劣化魔王
カズマとトモネ、そして騎士団中隊の一つはシルビアたち四人とは別の洞窟へ来ていた。そこはリズ以外の何者かの出入りが確認された場所であり、四人が入って行った洞窟からさほど離れていない場所にあるものだ。
「ここがその洞窟ですか。特に変わった様子は無さそうですね」
「まあ、一目見ておかしいようじゃ隠れ家にはなりませんからね。さて、では騎士団の皆さんには半分はここで待機、残りの半分は私たちと一緒に洞窟の中へ入ってもらいます。分担は先ほど通達した通りに」
「了解しました」
「では出発します」
トモネの指示に従い、一向は洞窟内部へと足を進める。
そこはしっとりと湿っており、隅には少しだけ水が流れている。
「歩きにくい場所ですね。洞窟ごと潰してしまいたい気分ですよ」
トモネは湿気が嫌いだ。それは自分の毛並がぐったりするのもあるし、敏感な感覚を鈍らせるという理由もある。
「それはできれば辞めていただきたいですね。トモネさんだと実際にやれちゃうので」
地脈破砕や脈力光斬、それにまだ見ぬ古武術義を使えば、洞窟の一つぐらい簡単に潰せてしまうのがトモネだ。そんなトモネが潰してしまいたいなどと言えば、冗談には聞こえない。
「さすがにしませんよ。重要な証拠があるかもしれませんからねっと、分かれ道ですか」
洞窟の分かれ道にぶつかる。一つは水が流れてくる道になっている湿った洞窟。そしてもう一つは乾燥しており、明らかに整備された様子のある道だ。
「さて、まあ分かりますが、カズマさんどっちだと思います?」
「当然乾いてるほうでしょうね」
「では隊のさらに半分はこのまま湿った方を進んでください。何かあればすぐに鉄打ちを使って連絡を」
鉄打ちと言うのは、獣人たちの間で使われている連絡方法だ。ペンサイズの小さな鉄の棒を打ち合わせることで音を鳴らし、その音の鳴らし方で情報を伝達する物である。開けた屋外では獣人のように耳の良い存在でなければ聞き取ることは難しいが、ここのような洞窟の中ならば音は反射して聞こえやすい。その分複雑な鳴らし方はできないが、単純な情報だけならば十分伝達可能だ。
突入する騎士達には、前もって数種類の簡単な伝達音が伝えてある。
「お気をつけて」
「みなさんも」
敬礼を済ませ、部隊の半分が湿った洞窟を奥へと進んでいく。それを見送ってトモネとカズマはさらに奥へと進んだ。
そこはまるで闘技場のような所だった。
周囲は土がむき出しだが、空洞の中央には舞台のような物が作られている。
壁には血痕のような物が飛び散り、隅にはあまり想像したくはない、人型のような物が積み重なっている。
「ここは……」
「闘技場ですよ」
トモネのつぶやきに上から答えが帰ってくる。全員がその声の方を向けば、壁から突き出した岩場に一人の女性が立っていた。
白衣を纏い、髪を一束に纏めたその姿はまさしく科学者。
「リズ!」
「おや、どんな侵入者かと思えば、懐かしい面々ですね。いくらか足りないようですが、死にましたか?」
「そんな訳無いでしょう! 今まさにあなたの研究所を襲撃していますよ!」
「ああ、侵入者の知らせが来てましたね。あの方たちでしたか」
「おしゃべりはここまでです! キールさんたちには悪いですが、あなたを倒して計画はここで潰させていただきます!」
「私の計画までご存知でしたか。なら話は早いですね。実験台になっていただきましょう」
リズは岩場から飛び降りると、パチンと指を弾く。すると空洞の奥にある通路からぞろぞろと女性たちが出てきた。
誰も足取りはしっかりしている。しかし、その表情は昔のサーニャ以上に感情という物を感じさせなかった。
「私の大切な研究成果です。さあ、存分に殺し合ってください」
「待ちなさい!」
悠然と歩いて女性たちが出てきた通路へと消えようとするリズを追いかけるトモネ。しかしその行く手は女性たちの攻撃によって阻まれる。
『蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃』
「その詠唱は!?」
「トモネさん!」
とっさに飛び出したカズマが、トモネを庇って地面に押し倒す。
「土の精霊よ、我らを守れ」
直後、魔力の刃が空洞内を縦横無尽に飛び交い、付いて来ていた騎士達を斬り刻んでいく。
カズマはとっさに発動させた精霊術により自分の背中に土の壁を作り、刃を防いだ。
しばらくして刃の嵐が収まる。辺りにはうめき声に満たされ、周囲には騎士達の血が飛び散っている。
「カズマさん、大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫です。それより他の皆さんが」
体を起こした二人が見たものは、すでに屍となった騎士達の無残な姿。僅かに息のあるものも、目に見えて治療は間に合いそうもない。
「今の魔法って」
「間違いありません。魔王の魔法ですね」
サウザンドナイフ、それはキールもサーニャも良く使っていた魔法だ。
その詠唱には「世界を嗤え」が入ることからも、魔王の魔法だということが分かる。そしてそれを使ったということは、女性たちにも魔王の力があるということなのだ。
「魔王が復活していましたか」
「それもこの数ですからね」
「本当に洞窟ごと潰しちゃえばよかったですね……」
全員で六人。それがこの場に現れた魔王の数だ。
普通に考えれば絶望的な数だろう。一体であったとしても、サーニャが相手だと仮定した場合トモネとカズマの二人では勝てるかどうか分からないのだ。それが六体。しかも手加減は無しである。
「けど救いはありそうですよ」
カズマは自分の背中からはがれた土を掴みながらそうつぶやく。
「どういうことですか?」
「あのサウザンドナイフ。オリジナルより大分威力が低いです。私の精霊術なんて、力としては微々たるものですからね、それでも攻撃を通せないとなると、ずいぶん劣化していますね」
「つまり劣化魔王だと?」
「おそらく。まだオリジナルの実力は引き出せていないのでしょう。出せて半分と言った所でしょうか。人間の町に攻めないのもそれが理由じゃないかと」
六体もの魔王ができているのならば、とっくに王都は陥落しているだろう。それをできないだけの理由がこの魔王たちにはあるはずなのだ。
「だから救いですか。けどしんどいのに変わりは無いみたいですね」
「そうですね、けどここで死ぬつもりはありませんよ」
「当然です!」
トモネとカズマが立ち上がり一気に動き出す。それと同時に、劣化魔王たちも詠唱を開始した。
『蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃』
「古武術義、脈力光斬!」
トモネが地面を殴りつけ、地脈から光が溢れだし刃をことごとく打ち払う。その間にカズマは持っていた弓を一体の魔王に向けて構える。
弦を引き絞るそこに矢は無かった。だが引き絞ると同時に金色の魔力で出来た矢が現れる。
「行きます。静流一矢」
放たれた矢は、脈力光斬の光を抜けて魔王の一体の心臓を穿つ。
赤い血をふきだしながら倒れた劣化魔王はその場に倒れるが、すぐに起き上って来た。
「不死身ですか!?」
「いえ、まだそうと決まった訳ではありません」
起き上ったところに、カズマがさらに矢を打ち込む。そして今度は首を貫いた。
劣化魔王は先ほどと同じように倒れ、起き上ってくる様子は無い。
「やはり首の蟲を殺せばいいみたいですね」
それはキールから聞いていた魔王が復活していた場合の対策の一つ。人間に寄生させ魔王化させる蟲を殺せば、魔王の力は無くなるのではないかという物だ。人体実験ができなかったためぶっつけ本番だったが、どうやらその考えは間違っていなかったらしい。
「やりましたね!」
「ええ、それにやはり劣化しています。判断力も鈍いようですし、一気に攻めましょう」
蟲に操作させることに無理があるのか、人間の脳で動くことを前提に作られた体は全体的に動きが鈍い。
「そうですね。なら今度は――カズマさん、耳を塞いでおいてください! 古武術義、空打震波!」
トモネが目の前の空間に向けてブローを放つように小さな振りで拳をぶつける。するとまるで壁を殴ったかのような重い音と共に周囲に強烈な空気の波が衝撃波となってトモネの周りにいた全てに襲い掛かった。
トモネの忠告により耳を抑えていたカズマはまだよかった。
劣化魔王たちはその衝撃波を耳の中に直接浴び、鼓膜を破られ脳を揺さぶられる。魔王であっても人体の仕組みは人間と変わらない。脳を揺さぶられた劣化魔王たちは、脳震盪を起こして立っていることもままならずその場に膝をついた。
「今です!」
「分かっています。連奏奏弓!」
カズマが弓を引けば、そこには三本の矢が現れる。弦を離せば、三本の矢はまるで笛を鳴らすように高音を発しながら三体の魔王の首に突き刺さった。
「残り二体」
「一体はお任せください」
見ればトモネは投球フォームに入っていた。片足を高く掲げ、両手は頭の上で何かを握っている。足が振り下ろされるとともに、右手に握られた何かが魔王目掛けて投げつけられた。
それはトモネがいつも下げていた、腰の袋に入っている投擲用の石だ。
石は自らの体を削るほどの速さで飛び、魔王の顔面にめり込み首を折りながら魔王を吹き飛ばす。
血を引きながら吹き飛んだ魔王は、壁に叩きつけられてようやく止まる。その顔は見るも無残に潰れていた。
「あぁぁぁあああああああ!」
仲間を一瞬にして殺された劣化魔王最後の生き残りが叫び声を上げる。それと同時に、魔王の周囲に魔力が溢れ、魔王の体から血があふれ出す。
「暴走ってやつですかね?」
「仲間がやられたからか、自分が命の危機に瀕したからか、限界以上の力を出しているようですね」
「ならこれは魔王レベルって言っても良いと思うんですよ」
トモネは構えをとりながら、魔王に飛びかかるタイミングを計る。
「英雄願望は無いですが、少しはキールさんにも実力を求めてもらいたいですからね」
魔力の矢を生み出しながら、カズマが狙いを定める。
「では」
「もう一踏ん張りです」
カズマが矢を放つと同時に、トモネが魔王に向かって疾走する。魔力で出来た矢は、魔王の濃密な魔力によって簡単にかき消されたが、トモネから注意を離すには十分だった。
魔王の懐に飛び込んだトモネが掌底を放つ。暴走しており、まともなガードなどできない魔王は、それをまともに受けたたらを踏みながら後退する。しかしその程度だ。
先ほどまでの劣化魔王ならば、今ので肋骨が砕かれ地面に倒れ込んでいただろう。単純な暴走は、それだけ単純に魔王の体を強化していた。
「ラッシュを掛けますよ」
「援護します。集魔天元!」
魔力を一点に絞り込み作った極細の矢を放つ。今度は魔王の魔力に削られながらも、その体まで矢を届かせる。
右肩口に刺さった魔力の矢が消滅するのを見ながら、トモネはその傷口に向けて手刀を突き出した。
グジュッと傷口に手が突き刺さり、痛みに魔王が叫び声を上げる。
「暴走しているだけの魔王なんて、無機物魔獣より潰しやすいんですよ! 古武術義禁術、人氣裂破」
突き刺した左手を引き抜き、対比する様に右手で魔王の鎖骨に向けて手刀を放つ。それは寸分たがわず鎖骨の間へと入り込み、トモネの氣が魔王の体をかき乱した。
一瞬の膨張。
パンッと風船の割れるような音と共に、魔王の体が破裂した。
飛び散る血と肉をトモネは正面から浴びて真っ赤に染まる。
「ふぅ……討伐完了ですね。これで私も勇者パーティーとして誇れる実力を持ってると思われますかね?」
「それ以前に、今のトモネさんの姿は魔王に見えますよ」
血で顔を真っ赤に染め、頬から張り付いた肉と血を滴らせるトモネの笑顔は、、どこまでも凶悪に見えてしまった。
応急処置的に布で出来るだけの血をふき取り、何とかトモネの元の顔色が分かる程度になる。
「水が欲しいですね」
「さすがにここでは難しいでしょうが、奥に行けば生活用の水が用意してあるかもしれません。そこまで耐えてください。それより聞きたいことが」
「さっきの技ですか?」
「はい」
トモネから聞いていた古武術義は、大地の気脈を利用して攻撃を放つ物だった。しかし先ほどの技は明らかに人間の気脈を使っていた。
「古武術義は大地の技。人体に直接影響するような技は無かったのでは?」
「実際は見てもらった通りなんですけどね。古武術義は確かに大地の力を利用する技ですが、カズマさんは重要な事を忘れていますよ」
「重要な事?」
「人も大地が生み出したものですよ。だから古武術義には人を使った技もある事にはあります。ただ先ほどのように使うと凄惨なことになるので、大抵は禁術指定されてますけどね。今回は相手が魔王ということで、出し惜しんでる余裕はありませんでしたから」
人も大地が生み出したもの。それは神が存在するこの世界の価値観としては割とマイナーな考え方だ。
その考え方をするのは、森に生きるエルフや獣人が多く、人の中でそのような考え方をしている者は少ない。
だからこそ、純粋な人間で古武術義を使う者はほとんどおらず、身体能力の高い獣人が継承している場合が多い。
「まあ、あんな悲惨な技ばかりじゃないんですよ? 人の氣に自分の氣を当てて体調を直したりもしますし。まあこれは針治療に取って代わっちゃいましたけどね」
「なるほど、特定の才能を要求される治療法から、誰でもできる治療法に取って代わった訳ですか」
針治療自体も、人体のツボを刺激して血行や氣を整えるものだ。それの根源は古武術義の治療でもある。
「そんな感じで危険な技ばっかり残っちゃって、とりあえず人体に影響を与える技は禁術にしようってことになったらしいです」
「あの映像を見せられては納得せざるを得ませんね」
「さて、それじゃあ今の戦闘でおそらく別働隊がこちらに来るでしょう。その前に撤退命令を出しておきましょうか」
「そうですね。劣化とは言え魔王が出てきた以上、一般の騎士には辛いでしょうし」
トモネは腰の袋から鉄打ちを取り出しリズムよく鳴らす。その音は洞窟内に反響して、別働隊の耳にも伝わっただろう。
「さて、じゃあ私たちは」
「奥の探索ですね」
リズが消えた通路を見て、トモネとカズマは気を引き締め直した。
明日からまた更新が停止するかもしれません。