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第128話 魔の剣

◆ カシラム王都 ハンスの工房 ◆


 さっきから30分は経ってると思う。この狭い工房にボクを含めて5人もいるのに誰も何も言わない。いや、最初は帰ってきたタターカを抱きしめて泣きそうになりながら歓迎するラマ、謝る娘のタターカとそれなりにいい雰囲気だった。

 でもあの頑固なお父さんは娘が帰ってきても、背を向けて座ってるだけ。後継者に相応しい人を連れて来たよ、さぁ入ってなんてサプライズを含めてタターカを連れてきたのがいけなかったのかな。こういうの嫌いそうな印象はあるし。それからタターカが謝ろうが何しようが、ハンスは得意の悪態すらつかない。気まずいってこういう事を言うんだと改めてわかった。


「お父さんもあまりの事態にどうしていいのかわからないのよ。さ、今日はゆっくり休みましょ」


 あんたぁ、なんて怒鳴って耳まで引っ張っていたラマが随分と気を使っている。でも、そんな心遣いも無に消えるほどタターカはその場から動こうとしないしハンスも微動だにしない。さすがのクリンカもポリポリと頬を掻いて首を捻るばかりだ。

 細かい事は抜きにして、後継者を連れてきたんだからディスバレッドを打ち直してほしい。娘だけはダメなんて言われてないし、約束は守ったはずだ。ここでそんな事をいうと油を注がれた火が燃え上がって爆発しちゃいそうだから絶対に黙ってるけど。


「お父さん、わかってくれない……?」

「あんた、この子がどこでどんな思いをしてきたのかわかったでしょ。まさかマテール商社のあの工場にいたなんて……。それを知らずに今まで呑気に暮らしていたかと思うと、私涙が……ううっ」


「今まで好き放題うろついておいて、どうにもならなくなったから鍛冶をさせてくれってか?」


 腹立つ言い方だけど、よくよく考えれば間違ってもいない気がする。でもタターカはそれに必死に言い返すような事はしない。それはつまり自分のそういうところを認めているわけで、それを踏まえた上でタターカは謝ってる。何度も何度も謝ってる。

 ハンスが怒り狂って暴れださないだけマシだけど静かな分、余計に怖いものがある。


「たとえ許してくれなくても、私はここにいる。だってお父さんの仕事を継ぐって決めたんだから」

「言いやがったな、コイツ! どの口がほざいてやがるッ!」

「あんた、やめなよッ!」


 タターカの肩を握りつぶしてしまうんじゃないかと思うほど、力強く掴んだハンスを引き剥がそうとするラマ。イスも何もぶっ飛ばして荒々しく、娘を壁際まで追い詰めたところでボクもようやく助太刀した。

 でもボクがその腕を掴んだところで、ハンスはそれ以上何もしなかった。真っ直ぐハンスを見つめるタターカを息を荒げながら壁に押さえつけたままだ。


「許してくれなくてもだぁ? 上等だ。

年頃の娘がやりたそうな事も何もさせてやらねぇ。この糞狭い工房に閉じ込めて、体中の水分が全部出ちまうくらい悲惨な目にあわせてやる。マテールの工場にいたほうがまだマシだったかもな。

ぶっ倒れようが何しようが、俺が納得するまでは開放してやらねぇぞ!

世界一の鍛冶師になるまでは絶対に許す気はねぇ! 覚悟しやがれ!」


 顔を真っ赤にしながら言い切った後のハンスはまた椅子にふんぞり反って後ろを向いてしまった。体の力が抜けて、膝から崩れ落ちて小さく笑うタターカ。そして噴出すラマとクリンカにボクだけがついていけなかった。

 ハンスが何を言ってるのか、ボクだけが一瞬だけ理解できなかったから。


「小娘、よこせ」

「へ? ボク?」

「武器だ、武器!」

「あ、打ち直してもらえるんだ!」


 鞘から抜いてディスバレッドをハンスの前に置くと椅子から立ち上がり、床に肘をついたりして様々な角度から観察を始めた。無言でタターカを顎で呼びつけた後のディスバレッドに対する反応が明らかに普通じゃない。

 息を詰まらせて一歩も二歩も下がるタターカと不気味に微笑むハンス。一つわかっているのは、この二人の武器に対する洞察力はあのフォーマスなんかとは比べ物にならないという事。あの場でいい顔する為だけに貶したにしても、あの様子だとディスバレッドの本質はまったくわかっていない。

 偉大なる武器商人だかの息子のくせに武器を見る目がないなんて、マテール商社自体もその程度。出来ればこの二人にはがんばってほしい。あのマテール商社を打ち負かしてほしい。


「おい、これどこで拾った。こんなもん、持ち歩いてたのか?」

「うん。やっぱり危ない武器ってわかるものなの?」

「武器ってのはな、そこそこの鍛冶師が打てば何かしらの思念だとか波動みたいなもんが込められるものなんだよ。それが追加効果になりうるし、使った鉱石によっても千差万別に変化する。

だが、これが発しているのは思念じゃない……怨念だ」

「み、見てるだけで頭が痛くなる……。リュアさん、こんなの本当にどこで……」

「今までどれだけの人間を死の淵に叩き落してきたのか、逆に興味があるぜ。それを平然と持ち歩くお前にもな」


 竜人の言っていた事は本当だった。竜人の鍛冶師タイタですら、逃げ出すほどの魔剣。そんな魔剣をボクは扱ってるわけだけど、自分でも不思議でしょうがない。世界一の鍛冶師といっても、これを打ち直せるかどうか。考えてみたら、これでハンスに何かあったらボクの責任だ。


「よし、今から打つ。タターカ、お前もここにいろ」

「はい」


「あの、大丈夫?」

「あ? 鍛冶師が武器に負けてたまるかよ」


 頼もしいセリフを信用して、ボク達は宿に引き返す事にした。心配ではあるけどここはハンスを信じようと思う。竜人の鍛冶師タイタでは手に負えなかったけど、ハンスもそうとわかればすぐに手放すだろうし。

 何よりタターカもやる気になってくれたみたいだし、これであの親子の問題は一件落着のはず。


◆ カシラム王都 宿屋 くつろぎ亭 ◆


「ふぅ、どこを歩いてもここは騒がしいね……昼も夜も眠らないって感じ」

「そう? 私はアバンガルド祭が毎日やってるように思えて幸せだけど」


 両手に串を数本ずつ持ってほおばるクリンカにとってはいい国だと思う。怪しげなお店から大道芸、食べ物の露店なんかが出ていて昼夜問わず活気付いている。あの王様が言うように、夜も眠らずに戦っているんだろうか。

 物を売ってひたすら儲けて勝者になるために、あの工場みたいに傲慢になって。それで幸せなんだろうか。


「うーん、あの時はあんな事いっちゃったけど。あの王様の言う事もわからないでもないかなぁ」

「えー! それじゃ、王様が正しいの?」

「そうじゃなくて。例えば武器にしてもそうだけど、競争相手がいないといい物が出来ないと思うの。物を作ってそれがすごく売れちゃって終わり。これだとそれ以上の物を作ろうとはしないでしょ。

でも相手がいると、追い抜かれたくないからどっちも必死になる。そして技術も洗練されてきて、市場が潤う。戦って、競い合って得られるものは多いんじゃないかな」

「まぁ……そうかもしれないけど」

「それとあの王様の異名、私聞いちゃった。若い頃には単身で盗賊団のアジトに踏み込んで、残らず首を縄で繋いで持ってきた逸話があるみたいでね。その好戦的な性格から闘王なんて呼ばれてるんだって」

「うぇぇ……ひどいなぁ」


 今でも闘えばSランクにも引けをとらないほどの強さだとか、クリンカはよく調べたみたい。確かにそれくらいの実力は感じたけど、だからって皆を自分と同じように扱おうとするのは納得できない。皆が皆、強くなれるわけじゃないし。と、これはクリンカも言ってたっけ。


「突き放したような豪気な性格はどことなくハンスさんに似てるかも」

「ハンスさんといえば、ちょっと心配だよ。ディスバレッドに殺されないといいけど……」

「でもあそこでやっぱり心配だから遠慮する、なんて言ったら怒り狂うよ」

「だよね……」

「タターカとうまくいくといいね」


 そのタターカをあんな工場に捨てたなんて言ってるフォーマスの顔がふとちらついた。本当にあいつはこの手で殴ってやりたいほど腹立つ。


「ディスバレッドが直ったら、次は魔王城を目指そうね。あの人……イークスさんも待ってると思うし」

「うん……でもなんだか胸騒ぎがする……」

「どういう事?」

「いや、あれだけ派手に攻め込んできた魔王軍が大人しくてさ……。ノルミッツ王国ではラフーレを倒したし、やっぱり他の国も同じような状況なのかな。だとしたら、見過ごせないかも。どうしたらいいかな。獣の園だって放っておけないし」

「……私はリュアちゃんについていくよ。リュアちゃんが正しいと思った事をすればいいと思う」

「本当?」

「うん、だって一緒に冒険しようって約束したじゃない」


 はにかむクリンカを見ていると、あれこれ考えるのが馬鹿らしくなってくる。洗われた気分でボクがベッドに寝そべっていると、クリンカがそっと隣に寄ってきた。柔らかいベッドの上でこうして二人で横になり、毛布の中で抱き合いながら寝るのが日課になってきている。

 この辺りはアバンガルド王国よりも暑いから寝苦しかったりもするけど、クリンカの記憶が戻ってからはここ最近、ほとんどこんな感じだ。クリンカが厚いローブを脱いで、ボクも脱いで。口づけをして、手を握り合いながら寝る。寝相によってはベッドから落ちそうになるんだけど、そんなのには構ってない。少しでも一緒に、近くにいたい。少しでも長い時間いたい。たったそれだけ。


「ん……っはぁ……、おやすみリュアちゃん」


 唇を重ねた後は恥ずかしさを隠す為か、すぐに寝入る。特に入浴した後は疲れが一気に襲ってきて、眠るのには困らない。静かなクリンカの寝息を聴きながら、ディスバレッド完成を心待ちにしてボクのまぶたも落ちていった。


◆ 魔王城 魔王の間 ◆


「おや……これはこれは。お目覚めですか」


 白髪のオールバックを人差し指で撫でた後、バトラムは魔王の間に現れた者を微笑みで迎えた。そいつはまさに寝起きという感じで、辺りを見回したりなどして覚醒への段階を踏んでいる。この薄暗くて、冷たい空気が通る魔王の間に似つかわしい、全身黒の異形人。額辺りから申し訳程度に生えている二本の角。衣服は着ておらず、身なりは完全に魔物だ。


「よぉ、魔王様はいないのか」

「今はお休み中です。用件があれば私から伝えておきましょう」

「あー……どうでもいい。それより、なーんか……」


 この慇懃無礼な異形人、イーリッヒが目覚めたという事は他のメンバーもすでに覚醒しているのか。一度眠ると下手をすれば数年は目覚めない事もある、このイーリッヒ含む魔王軍四天王。十二将魔とは根本的に異なる存在のこいつらは心の底から魔王様に忠誠を誓っていない。異なる存在といえば、俺も大きくは言えないのだが。


「大事なアレが久しぶりに復活した気がするんだよ。オレ達の大事なアレが。

そりゃ、飛び起きるわな。起きるわ。起きる。アレを取りにいきてぇんだよ、いきてぇ。

けど場所が今一、特定できねーんだよなぁ。そう、特定できねぇんだ。おっと、くどすぎたな」

「アレとは?」

「そりゃお前、アレだよ。オレ達と言ったらアレだろ? アレしかないだろ。アレだぞ?」

「わかりませんな」

「もういいわ、出かけてくる。出かけてくるからな」


 何重にも重ねた言葉とは裏腹に、飛行の速度は一瞬だった。背中から黒い翼が生える速度、床から足が離れてからこの魔王の間を出て行く時間は恐らく1秒とかかっていない。魔王軍最速を誇る四天王イーリッヒ。というわけではない。あれがあいつらの基本的な身体能力だ。魔法だとかスキルの類ではない、人間が足で歩くのをスキルとはいわないだろう。ただ常軌を逸している、それだけの話だ。


「やれやれ、どうにも御しきれませんなぁ。イークス殿も何か言ってあげてくだされ」

「あなたでどうにもならないのに、俺にどうしろと」

「あのクラーツ帝国を滅ぼした葬送騎士様がご謙遜を」

「……人聞きの悪い」

「は……?」


 俺はただ事実を言っただけだ。バトラムはそれ以上の言及はしてこなかったし、また俺はバッドスレイヤーを磨く作業に戻る。


「十二将魔がすでに6人、討たれましたな」

「あぁ、寂しくなるな」

「心にもない事を。それにしても、我らの悲願を達成するにはやはりあの娘の存在が邪魔という事ですか……」


 俺としても、あの泣き虫のリュアがあそこまで育っているとはさすがに想定外だった。あの村の子供なだけはあるが、それだけでは説明がつかない。身体能力、反応速度、太刀筋。どれもすべてがこの世の規格を大きく逸脱している。

 あの時は様子見の中、俺が正体を見せた事で動揺を誘えた。あれがあいつを倒す、唯一のチャンスだったかもしれない。汚いようだが、それ以外の殺害への道筋がまるで見えないのだ。普通、人間にしても魔物にしても何かしらの戦闘スタイルや型というものが存在する。剣を扱うなら下段待機型や上段速攻型などと、大まかに分類できる。

 だがあいつにはそれが一切ない。そもそも、決まった構えというものが存在しない。相手の未知の攻撃を見てから、凄まじい反応速度で対処する。俺のバッドスレイヤーの脅威すらも、見ただけで感じ取ったほどだ。人智を超えた反応速度とセンス、他に何を持って生まれたのかまるでわからない。


「奴は天性だ。誰も何も教えなくても、勝手に戦いを覚える。強いていうならば、戦った相手が教えてくれる。奴自身も恐らく己の本質に気づいていないだろう。だから、例えあいつに剣術の教えを乞おうとも、それを説明する術がない。いや、出来ないはずだ」

「それは常識の範囲で収まる相手の場合でしょう。完成化(エンド)後となれば、戦術でねじ伏せるのは困難を極めます」

完成化(エンド)すらも凌ぐ破壊力、これに尽きる」

「まったく……。どうにか、大人しくしてくれないものですかねぇ」


 言葉とは裏腹に、バトラムに焦っている様子はない。ここでティーを楽しんでいる分、むしろリュアという存在をまだ舐めきっている。すでに幹部の半数が討たれたというのに、この落ち着きはやはりこの老人の底知れぬ実力が裏付けているとしか思えない。

 俺自身も、このバトラムが戦っているところを見たわけではない。ただ感じるのだ、もし戦えば俺はこの老人に負ける。地を這いつくばり、血の味を噛み締めながら砕かれた鎧に抱かれたまま死ぬ。そんなイメージが脳裏をよぎる。言葉では説明できないが実力差というものは、案外感じ取れるものだ。


「私が出向いてもよろしいのですが……」

「今の魔王様は不安定だ、貴方がいてあげたほうがいい」

「ふむ、ただまったく手を打たないわけにはいきますまい」

「ほぅ、どんな手段が?」

「ま、吉報を待ちましょうぞ……」


 多くを語らず、老人は優雅にティーを啜った。このバトラムにとっても、十二将魔も大切な存在のはず。悲しくはないのか、それとも非情に徹しているのか。あの皺だらけの顔からは何も読み取れない。

 俺はただ、老人と向かい合いながら思考を巡らせるしかなかった。


◆ シンレポート ◆


なんだか すっかり まおうぐんから そんざいを わすれられているようなきがした しん

なぜか わからないけど そんなきが した


ぐー すぴー


んぁ? そういえば ここはいったい

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