勇者がすくえなかった誰かの話
魔王を倒した。
長い道のりだった。いきなり幼馴染と召喚されて勇者といわれ、魔王を倒してくれと懇願されて。
軍から選び抜かれた騎士、人間で一番の魔術使い、神殿から派遣された聖女。旅に出かけるには足手纏いだからと幼馴染は城に残った。
騎士が男だったから親友になった。魔術使いと聖女にはちょっと距離を置いたけどそれは男女差ってやつだ。仲間としては信頼してるしちょっと恥ずかしいけど絆ってやつでつながれてると、そう思ってた。
「聞こえなかった?もう、ばかだなあ」
いつもなら暖かい響きのばかだなあ、が、異様に冷たい。ガリガリに痩せた幼馴染は王様を足蹴にした。
「死ねよ、死ねよ、死ねよ、お前らみんな、死ねよ。殺してやるよ。そう言ったの」
信じられないくらい冷たい声で幼馴染は王様の首を切り落として笑う。
どうして、なんで、なんて声にならない問いかけ。
幼馴染はまだ笑っていて、俺の前に立った騎士が眉根を顰める気配がした。
魔術使いが詠唱をはじめる。やめろ、と言う前に飛来したナイフによってそれは中断されてさらに信じられないほどの脚力で回復魔法を唱えようとした聖女の腹を蹴り飛ばす。
追い討ちをかけようとした幼馴染に斬りかかった騎士の剣を素手で平然と受け止めてその顔にもう片方の手で強烈な掌底が叩きこまれた。
「もう、邪魔だなあ―――Aizelu!」
翼のはためく音。割れた窓から真っ赤な羽が生えた男が飛び込んでくる。
「はっは、俺を呼ぶたぁどうしたよ?あんた一人で皆殺すっつってなかったか?」
「あいつと話したいのに周りが邪魔するの、黙らせて!もしくは隔離!」
「ああ、了解了解」
ばさり、と男が一度羽ばたくだけで俺と幼馴染の周りだけを風が覆った。
それによし、と頷いて幼馴染が俺を見据えた。
以前、この世界に来る前より格段に痩せて傷だらけになった幼馴染。なにがあった、とかすれる声で尋ねる。
ばかだなあ、と今度は懐かしげに笑って幼馴染は服の胸元を開いた。そこには見覚えのある印。たしか、そう。それを見たのは―――。
記憶をたどって悲鳴をあげそうになった。
「ああ、旅のあいだに見たかな?奴隷の印。王家の連中に付けられたんだ…まあ、意味なかったんだけどね。ばかだなあ。そう思うでしょ?」
俺は、どこで間違えたんだろう。
「ふふふ、おまけには何してもいいって思ったのかなあ。いっぱい殴られたし蹴られた。唾を吐きかけられて罵られて、ご飯なんて三日に一度あればいい方。勇者以外の異世界人はおぞましいんだってさ。ほんとにばか。ばーかばーか。だって、わざわざ私に喧嘩売ってきたんだもん」
にたりと笑った幼馴染―――もうひとりの、幼馴染。両親に虐待された幼馴染が自己防衛のために生み出した頭が良くて運動ができて敵には一切容赦しない、こちらの幼馴染に比べれば魔王なんて全く怖くなかった。
風が止む、外は当たり前のように地獄だった。
「おいおいどうするよ、外も気づきだしたみたいだぜ」
「もう帰るから関係ないよ。ほら、魔法陣が光ってる―――帰ろう?」
幾度か逡巡して、けれども頷く俺が一番最悪かもしれない。
もっとも、俺にとって仲間たちとの絆より幼馴染との傷の舐め合いよりもっと酷い恋愛感情の一切ない執着の方が重いのは当然で、王との約束があったからこそ置いていった幼馴染の惨状から見れば王の真実など透けて見えるのだから、まあ、因果応報というやつだろうと心を落ち着けて俺は幼馴染と魔法陣に飛び乗った。
「ところで、あの男何?」
「偵察に来てた魔族を力づくで従わせてみたんだ」
「ああ、そう…(こいつだけは敵に回したくねえ)」
今更なんですが補足をば
・魔王を倒したのは勇者一行
・凱旋したら王城内にて大惨事
・王様は人質にするために「悪いようにはしないから」と約束して幼馴染を置いていかせた
・勇者ー幼馴染間に恋愛はない。お互いの幸せを願ってる。ただ相手が不幸になるのならその原因をどうにでもしてやりたいだけ。恋愛ではない。
・幼馴染の副人格はただの多重人格ではなく幼馴染の前世。暗殺者してましたよ。前世でも勇者とは仲が良かった模様