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僧侶は勇者を恫喝し、魔王を従える  作者: 凜乃 初
アフターストーリー
62/74

始まりの狼煙

お久しぶりです。また少し溜まったので投稿しておきます


「キール様、二名確保しました」

「よし、では帰るぞ」


 予定通り、キールはリズの実験が行われたと思しき村を襲撃し、寄生させた可能性のある女性を確保した。

 キールとサーニャは一人ずつ女性をその肩に担いで街道を歩く。そこで、サーニャがふと口を開いた。


「この女性たちの処遇はいかがしますか? この後は処置後すぐに集落に騎士団を呼ぶとのことでしたが」

「寄生体を引きはがした後、眠らせたままにしておけ。すぐに助け出されるのだ説明もいらないだろう。無用な混乱はごめんだ」

「承知しました。集落の資料などは?」


 あの集落には、今までの実験体となった女性たちや、その寄生虫から集めた情報などの資料集が大量にある。この後、騎士団がそこを襲撃するとなれば、その資料は騎士団に回収されることになるだろう。

 資料の中には、エリーシスのことなど極秘扱いにされている物もあるため、たとえシルビアの部下であっても、見せる訳にはいかない物も多い。


「洞窟の場所が描いてある地図と、偽の情報をいくつか製作してある。それを残して全て焼き払え。奴らには無用の長物だ」

「寄生虫の資料集もですか?」


 約半年かけて集めてきた資料集を焼き払うと聞いて、サーニャは少しだけ目を開く。


「あれの情報は頭に叩き込んである。それに他の奴が見ても、何のことだか分からない物ばかりだ。焼き払ってしまって構わない。下手にリズのような魔物がまた現れても敵わん」

「そうですね」


 キールがもし資料を残した場合、それを誰かが発見し回収すれば、それは世の中に出回ることになる。そうなると、どこでリズと同じような研究者体質の魔物や、馬鹿な人間が魔王の真実に触れるか分からない。そんな危険な物を残しておく必要は無い。


「では彼女たちに説明して、資料を全て焼き払います」

「どうせだ、一軒に集めてまるごと焼いてしまえ、その方が奴らも場所の特定がしやすいだろう」

「そうですね。シルビアさんたちは優秀ですが、騎士団はそれほどでも無いようですし」


 それは、シルビアたちが出て来るまで騎士団がキールの影もとらえることが出来なかったことからも言える。

 シルビアたちがキールの素性を知っているからとはいえ、地図で事件の発生場所を調べたり、村の状態などを調べて行けば、待ち伏せぐらいは可能なはずだったのだ。それすらもしなかった騎士団に対して、キールもサーニャも信頼と言うものは欠片も持ち合わせていなかった。


 村に戻ってくると、村娘たちが相変わらずせわしなく働いていた。

 薪を割る者、洗濯物を洗う者、それを干す物、掃除をする者、決められた役割分担んに従い、テキパキと動いている。

 そしてキールとサーニャが戻ってくると、手を止めて二人にお辞儀をする。


「では私は彼女たちに今後のことについて話してきます」

「俺はこいつらを処置しておく。後は任せるぞ」

「はい」


 キールはそのまま処置室に二人を担いで入って行った。

 それを見送って、サーニャは女性たちに召集を掛ける。

 数分後、集まった女性たちは不思議そうな顔をしながら、サーニャの前で整列していた。


「みなさん、長い間この集落に拘束してしまい、申し訳ありませんでした。ですが、明日騎士団によってあなたたちは助け出される予定です」

「あの、それはどういうことでしょう?」


 このことは、女性たちを拉致してきた当日に説明しているのだが、長い間ここで暮らしているうちに忘れてしまっている者も何人かいた。

 なので、サーニャは再び今後のことについて説明する。


「順を追って説明します。まず現在のあなたたちの状態ですが、国としては攫われた村娘と言うことになっています。その事に関しては、あなたたちも理解できると思います」


 実際に、村から攫って来ているのだからそれは当然だ。


「そして、連続で村から攫われるという事件が発生したため、騎士団が捜査の為に動いています。その騎士団が明日この辺りの探索をするので、ほぼ間違いなくこの集落は見つかるでしょう」

「では私たちは村に帰えれるのでしょうか?」

「はい、そう言うことになります」


 サーニャの肯定を得て、女性たちは近くの女性と喜び合う。

 今こそ穏やかな日々を送ってはいるが、彼女たちは強引に親や旦那から引き離されて生活していたのだ。村に帰れると聞いて喜ばない方がおかしい。

 しかし、そこで女性の一人が疑問を持った。


「あの、私たちが攫われたことになっていると言うことは、サーニャさんたちは?」

「はい、私たちは誘拐犯として現在騎士団に追われています。なので、明日騎士団がここに到着すれば捕まります」

「そんな! 私たちを助けてくれたのにどうして!」


 村娘たちからすれば、命の恩人なのだ。それが騎士団に犯罪者として捕まるのは、おかしな事だった。

 驚き、声を上げる女性たちに対して、サーニャは自分達の計画を、魔王のことなどはぼかしながら説明していく。


「詳しくは説明できませんが、私たちが犯罪者として指名手配されることも、捕まる事も私たちの中では計画のうちなので、あなたたちが気にする必要はありません。しかし、これが計画である以上、あなたたちに私たちが何をしていたのか正しく話されてしまうと、困ることになります。それはいいでしょうか?」


 この村での生活は、明らかに攫われてきた者への扱いとは別物だった。しっかりとした寝具と衣類を用意され、食事も自分達で自由に作ることが出来る。行動制限も無く、仕事の分担こそあったものの、それ相応に自由な時間も用意されていた。

 一部の女性からすれば、子育てや両親の小言などから解放されて、村にいた頃より肌色が良くなっている人すらいる。

 そんな状況で、女性たちにキールたちが何をしていたのかを説明されては、本当に犯罪者として捕まえるべきなのかすら怪しくなってしまうのだ。

 そうなれば、騎士団の動く理由は弱くなり、魔王にぶつけるための戦力も減ってしまう。現状は、キールという危険な存在が敵と認定されているからこそ、シルビアも大戦力を投入することが出来るのだ。


「なので、あなたたちには拉致された村娘を演じてもらうことになります。しばらくの間は窮屈な思いをさせてしましますが、こちらで用意した牢屋に入ってもらうことになります」

「今までのことを考えれば、半日牢屋にいるぐらいは何でもありませんが……」


 自分を助けてくれたものを、犯罪者として突き出すことに対する罪悪感は簡単には消え去らない。


「私たちは大丈夫です。キール様も私も騎士団程度に片手間でもどうにでもできます。カズマ様も、相応の力を持っていますので、悪い結果にはならないことだけは約束できます。騎士団のなかにも私たちの協力者はしますしね」


 サーニャの言葉に、緊張していた女性たちはホッと息を吐く。二人の実力は、実際攫われる際に嫌というほど見せつけられているし、協力者がいると言うのが女性たちを安心させる材料になった。


「分かりました。みなさんを信じます。それでは私たちは今から牢屋に?」

「いえ、この後少し資料の焼却など、やってもらいたいことがありますので、それをした後、食事を取ってから牢屋に入ってもらうことになります。分担はこの後に言いますので、それに従って動いてください」

「分かりました」

「では分担を伝えます」


 その後、分担を伝え解散を宣言したサーニャは、キールのいる処置室へとやってきた。そこにはすでに処置の終えた女性が二人ならんで眠っている。


「キール様、こちらの指示は終わりました。後程燃やす物をまとめて燃やす家に運びますので、必要な資料は分けておいてください」

「そうか、ご苦労だった。こちらも処理は終わっている。やはり寄生されて早いうちは取り出しやすいな。綺麗な幼虫が取り出せた」


 キールの視線の先、机の上には、今までに無いほど小さい虫が瓶の中におさめられている。

 その虫は血の中でピクピクと足を動かしていた。


「その虫はどうするのでしょうか?」

「焼く。もう必要は無いだろう」

「承知しました。そう言えばカズマ様の姿が見えませんが?」


 集落に戻って来てから、サーニャはまだカズマの姿を見ていなかった。


「あいつなら墓に行っている。使わなかった墓穴を埋めて、地ならしをしてもらっている。時間的には終わっているはずだし、花でも摘んでいるのだろう」


 墓に備える花はいつもカズマが集めている。カズマはエルフらしく森の中で花のある場所を探すのが上手く、誰よりも綺麗な花束を作って戻ってくるのだ。

 それが女性たちを余計に引き付ける要因にもなっている。


「そうでしたか」

「お前はしばらく休め。夜になったら牢屋へ入れて俺たちは騎士団を迎える準備をするぞ」

「分かりました。それでは失礼します」


 サーニャは一つお辞儀をすると処置室を出る。

 そして、いつも自分の使っているベッドへと向かった。


 サーニャが目を覚ますと、窓から真っ赤な光が差し込んでいた。


「夕方ですか……そろそろ燃やす家の準備をしないと」


 ゆっくりと体を起こし、服を着替える。いつものメイド服に着替え終わり、身だしなみを確認して、部屋の扉を開けた。

 開けた先は全員が食事を取るダイニングにつながっている。そこではキールとカズマがお茶を飲みながらくつろいでいた。


「起きたか」

「眠り過ぎましたか?」

「いや、ちょうどいい。日が沈めば家を燃やす、準備をしておけ」

「はい。燃やす物はどちらに?」

「家の外の木箱に纏めてある。中には虫が入っている物もある、気を付けて扱え」

「分かりました。さっそく準備に入ります」


 二人に一礼して部屋を出る。

 焼く家は一番小さい家で、すでに燃やすための資材は昼のうちに運び込んである。

 後は、資料などを火元の近くに配置して、燃料に火をつけるだけだ。


 外に出たところで周囲を探せば、扉の横に木の箱が五つほど積まれていた。どれも、大きさ的にはそれほど大きくは無い。一般人の女性でも運べるレベルだろう。

 サーニャは言われた通り、気を付けながら一つずつその箱を家の中へと運び込む。女性陣に手伝わせるのも考えたが、虫が入っているため何かあった時の危険を避けるために、サーニャ一人で片付けることにする。

 全ての箱が運び終わる時には日が完全に沈み、辺りは真っ暗闇に閉ざされている。女性たちのいる家と、キールたちの家だけが明かりを放ち、外は何も見えないほど暗い。

 しかし、その中でもサーニャの魔王の目はしっかりと暗闇を見通していた。


「野良の魔獣ですか。騎士団が途中で襲われても面倒ですし、片づけておきましょうか」


 サーニャの目には、木陰からこちらの狙っている魔獣の姿がはっきりと映し出されていた。これがもしサーニャでなく普通の女性であれば、気付かずに襲われて餌になっていただろう。

 その魔獣は、オオカミのようなしなやかな体を持ち、真っ黒な体毛に歯まで黒く染まっており、闇の中で見つけるのは至難の業なのだ。

 サーニャはその魔獣に臆することなく近づいていく。まっすぐに近づいてくるサーニャに、魔獣は警戒を強めサーニャを睨みつける。


「ふむ、気概はありそうですね」


 その視線を受けて、サーニャの考えが少し変わった。


「利用しましょうか」


 ここが騎士団に襲われるのは確定事項だ。そして自分達が捕まる事も決まっている。しかし、何の抵抗も無く自分達の身柄を差し出す者は少ないだろう。抵抗してもいいのだが、サーニャ達の実力だとうっかり力を込めすぎれば、騎士団程度は簡単に殺せてしまうのである。

 ならば、この魔物を利用しようとサーニャは考えた。


「魔王が命じます。私に従いなさい」


 サーニャの紅い瞳が闇の中で一際強く輝き、その光が魔獣を魅了する。力をキールによって制限されている今のサーニャでも魔獣の一匹ぐらいを操るのはたやすい。

 その能力によって操られた魔獣は、その場に座り首を垂れた。


「いい子です。付いて来なさい」


 その魔獣を連れて、サーニャはキールたちの元へと戻る。

 キールの元へ戻ると、カズマに魔獣を驚かれ、キールに尋ねられた。


「捕まる時にこの子に騎士団を攻撃させようと思いまして。何も抵抗が無いのもおかしいかと」

「なるほど。確かにそうだな」

「この子は集落の中心から入って来た騎士団を撃退するように命令を出しておきますが、よろしいでしょうか? 実力的には、シルビアさんたちの足もとにも及びませんが、一介の騎士なら、この暗闇ですと苦戦すると思います」

「ふむ、ちょうどいいぐらいか。なら中心よりも牢屋のある家の近くに設置しておけ、その方が、そこが怪しいと思いやすいだろう」

「分かりました」


 キールの指示に従い、女性たちの牢屋がある家の近くに魔獣を繋ぎ止める。サーニャの命令が無い限り誰かを襲うことは無いだろうが、魔獣が放し飼いでは女性たちが怖がる可能性もあるからだ。

 そして、この集落での最後の食事を取るために、サーニャはダイニングへと向かった。


 食事を終え、女性たちを牢屋へと移動させる。

 牢屋に集まっている女性たちの表情は、どれも不安そうな物だ。しかしそれは自分たちのこれからの事では無く、助けてくれたキールたちを不安に思うものだった。

 その表情を受けながら、サーニャは牢屋の鍵をしっかりと施錠し、家を出た。そこにはすでに出発の準備ができているキールとカズマの姿がある。


「牢屋は問題ありません。火の手が回ることも無いでしょう。あなたはしっかりとここに来る騎士達に立ち向かい死になさい」

『グルルル』


 死ねと命じたサーニャに、魔獣は頭を下げて小さく鳴き声を上げた。

 それを確認してサーニャは燃やす家へと近づく。そこには大量に積まれた藁と薪、そしてキールの資料がある。


「燃やせ」

「はい。放たれる火は世界を嗤え。フレイムストーム」


 サーニャの詠唱で家の周りに火が噴きだし、一瞬にして暗闇を赤く包み込む。木造の家はその炎をあっという間にその身に移し、ボロボロと崩れながら燃え盛る。

 それを確認してサーニャは魔法を止めた。

 火は勢いよく家を燃やしながら、積み上げられた薪と藁にも移りその中にある資料を燃やしていく。

 途中、キーキーと高い悲鳴にも似た鳴き声が聞こえたのは、虫が焼かれた証拠だろう。


「さて、後は騎士団を待つだけか」

「はい」

「では私はそろそろ別行動ですね。後程お会いしましょう」


 カズマはキールたちと違い人攫いには協力していない。そのため顔も割れていないし、そもそも人攫いに協力していたとも思われていない。だからキールたちのように騎士団に捕まる必要はないのだ。

 そこで、キールを止めるために追ってきたとして、後からシルビアたちと合流する手はずになっている。


「ああ、上手くやれよ」

「これでも演技は得意なんですよ」


 カズマは足元に置いてあった荷物を背負い森の中へと消えていく。それを見送って、キールたちは部屋へと戻った。

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