第113話 追憶の彼方より 終了
ジャグに加担したドラゴンハンター達は全員、セイゲルが呼んだドラゴンハンター達に拘束された。ジャグと同じくらいの歳の人が多いからそれだけに皆、今回の件は残念そうだ。
セイゲルのお父さんを殺したジャグを許す人はいなさそう。セイゲルの一声でこれだけの人達が集まったところから、いかにキリウスというドラゴンハンターが慕われているかよくわかった。
「さて、ジャグさん。親父を殺した罪を償ってもらうぞ。
カシラム王都まであんたを連れていく。ここにいる全員が証人だからな。
今更、とぼけても無駄だぜ」
「ガキがぁぁぁ……まだオレは終わってない……！」
わき腹を押さえながら、立ち上がるジャグ。その様子を黙って見つめるセイゲルは何を思うんだろう。お父さんとパーティを組んで、昔はお世話になったはずの人が話した真実。自分のお父さんを殺したという衝撃の内容。
演技だとは言っていたけど、実はセイゲル自身も出来れば信じたくないのかもしれない。ジャグを見るその目がどこか悲しげだった。
「ハンターネストに来てからというより、あの人が現れてからかもしれない。
私の気分が悪くなったのは……。きっと無意識のうちにあの人が目の前でキリウスさんを殺したって認めていたんだと思う」
セイゲルとは打って変わって、クリンカは軽蔑するような眼差しをジャグに向けている。記憶が鮮明に蘇ったという事はキリウスさんの記憶も戻ったという事だから、それだけに仇のジャグへの憎しみが強くなるのはしょうがない。
「私もう逃げない。辛い記憶だからって封印していたら、永遠に辿り着けないところがある。
この目で見て、体験した事は全部頭の中に入れる。そしたら遠回りする事もなく、素敵な出会いがあるかもしれないから……。あ、素敵っていうのは別にそういう意味じゃないから！ 私にはリュアちゃんがいるからね！」
「別に何も言ってないけど……」
そんなに力強くボクの手を握って弁解しなくても、ちゃんとわかってる。それにしても竜になったからかレベルのせいなのかはわからないけどクリンカ、本当に力強くなったなぁ。ちょっとだけ痛い。
そんな緩いやり取りをしている間、あっちではまだ緊迫した空気が張り詰めている。セイゲルがジャグに手を差し伸べているけど、ジャグは座り込んで不気味に笑っている。
「さ、ジャグさん。観念するんだ」
「……出てこい」
ジャグが指をパチンと鳴らした後、地面から何かが盛り上がってきた。最初は黒い布のようなものを被ったように見えたけど、それが少しずつ人の形に近づいていく。黒から肌色や服の色と鮮明に分かれてきて、最後にはきちんとした人になる。それが一つや二つじゃない、時間差で次々と何人も。いや、何十人と増える。
ナイフ、爪、剣。マスクみたいなもので顔を覆い隠していて、いかにも怪しげな人達だ。その人達の出現にはさすがにドラゴンハンター達も冷静ではいられない。
「な、なんだこいつら……！」
「どこから現れた？！」
「結局俺達の出番かよ、ジャグ」
「すまない、少しだけ予定が狂った。まぁ見ての通り、この有象無象どもが邪魔でな。
セイゲルが手強いが、奴さえ片付ければ後はどうとでもなる。
あの竜の娘はあんた達にやるよ」
「この数は骨が折れるな……。そうだな、手強そうなのがセイゲル、後は……。
ま、ボチボチやるわ」
このやり取りで、地面から出てきた不気味な人達が自分達と戦う気だとドラゴンハンター全員が悟った。
「ジャグさん……。あんた、どこまで堕ちれば気が済むんだ。
こいつら、彗狼旅団だろう？ こんな連中と繋がっていたなんて知られたら、完全に極刑はまぬがれない」
「ほぉ、よくこいつらが彗狼旅団だとわかったな。なに、ちょっとした契約だよ。
竜の娘なんざ正規のルートでさばけるもんじゃない。となると、裏のルートが必要なわけだ」
「プライドまで腐ってんじゃねぇよッ！ ジャグ！
なるほど、合点がいったぜ！ あんたのさっきの戦闘スタイル、それはそいつらのものだろ？
ドラゴンを相手にするドラゴンハンターのスキルとは真逆といっていい！
ジャグ、その様子だとあんたもう長い事ドラゴンズバレーに入ってないだろ！」
「竜を狩るよりもこっちのほうが楽なんでな。対人戦に特化したわけさ。ハハッ……。
それより、いきり立つのは結構だが状況わかってるのか？
こいつらは全員、自己魔法使い。闇への隠遁は暗闇限定だが、どこまでも誰にも見つかる事なく移動できる。意味はわかるよな？」
「なるほどな、これじゃどんな警備も意味ないわけだ」
呆れたぜ、と付け加えたセイゲルは体の力を抜いてからまた剣を構え直す。ジャグは完全に形勢が逆転したと確信しているのか、またさっきみたいな余裕の笑顔が戻っている。ハハッ、と常時笑えるだけの自信がもてるほど、あの彗狼旅団が強い。それはわかる。
でもボクからすれば、もしここで彗狼旅団とドラゴンハンター達が激突したら勝利はドラゴンハンター達に傾くと思う。数こそ少ないけど彗狼旅団のあの数十人はボクが前に倒した団員よりも数段強い。でもセイゲルの合図で出てきたドラゴンハンター達もほぼ全員が達人だ。
ドラゴンなんて巨大な魔物を日頃から相手にしている人間が弱いはずがない。あのドラゴンハンター達の好戦的な目つきが自信の表れだし、まったく気後れしていないのもその証拠かな。
ジャグはその辺りを理解していない。セイゲルのお父さんと一緒に戦っていたくらいだから、そのくらいはわかっていそうなものだけど。
「ジャグさん、そんな汚い真似をしなくてもあんたは強いだろう。
現にあんたの昔の戦闘スタイルなら、今のオレでも勝てたかどうかわからない。
それをわけのわからん反撃スキルなんか、小手先で満足しちまってよ……。気づいているか？
今のあんたは昔より、ずっと弱いぞ」
「なんとでもいえ。セイゲル、凡人から見上げる頂点ってのは思ったよりも絶望感を与えてくれるんだぜ。オレがお前の親父と共に戦っている時、どんな気分だったかわかるか？
惨めなもんだったぜ、オレの出番なんかほとんどありゃしねぇ。自分の存在意義すら疑っちまう」
「それがあんたの堕ちた理由か……。デイビットといい、どいつもこいつも……！」
吐き捨てるようなセイゲルの言葉から、無念さが十分に伝わってくる。
アバンガルドの冒険者ギルドでも何人か冒険者をやめたという話を思い出した。あの時も思ったけど、自分が届かない相手が現れた時、ボクも今のままでいられるだろうか。これまでにも自分が出来ないスキルを使う人達もいたし、確かにその時はなんか悔しかった。未だに水の上を歩けないし、練習しようにも前に今度はお風呂場でやったら、クリンカが本気で怒り出したからもうやらない。
あの人達が使っている闇への隠遁だって、まったく出来る気がしない。もしかしたらジャグも冒険者も、このもやっとした気持ちが大きく膨れ上がった感じになったのかもしれない。
「……あそこにいるのはもしかして、例のガキじゃないか？」
「まさか……いや、容姿が一致している」
「瞬撃少女がこんなところにいるとはな。正直なところ、竜の娘にはあまり興味が沸かなかったがアレがいるなら少しは楽しめそうだ。クックックッ」
なんかマスク集団が一斉にボクを見た。そんな雰囲気に釣られてここにいる全員の視線がボクに集中して、急に恥ずかしくなる。とりあえず笑って手を振ったけどそれがよくなかったのか、マスク集団は他の人達を無視してボクとクリンカを囲むように跳んできた。そういえばボクって、彗狼旅団に狙われているんだっけ。
「き、君！ 逃げるんだ！」
「あいつはだいじょーぶ」
「セイゲル、何を呑気な事を！」
「まぁ見てなって。こっち側から怪我人が出なくてよかったぜ」
信頼してくれるのはありがたいけど、なんか引っかかるのは気のせいかな。
「クリンカ、すぐ終わるから待っててね」
「わ、私も手伝うよ。だってリュアちゃんと私はパーティなんだよ？」
「でも多分、すぐ終わるから……」
「この状況で脇目か」
耳元で声がしたと思ったら、すごい近くにマスク顔があった。始めるならそうと言ってほしい。爪の尖端がボクの胸付近に迫っているけど、こんなの止まって見える。ボクは左拳でその腕ごと鉄の爪らしき武器を破壊した。
指を含んだ手の骨が全体的に折れて、マスクの人の悲痛な叫びが数秒響き渡る頃にようやく他の人達も何が起こったのか認識し始める。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ！」
「セイゲルさん、この人達もそのジャグって人と同じく王都へ連れていくんだよね」
「あぁ、その辺はこの町に駐在している兵士にでも一言掛け合ってやるから心配するな。
パシーブの機動力なら全部すぐに片付く」
「闇への隠遁」
脂汗を流して手を押さえているマスクも含めて、全員がまた地中に消えた。これ、潜っている間はどうなってるんだろう。完全に影も形もなくなってるのかな。それとも。
「セイゲルさん、皆を避難させて」
「あ？ あぁ、わかった」
「クリンカはボクから離れないで」
「うんっ」
戦いの邪魔だから離れていようというセイゲルの言葉に今一納得してないドラゴンハンター達。でも、セイゲルはまるで動物でも追いやるように手を叩いて強引に追いやっていた。さて。
「せーのっ」
ラーシュの幻術に惑わされた時に回転する要領でソニックリッパーを放ったけど、今度はあれを地面に落とす。モグラみたいに地面に潜っているなら、そのまま潜っていてよ。こっちは勝手にするから。
「ソニックリッパーッ！」
昔、家の中を掃除する時にふざけて箒を持ったまま回転して遊んだ事があった。それと同じでソニックリッパーを地面に撃つとどうなるか、前からやってみたかった。
土が爆炎のように湧き上がり、辺りは土煙で何も見えなくなる。ボクとクリンカが立っている場所だけがまともな地面でその外周は完全にソニックリッパーに削り取られ、円形状の小さな谷底を作る。土と一緒にマスク達が宙に巻き上げられ、収まった頃にはその谷底で呻きながら這いつくばっている数十人がいた。落ちた衝撃だけでもかなりのダメージだ。この人達なら死にはしないけど、普通の人ならそれだけで死んでいる。
殺したくはないから一応、手加減はしたけど死なない程度の大怪我なら別にいいやと思うようになった。アズマの鬼神衆といい、自分を殺しにきた人達にまで優しくするのが馬鹿らしくなったというのが正直なところだ。
かなり手加減したとはいっても地面をえぐるほどの威力だし、下手をしたら潜ってるこの人達は死んでいたかもしれない。なんてちょっとだけ考えない事もない。
「……」
「ん、皆どうしたんだ？」
「いや、どうしたって……」
「むしろこっちが聞きたいんだが……」
「なんだ、ジャグさんまで。さっきまでの『ハハッ』はどこにいったんだ？ ほら、笑えよ。
あの子、笑えるほど強いだろ？」
「……ハ、ハハッ」
ジャグの引きつった表情と乾いた笑いだけじゃない、誰もが黙ったこの夜に聴こえる呟きはより一層響いた。化け物、ドラゴンハンターなんてやってる人達からそう言われると、なんだかショックだ。ボクはドラゴンよりも化け物だっていうの。
「さ、抵抗しても無駄だってわかっただろ。あんた達がここから数日かけて隣町まで逃げたとしても、あの子なら数分だ」
「わかった、わかったから殺さないでくれ」
ジャグのお手上げのポーズを見て、ボクはようやくホッとした。でも殺さないし、さすがに数分で隣町までは行けない。怒るところだろうけど、ただでさえ皆萎縮しちゃってるからここは黙っておこう。
本当はクリンカを殺そうとしたジャグもやっつけてやりたかったけど、殺されるなんて誤解をされるのは嫌だ。
「カウンターのジャグなんて異名が少しは板についてきたんだけどなぁ……」
「……ジャグさん。もしあんたにもう一度、再起する気があるならオレからカシラム王に口添えしてやる。
あんたが引き連れた若手のドラゴンハンターだって、皆あんたに鍛えられたんだろ？
親父はカシラム王とも度々親交があったし、このままだとマジで極刑はまぬがれないぞ。
豪傑で知られるあの王をあんただって知ってるだろ？」
「フン……」
「しかし、あいつらどうするかなぁ。拘束しようにも闇への隠遁なんてやられちゃ、すぐ逃げられるよな……。でもあのダメージじゃ、簡単には逃げられないか」
「ふーむ。見たところ、ほぼ全員が重傷だな。これでは当分、動く事すらままならんだろう。
セイゲル、念の為こいつらを麻痺させとく。状態異常の魔法なら多少心得ている」
「助かるぜ」
ふてくされるジャグの様子だと、その気はなさそうに見える。でもこれからの事はセイゲルに任せるつもりだし、ボクに出来る事はここまでだ。
「リュアちゃん……。この翼、どうしよう」
「これは困ったね。隠すにもちょっと大きすぎだし……」
「今日のところは宿で休め。オレはこいつらを拘束してから寝る」
大きなあくびをかきながらも作業に移るセイゲルを見ると少しだけ申し訳なく思うけど、ここは甘えて休もう。あと数時間で明け方だろうし、さすがに眠い。翼の事は起きてから考えよう。
「リュアちゃん、あの……今日は一緒に寝よ？」
頬を染めるロエルにボクは黙ってその手を握る事で答えた。ロエルがボクの腕に抱きつきながら、まるで恋人のように歩く姿はどう見られているんだろうか。あの宿のベッドはあまり寝心地がよくないけど、今日はぐっすりと眠れそうだ。だって、隣にはクリンカがいるんだもの。
「今日はあったかくして寝ようね！」
腕に抱きつかれたまま、スキップされるとさすがに歩きにくいけどそんなのどうでもいい。だって今日はクリンカと再会できた記念すべき日なんだから。
翼の事も含めて、明日からはボク達の再出発だ。これからもたくさん、たくさん冒険しよう。
◆ ハンターネスト 竜のお腹 ◆
「おい！ リュアにロ……クリンカ！」
ただでさえちょっと引っ張ったらとれそうな宿のドアを誰かが乱暴に叩いている。それがノックだと寝ぼけた頭で理解したのは起きてから数秒後だった。
「ふぁい……」
「おい、リュ……うぉい！ まずは着替えてくれ！」
「はぇ……わぁ！ な、何するのさ！」
「ぐふぉっ！」
昨日は疲れて下着一枚で寝ちゃったのを忘れていた。それなのに訪ねてきたセイゲルを突き飛ばしちゃって、危うく脆い宿の壁ごと壊すところだった。ドアの向かいにある壁、大丈夫かな。戦い以外は割と力のコントロールは簡単なんだなと最近思う。
それでも致命傷を受けたかのように、立ち上がるのにしばらく時間がかかったセイゲルを見ると回復魔法が必要かもしれない。
「着替えたよ……。クリンカはまだ寝てるしそのままだから、部屋に入らないでね」
「わかった、オレも命は惜しい。それでだが……」
まだ苦しそうに胸の当たりを押さえているセイゲルが、コホンと咳払いをしてから続けた。
「お前らにお客さん、だそうだ……」
だそうだ、と言われても。なんでそんなに曖昧なのかわからないし、そもそも誰がこんなところまでボク達に会いにくるんだろう。知らない国だし、知り合いはいないはず。まさか彗狼旅団、なわけはないか。
◆ シンレポート ◆
れ ぽ れぽ
はひ はひ はひぃぃ
しんは はーとが ばくばくして とまらないのです
あ あ あいつら ついに いっせん こえやがったです
これは れぽるひつようはない そうおもうのですが しんはもう おむねが あつくて
あのむすめが りゅうだとか いろいろありすぎて れぽが まとまらないのです
ちゅ ちゅっちゅ ちゅうって ししし した ちゅうって
きゃーきゃーきゃー
