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僧侶は勇者を恫喝し、魔王を従える  作者: 凜乃 初
アフターストーリー
70/74

キールの秘密

 赤と青の魔王を倒したキールたちはさらに洞窟の奥へと進んでいた。キールの神聖魔法を受け回復したシルビアは、元気いっぱいに魔王の襲来で途切れていたキールの過去を詮索してくる。

 キールはそれを無視し、ひたすら足を動かしていた。


「ねぇキールさん」

「話すことなど何もない。それよりも周囲を警戒していろ。どこから奇襲されるか分からんぞ」

「警戒ぐらい喋りながらでもできるわよ。どれだけの魔獣を討伐したと思ってるのよ。キールさんたちが雲隠れしたから、私たちで全部対処しないといけなかったんだからね」


 エリーシスを殺した後の二年間、自由になった魔獣たちをひたすら討伐してきたシルビアには、その程度のことなど造作も無い。

 キールに話しかけながらも、シルビアの目線は常に死角になりそうな場所を警戒し、手はいつでも剣を抜けるようになっている。耳もキールの声と周囲の音を半々で聞いている状態だ。


「俺だって討伐ぐらいはやっていた」

「でも私たちには及ばないでしょ? なんてったって最初の一年は王都にも帰れずに、ずっと魔獣の巣を探しては潰してたのよ」


 国中を走り回って魔獣を討伐し続けたシルビアたちと、一か所に定住しながら近くの魔獣を倒していたキールではさすがに比べようもない。

 その上シルビア、エース、トモネの三人の魔獣討伐数は、歴代の記録を大きく更新し、トモネは魔獣討伐部隊に残ったことで今もその数を更新し続けている。

 正確な数字が出ている訳ではないが、これまでの最高数が三百だったのに対し、シルビアが三千、エースが六千、トモネが一万近くに到達してる。エースやトモネは範囲攻撃がある分シルビアより多く討伐していた。

 魔王システムの崩壊した今、今後この記録を破ることが出来る物はいないだろう。


「知ったことか。それはお前たちの役目だ。俺は魔王を殺すことしか考えていない」

「ほら、また魔王一筋みたいなこと言う。そんなに魔王一筋になるには、何かの理由があるはずでしょ? ねぇキールさん教えてよぉ」


 シルビアがしなを作った声で尋ねる。


「気持ち悪いぞ」


 その声をキールはバッサリと斬った。


「ひどくない!? 私これでも年頃の女の子よ!?」

「ふん、私服よりも鎧を着ている時間の方が多い奴が何を言っている」

「そ、それは仕方ないじゃない! そう騎士団長なんてやってるんだから!」

「それがお前の現実だ」

「なにそれ! 私が結婚できないって言いたいの!? 絶対結婚するわよ! 大恋愛の末に、寿退団してやるんだから!」

「そうか、ならその時は俺が神父をしてやろう。その時まで生きていればだがな」

「絶対させてやるから覚悟しなさい。まあ、その為にも――」

「リズを殺さないとな」


 目を細め洞窟の奥を見る二人。シルビアはプロメテウスを抜き、能力を発動させた。

 それによって見る未来に、奥からやってくる気配が何なのかを確認する。

 その姿を確認し、剣をゆっくりと下げた。


「キールさん大丈夫よ」

「誰だ」

「カズマさんとトモネ。別の洞窟と中でつながってたみたいね」


 シルビアが見た未来には、互いに警戒した状態で先手を打とうと攻撃する姿が見えていた。その先は見ていないが、おそらくお互いの攻撃が当たるか、それとも直前で相手が誰なのかを気付く未来に分かれているのだろう。

 しかし、シルビアが未来を見たことで、新たな未来が生まれる。


「カズマさん! トモネ!」


 洞窟の奥に向けてシルビアが声を掛ける。


「シルビアさん!?」


 その声に反応したのはトモネだけだ。カズマは突然の声に罠を警戒していた。駆けだそうとするトモネを諌め、ゆっくりとした足取りでシルビアたちの方へ向かってきた。そこでキールもいることを把握して、警戒を若干弱める。


「偽物……と言う訳ではなさそうですね」

「そ、そうか。それも警戒しないといけなかったんですね」


 カズマがシルビアの声を聞いて警戒した理由を、トモネがようやく悟る。魔獣や魔物に今まで人の姿をまねる物はいなかったため抜けていた警戒心だった。


「ただまだ本物と決まった訳ではないんですけどね。何か証明する方法は」

「私はプロメテウスかしら? 精霊って同じ存在はいないし」

「そうですね。なら私も精霊魔法を使えるので証明になるでしょうか? 魔族が化けている状態では精霊は答えてはくれませんから」

「後はトモネとキールさんね」


 二人は精霊に関する物を自分の証明とすることが出来る為安心だ。しかし、キールとトモネにはそれが無い。もともとペアで動いていたのだから、片方が証明できれば十分かもしれないが、大事に越したことはない

 今後、一人になる可能性があることも考えれば、今証明の方法を決めておくに越したことはない。


「私は古武術義がありますが……あれをここで使うのは躊躇われますね」


 そんなことをすれば確実に洞窟が崩落を起こす。証明の為に命の危機に攫われてはたまったものではない。


「魔王はそこらじゅうにいるしな」


 キールも本来ならば自分の証明になるはずの魔王の魔法も、そこらじゅうに魔王が何体もいる状態では全く意味が無い。

 むしろ、リズの開発した魔王にこそ相手に擬態する能力を持つ者がいてもおかしくないのだ。そんな状態では魔王の魔法は何の証明にもならない。


「けどキールさんには神聖魔法があるじゃない」


 シルビアは、自分の傷を綺麗に直してくれた神聖魔法を思い出す。あれはフィロ神に祈ることで治療効果を神から与えてもらう物のため、基本的に魔物には仕えないはずの物である。

 それならば証明になると踏んだシルビアだが、当のキールから反論が来た。


「ただの回復魔法なら魔王も使えるだろう。神聖魔法の詠唱だけを使って実際は魔王の魔法を短縮詠唱で使われては分からんからな。それは信用できない」

「じゃあここは基本に戻って共通の目印でもつけておく? ばれたら意味ないけど、一回ぐらいは使えるんじゃないかしら?」

「そうですね。私もそれが良いと思いますよ。特にトモネさんはそれ以外に証明のしようもありませんから」

「うう……すみません」

「じゃあ目印は何にしようかしら」

「ここにこんなものが」


 カズマが服の内側からリボンを取り出した。六色のリボンがカズマの指から流れている。


「なんでそんなもの持ってるのよ」

「花を摘んだ時に纏める為ですよ。服に入れっぱなしだったみたいです」

「まあちょうどいいことに変わりは無いわね。ちょうどみんなの分も合わせて六本あるし」


 シルビアがそのリボンを受け取り手首に巻きつける。それを見てトモネも嬉しそうにリボンを結んだ。

 トモネも女子らしく可愛らしい物が好きなのだ。

 それを見て、シルビアはハッと気づいたように自分のリボンを見る。トモネの手首に巻かれたリボンは、綺麗に伸ばされリボン結びで可愛らしく飾り付けられている。それに対し自分のリボンは――


「これが女子力の違い!?」


 リボンが適当にねじれ、縛り方もほどけないように固結び。そこに可愛らしさのかけらも無い。今更解いて結び直そうとしても、固結びで結ばれたリボンが緩む様子も無かった。

 しょんぼりと肩を落としていると、その肩をそっと叩かれる。


「なに?」

「それが現実だ」


 耳元でつぶやいたのは、キールだった。今までの追求のうっぷんを晴らすかのように、適確にシルビアの急所を付いてくる。

 今までの行動を全て見られていたことによる羞恥心に、顔を真っ赤にして下を向く。目じりにはじんわりと涙が溜まっていた。


「シルビアさんどうかしましたか?」

「な、なんでもないわ。それより二人も早く結んだら?」

「その前にちょっと工作だ」


 キールがそう言って受け取ったリボンに魔法で火をかざし軽く焦げ目を作った。


「リボン自体をマネされても、焦げ目まで気付ける奴は少ないだろ」

「二重の証明になるって訳ね」

「あ、私のもお願いします」


 キールの様子を見ていたトモネが、自分のリボンを腕から解いてキールに差し出す。キールはそれにも軽く焦げ目を作りトモネに返した。

 それを結び直すトモネの表情は先ほどよりもどこか嬉しそうだ。


「さて、準備も出来たことだし行きましょうか」

「ここで合流したってことは、残る道はこっちですね」


 四人が合流した場所のすぐ近くの別の道が続いている。その先は暗いままだが、それ以外に道が無い事を考えれば、そこが必然的に正解となる。


「リズはこの奥ってことね」

「もしかすると、エースたちの行った洞窟にもつながってるかもしれないわ。できればリズと戦う前に合流しちゃいたいわね」


 リズと戦うとなれば、相手も全力を出してくるだろう。それがどのような物か分からないが、戦力を集中させておいた方がいい事に変わりはない。

 カズマとトモネが後方を警戒しながら、キールたちは足を進めた。




「また空洞ね」


 四人が進んだ先には、再び空洞があった。もう何度目かの空洞に、うんざりする。どうせここにも何かいるのだろうと、シルビアが剣を抜いてプロメテウスを起動させる。


「見せなさい!」


 他の三人が襲撃を警戒しながら、シルビアがゆっくりと未来を確かめる。そしてすぐに目を開いた。


「とりあえずこの部屋には、敵はいないみたい」

「どれぐらい先まで見れた」

「五秒かしら。とりあえず手頃な三通りを見たけど、敵の影は無し」

「ならさっさと行くぞ。時間が無い」


 シルビアの言葉を聞いて、キールが足を進める。そこにシルビアが待ったをかけた。


「待って。けど少しおかしいのよ」

「何がだ」

「五秒より先の未来が見えない」

「なに?」


 キールが眉を顰めながらシルビアを振り返る。直後、その横を強烈な魔力が通り過ぎた。

 それは真っ直ぐにシルビアへ向かい、その腹を打ち抜いた。


「ぐふっ!?」


 魔力の直撃を受けたシルビアは、そのまま壁際へと吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、ずるずると腰を落とすシルビアの腹からは、大量の血があふれ出していた。そしてその背中からも。


「シルビアさん!?」

「トモネさん危ない!」


 トモネが慌てて駆け寄る。そこに魔力の第二波が襲い掛かって来た。

 カズマがとっさにトモネの手を引き、その射線上から回避する。

 それを見送ってから、キールがすかさず短縮詠唱の「壁」で壁を数枚作り全員の姿を隠した。それを確認してカズマがトモネの手を放せば、その俊敏性を利用して壁を経由しながら最速でシルビアへと駆けより抱き起こす。


「シルビアさん!?」

「ぐっ……未来が見えない理由ってこれね」


 口からも血を流し、何とか片目を開いて状況を確認するシルビア。プロメテウスはその手から落ち、近くに転がっている。今の状況では握ることも一苦労。まして未来を見るほど手中することなどできない。

 つまりはそう言うことだった。

 シルビア自身が逃れられない怪我を負う。そのせいで未来が見えない状況になれば、当然プロメテウスがその未来を見せることはでき無い。

 そして第三波が襲い掛かって来た。それはキールの作った壁を三枚ほど破壊し、霧散する。キールはその様子を観察し、小さく舌打ちした。


「キールさん、これは」

「あいつ、しくじったな」

「キールさん?」

「お前はシルビアを治療しろ。精霊魔法で少しは直せるだろう」

「神聖魔法には及びませんが、やれるだけやってみます。キールさんは?」

「俺はこれから来るやつの相手だ」

「お気をつけて」


 キールが壊れた壁を新たに作り直し、カズマに合図を送る。それに合わせてカズマが動き、シルビアたちの元へ向かった。

 そこを狙うように第四波がやってくるが、それはキールが魔法をぶつけることで相殺する。


「出てこい。いつまでも遠くから狙う奴じゃ無いだろ」

「ふふ、やはり貴様には分かるか」


 洞窟の先からやってくる足音。さらに、重そうな物をずるずると引きずる音も聞こえてくる。

 その声の主はゆっくりと姿を現した。

 シルビアを治療しながら見ていたカズマとトモネは、その人物に目を見開く。


「ひさしぶりよの。僧侶」

「そうだな。面倒な奴が出て来たもんだ」

「そうじゃけんに扱う出ない。久方ぶりの再会、普通は喜ぶものぞ?」

「お前にで会って喜ぶ奴は自殺志願者だけだ」

「そうよの、こやつらも絶望しておったわ」


 そう言ってサーニャは引きずっていたものをキールに向かって投げつける。キールはそれの一つを躱し、もう一つを片手で受け止める。

 躱された塊は、そのまま転がってシルビアたちのいる所まで転がる。


「エースさん!」


 転がっていた物体を見てトモネが声を上げた。

 全身を血だらけに染め、愛用の武器であるクリスタルアークは半ばからポッキリと折れてしまっている。

 いつも着ていた騎士団の鎧は、インナーを残して何も残っていなかった。

 目をつむったままピクリとも動かないその姿に、カズマも僅かに意識の残っているシルビアも呆然とする。


「そんなっ!? なんでっ!?」

「獣の娘よ、そう慌てるでない」

「サーニャさん! 何を言ってるですか!」

「我はもうサーニャという者では無い。我は魔王サタン。世界を統べる魔の王よ。良く覚えておけ」

「意味分かりませんよ! サーニャさん! しっかりしてください!」

「我の名前を二度も間違えたな?」


 サタンが眉を顰め、トモネに向けて指先を軽く弾く。パンッという軽い音と共に、サタンの周りに衝撃波が発生し、トモネに向かって襲い掛かった。

 キールはその間に入り、最初に投げられた物体を壁にして衝撃波を受け止める。


「キールさん!」

「トモネ、こいつはもうサーニャではない。前魔王サタンが復活した存在だ」

「そんなっ!?」

「どうせ、リズに不意を突かれて魔王の虫でも入れられたのだろう。面倒なことをしてくれたもんだ」


 壁にされた物体。四肢を切断された状態のリズは、今の衝撃波を受けて背中の肉が大きく抉られていた。

 その攻撃で、僅かにあったリズの命は完全に消し飛ぶ。


「そう、我はそやつに魔王としての力を与えられ復活した。我に無断で触れたことは万死に値するが、我を復活させたのも事実だからな。特別に生かしておいてやったが――とんだ時間の無駄だったようだな」

「良い壁にはなった」


 絶命したリズを端へと投げ捨て、キールはサタンを睨みつける。


「そう怖い顔をするな。唯一の同類(・・)なのだ、仲良くしようではないか」

「同類?」


 サタンの言葉に、うっすらとする意識の中で会話を聞いていたシルビアが顔を上げる。カズマの精霊魔法が効いて来ているのか、血の出方は収まって来ており、次第に完全に止まるだろう。しかし一度出てしまった血を復活させる力は、精霊魔法にはない。力の入らない体を壁にもたれかけながら、シルビアはサタンに問いかける。


「どういう、こと。キールさんと、同類っ、て」

「シルビアさん喋らないでください。塞がって来た傷口が開きます」

「私は、大丈夫。それより、サタン、どういうこと」

「ふふ、教えてやろう。こやつは我と同じ――――もう少し落ち着いたらどうじゃ?」


 サタンが何かを話そうとした時、キールが先に動いた。

 真っ直ぐ接近し、サタンへ殴り掛かったのだ。詠唱するよりも早いその動きは、サタンの掌に受け止められている。しかし、その威力に押され、足もとには踏ん張った後が一メートルほど続いていた。


「無駄話は必要ない」

「そう言うな。貴様には散々恥をかかされたからな。我の記憶に残っているだけでも自殺したくなるほどにのぅ。よくもまあ好き勝手体をいじってくれたもんじゃ」

「ふん、あいつから求めてきたことだ。俺は知らん」

「なら今度も我から求めてやろう。貴様の苦渋に満ちた姿をな! よく聞くがいいお前たち! こやつは我と同じ――」


 サタンはキールの右手を受け止めたまま、言葉を紡がせまいと放たれた左ストレートを顔を傾けることで躱し、足首を狙って蹴りを放つ。それを僅かに飛んで躱したキールは、浮いた足をサタンの顔へと振り上げる。

 それをバク転で躱したサタンは、四肢で地面を蹴りキールの懐へ向けて手刀を突き出す。

 キールはサタンの手刀を、体を回転させながら右手で受け止め、捩じるように後方へと受け流した。そこで僅かにできた距離を使って、サタンが再び口を開く。


「我と同じ、魔王システムによって生み出された最初の、いや世界で初めて(プロトタイプ)の魔王ぞ!」


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