集落の終わり。キール捕縛
「騎士団長! 森から火の手が上がっています!」
シルビアの命により編成された捕縛隊は、集落を探して森の中を歩いていた。時間的には、すでに日も沈んでしまい、これ以上の探索が不可能かと思われる時間だ。
そんな時、急に森の一部が明るくなり、そこから黒煙が昇っているのだ。この辺りに村などは無い事から、そこが探していた集落だと判明する。
騎士により、その事を聞いた西部防衛騎士団団長は、直ちに突撃命令を出す。
今回、命令系統のトップにいるのは総騎士団長のシルビアだが、シルビアが女王の勅命で特別部隊を編制し独自に動いているため、現場指揮のトップとして西部防衛騎士団団長のルドルフが出陣していた。
最初こそただの人攫いに自分が出る必要があるのかと疑問に思うルドルフだったが、シルビアから直接相手の情報を聞き、気を引き締めることになる。
何せ相手は勇者パーティーで最も危険な男と言われた人物に、その従者なのだ。その実力はシルビア総騎士団長や勇者エースよりも上とされているのだから、団長クラスが出陣するのは当然だろう。
「俺達が先行してキールとサーニャを抑える! 団長は攫われた人たちの保護を!」
団長の突撃命令と共に、シルビア、エース、トモネの三人も森の中を疾走する。
三人の疾走は、どの騎士よりも早くその現場へと到着した。
到着した集落では一軒が激しく燃え上がっており、すでにほぼ燃えカスしか残っていない。そして一番大きな家からはキールとサーニャがゆっくりと出てきた。
「ようやく見つけたぞ! お前たちをここで捕まえる!」
「出来る物ならやってみろ」
エースの声に、キールが答える。それを合図に、エースとトモネはキールへ、シルビアはサーニャへと向かって駆け出した。
二組が戦闘を続ける中、少し遅れて到着した騎士団は、戦闘を横目に作戦通りに家の中を物色し始める。キールたちが戦っているため一番大きな家には近づけないが、それ以外の家ならば近づくことが出来るのだ。
そしてそれぞれに家に騎士が入り、中を捜索していく。
「こちらの家には誰も居ません!」
「こちらもです!」
次々と報告が上がってくるが、芳しいものは無い。そして、別の場所から注意が飛んだ。
「魔獣がいるぞ! 気を付けろ!」
「黒い獣型だ! 森の中に逃げ込ませるな!」
「ここで足止めしろ!」
それはサーニャが捕まえた魔獣だ。魔獣は命令通り、集落へと侵入してきた騎士団に攻撃を仕掛けている。
不意打ちを食らった数名が怪我を負い、森の中へと避難し、その隙間を埋めるように新たな騎士が魔獣に斬りかかる。
さすがの魔獣も多勢に無勢とあって、徐々に体に傷を増やし、一人の優秀な騎士が魔獣の後ろから一気に首を突き刺しトドメをさした。
「魔獣は打ち取った!」
『おぉぉぉおおおお!』
魔獣の首を持ち上げて喜ぶ騎士。それを見て、周りの騎士達も雄叫びを上げる。そして魔獣のせいで入れなかった家の捜索が開始された。
直後、攫われた人たちの発見が知らされる。
「この家に地下があるぞ! 牢屋の中に女性が捕まっている!」
「増援を! この人たちを救出するぞ!」
その声に従い、騎士団長が指示をだし女性たちを次々と牢屋から救出していく。幸いと言うか、乱暴をされた様子は無く、どの女性も健康的だ。しかし、攫われたと情報があった人数よりかは少し少なかった。
「これで全員か?」
「はい」
ルドルフが助け出した女性に尋ねると、一人が答えた。一番年配で、女性たちのまとめ役をしていた人物だ。
「全員でここの牢屋に閉じ込められました。他にも最初は他にも何人かいたのですが、いつの間にかいなくなっていて」
女性は芝居とは思えないほど上手く表情を悲しみに変える。
騎士団はその悲しそうな表情に、辛い思いをしたのだろうと同情を寄せる。しかし、実際は今後のキールたちのことを考えて辛そうな表情をしているだけとは、だれも思わなかった。
そのキールたちは予定通りエースたち三人に組み敷かれていた。
「大人しくしろ! お前を勅命により拘束する!」
「あなたたちも同じよ。私たちに付いて来てもらうわ」
「すみませんが、今回ばかりは情状酌量の余地はありませんね」
三人によってそれぞれ地面に組み敷かれたキールとサーニャは、持っていた縄で後ろ手に縛られ武装を取りあげられる。
さらに魔法の使用を防ぐために口に布を噛まされた。
その様子を見たルドルフが新たな指示を出す。
「誘拐犯は捕まえた! 集落からめぼしい資料を回収して撤収するぞ!」
「ルドルフさん、私たちは先に二人を連行するわ。さっさと牢屋に入れないと何をするか分からないからね」
「よろしくお願いします。こちらは情報の収集を続け、全てそちらにお渡しするということでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
襲撃開始から僅か十分、集落の制圧は一瞬とも呼ぶべき速度で行われ、騎士団に少しの負傷者を出したのみで最大の成果を上げることが出来た。
キールたちを別々の牢屋に収容し、エースたちはルドルフと再び合流して、収集した資料を調べていた。
しかしその資料は、キールが外向けに嘘を盛り込んで作られた物だ。
「これは……」
その資料を本物と信じ、ルドルフは驚愕を顔に浮かべる。
資料には、女性を奴隷として売り払う密売計画が記されていた。そこには王都の貴族や、地方領主も顧客として何名か上がっている。
「奴隷だと! ふざけたことを!」
「しかもこの人たち、王都の貴族とかよね」
シルビアはその資料を見ながら必死に笑いを堪える。その資料に名前を上げられている者たちは、実際にかなり裏で怪しい事をしていた者達なのだ。しかし、証拠が不十分のため家宅捜索までは乗り出せないギリギリのラインを保っている者たちだった。
この資料があれば、犯罪関与としては十分のためこれで家宅捜索に乗り出すことが出来る。それがたとえわざと作られた偽の資料だとしてもだ。
「これは後で調べる必要があるわね。後はこっちの洞窟の場所が書いてある地図だけど」
「十中八九、密売現場か奴隷を一時的に保管しておく場所でしょうね」
「けど、一つずつ潰していくには数が多すぎるわね。別のを潰している間に逃げられかねないわ」
「なら騎士団を総動員して洞窟を張り込ませましょう。そして出入りをしている痕跡がある洞窟を一斉に調べるんです」
「できる? かなりの人員が必要になるけど」
「監視だけなら問題ありません」
制圧するのでもなく、何かと戦う訳でもない。ただ出入りがあるかどうかの監視をするだけなので、三人もいれば交代で見張ることが出来る。それだけの人数なら西部防衛騎士団でも十分に確保することが出来る。
シルビアの問いに、ルドルフはしっかりと頷いた。
「分かったわ。ならその計画で進めましょう。とりあえず三日間動きを観察して、動きがあった場所を一気に攻めるわ。けど、騎士団には監視中に何があっても手を出さないように言明しておいて。キールさんが関わっていたとなると、かなりの手練れがいる可能性があるわ。一番怪しい所は私たちが直接乗り込むから」
「了解しました」
ルドルフは、シルビアの計画通りに考え上手く動いてくれた。おかげで、今後のことに関しては、ほぼ作戦の修正が必要なく進むようになる。
資料を調べている間、後ろに控えていたエースとトモネは、上手く行きすぎる作戦に、吹き出しそうになるのを必死に堪えるので、精一杯だった。
一通り今後のことが決定し、そろそろ解散かという雰囲気が流れ始めたところで、西部騎士団長がためらいがちに切り出した。
「それで、少しご相談したいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「捕まえた二人の件です。現在は二名ともを違う牢屋に投獄しておりますが、今後はどのようにする予定なのでしょうか?」
「ああ、それならしばらくは今の牢屋に入っていてもらうわ。王都への護送はこちらですべてのことが終わった後になると思うから」
「そうでしたか」
シルビアの言葉を聞き、騎士団長はさらに何かを考える。
それを疑問に思ったシルビアは、今度は自分から尋ねた。
「何か問題がありますか?」
「彼らの見張りのことで少し」
「見張りなら必要ないって言ったわよね? むしろ近づくと危険よ?」
投獄した二人に関し、シルビアは騎士団に見張りはいらないと伝えてある。建前としては、仮にも勇者パーティー、ただの騎士団では何かあった時に押さえられないと伝えてあるが、本音は騎士団がキールの気分を害することを恐れてだった。
もし、馬鹿な騎士がキールやサーニャに手を出した場合、まず間違いなく牢屋が崩壊する。そうなれば、せっかく順調に進んでいる作戦は全てパーなのだ。
「そうなのですが、どうも一部の末端騎士が忠告を破る可能性がありまして……何せ私も全てを管理しきることはできないので」
それは当然だろう。西部騎士団の長だとしても、その兵士の末端まで全てを管理している訳ではない。それはシルビアも同じことなので良く分かっている。全てを管理しようとすれば、一日働き続けても絶対に間に合わないほどの仕事が降りかかってくるだろう。それを回避するための縦割り組織なのだ。
「それでですね、つまり何が言いたいのかというと……」
団長は言いよどむ。もしシルビアが男性だったら普通に話すことはできただろう。しかし運が悪くもシルビアは女性なのだ。男性である団長の口から話すのは憚られるものだった。
シルビアたち三人も、伊達に二年間も騎士団に所属している訳ではない。隊長クラスを受け持っていた三人だからこそ、隊員たちのあれこれの管理も任せられていたのだ。気付かない訳が無かった。
「サーニャが性処理に使われるってことかしら?」
「は、はい。監視がいないとなると、暴走する兵士が出てくる可能性がありまして……」
「確かにその問題はあるわね。二人はしっかり拘束してあるし、魔法も使えないように轡を噛ませてるし」
それでもキールやサーニャならばなんとでもしてしまう気がしないでもないが、さすがにそれを信じて放置するわけにもいかない。
常に自分達が監視できればいいのだが、リズや想定される敵との戦いのための準備もありそれは無理だ。
「そうね、なら全騎士にこのように通達しといて。捕虜で何かしたいのならご自由に。その代り牢屋内で起こった出来事は全て自己責任とすると」
「そ、それだけでよろしいのでしょうか?」
それではまるで、サーニャを自由にしていいと言っているように西部騎士団長は感じた。
「ええ、正直拘束しててもただの末端騎士程度じゃどうにかできる相手じゃないしね。まあ、私たちも警戒はするから、見つかったらただじゃすまないけどね」
「そ、そうですか。それも伝えといた方が良さそうですね」
「そこの判断はあなたに任せるわ」
「分かりました」
「じゃあ今日はこれで解散ね。明日の朝、監視の分担を決めて、午後には動いてもらうから。エース、トモネ行くわよ」
「おう」「はい」
二人を連れて部屋を出ていくシルビア。それを見送った騎士団長は、全団員に今の命令を伝えるべく伝令係を召集した。
部屋を出た三人はそのままの足で牢屋へと向かう。
そこは駐留している集落から少し離れた場所にある洞窟を利用した牢屋だ。裁判を起こすまでも無い程度の軽犯罪者を一時的に拘束しておくために作られたものだが、キールたちを投獄するに当たり急遽補強工事が施されたものになっている。
洞窟の入り口にだけは兵士が見張りとして立っていた。その兵士達に敬礼をして中へと足を進める。
「さて、何人の騎士が潰されるかしらね」
シルビアが先頭を進みながらニヤニヤと笑みをたたえる。それに気づいたエースが呆れた顔でつぶやいた。
「ひでぇことするな。わざと潰させるなんてよ」
エースとて男だ。故に美人であるサーニャに手を出したくなる騎士達の気持ちが分からないことはない。
かといってそのような行いを許す気も無いが、わざわざ潰させるようなことをする必要も無いのにと思う。
「女の敵は人類の敵。ひいては魔獣と同じ扱いで十分ですよ」
「せめて魔物と同じ扱いにしてやれよ……」
魔獣では本能のみに従う動物なのだ。
「いやよ、それだと騎士団を派遣して潰さないといけなくなるわ」
「事前に対策する気は無いんだな……」
「そんなことに割く労力は生憎私たちも騎士団も持ってないの。相手は魔王関連なのよ、エースもその事理解してる?」
そう、今度の相手は魔王に関係する敵なのだ。身内から出てくるごたごたに貴重な人員を割いている暇はない。むしろ、そのようなごたごたを起こす原因は取り除かれても良いぐらいだとシルビアは感じていた。
「さて、じゃあまずはサーニャさんね」
洞窟を進んでいくと、いくつかの分かれ道に着く。その先に一人ずつキールとサーニャが収容されているのだ。
その内の一本を進んでいくと、やがて鉄格子が見えた。そしてその中には――
「いない!?」
その中にいるはずのサーニャの姿は無かった。
牢屋から行方をくらましたサーニャ、彼女はいったいどこへ?
今まで東部で起きていたことになっていたこの事件ですが、西部に修正しました。