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第109話 追憶の彼方より その2

◆ ドラゴンズバレー前 ハンターネスト ◆


 ケントゥからダッシュで約2日。ついにセイゲルの故郷、ハンターネストに着いた。

 草木がほとんど生えていない岩盤地帯のドラゴンズバレーの近くだからなのか、岩だらけで歩きにくい。そんな地形なのにも関わらず、木造りの平屋が数多く建ち並ぶハンターネスト。ドラゴンハンター達がドラゴンズバレーへ入る為の拠点の町で、見た目は貧相だけど必要な施設は一通り揃っているとか。

 ドラゴンズバレーの為だけにこんなに大きな町を作るなんて、ボクには信じられない。


「ドラゴンは食用には向かないが鱗や牙なんかが、飛ぶように売れるんだ。モノによっては鱗一つで一生遊んでくらせるだけの値がつく。お前くらいの実力があったら、ドラゴン狩りだけで一生食っていけるぞ」


 一瞬、ちょっと迷ったけどボクは別にお金の為に生きているわけじゃない。もちろんお金がないと生活が出来ないけど、ロエルとささやかに暮らせるだけのお金があれば今は十分だ。

 それにAランクになってからいろんな支援が受けられるし、まったくお金に困ってない。


「ドラゴンってのは魔物の中でもトップクラスに強い種族だからな。自信家の腕試しにはもってこいな相手でもあるのさ。その中の大半が二度とドラゴンズバレーから出てこないけどなっ」

「た、大半……」

「種類にもよるが、子竜だけでも大変な相手なんだよ。本来ならこのレベルのダンジョンは国によって管理されるはずなんだが、カシラムはあえて放棄している。

何故なら好き勝手に潜らせたほうが、もしかしたらお宝を持ち帰る奴がいるかもしれないからな。

死のうが一生起き上がれない体になろうが、すべて自己責任ってわけさ。冒険者育成や管理に心血を注いでいるアバンガルドとは対称的だ」


 アバンガルド王国とは違って道行く人達が全員、武装している。全員がドラゴンハンター、もしくは冒険者だ。この人達は皆、一攫千金や腕試しという目的で来ているのかな。

 どことなく、町全体がピリピリしている。あの頬に傷がついている人も、鎧を着た女の人も苦いものを噛み潰したような顔をして足早に歩いていた。


「気をつけろよ。うっかり肩でもぶつかろうもんなら、即武器を抜いてくるような連中ばかりだ。

それだけにこのダンジョン攻略に全神経を集中させている。いきなりトラブルを起こして返り討ちにするなんてマネはよしてくれよな」

「リュアちゃん、気をつけてね」

「ボクの心配じゃないんだね……」


 なんて扱いだ。どう考えても普通の女の子に言う言葉じゃない。ボクだって我慢もするし、そもそもトラブルなんて起こさない。暴れん坊みたいな言い方して、失礼しちゃう。


「よっ、セイゲルじゃないか。帰ってきたのか」

「ジャグさん、お久しぶりです」


 見ると片手を上げて挨拶をしてきた、丸刈りのおじさんがいた。この人もドラゴンハンターか冒険者なんだろうけど他の人達と違って軽装で、大きな目立つ武器も持っていない。

 白い歯を見せて爽やかな印象を持たせてくる。セイゲルが敬語を使っていたけど、この人はどういう存在なんだろう。


「そっちの二人は?」

「後輩冒険者です。ちょうどドラゴンズバレーに用があるっていうんで」

「おいおい、その二人が? お前みたいな対ドラゴン戦に特化した熟練ならまだしも……」

「平気っす。オレより大分強いんで」

「ハハッ、そうか」


 多分、本気にしてない。


「ところでキリウスさんを殺した竜……見つかったか?」

「いえ、手がかりなしです。あの時、オレに力があれば……」

「あれから、もう9年にもなるのか……。

あの戦いに終止符を打ったキリウスさんがなぁ。

まぁ悔やんでもしょうがない。今日はキリウスさんの墓にでも参っておけよ」

「はい、そうします」

「オレはヤボ用があるからよ。じゃあな、ドラゴンズバレーに入るのはいいが無茶はするなよ。

昨日も入り口近くでフレアドラゴンが出て、数十人のパーティが壊滅したらしいからな」


 振り向かずに手を振って、ジャグという人は町の奥へと消えていった。


「あのジャグって人は?」

「オレの親父とよくパーティを組んでいた人さ。腕のいいドラゴンハンターで、オレもよく可愛がってもらった」

「セイゲルさんにも男の知り合いがいるんだね」

「お前、そりゃどういう意味?」

 

 今度はボクがセイゲルをからかってやった。でも半分は本気で言っている。アバンガルド王国にいた時もいつも女の人達に囲まれていたし。


「う……」


 ふとロエルを見ると、頭に手を当てて辛そうにしている。熱でもあるのか、ついにはしゃがみこんでしまった。


「ロエル、頭でも痛いの?」

「なんだか眺めていたら、頭が痛くなってきちゃって……」

「宿をとろう、ひとまずそこで休め。アバンガルドと違ってボロいが我慢な」

「うん……」


◆ ハンターネスト 宿屋 竜のお腹 ◆


 簡素な室内にベッドが二つ、ただそれだけ。床、壁、天井が茶色の木製だから宿屋というよりはただの小屋みたい。それより宿屋の名前のほうが気になる。なんだか、食べられたみたいだ。


「気分はどうだ?」

「もう大丈夫、一時的なものだったみたい」

「もしかしたらここが記憶に引っかかったのかもしれないな」

「なんだろ、最初は何ともなかったのに急に具合が悪くなったみたい」

「ごめん、ロエル……」

「なんでリュアちゃんが謝るの。せっかく私の為にここまで来たんだからがんばるよ?」


 今は本当によくなったみたいだ。握りこぶしを両手で作って、奮起して見せてくれるロエル。

 でも、もしこの先。ロエルが記憶の事で苦しむ事があるなら、その時はやっぱりここを離れたほうがいいかもしれない。ロエルの為だ何だといって結局、苦しませるはめになるなら尚更だ。


「セイゲルさん、明日はドラゴンズバレーに入りたい。何か手がかりがあるかもしれないし」

「……わかった。さっきも言ったように特に制限はないからすんなり入れるぜ。

けど、いいのか? 世の中には封印しちまったほうがいい記憶も……」

「いいの! 決めた事だから!」

「そうか、ならいい。けど、奥地はダメだ。竜神を刺激しちまうからな」

「りゅうじん? なにそれ?」

「神の化身とも言われるドラゴンズバレーの支配者だ。ブレス一つで大陸が焦土になり、二つで海が蒸発するという。

大昔、人間が竜神を刺激したせいでこの辺りがこんな地形になったなんて記録も残っているくらいだ。迷信だと笑い飛ばす奴もいるが、オレはその存在を確信している」


 セイゲルは少しだけ、下唇を噛んだ。そのわずかな動作だけで、これからセイゲルが口にする言葉は笑えるような面白いものじゃないなと何となく理解できた。


「一度だけ、オレの親父が若い時に見たと言っていた。

満身創痍でドラゴンズバレーをさ迷っていた時、夜の闇からそいつは見ていた。

岩山にごく自然に溶け込むほどの巨体。全身が硬直し、その眼光だけで意識が飛びそうになる。

そこからどうやって逃げ帰ったのか、まったく覚えていなかったらしい。

真の恐怖というものは人を殺せる、そう語る親父の瞳に宿った怯えは今でも覚えているよ」


 セイゲルが信頼するお父さんの言葉だからこそ、ここまで真剣に語れるんだと思った。普段はおちゃらけたセイゲルだけど、真面目な時はすごく真面目だ。だからこそ、ボク達も安心して一緒にいられる大人なんだけど。


「ここ、ハンターネストの連中の中には竜神を血眼になって探している奴も多い。

あの時の親父を見て、よくわかったよ。世の中には絶対に手を出しちゃいけないものがあるってな。

けど、少なくともお前達はそんなものに用はないだろう?」

「うん、ドラゴンを狩りに来たわけじゃないし……」

「……やろうと思えば狩れる的なニュアンスが含まれているように聴こえるのは気のせいか?」


 気のせい。

 とにかくボクに何が出来るかわからないけど、精一杯応援したい。たとえそれがロエルにとっていい記憶じゃなくても、その時はボクが支えてあげる。ロエル、ずっと一緒だからね。


◆ ??? ◆


「だいぶ怪我はよくなったな」


 私のお父さんよりも少しだけおじさん。背の高い黒い髪のおじさんは大きな剣を背中に背負っている。

 藁の上に寝かされた私はまだ頭以外自由に動かせない。動かそうとすると体中がすごく痛い。


「食うか?」


 私は首を縦に振る事しか出来なかった。おじさんは食べ物を私の口に近づけて、食べさせてくれる。私がどんどん食べるものだから、おじさんもどんどん食べ物を持ってきてくれる。食べても、食べてもお腹が減った。


「それにしてもお前みたいな子供がなぁ……。怖かっただろうに。

でも、もう大丈夫だ。私が守ってやるからな」


 木のイスに座ったおじさんは私にいろいろ話しかけてくる。私はそれに頷くだけ。おじさんはずっと笑顔で私を安心させてくれる。

 怪我によく効く薬草や食べ物、おじさんは全部持ってきてくれる。どうしてここまで優しくしてくれるんだろう。怖い思いをした後なのに、すごく落ち着く。


「さて、私はそろそろ行くよ。また明日来るからね」


 おじさんがイスから立った時、壊れるんじゃないかと思うほど大きな音を当ててドアが開いた。


「こ、これは……」

「……見つかってしまったか」

「これ、どういう事?」

「話を聞いてくれるか?」

「……うん」


 おじさんはドアを開けて入ってきた人に、なだめるように優しく話し始めた。

 そして、その人も私に優しくしてくれるようになった。食べ物を持ってきてくれたり、頭を撫でてくれたり。初めてお使いに行った時の話、好きな女の子に告白した時の話、魔物と戦った時の話。

 どうという内容でもない話なのに私はつい微笑んでしまった。気を良くしたその人は一日中、ずっといてくれた事もあった。


「怪我、よくなるといいな」


 私は幸せだった。おじさんもその人も、私のすべてだった。どれだけ時間が経っても、ずっとこのままでいたい。


このままでいたかった。



「ゴ、ゴフッ……!」


 おじさんの血がどんどん広がる。手をこちらに向けて、口をパクパクさせて何かを言おうとしてる。この手の血、おじさんを見下ろす私。



そして、おじさんは動かなくなった。


◆  ハンターネスト 宿屋 竜のお腹 ◆


「おはよう、ロエル」

「……おはよ」


 素っ気無い挨拶というよりも、起きたばかりなのにすでに疲れきっている感じだ。ベッドから上半身だけ起こしただけで、動こうともしない。


「ロエル、また怖い夢でも見たの?」

「……なんだろ、覚えてない」

「今日は休む?」

「いいよ、いこ」


 ロエルはようやくベッドから下りて着替えを始めた。ローブに腕を通せなくて何度もチャレンジしている辺り、かなり深刻だ。やっぱり、どうも元気がない。

 怖い夢を見たのは確実だけど、こんなロエルは初めて見る。目が据わっていて、表情に生気が感じられない。

 そんなロエルを見て、ボクはここに来た事を後悔し始めた。口には出さなくても、辛いのは見てわかる。こうなると、ロエルの奥底に眠っているのは辛い記憶に違いない。


「どうしたの、リュアちゃん。早く着替えないと。

もう外でセイゲルさんが待ってるよ」


 さっきまでの素振りをなかった事にするかのように、ロエルはケロっとして部屋のドアの前に立っていた。


◆ ドラゴンズバレー入り口付近 ◆


 灰色に彩られた岩が連なり、それぞれ左右に高い崖を作っているドラゴンズバレーの入り口。崖の間を進めば一本道に見えるここが本当にデンジャーレベル100なのかな。殺風景すぎて逆にすごさがわからなくなる。


「ドラゴンズバレーは広大だ。ドラゴンに殺されなくても、自然の大迷宮に殺される奴も少なくない。

あまり奥まで進むのはお勧めしない」

「じゃあ、戻れなくならない程度に進む」


 ボク達3人は無言で歩き始めた。本当に草木が一本も生えてないこの谷間。ドラゴン達はどうやって生きているんだろう。


「静かだな。この辺りでも、下級のドラゴンには出くわすもんだが……」

「ロエル、どう? 何か思い出せそう?」

「……そっち」

「そっち?」


 ロエルはボク達から離れて、分かれ道の右側のほうへと向かった。大小の石が重なり合った足場でかなり歩きにくいはずなのに、ロエルの足取りはかなり軽快だった。まるで前にも来た事があるかのような。


「ロエル、はぐれちゃまずいよ」

「ごめん、でもなんかここ……」


「ブレスが来るぞッ!」

「ダメだ、間に合わない!」


 岩陰の奥にある小道から何人かの声が聴こえてきた。何が起こっているかなんて、行かなくてもわかる。人は見えないけど、ドラゴンの頭だけはにょっきりと岩壁から突き出して見えるから。

 ポイズンサラマンダーのような長い首をしたドラゴンと誰かが戦っている。声の感じからして、急いだほうがよさそうだ。


【フレアドラゴンが現れた! HP 10200】


 血のような赤い全身に長い首、いや全身が長い。首だと思ったらそれがそのまま胴体だった。イークスさんが乗っていた魔物にどことなく近い。それがとぐろを巻くようにしている。威嚇していた相手は何人かのドラゴンハンターと思える人達だった。

 槍先は刃こぼれし、鎧はブレスの熱で溶かされ、それでも立ち向かおうとする姿。誰がどう見ても、状況は絶望的だ。それなのにドラゴンハンター達は逃げもせず、立ち向かう姿勢を崩していない。


「フ、フレアドラゴン?! なんであんなのがこんな入り口にいるんだ……。

ありゃまずいぞ。オレでもきつい」

「まずいのは見ればわかるよ……」

「あれの鱗は炎耐性抜群だし、市場価格はざっと70万ゴールドってところだ。

ただし処理を間違えると炎よりも熱い血しぶきを浴びて即死するがな」

「そんなの今はどうでもいいよ! ……て、ロエル?!」


 フレアドラゴンと複数のドラゴンハンターの対決の場に、またもロエルがふらつきながら向かう。フレアドラゴンが簡単にロエルを頭から噛り付ける位置だ。

 ドラゴンハンター達は状況が飲み込めず、声すら出せていない。


「……げて」

「ロエル、ダメだよ! こっちに!」

「逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 突然のロエルの絶叫。ドラゴンハンター達どころか、あのフレアドラゴンすら圧倒されている。竜は頭をわずかに引っ込め、ドラゴンハンター達は生命線のはずの武器すら手放して足元の石に躓きそうになる。

 その刹那、ボクが見たのはあの時の光だった。ウィザードキングダムへ行く途中、幽霊船に遭遇した時。亡霊達を浄化させたあの淡く優しい光。

 全体を包み込むんじゃなく、それはロエルの背中から放たれていた。二本の光が柱のように、それがやがて扇状に広がり。


「な、なぁリュア……見てみろよ」


 この場で言葉を発したのはセイゲルだけだった。言われなくても、誰もがそれに釘付けだ。ロエルのそれ。

あれはどう見ても――――

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