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二人は僧侶と出会い、勇者は現実を知る。2

 教会から出た一行は、森の中に入った。

 前から僧侶、シルビアとサーニャ、最後がエースの順番だ。

 シルビアはエースに最後尾をまかせたのを見て、ある程度実力を認めているのかとも思ったが、村人が近くに全く魔物が出ないと言っていたのを思い出して、関係ないと思いなおした。


「そう言えばまだ僧侶さまのお名前を聞いていませんでしたが、窺ってもよろしいですか?」

「ああ、そういやあそうだったな。俺はキールだ。好きに呼べ」

「ではキールさんと。それでキールさん、今私たちはどこに向かっているのでしょう?」

「この先に小さな伐採所がある。そこで勝負する。村の中で暴れられちゃ周りに迷惑がかかるからな」

「そういうことでしたか」


 言っているうちに森が開けた。

 円形に百メートル四方が綺麗に伐採され、広場ができている。

 端に小さな小屋があるが、そこが物置だろう。


「ここだ。ここなら迷惑にはならん。馬鹿がどれだけ暴れても問題ない」


 エースがまた噛みつくかと思ったが、エースはじっとキールをにらみ、殺意のこもった視線を投げ続けている。


「じゃあさっさと始めるか。塵芥がどこまで出来るか見てやる」

「あまり調子に乗るなよ僧侶。俺は今マジでキレてる。手加減は出来ないぞ」

「ふん」


 また鼻で笑った。

 そしてシルビアとサーニャがある程度離れたのを見て、キールは手をクイクイっと動かし、来いと合図する。

 それを見たエースは一気に飛び出し、剣を抜くと、キールめがけて振り下ろした。

 一般人が対応できる速度では無い。

 シルビアなら、今までの経験から避けることもかのうかもしれないが、初見であれば間違いなく斬られていただろう速さだ。


 キールはその場から一歩も動けなかった。シルビアは最初そう思った。そして一撃で勝負がついてしまうのかと落胆もした。

 だが、結果は違っていた。

 エースの振り下ろした剣は、僧侶の眼前で止まっている。

 驚いたのは勇者の方だ。

 間違いなく相手を殺すための全力の一撃だった。

 それをいとも簡単に抑えられてしまった。しかも僧侶の得意とする魔術を一切使わずにだ。


 僧侶はエースが剣を振り下ろす瞬間、右手だけで勇者の持っている剣を止めた。

 しかもそれは、真剣白刃取りと呼ばれる技でだ。

 シルビアもエースも噂には聞いたことがある技だ。

 振り下ろされた剣の両側を両手で挟むことで受け止める。そう二人は聞いていたし、出来るとしてもそれが限界だと思っていた。

 だが、今目の前で起こっていることは、その限界を優に超えていた。


 キールは親指と人差し指だけでエースの剣を受け止めていた。

 タイミングがコンマ一でもずれれば確実に手を切断される危険すぎる技だ。

 だがそれを成し遂げ、今エースの目の前に立っている。

 シルビアはなぜキールがこんなことをできるのか、サーニャに尋ねようとした。

 だが、サーニャの笑顔に聞くのを止めた。

 それが当然という顔をしていたからだ。聞いても、おそらく期待している様な答えは返ってこないだろう。


「なんだこの緩い振り抜きは。そんなんで魔王を倒そうとしてたのか。ハッ、今のお前ならガキの頃の俺でも十分だな」

「この野郎!」


 エースは強引に剣を引くと、再び構え直す。しかし、今度は両手では無く片手でだ。

 そして開いた左手を胸の前に持ってくると、詠唱を始めた。

 その詠を聞いて、シルビアが驚く。


「祖は偉大なる世界の母。

 全てに光を与える大いなる存在。

 その光を持って闇を払え!

 閃光の蹂躙ライトニング・エクスプロード!」


 それは間違いなく、エースが現在使える魔術で一番威力の高いものだ。

 その一撃は、練習用にしていた藁人形を跡形も無く消滅させ、さらにその後ろにあった城の城壁を撃ち抜くほどの威力を持っている。

 そこらへんの貴族の城ならいざしらず、王城の城壁を撃ち抜けるだけの威力を出せる魔術をシルビアは閃光の蹂躙ライトニング・エクスプロードしか知らない。

 そしてそれは決して人に向けて撃つような代物ではない魔法だ。


「エース! 何考えてるの! それは人に向けて撃つようなものじゃないでしょ!」

「五月蠅い! こいつは俺に実力を見せろと言ったんだ! だから全力で行く!」

「良い心がけだカス。だが詠唱が長い! 発動まで時間がかかり過ぎだ!

 闇をもって世界を嗤え。暗闇の牢獄(ダーク・キューブ)


 光の矢を放とうとするエースの足元から、急に闇が湧きあがった。

 それはあっというまにエースを飲み込み正方形の闇を創りだす。


「闇は光を通さない。その中でお前の魔術は無意味だ、クズ」


 光は闇を照らすものだと思われている。しかし、深すぎる闇は光さえも弾く。


「馬鹿な! 僧侶は回復系の魔法しかまともに使えないはずだぞ」


 基本僧侶は神に仕えることで、その力を少しだけ借り、祝福という形で小さな奇跡を起こすのがやっとと言われている。

 フィロ教の枢機卿クラスでやっと重病人を直せる力を出せるかどうかという物だ。

 もちろん、彼らはそれ以外の魔術を全く使えないのが常識とされている。


「ならそいつらが愚図でノロマなだけだ。現に俺は使える」


 キールが堂々と言い放った。

 シルビアは今度ばかりはちゃんと理由を聞こうと、サーニャを見る。

 するとサーニャもこちらを見ていて、クスっと笑った。


「あんなこと言ってますけど、キール様は特別です。普通はできません」

「じゃあなんで……?」

「キール様は悪魔と契約しておられますから」

「契約!? しかも悪魔と!?」


 思いもよらない言葉に、シルビアの声が裏返った。

 契約とは、人が召喚魔術などを駆使して魔界に存在する上位の魔物(あくま)と契約を結ぶことだ。そうすることによってその悪魔の使える力を使うことができるようになる。

 しかし、この場合契約の対価として相当なものを要求されるとのことで、ほとんどの人間は悪魔を呼びだしただけで死んでしまうらしい。

 そしてそのような危険な行為は、普通許されるものではない。


「そんなことしていいの? 教会ってそういうの厳重に禁止してたはずじゃ……」

「ですから、この辺境の村でこっそりと生活しているんです」

「そういうことだったの。じゃあ神様の啓示は、この力を使えってことだったのね」

「そういうことだと思います」


 二人で納得し、試合を見ていると、試合は大詰めに入っていた。

 一方的にキールがエースをいたぶっているだけだが。


「どうした! これで終わりか!? 早くそこからでないと炙り死ぬぞ!」


 暗闇の牢獄(ダーク・キューブ)の周りは炎に囲まれ、エースをじりじりと炙っている。

 と、ようやく勇者が魔術の中から出てきた。

 その体はボロボロになっている。おそらく、火で囲む前にキールがやたらと撃ちまくっていた氷弾の嵐に巻き込まれたからだろう。


「やっと出てきたか」


 キールは出てきたエースの元までつかつかと歩み寄る。

 エースはすでに満身創痍で、剣を杖代わりに何とか立っている状態だ。


「クッ……」

「生意気な目だな」


 エースの前まで来ると、キールは躊躇い無くエースが杖代わりにしていた剣を蹴り飛ばす。

 バランスを崩したエースが地面に倒れた。

 エースは悔しそうに地面に生えた草を握りしめながら小さくつぶやいた。


「俺の負けだ……」

「あぁ!? 負けたからなんだよ」


 だが、その言葉はキールに意味をなさなかった。

 キールはエースを踏みつけたまま、その場を動こうとしない。


「俺の負けだ、もうあんたを連れて行こうとはしない」

「だからなんだって。そんなもん当たり前だ。こっちは自分の体掛けてんのに、そっちは何も掛けなしで勝負してもらえたと思ってんのか?」

「なに?」


 顔をあげたエースをキールは蹴った。


「こっちが体掛けてんだ。そっちも体掛けて当然だよな」

「クッ…そうだな」

「よし。なら今日からお前俺の奴隷な」

『なっ!?』


 偶然にもシルビアとエースの声が重なった。

 一部始終を見ているサーニャは何故か顔を赤くし、恍惚とした表情をしている。

 シルビアはそれを見なかったことにして、キールに話しかけた。


「待ってくださいキールさん!」

「なんだ?」

「確かにエースは負けましたが、しかし魔王を倒すと言う使命を神から授かっています。奴隷にされてはそれができません!」

「問題無い。俺が魔王城まで行く」


 思わぬ返答にシルビアは固まった。同じく勇者もその場に踏まれながら呆然としている。


「気になることができた。だから魔王城へ行く」

「では私達と共に来てくれると言うことでしょうか?」

「こいつは俺の奴隷だ。こいつは俺についてくる。俺はシルビア、お前について行ってやる。もちろんサーニャも一緒だ。パーティーのリーダーはお前がやれ」

「本当にいいのでしょうか?」


 旅の目的が変わらない以上、これはこの上ない申し出だ。エースには悪いが、魔王を倒さなくてはならない以上ここで留まっているわけにはいかない。


「構わない」

「ではよろしくお願いします。サーニャさんも」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言ってキールに深くお辞儀した後、サーニャと握手を交わす。

 すると、キールがエースから足をどけた。


「さて、旅の準備はサーニャに任せる」

「はい、承知しました」

「キールさんは何を?」

「これの調教だ」

「……調教?」

「そうだ。奴隷になる以上、いちいち反抗されるのはたまらんからな。徹底的に調教する」

「はぁ……」


 シルビアはうなずくしかできなかった。

 ここまで最強と思われる力をふるってきた勇者を、いとも簡単に倒してしまえる存在に抗おうとは思わない。

 弱肉強食の中生き抜いてきたシルビアにしみついている感性だ。


「ではシルビア様、少し準備のために手伝ってほしいことがあるのですが?」

「何? あと様はいいわ。もう仲間なんだし呼び捨てにして。敬語もなしね、もちろんエースに対しても」

「分かったわ。じゃあちょっと手伝ってほしいの」

「ええ。よろこんで」


 シルビアとサーニャはエースを置いて、家に戻ってゆく。


「さて、調教の始まりだ」

「ひっ……」


 今のエースはただ怯えるしかできなかった。

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