクナさえ苛立つし、こいつは何様なんだ。

 あの門番の人には悪い事をしたけど、ボク達はただ居場所を尋ねただけだ。あの人だって、そこまでされるほどの事はしていない。そもそもタターカを捨てたと言っていたはずなのに、なんで今更。ダメだ、フォーマスの支離滅裂な行動も相まって怒りが収まらない。


「劇団からも捨てられ、路頭に迷ったお前を救ってやったのはどこの誰様だ? 言ってみろ」

「それは……フォーマス、さんです」

「お前はその恩を仇で返そうとしている。人として、メチャありえねぇよな?」

「は、は……い……」

「お前の夢を叶えてやれるのは世界でただ一人、オレだけだ。違うか?」

「タターカ、あんたってホントに腹立つわ。なんとか言いなさいよ!」


「その辺にしておきなよ、マテールのドラ息子」


 ボク以上に怒り心頭な人がいた。ハンマーで素振りをしながらフォーマスの胸倉を掴み、鼻先まで顔を近づけるラマ。フォーマスはフォーマスで、お母さんが怒るのは当然なのにまるでラマが部外者のような目つきだ。


「この子があんたのところでどんな風に生きていたのかはあえて聞かないし、世話をしてやったってんなら感謝もする。けどね……こうして帰ってきて、夢を追うってんだから親としては応援してやるのが当然。邪魔をさせるわけにはいかないのよ」

「ほー、親子揃って恩を仇で返すのか。やっぱり、貧乏人の血筋は違うねぇ、何もかもが劣等だ。だが一つ教えておいてやる」


 フォーマスがラマに何かするならすぐにでも止めるつもりだけど、意外にもなかなか手を上げてこない。ちらりとボク達のほうを見たところから、かなり警戒している。特にAランク昇級試験の時にクリンカに気絶させられたのはフォーマスにとって屈辱だし、出来れば同じ目には遭いたくないはずだ。

 それにも関わらず、ここまで強気なのはマテール商社という存在があるからとしか思えない。


「オレはお前らと違って地位も富も名誉もある。こんな汚ねぇ工房で貧乏人が汗水垂らして働いている中、オレはルゴウ産の青ブドウワインを片手に午後の一時を過ごせるわけだ。

これは紛れもない、力そのものだ。持って生まれてこなかったお前らとの、決定的な差だ。つまり、だ。オレにはそれを行使する権利がある。どういう事だと思う?」


 ハンマーで頭をかち割られても文句を言えないほどの傍若無人っぷりだけど、本人はかなり上機嫌だ。


「すべてに勝って支配する、オレにはその権利がある。悔しかったら、社長の息子にでも生まれ変わってみやがれ」


 汚いベロを出すフォーマスにこの場にいる誰もが怒りを爆発しそうになった瞬間だった。後ろの家に続くドアの奥から、激しい足音が聴こえてくる。その脚力でドアごと外れたと同時に姿を現した下着姿のハンスが一目散に向かった先はフォーマスだ。


「うるせぇぇぇぇぇぞクソガキャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 パン、とフォーマスの顔が弾けたと思ったらそのまま一直線に工房の外まで風に運ばれるように吹っ飛んでいく。殴り飛ばされた、そんな事実をわかりにくするほどの事態とハンスの拳の威力。工房の外の道で痙攣して無様に倒れているフォーマスを追撃するように追いかけたハンスは、馬乗りになって平手打ちを何発も打ち込んだ。

 愛する娘を侮辱されたんだ、このくらいは当然だ。それにしても、仮にもAランク冒険者を一撃であそこまで飛ばすほどのパンチって。


「てめぇ、人が昼寝しようとした時にゴチャゴチャうるせぇぇぇぇ! オラァ、立てや! 正座させてやるから立てやぁぁぁ!」


 ハンスが馬乗りになってるから立てないよ、と突っ込む人はいない。娘を馬鹿にされた怒りじゃなくて、そっちなんだと誰もが思ってるはず。でも集まってきたギャラリーはもう慣れっこなのか、誰一人として止めようとしない。


「お、まーたハンスが暴れてるのか。今度は誰が何をやらかしたんだ?」


「お、おい……見てねぇで止め……ブハッ!」

「余所見してんじゃねぇ! ぶっ殺してやるから立てやぁ!」

「オレを誰だとぶへぁっ!」

「オレの娘は世界一の鍛冶師になるまで閉じ込めておくんだよ! 誰がてめぇなんぞにくれてやるかぁぁ!」

「ブ、ブリクナ……こいつを止め……」


 そのブリクナは恐怖で完全に足が震えている。Aランクのウィザードすらも畏怖させる鍛冶師なんて聞いた事がない。いいぞやれやれなんて煽ってる周りの人達も頭おかしいし、奇声を上げて平手打ちを繰り返してるハンスはもっと狂ってる。

 もう顔が腫れ上がって別人みたいになりそうだから、止めたほうがいいのかな。でも、このままでもいいのかなとも思う。


「おぼ……えでいろ……」


 予想に反して騒ぎはすぐに収まった。さすがにこれは見つかったら、捕まってしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。後で聞いた話だけどこの国では無銭飲食だとか、もしくは店の営業に響くような騒ぎを起こす人は袋叩きにされても文句を言えないらしい。

 翌日にゴミと一緒に店の裏に出されていたなんてよくある事だとか、本当にこの国はどうかしている。あれだけフォーマスを殴ってやりたいだなんて思っていたボクが言うのも何だけど。フォーマスを引きずるようにして、逃げたブリクナが少しだけかわいそうかな。


「す、すごかったね……。あ、そうだ。リュアちゃん、あの子どうしてるかな?」


 そうだ、忘れていた。


◆ カシラム王都 ハンスの家 ◆


「フン! こんなものでシンをカイジューしようという魂胆です?! モチャモチャバリバリモグモグモグ……」


 カラフルな二つに分かれた尻尾みたいな帽子、白い肌、大きな釣り目、ふりふりのスカート。それでいてこの女の子は小さい。ボクの頭二つ半くらいしかない。まるで妖精みたいというクリンカの感想がピッタリだ。

 そんな妖精が目の前で悪態をつきながらも、出された食事を平らげようとしている。一体、この子は何者なのか。そんな正体不明の子は工場の炉エリアで倒れていた。人間じゃないとは思ったし、なんであんなところにいたのか不思議だ。


「君は名前、なんていうの?」

「今、シンって言ったのに聞いてなかったですか。まったくこれだから脳みそ筋肉は……」

「え、リュアちゃんの事知ってるの?」

「こ、このミソ肉がおいしいっていったんです! いったんです!」


 ミソ肉ってなにさ。というかクリンカの発言が引っかかりすぎるのは気のせいだろうか。


「ねぇ、君は何者……」

「モチャモチャモチャモチャ! パリパリパリ……んぐーっ!」


 そんなに急いだら喉詰まるよ、といった矢先に。この子、前にもどこかで見た事があるような気がする。どうも初めて会う気がしないんだけど、どうしたものかな。

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