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僧侶は盗賊に絡まれ、拳闘士は惚れる。1

 一行が旅を初めて三日。

 案の定、立ち寄った村は備蓄がギリギリだったため、そこで補給を受けることはしなかった。

 そのため、その村に泊まることは無く、そのままの足で通商路を南下し始めた。

 そして今日で、持ってきていた保存食が無くなる。


「今日の分と明日の朝の分で持ってきた食材はおしまいです。明日からは、狩りをしながらの移動になりますね」

「そうね。サーニャさんのおかげで料理は心配ないみたいだから、私たちは動物を狩るのに全力を出せばいいわけね」


 エースもシルビアも料理はとんとダメだった。

 旅をしている間に備蓄が無くなった場合、今回と同じように動物を狩って食材にしていたが、せいぜい捌いて肉を焼くのが限界だ。

 それ以上にこだわろうものなら、確実に貴重な食材をダメにする自信が二人にはあった。


「それにしても、この結界は凄いわよね」


 そう言ってシルビアは自分たちが野営している周辺を見回す。

 辺りはすでに暗く、たき火の明りと月の明かりだけが唯一の光源だ。

 そんな中、野営地のたき火を中心とした約半径二百メートルの範囲内が、ぼんやりと淡く光を反射している。

 キールの張った結界だ。

 野営の一日目に見張りの順番を決めようとした時、キールが言い出した物が、この結界である。


「魔物も動物も人間も全部拒絶する結界って一体何なのよ。こんなの私は聞いたこと無いわ」

「俺もだ。結構魔法については城にいる時に勉強させられたけど、結界って言ったらせいぜい薄いバリアー見たいなもんが限界だった。完全に遮断出来る様なものなんて伝承のなかでしか聞いたことが無い」

「勇者の魔力って相当大きいでしょ? それでも無理なの?」

「俺が結界を張ったとして、魔物だけならこの規模の結界でも防げるだろうけど、他の動物や人間を防ぐなんて到底無理だな」

「キールさんってホント何者なんですか?」

「俺は俺だ。面倒なこと聞くなら結界解くぞ」

「すみませんで「お願いします、もっと追い詰めてください!」

「ねえキールさん。これほんとどうにかできません?」

「我慢だ。俺もこらえてる」


 調教によって覚醒した勇者のMは筋金入りだった。

 もともと素質があったのか、今ではキールがすこしでも冷たいことを言うと、頬を上気させながら、もっと言ってくれと迫ってくる。

 最初二日はそのたびに蹴って黙らせていたが、いかんせん勇者は固い。

 キールの蹴りでも、なかなか気絶せず、むしろ喜びに打ち震える姿を見て、キールが蹴ることを躊躇うほどだ。


「さあ、皆さん食事の準備ができましたよ」


 サーニャが火に掛けてあった鍋からスープをついでそれぞれに渡してゆく。

 いくら南下の途中と言っても、このあたりの夜はまだ冷える。

 温かいスープは、夜の冷たさにとても嬉しいものだった。


「ありがとサーニャ」

「サンキューなサーニャ」

「これもメイドの務めですから」


 サーニャはにっこりとほほ笑みながら二人にスープを渡す。


「キール様どうぞ」

「ああ」


 キールはスープを受け取り、一口飲む。


「なかなか美味いぞ」

「ありがとうございます」


 サーニャは、今度は万遍の笑みだ。

 シルビアはそんなサーニャの姿を見ながら、二人の関係について考えていた。

 サーニャの反応を見るに、サーニャがキールを好きなのは間違いない。

 だが、シルビアにはキールの気持ちがよく分からなかった。

 いつもサーニャが甲斐甲斐しく世話をしているが、お礼は言ってもその表情は変わらない。

 いつも無表情だ。

 肉体関係があるのは知っているから、キールもサーニャの気持ちは分かっているのだろう。

 二人の関係の謎は深まるばかりだ。


「どうしました?」


 シルビアがじっとサーニャを見ていることに気づいて、サーニャは首を傾げる。


「あ、ううんなんでもない。スープ美味しいよ」

「ありがとうございます。おかわりもまだありますから」

「ありがと」

「おかわり!」


 エースはすでに一杯目を食べ終え、二杯目に突入していた。



 食事も終わり全員が寝静まった後、シルビアは小さな物音で目が覚めた。

 寝るときはエースとキール、シルビアとサーニャに分かれて寝ている。

 シルビアが隣を見ると、寝ているはずのサーニャの姿は無かった。


「どこ行ったんだろう?」


 シルビアは目をこすり、辺りを見回す。

 すると、サーニャが森の中に入って行くのが見えた。

 いくらキールの結界があるとは言っても、暗い森の中は危険だ。

 シルビアは起き上がり、そっとサーニャの後について行った。


 サーニャは森の中を真っ直ぐに歩いてゆく。もうすぐキールの貼った結界の端が見えてくるころだろう。

 サーニャはそこまで、真っ暗で月の明かりも届かない森の中を、安定した歩みで進んでいた。

 シルビアでも、そのスピードについて行くのは骨が折れるほどだ。


「サーニャさんも結構謎が多いわよね。なんで僧侶にメイドさんなんかがついてるのか分からないし、力もかなり強かったし」


 ちょうど結界の端が見えた時点で、サーニャは歩みを止めた。

 そしてキョロキョロと辺りを窺う。

 シルビアは一瞬、自分が付けているのがばれたのかと心配したが、どうやら違うようだ。

 あたりを見るサーニャの姿は、誰かを待っているといった様子だ。


 シルビアは木陰に隠れてその様子をうかがっていた。

 別に出て行っても良かったんだが、どうしてもこの後何が起こるのか気になってしまったのだ。


 ちょっとして、後方から葉を踏む音が聞こえてきた。

 どうやら待ち合わせの相手が来たようだ。

 そちらにもばれないように、シルビアは場所を移動する。


 やってきたのはキールだった。

 サーニャはキールが来ると、嬉しそうに――抱きついた。




「もしかして私かなり見ちゃいけないものを見ようとしてた?……」


 シルビアは、今に至って自分の失態を見抜いた。

 少し考えればその予想も浮かんだはずだ。

 サーニャはキールが好きで、キールもそれを気持ちは分からないが受け入れていた。

 なんせその状態のことを、シルビアは初めて教会に来た時点で聞いていたから。


 サーニャはキールに抱きついたまま顔を上げると、そのままキールに口づけをする。

 長い口づけだ。

 そしてゆっくりと唇を離した。

 キールを見つめるサーニャの顔を、月明かりが木の隙間を通り照らし出す。

 その頬は上気し赤く染まり、目はキールからそらさない。


 その光景にシルビアは目を離せずにいた。

 無粋な興味では無い。その光景が綺麗すぎて目が離せないのだ。


「(どうしよう、どうしよう。離れなきゃ、でもなんで!? 足が動かない!?)」


 シルビアは心の中で叫び声を上げながら、二人の光景を見続ける。


 今度はキールからサーニャに口づけをした。

 そしてサーニャをしっかりと抱きしめる。

 唇を離すと、サーニャを背後にある木の幹に押しつけた。サーニャは抵抗をしない。

 逆にさらに求めるようにキールの首に手を回す。


 続けられる男女の光景から、シルビアは強引に視線を外した。

 そのまま隠れていた木に座り込み、目をギュッと閉じ、両手で耳をふさぐ。

 先ほどから聞こえてくるサーニャの官能的な息遣いが、頭の中から離れない。

 シルビアはただその場にじっとしているしかなかった。



 事を終えた二人はシルビアが隠れている木にやってきた。

 当然のように二人はシルビアがいることを気づいている。

 初めサーニャが抱きついた時に、キールはどうするか聞いたが、そのままでいいと言ったためシルビアを無視して事に及んだのだ。

 そして全てが終わった後、こうして現実を拒絶し外界からの刺激を避けた状態のシルビアの前に立っている。


「(私の魅惑のせいで逃げれなくなってしまったみたいですね)」

「(こいつどうするんだ?)」

「(このまま眠らせてあげてください。その方があとでイジリがいがあります)」

「(お前も大概悪魔だな)」

「(ふふ、当然です)」


 サーニャの提案通り、シルビアに睡眠の魔法を掛けた。

 するとスッとシルビアの体から力が抜け、規則正しい息遣いが聞こえてくる。


「ではシルビアさんは私が運んで置きます」

「好きにしろ。俺は結界に掛かったバカを捕まえてくる」

「はい。よろしくお願いしますマスター」

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