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僧侶は勇者を恫喝し、魔王を従える  作者: 凜乃 初
アフターストーリー
64/74

牢屋の魔王

 シルビアは思わず駆け寄り鉄格子を掴みながら中を調べる。ベッドの下、テーブルの下、天井の隅までくまなく探すが、サーニャの姿はどこにも見つからなかった。唯一残っているのは、サーニャを拘束していたはずのロープと布切れだけだ。


「ど、どこに!」

「まさか逃げちゃったんでしょうか」

「そんな!? そんなことすれば計画が台無しになる! 上手く行ってた状態でそんなことをするとは思えないわ」

「でも実際いなくなっちゃってますし」


 もぬけの殻となった牢屋を見ながら、トモネはしみじみとつぶやく。


「ど、どうしよう……」


 罪人が逃げたとなれば、再び大規模な捜索をする羽目になる。そうなればリズの退治どころではなくなってしまう。


「そ、そうだキールさんは!?」


 残りの二人の存在を思い出したシルビアは、ダッシュで来た道を戻り、分かれ道を今度はキールがいるはずの牢屋へ向かって走る。

 最初に見えてきたのはサーニャの時と同じ鉄格子。次に見えたのはテーブル、そしてその上に置かれたティーカップ。

 次にベッドが現れ、そのシーツが膨らんでいることに、シルビアは心の中でホッとする。


「キールさん、ちょっといい!」

「なんだ騒々しい」


 ベッドから体を起き上がらせたキールは、当然のように噛まされた布を外していた。腕の拘束もしっかりと解かれている。しかし今さらそんなこと程度では驚いていられないシルビアは、かまわずサーニャのことを尋ねる。


「サーニャさんがいないんだけど!」

「私ならここにいますが?」

「え?」


 声はキールと同じ場所から聞こえた。そしてキールがかぶっていたはずのシーツがゆっくりと持ち上がる。


「私に何かご用でしょうか?」


 そこにはシーツで体を隠しただけのサーニャがいた。


「ちょっ!? なんでこんな所にいるのよ!? てかこんな所で何してるのよ!」

「なにも、ナニも、ご想像の通りですよ?」

「ちょっと変なイントネーション入れないでくれる!? それよりもサーニャさんは自分の牢屋に戻る! すぐに!」

「……」

「えー、みたいな顔してもダメ!」


 しばらくシルビアを見つめていたサーニャだが、やがてふぅと小さくため息をついてベッドから立ち上がる。シーツはキールに掛け直し、サーニャは一糸まとわぬ姿だ。


「服はどうしたのよ!?」

「そちらにありますよ」


 サーニャが指差すのは部屋の隅。そこに設置された小物置場に丁寧に畳まれたメイド服がある。サーニャは手早くメイド服を着こんでいく。

 最後にエプロンをつけ、カチューシャをセットして何事も無く牢屋から出てきた。

 当たり前すぎてシルビアは一瞬ぼけっとする。そしてすぐに我に返った。


「か、鍵どうしたの? まさか壊しちゃった?」

「それこそまさかです」


 サーニャは袖口から針金を取り出す。着る時にはそんなもの仕込んでいなかったはずなのだが、もういい加減面倒くさくなったシルビアは突っ込まない。

 カチャカチャと針金を鍵穴に刺して数秒弄ると、ガチャンと重い音がして鍵がかかる。


「ではキール様、また後程」

「後程も無いわよ! 今日は一人で寝なさい!」

「しかし私にはキール様のお世話が」


 そこは譲れないとサーニャが抗議する。


「あのねぇ、サーニャさん今一応捕まってる状況なのよ? それ分かってる?」

「私の体を拘束できるのはキール様だけです」

「だからそうじゃなくて!」

「サーニャ、シルビアの言う通りにしろ。作戦に影響が出るのは面倒だ」

「分かりました。ではシルビアさん戻りましょう」

「ちょ、ちょっと!」


 キールに言われたとたん、サーニャは素早くその場から立ち去る。それを追って、シルビアはすぐにサーニャの背中を追いかけた。


 サーニャとシルビアが元の牢屋に戻ってくると、そこではなぜかエースとトモネが牢屋の中でお茶を飲んでいた。


「お、やっと戻って来たか」

「サーニャさん見つかったんですね」

「なんであなたたちが牢屋に入ってるのよ……」

「立って待ってるのも暇だったからな。鍵も開いてたし」


 サーニャが牢屋を抜け出した時に、鍵は開けっ放しだった。エースとトモネはそこから普通に中に入り、椅子に座って寛いでいたのだ。


「てか、なんでそんなに慌ててたんだ? サーニャさんならキールの場所以外考えられないだろ」

「私も最初は動揺しましたけど、良く考えるとそれ以外考えられないんですよね」


 だがそのおかげで、二人はサーニャ達の営みを見ずに済んだのである。


「ああ、一人で焦ってた私が馬鹿みたい……」


 シルビアはその場に膝を突き、がっくりと頭を垂らす。その間にエースたちは牢屋から出て、代わりにサーニャが中に入る。すぐに鉄格子の間から手を出して片手で器用に鍵を閉じた。

 その手際の良さに、トモネが感心する。


「サーニャさんは何でもできますね」

「メイドですから」

「メイドさんって何でもできるんですか?」

「訂正します。キール様のメイドですから」

「確かにそれなら納得ですね」


 なぜか納得できるだけの説得力があった。


「ほら、お前総騎士団長なんてやってるから、昔より責任感が増しちまったんだろ。だからこういう昔の俺らからしたら些細な事でも慌てちまうんだって。今は俺達だけじゃなくてキールもサーニャもカズマもいるんだからさ。もっと力抜いていこうぜ。じゃないと本当の敵の時にバテちまうぜ?」

「なら、ならもう少し疲れさせない配慮をしてよ……」


 トモネが感心している間に、エースはシルビアの肩を叩いて励ます。


「ところでシルビア様? 私に何かご用時があったのでは?」

「ぐすっ……そうだったわ。何か騎士団の下っ端がサーニャさんを狙ってるらしいから気を付けてね。牢屋内だったら、いくら抵抗しても問題ないようにしといたから」

「分かりました。殺さない程度に痛めつけておきましょう。この私の体を自由にしていいのはキール様ただ一人ですからね」


 先ほどまでの営みを思い出しながら、サーニャはうっとりと頬を染める。その様子を見ながらシルビアはエースの肩を借りて立ち上がり、ゆっくりと洞窟の入り口に向かって歩き出す。


「なんでこれだけ伝えるのに、私はこんなに疲れてるんだろう……じゃあ戻りましょう……もう寝るわ」

「お、おう。しっかり休めよ」

「権力って人を疲れさせるんですね」


 肩を貸すエースはシルビアを励ましながらゆっくりと歩き、トモネはその後を歩きながらしみじみとつぶやいた。




 深夜。誰もが寝静まった頃、彼らはこっそりと洞窟にやってきた。

 中は松明が付けられ歩く分には問題ない程度の明るさは確保されている。

 にやにやとした笑みをたたえたまま、男たちは迷いなく一本の道を選び、奥へと進んだ。そこはサーニャの牢屋だ。


「……」


 サーニャは起きていた。ベッドに腰掛けた状態で布を噛んだまま男たちを見ている。

 その様子に若干驚くも、どうせ何もできないとすぐに余裕を取戻し、鉄格子に近づく。


「俺たちは騎士団だ。今から身体検査をする」

「?」


 そんな話は聞いていないとばかりに首をかしげるサーニャ。それを見て男は嬉しそうに笑みを作った。


「まあ、急に決まったことだからな。今から牢屋に入るが暴れるなよ」


 男の一人がポケットから、あらかじめくすねてきた鍵を取り出し牢屋を開ける。

 そして牢屋内へと一歩足を踏み入れた途端、自分の足に力が入らなくなる。そのまま地面へと崩れ落ち、先頭の男は意識を失った。

 それに驚いたのは、後ろに続いていた男たち。一体何が起きたのかと周囲を見渡すが、そこは何の変哲もないただの牢屋だ。


「貴様、何をした!」

「……」


 フルフルと首を横に振る。


「嘘を吐くな! 全員剣を抜け! 囚人の攻撃の可能性が高いぞ!」


 ガチャガチャと音を立てながら慌てて剣を抜く男たち。鉄格子を挟んでサーニャと男たちがにらみ合う。


「この野郎!」


 サーニャの反抗的な態度に乗せられた一人が牢屋の中へと足を踏み入れる。そして最初の男と同じように意識を失った。


「くそっ! 一体なんなんだ!」

「知るかよ! ただの女じゃねぇのかよ!」


 慌てる騎士達をよそに、サーニャの噛んでいた布がその場にポトッと落ちる。


「末端の騎士ではやはりこの程度ですか。これ以上騒がれるとキール様に迷惑がかかりますので、少し静かにしていてください」

「ふざけ……」


 ふざけるな。そう言おうとした男は、サーニャの目を見て口が止まる。

 サーニャの目は真っ赤に輝いていた。それは、ただの目の色では無い。明らかに光を放っている。

 その眼に見つめられた男は、今までの人生で経験したことのない圧迫感と恐怖に声が出なくなる。必死に意識して何とか呼吸ができる程度だった。


「それでは皆様、おやすみなさい」


 サーニャのつぶやきと共に、その場にいた残りの男たちは意識を失いその場に崩れ落ちた。


 翌朝、シルビアたちが食事を持って牢屋内に来ると、そこには倒れ附した男たちの姿があり、その奥ではサーニャが優雅に本を読んでいた。


「やっぱり来たんだ」

「はい、身体検査をするとかなんとか。そのような予定は聞いておりませんでしたので、変質者として処理させていただきました」

「問題ないよ。じゃあこのクズどもは私たちで預かるから」

「分かりました。叩けば置きますので、お好きなタイミングで起こしていただいて構いません」

「ありがと。あとこれ朝ごはんね。しばらくは窮屈な思いをするかもしれないけど、三日もあればことが動くと思うから」

「私は問題ありません。キール様をよろしくお願いします」

「まかせといて。じゃあエース、料理は私たちが持つからこれ運んどいて」

「あいよ」


 あらかじめこの状態を予想していたエースとトモネは、しっかりと荷車を持ってきていた。今はそれに料理が乗っているが、帰りはそれに男たちが積まれることになる。


「にしても馬鹿な奴だよな。サーニャさんに手を出そうとか」

「そうですね。切っちゃえばいいんじゃないでしょうか?」

「トモネって騎士団入ってから過激になったよな……」


 男たちの頬をつつきながら平然とそんなことを言うトモネに、エースの頬が引き攣る。


「ええ、まあ騎士団の男くささに慣れて来るとこうなりますよ。シルビアさんもそうでしょ?」

「そうね、私は騎士学校のころからそうだったから特にそうだけど」


 牢屋の中に料理を置いて出てきたシルビアがトモネに応える。

 結局騎士団も男社会なのだ。その中に女性が混じるとなれば、どうしてもその社会に適応するだけの考えの変化が必要になる。それを意識的に変えるのか、自然と変わってしまうのかは人によって違うが、最終的にはかなり荒っぽい考えになるのに変わりは無かった。


「マジか。女性専門の部隊とかは作らないのか? 今女王様な訳だし、身辺警護にそんな部隊があってもいいと思うけど」

「そりゃ何度か作ろうとしたことはあるわよ。けどその度に予算やら人員やらの問題が出てきちゃって途中でとん挫しちゃうのよね。今騎士団にいる女性隊員って全部で四十人も無いのよ? 事務も合わせればそれなりの数にはなるんだけど、さすがにそれじゃ独立騎士団なんて到底無理だし、今騎士団に残ってる女性たちってみんなやり手だからこそ残ってるのよ。だからどこの騎士団も引き抜きは全力で拒否してくるわ」

「そりゃそうか」


 男社会の中で生き残っている女性たちなのだから、それ相応の実力はあって当然だ。


「騎士学校には女性の入学者も大々的に募集するように要請はかけてるから、それで増えればって所ね。魔獣魔物の件も落ち着いてきたから、少しは募集者も増えると思うんだけど」


 一時的にあふれ出した魔獣たちのせいで、騎士団の出動率はここ二年で爆発的に上昇していた。そのせいもあって、騎士団の仕事は昔に比べて危険が多いと判断され、入団希望者も減っているのだ。

 しかし、やっと魔物たちの動きも収まってきたことで、再び入団希望者が増えつつある。今後は魔物との戦いで減った騎士団の補充も含めて、新人騎士の教育に力を入れる必要がある。その時点から女性騎士団のための騎士育成も混ぜようというのが、シルビアの考えだった。


「なるほどね。うし、詰め込めたぞ」


 トモネがキールの分の料理を手に持ち、空いた台車に騎士達を乗せ終える。

 二人はキールに食事を渡しに行き、エースは荷車を押して騎士達を洞窟の外へと運んだ。




 サーニャの問題は無事、という以前に分かり切った結末を迎え、午前中に馬鹿な行為に及んだ騎士達を除いた部隊編成を完了した西部防衛騎士団は、地図に記された隠れ家と思しき場所の監視に赴いた。

 一日目で一つの洞窟に何者かが出入りしているのを確認する。二日目でもう一つの洞窟に魔獣が入っていくのが確認された。そこで当初の予定通りにキールたちを止めるために追ってきたという体で、カズマが合流する。

 駐屯地にカズマが現れた当初こそ警戒されたが、エースやシルビアからカズマの人となりを聞いていたことや、吟遊詩人にあるカズマの活躍を聞いていた騎士達は比較的早いうちにカズマから警戒を解くことに成功する。

 そして三日目。監視最終日にリズらしき魔物の姿を確認したと監視班から連絡が入る。

 シルビアはエース、トモネ、カズマを作戦室に集め、四人だけで会議を開いた。


「さて、今の所発見されているのはこの三か所だけど」


 キールから回収した地図に、出入りが確認された洞窟の場所を赤く記す。

 その洞窟は、三か所の距離が割と近い場所に位置していた。そこからも、この三か所全てにリズが絡んでいる可能性が考えられる。

 しかし、魔獣を確認した洞窟は、無機物魔獣ではなく、ただの魔獣しか確認されていない。そのため野良の魔獣が巣を作っているだけの可能性もある。今回の会議は、それを踏まえた上で、どこにどれだけの人員を配置するのかというものだった。


「私としては、リズを確認した洞窟にはエースと私、キールさんサーニャさんで行きたいと思ってるんだけど」


 リズ本人がいるということは、そこの警備も厳重になっている可能性も高い。ならば、なるべく戦力は集中させた状態で向かいたいところだ。


「トモネとカズマは未確認だけど変な人物が出入りしてた場所か」

「そうね、その人物は一見人間のようだったって話だからもしかすると」

「人工魔王」

「その可能性はあるわ。けど人工なら」

「私とカズマさんでも倒せるということですね。もともとカズマさんとは何度もタッグを組んでいますので、私たちだけで大丈夫です」


 今回キールたちを同行させる名目は、実際にその洞窟を使っていたかを確認することと、隠し部屋などを聞くことだ。

 犯罪者を同行させる以上、そこには監視が必ず必要になる。そこでキールとサーニャの監視をシルビアとエースが直接することになっている。騎士団長には反対されたが、隠し通路などの情報を詳しく吐かせ、いざとなれば人質にとするという名目で強引に押し通したのだった。


「特に反対意見が無ければこれで行くわ。洞窟内に入ったら、どさくさに紛れてキールさんたちの拘束を解除、一気に洞窟内を制圧するわよ」

「おう」

「問題ありません」

「じゃあ明日、朝一から一斉に突入するから準備をお願い。私は騎士達に作戦を説明してくるから、二人はキールさんたちに説明しておいて」

「了解」

「了解です」


 二人が頷くのを確認して、会議は解散となった。


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