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僧侶は勇者を恫喝し、魔王を従える  作者: 凜乃 初
アフターストーリー
67/74

リズ式魔王二種・赤の魔王

 キールを追ってシルビアは洞窟を進む。

 先は意外と短いのか、洞窟の壁はうっすらと明るく照らされ、僅かにだが壁の色が見えた。

 壁に手を当て足もとに注意しながら進むシルビアは、キールの背中を見ながらふと考える。自分たちは、キールのことをどれぐらい知っていたのだろうかと。

 キールは出会った当初からやけに魔王のことについて詳しかった気がする。それはサーニャが元魔王だったこともあるが、それだけでは説明がつかない。

 そもそもなぜキールは魔王をこの世界から滅ぼそうとしているのだろうか。

 自分では、迷惑だとか、鬱陶しいからだとか言っているが、本当にそう思っているとは思えなかった。

 迷惑なら隠れればいい。鬱陶しいなら無視すればいい。キールにはそれだけの力があるし、もし自分が魔王だったらと考えると、キールの人となりや実力を知れば無視することを考えただろう。

 だが現実のキールは、魔王の根城へ単身で乗り込み、あまつさえ魔王を倒して従者にしている。この事件だって無視することもできたはずなのだ。

 キールの言葉と行動には矛盾がある。

 なぜそんなあやふやな行動をとるのか、シルビアには想像をすることも出来なかった。

 そんなことを考えている時に、ふと思ったのだ。

 自分たちはキールのことをどれぐらい知っているのだろうかと。

 勇者パーティーとして一緒に旅をした。その間に色々と話しはしたし、それぞれの過去を簡単にだが知る機会も何度かあった。

 おかげでサーニャが元魔王でただの村娘から魔王になったと言うことも知っている。

 だが、キールの過去は全く知らないのだ。基本的に無口なキールだが、普通に会話はする。それなのにもかかわらず過去を一切知らないというのはおかしと感じた。だからこそ気付く。キールが自発的に自分の過去を隠しているのだと。

 聞くなら今しかない。そんな気がしたシルビアの口は、自然と動いた。


「キールさん」

「なんだ」

「キールさんの子供のころってどんなだったの?」

「どうした、藪から棒に」

「私たちって勇者パーティーって言われてる割には、キールさんのこと何も知らないなって思ってね」

「知る必要はない。俺は昔も今も変わらない」


 シルビアの問いに、キールは拒絶を示す。話しは終わりだと言わんばかりに歩みを速めた。しかしシルビアは必死に食い下がる


「そんなこと言ったって、今のクールで無口なキールさんがそのまま子供になってたなんて想像できる訳ないじゃない。実はやんちゃ坊主だったとか、そんな感じの過去はないの?」

「無い」

「じゃあじゃあ、誰にでも喧嘩吹っかけてたり? それとも意外と文学少年?」

「しつこいぞ」


 明らかな拒絶。だからこそ、シルビアはキールが過去を隠していると確信した。

 しかし、惜しい事にタイムアップとなる。洞窟の終わりが見えてきたのだ。


「おしゃべりはここまでだ」

「残念。でも後でしっかり教えてね」

「なにも話すことは無い」


 洞窟を抜けると、先ほどよりも小さな空洞に出る。中へと進めば、その空洞の光景にシルビアは唖然とした。

 滑らかにくり抜かれていたはずのその壁には、まるで巨大な爪に引っかかれたような切れ込みができている。その大きさは、人がすっぽりとその切れ込みに入りこめてしまいそうなほど深い。そしてよく見れば壁のあちこちに大小の同じような切れ込みが出来ていた。

 地面は所々補修されたように土の色が変わっており、ここで激しい戦闘があったのではないかと予想させる。


「何が戦ったらこうなるのかしら」

「十中八九魔王関連だろうな」


 普通の魔物も魔獣も、岩壁に人が入れそうなほど深い切れ込みを入れることなどなかなかできない。そもそもこんな洞窟の中でそのような事をする必要も無いのだ。

 ならば、この傷痕は何かしらの実験の結果だと見るのが正しい。

 周囲を警戒しながら空洞の中ほどまで進む。そこで、さらに奥へと続く道から何者かがゆっくりと歩いてきた。

 その足音に二人は警戒を強め、戦闘の構えをとる。


「お久しぶりですね、お二人とも」

「お前か」

「リズベルト・リズ!」


 現れたのは、リズだった。笑みをたたえたまま、空洞の入口に佇み二人と言葉を交わす。


「ここはお二人ですか。では研究所へは勇者と元魔王が行ったようですね」

「向こうが当たりだったか」

「そうでもありませんよ。こちらにはこちらで豪華景品を用意しています。私の研究成果の数少ない成功例。あなたたちにはそれをお見せしましょう」


 リズが一つ指を鳴らす。それに合わせて、リズの出てきた場所から二人の女性が出てきた。

 一人はボディーラインが良く分かる真っ赤なドレスを纏い、もう一人は対照的に深い青色のドレスを着ている。

 両者のスカートには動き易さを追求してか、深いスリットが入っており、太ももが眩しく輝いていた。


「リズ様どうしたの?」

「リズ様また実験?」


 赤い女性は若干面倒くさそうに、青い女性は半分だけ開いた目を眠そうに擦りながらリズに尋ねる。

 リズは二人の様子に苦笑した。


「もう少し威厳を持ったらどうですか? 一応お客さんの前ですよ?」

「お客さん? 珍しいわね」

「誰?」

「勇者パーティーの剣士と僧侶ですよ。私の計画を知って潰しに来たようです」

「へぇ……」

「そう」


 赤の女性はリズの言葉を聞いて、面倒くさそうだった表情を獰猛な笑みへと変える。青の女性も感心したように半分閉じたままの瞳をシルビアとキールに向けた。


「なら実戦ってことでいいのかしら」

「本番?」

「そうですよ。これまで我慢してやってきてもらった、詰まらない実験の成果を見せる時です。私の完成させた魔王の力。その実力を見せつけてあげなさい。私はもうお二方の所へ行かないといけませんからね」

「了解!」「わかった……」


 二人がキールたちに向かって駆け出す。どうやら最初から魔法を使ってくる様子は無いらしい。それを確認して、シルビアはプロメテウスの能力を起動させた。

 キールはいつも通り、腕をだらっと垂らしたまま待ち構える。


「目を覚まして、プロメテウス!」

「お前は青い方を止めろ」

「なら赤い方は任せるわ」


 シルビアが飛び出し青の魔王に向かって斬りかかる。青の魔王は腕を前に付き出す。すると魔法陣が展開し、プロメテウスを受け止める。


「無駄……」

「知ってるわよ」


 未来を見れば、受け止められることなど簡単に分かる。しかしあえて受け止めさせたのだ。そのおかげで赤い魔王は青より突出して一人でキールの相手をすることになる。

 二人セットで現れたと言うことは、連携による技もあると想定するべきだろう。それをとっさに判断した二人は、まず二体の魔王を引き離すことにしたのだ。


「死になさい! 焦熱の末路は世界を嗤う。燃え上がる世界(ファイアワールド)!」


 赤の魔王の魔法により、キールは炎の円に包まれ、その姿をシルビアたちから覆い隠す。

 その中で魔王は立て続けに魔法を放つ。


「炎弾! 炎弾! 炎弾!」


 短縮詠唱により放たれる炎弾。それがキールを襲おうとした時、初めてキールが動いた。

 腕を前に付きだし、炎弾をその腕で受け止める。

 ズシン、ズシン、ズシンと三度その炎弾を受けた手の平は、炎弾の炎をまとめさらに巨大な炎弾へと姿を変えさせる。


「この程度で終わりか? 白炎弾」


 キールの掌で燃え上がっていた炎は、その姿を白へと変え、赤の魔王に向かって襲い掛かった。

 赤の魔王はそれを横に飛ぶことで躱す。

 白の炎弾は、炎の壁に触れるとその壁に飲み込まれるようにして姿を消した。それを確認して、キールは一つ頷く。


「触れるものを飲み込む炎――この壁も攻撃型の魔法か。二人組だったことも考えれば、貴様が攻撃特化という予想もあながち間違いではないかもしれないな」

「あらら、これだけでそこまで分かっちゃう? そう、私は攻撃することのみを考えリズ様に作られた魔王。私の力は歴代全ての魔王の攻撃力を遥かに凌ぐわ。あなたに私の攻撃が受けきれるかしら?」

「歴代がどうかは知らんが、どいつもこいつもクソみてぇに弱かっただけだろ。俺の前では歴代最高だろうが、歴代最低だろうが等しく俺以下だ」

「言ってくれるわね。たかが僧侶が」


 自分の製作理念を根本から否定された赤の魔王は、全身に炎を纏いながらキールを睨みつける。


「なぶり殺しにしてあげるわ」

「俺は貴様の体を調べさせてもらう」

『蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃(サウザンド・ナイフ)


 両者が同時に発動したサウザンドナイフ。それは、周囲の魔力を急速に奪い取り、刃の形となって顕現する。

 魔力を奪われた炎の壁は一瞬で消滅し、低酸素状態となっていた空間に、周りの空気が流れ込んだ。

 その風に髪をなびかせながら、赤の魔王は近くに浮いてるサウザンドナイフの一本を握りしめる。


「貫きなさい!」

「行け」


 合図と共に、お互いのナイフが一斉に放たれ、まるで豪雨のようにお互いの視界を埋め尽くす。

 数百本の刃が互いにぶつかり砕ける。数百本はお互いとは関係のない方向へと飛んでいく。そして残った数百本が、お互いの肉を食い破らんと飛翔する。

 キールはその刃を体術のみで躱していた。さすがに今のサウザンドナイフで、周囲の魔力がごっそり無くなっているのだ。その状態で壁の魔法を使っても、ナイフによって簡単に突破されるのは目に見えている。

 そして赤の魔王は、最初に握ったナイフを駆使して躱していた。

 そのナイフとて、赤の魔王の命令にしがたいキールに向かって飛翔しようとしている。それを握る赤の魔王はその力を利用して本来ではありえないようなアクロバットな動きをしていた。

 ナイフを空に向ければ、自分の体も引っ張られ中に浮く。右に向ければ右に、左に向ければ左に。それはまるで、海の中を自在に泳ぐ魚のように千本の刃の間をすり抜ける。ところどころ、どうしても避けられない物は、自らの魔力を使った簡単な炎弾で叩き落としていた。

 やがて、その嵐が収まる。


「あはは! いいわ、これが実戦! 命を奪い合う戦い! 実験みたいに、ただ壁に向かって魔法を放つなんて、もうできなくなっちゃうわ! 狂爪は切り裂き世界を嗤え。消滅の斬撃(バニッシュブレード)


 興奮状態の赤の魔王は、詠唱により自らの腕に濃密な魔力を纏わせる。それは次第に腕から生えた一本の刃となる。


「それが壁の傷の正体か」

「ふふ、そうよ。これであなたもバラバラにしてあげるわ!」

「ならその技と自信、正面から砕いてやる。刹那の破壊は世界を嗤う。幻影無刃(ミスティカルソード)


 キールが突き出した手。そこに集まった魔力は、渦を巻きながら形を整えていく。そしてそれが収まった時、キールは何かを握るように手を閉じた。

 しかし、赤の魔王には何も握っているようには見えなかった。いや、実際にはうっすらとだが見えている。まるで紙のように薄い魔力で出来た剣だ。


「それがあなたの剣? そのうっすらとした魔力の集まりでこの私を倒すと? アハハ! 傑作だわ! 死になさい!」


 キールの行動を魔王へと侮辱と取った赤の魔王は、その腕を高々と掲げ振り下ろす。

 一瞬の静寂。直後「ドッ!」っと壁を叩くような音と共に周囲に衝撃波が吹き荒れキールに向かって刃が奔る。

 地面を抉り、壁を削り、空気を穿ちながら進むその斬撃を、キールは涼しい顔で見つめる。

 そしてただ一振り、極薄の剣を横に振った。

 キンッとまるでガラスを鳴らした時のような涼しい音が空洞内に響き渡る。

 振るわれた剣からあふれ出した、途方もない魔力の本流は、赤の魔王の斬撃をいとも簡単に消し飛ばし、赤の魔王を空洞の壁へと激しく打ちつける。


「がはっ……なにが!?」


 何が起こったのか分からない様子の赤の魔王は、自分の腹に違和感を覚えて手を当てる。そこからはドレスよりも赤い血が滴っていた。


「え?」

「お前は所詮、この程度だ」


 自分でも分からぬうちに膝を付いている赤の魔王。その魔王にゆっくりと歩みよりながらキールは詠唱する。


「世界に反して世界を嗤え。重力解放グラビティ・バニッシュ

「あ……」


 赤の魔王は自分が何をされたのかも気付かなかっただろう。

 キールの重力解放は、赤の魔王の首を高重力で一瞬のうちに押し潰し、転げ落ちた頭はその魔法に触れて消滅する。

 体だけがその場に残り、首からは心拍に合わせて血が飛び出していた。


「さて」


 無造作に掴み上げた魔王の死体、キールはその首に向けて手を伸ばし切断面から中をいじくる。

 ぐじゅぐじゅと艶めかしい音と共に、まだ温かい体温がキールの指に伝わってきた。

 それを無視してさらに傷口の奥へと指を進ませる。


「無しか。そうなるとこっちか」


 傷口から指を抜くと、赤の魔王のドレスを襟から無造作に引き裂く。

 露わにされた胸元を何かを探るようにゆっくりと触診する。


「ここか」


 指に伝わる一瞬の違和感。それを敏感に感じとったキールは、その違和感の場所に向けて思いっきり腕を突き刺した。

 それはちょうど心臓の部分。背中から飛び出したキールの手には、先ほどまで動いていた赤の魔王の心臓があった。

 完全に停止ししぼんでしまっている心臓。その心臓には、まるで心臓を抱き込むように一匹の虫が張り付いていた。

 六本の足で心臓を抱え、尻尾のような物を突き刺している。


「これが完成体用の虫か」


 キールが探していた物はこれだ。赤と青、二人の魔王も攫われた娘だとすれば、外的要因によって強制的に魔王化されているはずなのである。その原因をキールは探していた。

 首を調べた際には出て来なかったため、別の場所を探していたのだ。


「心臓を貫けば魔王化は止まるか? 試してみる価値はありそうだな」


 キールは心臓を地面に投げつけ虫を踏み潰し、いまだ戦闘中の青の魔王とシルビアに視線を向けた。


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